「ええと…あとはこれをこう、被って……」
「あはははは!!何ソレ千石めちゃ似合いスギだって!」
「えーそうかなー、俺結構ウケ狙いで選んだんだけどなー?」
「なあ、俺は?俺は??」
「うん、向日もなかなかイイカンジなんじゃない?
 よォし、じゃ、準備はOK?」
「バッチリだぜ」
「それじゃ、行きますか!!」
「おーー!!」

イベント事の大好きなお子様が2人、顔を見合わせ笑った。

 

 

<ハロウィンドッキリ大作戦!!>

 

 

 

ピンポーン

 

インターホンが鳴り響いて、雑誌を見ていた忍足が顔を上げる。
日曜日の麗らかな昼下がり、真田は3階に行っているし、自分が応対するしかない。
跡部なら問答無用でドアを開けてくるから、その様子が見られないとなれば
来訪は誰か別の人物なのだろう。
「はーい、どちらさん??」
『あっ、侑士、俺オレっ!!』
「オレオレ詐欺なら間に合ってんでー」
『そうじゃないよー!!早く開けてくれー』
「あはは、はいはい。ちょお待ってやー」
受話器を置いて玄関に向かう。
扉を開けば、見知った親友の顔が………。

 

「…………どちらさん?」

 

一瞬、本気で訊ねてしまった。
「何言ってんだよー!!俺だってば!!
 可愛い可愛い岳人ちゃんだよー!!」
「そんな変な被りモンした怪しい奴も、
 『可愛い岳人ちゃん』っつーのも、知り合いにはおらんなぁ」
「うえっ!!侑士ヒドイ!!」
「あはは、冗談や。そんで、どないしたんその格好は。
 千石まで付き合わしてもうて」
ドアに背を凭れ掛けさせて忍足が訊ねると、向日と千石が顔を見合わせて
同時に言った。
『トリック オア トリート?』
「…………は?」
思わず間の抜けた声を漏らして、忍足はその場に固まった。
しかしそれも僅かの間。
ああそうか、と納得したように頷く。
そういえば今日は、10月31日。
「なんのギャグやねん、それ」
「ギャグなわけあるかよ。本気本気!!」
「じゃあ、お菓子あげへんかったら?」
「悪戯アイテムは各種取り揃えてあるから問題ナシだよ」
「………マジかいな」
お菓子か悪戯か。
正直どちらも御免なのだが、悪戯の方がより勘弁してほしい。
「ええと……まぁ、ちょっと上がりや」
仮装したままの2人を廊下に放置していくのも憚られて(というより恥ずかしくて)、
忍足は手招きして部屋に連れ込む。
ダイニングのソファに座らせておいて、自分はキッチンの戸棚を漁った。
そもそも普段からお菓子などというものは忍足も、そして同室者の真田も
食べる方では無い。
「ええとー……確か、このヘンに………あ、あったあった」
唯一見つけたものを持って来てテーブルの上に置く。
「いや、すまんな、探してんけどこんなんしかあらへんわ」
「………何デスカ忍足サンコレハ……」
「棒読みきしょいっちゅーねん」
「ていうか、さすがに【さきいか】は無いんじゃないの〜?
 これを貰うか貰わないかは横に置いとくとしても、むしろ高校男子としてさァ」
乾いた笑いを上げる向日と千石に、忍足が腕を組んでふんぞり返った。
「何言うてんねん!!さきいかを馬鹿にすんなッ!!
 こんなに酒に合う肴はあらへんねんでっ!?」
「えー、俺チーかまがイイ……」
「俺はサラミかなーって、そうじゃなくて。
 俺達は酒の肴を貰いに来たんじゃないんだけど」
「んなん解っとるっちゅーねん。でも、真面目に探したけど、ホンマにコレしかあらへんねん」
「う〜ん……どうする、千石?」
「どうしようねェ……一応、くれる気はあるみたいだし、そのヘンは考慮してあげたいトコだけど」
「うんでも、さきいかだろ?」
「さきいかだもんねェ……」
「………何やねんな、お前ら」
顔を見合わせ深々とため息をつく2人を見て、呆れたような表情を作る。
その顔が、強張った。
千石と向日の両名から、それぞれ右腕と左腕を掴まれてしまったからだ。
「な……なん……?」
「うん、忍足の心意気に免じて、悪戯はしないでおいてあげようかな」
「そ、そら、どうも……」
「代わりに、侑士も仲間入りな?」
「な、仲間?何やねんな、もうちょいハッキリ言えって」
口を突いて急かしてしまったのが間違いだったかもしれない。
今更噤んでももう遅い。
ちらりと2人に視線をやれば、満面の笑みで。

 

「悪戯しないであげるから、一緒に悪戯しに行こう!!」

 

途方に暮れた目で忍足は天井を見上げる。
だれか2人を止めてくれ。
だが止められそうな人間は、今誰も傍に居ない。
「なぁ…いっこ突っ込んでええか?」
「ん?何?」
「もしかして……ホンマはお菓子目当てちゃうんちゃうか、お前ら……?」
元々お菓子を貰えるなんて期待する方が間違っている。
自分たちより小さな子供が自分たちより大きな大人へ強請るのなら別だが。
そんな格好してお菓子くれとせびったトコロで、くれる人間などどれだけいるか。
もし、それを最初からこの2人が解っていたのだとすれば。

 

メインは、お菓子では無く悪戯だ。

 

「え?そんなの決まってるじゃーん」
「ちゃんと決定的瞬間を捉える為に、カメラまで準備してあるよー」
アッサリと疑問を肯定した2人に、今度こそ忍足の口から重苦しい吐息が漏れた。

 

 

 

 

 

「おっ、似合う似合う〜」
「侑士って背があるからさ、なんかスゴイ雰囲気出てるよ〜」
「ンな事言われても……こんなん褒められても嬉しないわ」
「え、なんで?忍足が『顔を出したくない』っていうから、厳選したのに!」
「そうだよ〜!!ワガママだぞ侑士ィ〜〜」

 

だからって、カオナシの格好はあんまりじゃないか?

 

元々乗り気じゃなかったから、頭からすっぽり黒い布を被り、顔にカオナシの仮面を
つけた姿はむしろ好都合だったが。
だからといって、褒められて嬉しいものでもないだろう。
「……そんで、どこ行くねん、これから」
「ええと……」
白い布の端を簡単に縫い上げて作ったと思われる袋の中に、一応戦利品である【さきいか】を
放り込んで口を閉めると、千石がうーんと唸り声を上げた。
「確かうちの部屋には乾が来ていたよ?」
「真田は3階行きよったで?」
「跡部は部屋でゴロゴロしてたけど」
「あーでも6階は一番遠いし、何と言ってもあの跡部だからね、トリに置いとこうよ」
「そしたら、205か305、か」
「どっち行く?」
開き直ったように忍足が言うと、向日が首を傾げて千石を見る。
それに千石が暫しの逡巡を見せてから、答えた。
「よし……それじゃあ、」

 

 

『205号室へ行こう!』

 

『305号室へ行こう!』

 

 

 

『さぁ、一通り堪能したし、いよいよ大トリ行ってみようか!!』