手塚や真田を犠牲者の筆頭に置いて、他にも同じクラスの友人達なども巻き込んで、
あれやこれやと悪戯の手を尽くせば、気がつけば日も西に傾いていた。
いよいよ、本日の大イベントの大トリへと足を向ける。
場所は6階、7号室。
「なぁ……やっぱやめへん?」
此処まで来て、むしろ関西人の芸人魂を凝縮した悪戯を率先して実行したくせに、
忍足が急に尻込みを始めた。
それに困ったように視線を向けたのは向日である。
「何言ってんだよ、侑士!
これが今回の悪戯のメインなんだぜ!?」
「せやけど……なんかめっちゃ嫌な予感がすんねん」
「何が?」
「何がて…そんな具体的なモンはないねんけどな?」
「大丈夫だよ。いくらあの跡部でも、3人がかりなら抵抗もできないって!」
あははと明るく笑いながら、607号室の前に立って千石がインターホンに手をかけた。
『トリック オア トリート?』
言われて目が点になった。
言ったのは千石でも向日でも、ましてや忍足でもない。
あの跡部に、言われたのだ。
「………え〜と、俺達のセリフ、とらないでくれるかい?」
「アーン?別に奪った覚えはねェな。今日はハロウィンなんだろ?
だったら、俺がお前らに言っても別に構わねェんじゃねーの?」
お前らがガキなら同い年の俺もそうなるわけだしな、と含み笑いを見せて
跡部は玄関の扉を背にそう言ってのけた。
「ありゃ、そうくるかー」
「やっぱりあの跡部は一筋縄ではいかないかー」
どう攻略したものかと悩む千石と向日を尻目に、忍足は今にも逃げ出したい
心境にかられていた。
別に、ここの攻略に不安を感じているとか跡部の逆襲が怖いとか、そういった
具体的なものではない。
ただ……感じるのだ。
目の前の跡部は、多分、本気で怒っている。
まだ何も跡部に対してしていないのに、何故こんなに腹を立てているのか
忍足には全く読めなかったのだが。
「……で、どうなんだよ。
俺に菓子を寄越しやがるか、この俺様に大人しく悪戯されるか、
どっちにするか決めたのか?」
「う〜ん…せっかく貰ったお菓子をあげるのも、悪戯されるのもゴメンなんだけどね」
「我儘言ってんじゃねーよ」
取り付く島も無い冷たく切り捨てるような跡部の言葉に、漸く千石が気付いたようだった。
「どうしたの跡部、妙にご機嫌斜めだね?」
「斜めにもなるに決まってんだろ?アーン?」
「…どういう事だよ?」
向日の問いに、跡部はポケットから携帯を取り出して、何事か操作する。
そして見せた着信メールの画面に、千石と向日があからさまに顔を顰めた。
跡部の携帯に寄せられていたメールは、全て自分達が回った部屋の住人からのものだ。
当然、その中に乾と真田からのメールもあった。
「こ、これは一体どういう事…かな?」
「どういうって、察しろよバーカ。
お前らが他所でヤンチャした苦情が、全部こっちに回ってきてんだろうが」
「うわー……そりゃ、どうも」
「どうもじゃねェんだよ。モチロン責任は取ってくれるんだろうな?」
ヤバイ…と思ったのは、3人同時。
そして逃げ出したのは、2人だった。
「三十六計逃げるに如かず、ってか!」
「俺ほとぼりが冷めた頃に帰るから、あとヨロシクな!!」
その逃げ足は、さすがの跡部も感心するほど見事なものだった。
残されたのは腕組みをして仁王立ちしている跡部と、取り残された哀れなカオナシ。
「……で?テメェは?」
「…………。」
「ま、良いか。とりあえず入れ」
顎で部屋の中を示せば、大人しくカオナシ忍足が従った。
ソファに座らせて仮装を剥いでやれば、やたら気まずそうな表情の忍足。
「で、お前は俺に何か言う事ねーのかよ?」
「…………すまん」
「謝りゃイイってモンでもねーだろ」
じゃあ自分にどうしろと言うのだと視線を上げれば、跡部は忍足が自分の横に置いた
白い袋の中身を勝手に漁っていた。
これはこれで興味があったようだ。
「へぇ……何かくだらねェもんばっかり入れてやがんな……ん?何だこりゃ、写真?」
悪戯アイテムと一緒に入れていたデジカメを見つけると、ひっぱり出す。
その決定的瞬間写真を1枚ずつ見ていって、跡部がため息を漏らした。
「いや……これはやっぱりマズイだろ。真田にまでこんなコトしやがったのか」
「調子に乗りすぎたって言えば…そうなんのかな」
「そうなるじゃなくて、そうなんだよ。
テメェはもうちょっと分別ある方だと思ってたんだがな」
「それは……、」
最初はとんでもないコトに引っ張り込まれたなと思ったが、最終的には忍足自身も楽しんで
悪戯して回っていた。
いや、実際。
「………楽しかってんもん。ホンマに」
ぽつりと呟く。
「ハロウィンってな、こんなに楽しいモンだなんて思わんかったわ」
「……その楽しみの裏で、苦情処理に勤しんでいた俺様の存在を
忘れるんじゃねェぞ」
「え!?あれ全部に対応したんか!?」
「当然だろ、俺様を誰だと思ってやがる」
「…………ごめんな」
しゅんと下を向いてしまった忍足に苦笑を見せると、跡部がその隣に腰を下ろした。
忍足の肩に腕を回すと、ぐいと引き寄せる。
その耳元で、囁くように。
「Trick or Treat?」
先刻聞いたものよりもずっと流暢な発音で出された言葉に、忍足が一瞬口を閉ざす。
お菓子の入った袋なんて、千石と向日が持ち逃げしている。
両手を肩辺りまで持ち上げると、忍足が口元だけで笑んでみせた。
「お菓子なんて、持ってへんで?」
「そうかよ、じゃあ、」
言って、忍足の唇を自分のそれで塞いで。
ソファに押し付けるようにして押し倒すと、跡部がニヤリと笑みを浮かべた。
「悪戯で決まり、だな」
「………さいですか」
くすくすと笑いながら首筋に顔を寄せる跡部を見遣り、忍足は何もかも諦めたような表情で
重苦しい吐息を零した。
結局ご機嫌斜めな跡部を宥めるのは、自分の役目になってしまうのか、と。
「この俺様を置いて、勝手に楽しいコトやってんじゃねェよ」
子供のように拗ねた跡部の声が、聞こえたような気がした。
<終>
※本当はべさまも仲間に入れて欲しかったらしいです。
ハゲヅラ真田をナマで見たかったらしいです。(笑)
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