「ええと……それ、本気なん?」
「僕が冗談でこんなことを言うとでも思っているのですか?」
「…や、そういうワケやあらへんねんけど、」
「まぁ、とにかく、見てもらえれば分かります。
 僕について来て下さい」


出会った少年の名前は、観月はじめという。
どうやら何か困りごとでもある雰囲気だったので、思わず声をかけてしまったのだが。
だが、そこで彼の発した言葉は、忍足の想像の範疇を遥かに超えているものだった。









<The nerve which takes the first step.>








冬場になると、日が暮れるのも早い。
それに合わせて忍足達吸血鬼の活動時間も長くなる。
時間はまだ18時だというのに辺りはもう真っ暗闇で、ぽつぽつと広い間隔で弱い明かりを
放つ街灯の並ぶ歩道を、観月と忍足はゆっくりと歩いていた。
そこは一般の家庭が集まっている住宅街で、この時間はまばらに人が歩いているだけで
車の通りも少なく静かなものだ。
「僕のデータでは、そろそろ彼は此処を通りがかる筈なのですが……あ、いたいた」
「あいつ…?」
自分達に背を向けるようにしてのんびり帰途についている一人の男、制服を見る限りでは
観月と同じ学校のようだった。
「あいつが、観月の言う……えっと、」
「赤澤くんです」
「そうそう、その赤澤とかいう奴なん?」
「ええ。まぁ、こんな時期ですから上着も長袖ですし、後姿では分かり難いですね。
 ちょっと声をかけてみますから、まぁ……見てて下さい」
「……お、おう」
そう言って赤澤の後ろを追いかけていく観月を見送る。
彼は2、3歩歩いたところで足を止め、そして。
「赤澤くん、待ってください!!」
「……ん?なんだ、観月か?」
くるりと振り向いた赤澤の姿に、思わず忍足は一歩後ろに後ずさった。
闇に紛れて髪の毛だけでなく輪郭との境界線が曖昧どころかもう分からない。
肌色が無い、と言えば良いのだろうか、なのに振り返って観月を意外そうに見る双眸は
まるで闇夜に浮かび上がる月のようにくっきりとしている。
少し話があるのですが、という観月の言葉に、なんだ?と言ってニッと笑んだその時に見える
いっそ白すぎるとも言えなくもない歯並びが、いっそ怖いを通り越して。



「これは………怪奇現象やな………」



事前知識がなければ自分も思わず叫んでいたかもしれない。
思わずそんな風に思いながら、忍足は弱々しい笑みを浮かべたのだった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「……で、何で俺様までこんな所に呼び出されてんだ?アーン?」
自分だけでは解決しきれないと踏んで、忍足は以前跡部から渡された携帯でその本人を
近くの公園まで呼び出した。
なんだかんだ言いつつも断れない跡部は、それに従い出てきてくれたのだが。
「なぁ跡部、ちょおコイツ見たってや」
「うおッ!?怖ェ!!!」
自然に焼けたのか故意に焼いているのかは分からないが、浅黒いを少し超えているのでは
無いかと思われる色の肌は、闇夜では見え難いのだろう。
口を噤んで目を瞑れば、学生服がぼんやり浮いているようにしか見えない。
…というのは少し誇張が過ぎているかもしれないが、とにかくそれに近いものはあるのだ。
現にあの跡部までもが、思わず口をついて驚きを顕にしている。
問題は、観月の願いが「この肌を何とかしてくれ」という事にあった。
「……って、何だよ、観月に赤澤か……ビビらせんなよな」
「いえ僕は全くこれっぽっちも驚かそうという気はさらさら無かったんですけどねぇ?」
「それは俺に対する嫌味ってやつか?観月…」
ちらりと視線を寄越しながらそう言う観月に、赤澤がげんなりとした表情を浮かべる。
どうやらこの件に関しては、ずっと以前から諍いがあったようだ。
「とにかく、こういう時に唐突に声をかけられると、心霊現象かホラー以外の
 何物でもないんですよ、分かります?」
「だから、んなのお前が慣れりゃあ済むハナシなんだろーが!!」
「赤澤くんが白くなれば済むハナシなんですよッ!!
 裕太くんなんか、初めて遭遇した時に泡吹いて倒れたのを忘れたんですか!?」
「あーあー、忘れたな、そんな昔の話はよ」
「………そんで、さっきからこんな状態なんや……」
「なるほどな、こりゃ厄介だ」
肩を竦めて忍足がそう言えば、同じく困ったように眉を顰めて跡部が吐息を零す。
大体にして、黒い肌を白くしろなんて、一朝一夕でできる事ではないだろう。
「とりあえず今は長袖の季節ですからね、当面は顔だけで良いんですよ」
「顔だけ…言うてもなぁ」
「おい!勝手にハナシ進めてんじゃねーよ!!」
赤澤の言葉もさらっと聞き流してそう声かける観月へと、忍足は困り果てた風に
頭を掻いて首を傾げた。
「どうしたもんやろなぁ……」
「さすがに俺もこういう時の対処法は知識がねぇな…」
と、そこへ通りがかったのは、忍足の仲間である赤いのと蒲公英色の2匹。
のんびり空中散歩をしているところで自分達の姿が目に入ったようで、興味を持ったら
即行動の2匹は蝙蝠の翼を羽ばたかせて舞い降りてきた。
「なあなあ、何やってんだよ?」
「珍しいじゃん、2人が外に居るなんてさ」
「……岳人、ジローもか……このややこしい時に」
「「うわっ、ひでぇ!!」」
跡部の右肩と左肩に舞い降りた2匹は、跡部のぞんざいな言葉にそう答えて、
すぐに目の前の人間達へと興味を移したようだった。
「なあ侑士、コイツら誰?」
「ああ、観月と…黒い方が赤澤や」
「その蝙蝠さんは忍足くんの知り合いですか?」
「知り合いちゅうか、まぁ、仲間やな」
観月の問いに頷いて答え、今度は岳人とジローに粗方の事情を説明する。
ふんふんと相槌を打ちながら聞いていた2匹は、おお、と顔を見合わせ笑い合った。
「なんかスゲー面白そうじゃん?なあがっくん!!」
「だよなだよな、ここは俺達も協力するぜ!!」
「そらおおきになー……せやけど、何をどうしたものかって……」
「あ、でもあるじゃん?エステとかでも、肌を白くするやつがさ」
「そうそう、美白、とかって!!」
「び、美白!?」
なにやらとんでもない事を言い出した岳人とジローに、赤澤が冗談じゃないと目を剥き
観月が吹き出すのを堪えるかのように口元へ手をやった。
「赤澤くんに美白……これ以上似合わない言葉もありませんね」
「うるせぇ!っつーかカンベンしてくれよ、マジで!!」
「エステなぁ……せやけどそれってものっそ時間かかるんとちゃうん?」
「まぁ…1年やそこらじゃムリだな」
「そらあかんわ…」
跡部の言葉にがくりと肩を落とす忍足だったが、岳人がなにやら思いついたようで
羽ばたいて赤澤の近くを観察するように飛び回りだした。
「……これっくらいなら………化粧とかでも誤魔化せねぇかな?」
「化粧…?」
「そ、やってみないと何とも言えねぇけど、顔だけでいいならそれでも…」
「成る程、その手もありましたか」
「……めんどくせぇー……」
岳人の言葉に赤澤以外の全員が大きく頷く。
やってみる価値はありそうだ。
「…とりあえず、俺の部屋を貸してやるから、少し寄っていけ」
「これはこれは、ご協力感謝しますよ、跡部くん」
「……乗りかかった船だからな」
中途半端に投げ出すのが嫌なんだ、そう言いながら跡部が先導して歩き出す。
嫌々ながらに歩く赤澤を逃がさないように観月が腕を取り、その後を忍足と岳人がついて
歩いて、最後にジローが。



「ところでさぁ、化粧品って誰か持ってんの?」



致命的な一言を発してくれた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「……うーん、こんなものかな?」
結局、化粧品はジローが呼んできた滝によって用意された。
何故持っているのか、というのはむしろ聞かない方が良いかもしれないと、
跡部も敢えてツッコミは入れないようにしているようだった。
ちなみにメイクも滝自身の手によって施されている。
明かりの下でちゃんと見ると思った以上に黒い赤澤の肌を、少しでも白く見えるようにと
これでも滝は頑張った方だ。
だけれども。
「………微妙だな」
「まだ、肌の黒さが勝ってるカンジやんな」
「ていうかそもそも化粧が似合ってませんよね、赤澤くん」
「だったらさせんなよ!!」
しれっと言ってのける観月へと赤澤は食ってかかっているが、肝心の相手は
歯牙にもかけていない様子だ。
「そうだねぇ…でもこれ以上濃く出すと、逆にいやらしいカンジだからね…。
 あ、跡部、とりあえず電気消してみてよ」
「ああ」
滝に言われて跡部がテーブルに置かれたランプを消してしまう。
カーテンも引かれた室内に浅い闇が訪れた。



「「…………怖ッ」」



これは、ちょっとやそっとの化粧では太刀打ちできないのかもしれない。
再びランプをつけて、一行は一様に唸りを漏らした。
「これは……思った以上に手強いな」
「化粧でもダメとなると……ねぇ、どう思う?ジロー」
「むむむ………こうなったら……おしろい、とか?」
「うわー…」
ジローの答えを聞いた滝が、はははと乾いた笑いを零した。
だが、こうなったらトコトンまでやるかと腹を括ったのは、そこにいた赤澤以外の全員で、
言葉に出したのは、観月だった。
「……それ、いきましょう」
「いきましょうって……おしろいか?」
「そう、それです。
 こうなったらもう、思いつく手は片っ端からいきましょう!!」
「せやなー…やってみるか?」
「おー、もしかしたら上手く行くかもしんねぇもんな?」
「あ、じゃあ俺、家から取ってくるよ。
 20分くらいで戻るから」
忍足の言葉に岳人も乗り気を見せ、そして滝が立ち上がる。
部屋を出て行く滝の背を見送りながら、闇に浮かぶ純白ってむしろホラー以外の
何物でもないのでは、と一抹の不安が胸を過ぎった跡部だったが、今のこのテンションを
下げるような事はしなくても良いだろうと、こっそりと自分の胸にしまっておいた。





20分後。





戻って来た滝が道具を床に広げる。
一応使い方の説明を聞いてはきたが、初めて扱う道具に少しぎこちない手つきで
全てを諦めたらしい表情の赤澤にメイクを施していく。
そして15分ぐらい経った頃だろうか。
「よし、完成!!」
眺めているのにも飽きた他の面々が雑談に勤しんでいた頃、滝の張り切った声が
部屋に響き、一斉にその方を注目して。
静寂は、ほんの一瞬。





「「バカ殿だーーーー!!!」」





床にもんどり打って笑い転げるのは岳人とジロー。
とはいえ忍足と跡部、観月の3人も笑いを隠すことが出来ずに床へ突っ伏している。
「バ、バカ殿や……すごい、ほんますごい…………ぷっ」
「お、おい、忍足、笑っちゃ失礼………くくっ」
「こ、これはちょっと予想外で………ふふふふふ」
「お前らいい加減にしろーーー!!!」
「あ。赤澤、髷結ってもいいかな?」
「滝ちゃんグッジョーーーブ!!!」
にこりと笑んで言う滝が余計とお子様2匹の笑いを誘ったようで、ゲラゲラと遠慮なく
笑い声を上げながら、床をドンドン叩いて転げまわっている。
だから、カタリと小さな音がして窓が開いたことに最初に気付いたのは、赤澤だった。
風が入りカーテンが揺れ、それで気付いたのが跡部と忍足。
その2人が視線を送るのに、観月もおや、と片眉を跳ね上げさせて窓の方へと視線を送った。



「なんや、面白そうなコトしとるやん?」



忍足と同じイントネーションで話す、小窓に止まった1匹の蝙蝠。
思わず眉を顰めたのは、跡部だ。
大体にして、知り合いの吸血鬼は全員この部屋に終結している。
「誰だ、お前…」
「ケンヤ…?」
跡部の隣で驚いたように目を瞬かせて、忍足がぽつりとそう言葉を口にした。
その名には跡部も聞き覚えがある。
以前に忍足が教えてくれたのだ、自分に血縁者の吸血鬼がいることを。
「はじめまして、やな。
 俺は忍足謙也や。ま、よろしゅう」
「…で、何の用だ?」
「いや?別に何も用事なんてあらへんよ。
 何や楽しそうな雰囲気やったしな、混ぜてもらおうと思うて」
「なあ、おい、ケンヤ!!
 見ろよアイツ、バカ殿!!」
「は?何やねんソレ……って、バカ殿やーーーーー!!」
岳人の言葉に視線を赤澤へと向け、思わず窓の縁から転がり落ちた謙也が2匹と
同じように笑い出す。
「マ、マゲ、マゲが……ッ!!」
ヒーヒーと声を漏らしながら言う謙也に、漸く全員が気付いたようだ。
いつの間にやったのか、滝が本当に赤澤の髪で髷を結ってしまったようで、
一層殿らしくなった姿にまた部屋にいた全員が笑いの渦に飲み込まれたのだった。











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ちょっと長すぎたので此処で一区切り。(笑)
私頑張りすぎ?