<The nerve which takes the first step.> 「……結論だけ言うとやな、もうアカンやろ、何やっても」 おしろいも髷も落として元に戻った赤澤に目を向けながら、忍足はそう敗北宣言をする。 それにやや不満げに眉を寄せる観月の隣で、赤澤はあからさまにホッとした表情を見せた。 「良かった…漸く解放されるのか」 「長期計画でエステに通わせるというテはまだ残ってますけどね」 「……もう止めてくれ…」 「ふーん…なんや、」 元の浅黒い肌に戻った赤澤の周りを飛び回って、謙也が意外そうな声を上げた。 「お前、すっぴんやと意外とオトコマエやったんやな」 「今更んなお世辞言っても無駄だっての」 「いやいや、俺来た時お前バカ殿やったやんか。 元のん見るの、俺初めてやし。 なーんや、こらアレコレいじるの勿体無いわ、やめときや」 「……まぁ、弄らずそのままが一番、なんですかね」 諦めたように赤澤を眺めながら言う観月が苦笑を零した。 仕方が無い、これから夜道で彼に会う時は一声かけてもらってからにしよう。 「てことは忍足、お前は収穫ナシか」 「まあ、しゃあないやろ。俺もお手上げやもん」 「……構いませんよ」 跡部に言われて肩を竦めてみせる忍足へ、観月がふと小さく微笑んだ。 結果的にダメだったとはいえ、無理難題をふっかけたのはこちら側だ。 そのぐらいの良心はある。 「差し上げますよ、少しぐらい」 「え、せやけど、観月……」 「お、おい!」 戸惑った忍足の声と、咎めるような赤澤の声が被る。 「…どうしましたか、赤澤くん?」 「だって、その……吸血鬼、なんだろ?」 本人が居るためか露骨に言う事を避けたのだろうが、何が言いたいのかぐらい 分かってしまって、忍足も遠慮がちに笑みを見せる。 「…やめときや、観月」 「赤澤くん」 静かに立ち上がり、観月は今だ床に座り込んだままの赤澤を見下ろした。 だがその目に宿るのは冷たさではなくて。 「……君が心配しているのは、僕が死ぬかもしれないということですか? それとも吸血鬼になってしまうかもしれないということですか?」 「……ッ」 「観月……」 「実はね、忍足くん」 ちらりと視線を送って観月は忍足へ微笑みかけた。 そして岳人、ジロー、謙也へと順繰りに目を向けて、また忍足へと戻る。 此処に、あの時の吸血鬼は居ない。けれど。 「僕はね、吸血鬼に血を分けるのは、初めてでは無いのですよ」 「な……ん、やって……?」 「もう随分と前になるのですが、あの時も君のように交換条件を持ちかけてきて、 最初は半信半疑だったんですけどね……」 もらうのは3口だけ、交換条件を持ちかけて、それを果たしてから。 「これが、約束事でしょう?」 「……よぉ知っとるやん」 そういえば最初に自分が観月に話を持ちかけた時、何かひとつ願いを叶えるから、 代わりに血を寄越せと言うと、彼は特に詳しい事を尋ねること無く2つ返事で了承していた。 不思議には思っていたが、まさか知っていたからなどとは思わなかった。 「さて、赤澤くん。君が彼らに持っている偏見というものを、今ここで払拭してあげましょう」 忍足の元へ歩み寄り膝をつくと、左の袖を肘まで捲って彼の方へと差し出した。 「吸血鬼と人間の共存は可能だと思っている、私もそんな人間の一人なんですよ。 お互いが歩み寄れば何の危険も無い相手なのだという事を、よく見ておきなさい」 きっぱりとそう言いきって笑う観月へと跡部は軽く口笛を吹いて賞賛を送り、 謙也も「オトコマエやなぁ…」と感嘆の声を上げる。 そして忍足も、そうなればもう笑うしかなかったわけで。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 彼らが帰途に着く頃には、時計は20時を回っていた。 夜道を赤澤と観月が並んで歩き、2人の何を気に入ったか謙也もそれについて行く。 暫く無言が続いていたが、ふいに観月が口を開いた。 「……で、どうでしたか赤澤くん、吸血鬼と初対面の印象は?」 「あー……まぁ、思ったより悪いヤツらじゃねぇなぁって……そう思ったけど…」 「けど、何です?」 「まだどこかで警戒心が取れてねぇってカンジ。 共存はどうだか分かんねぇが、馴れ合いは危険な気がする」 「せやな、俺もそう思うわ」 パタパタとゆっくりと2人の傍を飛んでいた謙也が、ふいに赤澤の肩へ止まる。 一瞬驚きはしたものの、赤澤はそれを振り払うようなことは無く、訝しげに眉を顰めた。 「お前もそう思うのか?」 「せやな……人間は生きていくのに俺らなんて必要あらへんけど、俺らは生きるのに 人間がどうしても必要になる。その時点でもう持ちつ持たれつの関係なんてゼロや。 そう思うやろ? 一緒に生きていきたいって思てくれんのは有り難いけど…正直に言えば、 馴れ合いはお互いの首を締めるだけやと思うわ」 「そういえば……謙也くんはどうして跡部くんの部屋に来たのですか?」 「あれは…ちょっと、様子を見に、な」 「様子?」 「最近あの3人が人間とツルみ出したっちゅう話を聞いてやな、どんなモンかと思て 見に来たんやけど……」 「どうだったんです?」 「………危ないわ」 ふぅ、と物憂げな吐息を零しながら、謙也が重苦しく首を左右に振る。 「アイツらはいつか、痛い目見ると思うで」 「…どういう意味です?」 「吸血鬼と人間は、似て非なるものや。 相容れるなんてのは、きっと一生かかっても無理なくらいな。 アイツらはちょっと、お互いの境界線に踏み入りすぎたみたいや」 「……そういや、跡部も滝も随分慣れた雰囲気してたもんな」 謙也の言葉に相槌を打ちながら赤澤が言う。 どちらとも相手を知りすぎると警戒心が無くなってくる。 そうなると、他の吸血鬼や人間に対しても警戒心が薄れてしまうのは当然だろう。 『危なくない』と思ってしまうのだから。 現に、自分も観月も謙也も簡単に受け入れられていた。 つまりはそういう事なのだろう。 「ああ、そうだ、思い出した!」 「観月?」 「どないしたん?」 「昔に、僕が血を分けた吸血鬼のことですよ。 確か………乾……乾貞治とか、いう名前で……」 「そうか、乾か……」 「知っているのですか、謙也くん?」 「ああ、アイツも俺らと同じで、仲間やったしなぁ…」 「乾くんは元気にしているのですか?」 「あー…うん、あいつはなー…」 「またお会いしたいものですが、」 「観月!」 歯切れ悪く答える謙也に赤澤が悟ったように観月の言葉を遮る。 何ですか、と不満そうに言う観月だったが、謙也の表情を見て彼も漸く気付いたようだ。 きっともう彼は何処にも居ないのだろう。 彼らには寿命というものが無いので、ならばそれの意味することはひとつしかない。 「………何時のことですか?」 「もう…5年ほど前のことや」 「そう……残念ですね」 視線を逸らしてそう観月が呟く。 交差点の信号が青に変わり、歩き出したところで謙也が赤澤の肩から飛び立った。 俺、あっちに行くからと、そう言って2人に手を振る。 また会うたらこうやって喋ろうな、と言ってくれた事が、せめてもの救いかもしれない。 だって、知ってしまったのだから。彼の死の理由を。 そしてそれによって傷ついてしまっただろう、仲間達の気持ちを。 「まったく……だから人間って勝手で嫌なんですよ」 ああやだやだ、身震いしながらそう言って、観月は早足に横断歩道を渡りきる。 その後を追いかけた赤澤が、困ったように観月の頭をぽんぽんと撫でた。 「泣いてんなよ?」 「…泣いてなんかないっ、バカ澤ッ!!」 「うぉっ、痛ぇ!!」 子供をあやすようにそう言えば、必死に何かを堪えるような表情のままでそう怒鳴った 観月が赤澤の脛を思い切り蹴りつけたのだった。 <END> なんかめっちゃ長くなってしまいました…あれ?こんなハズでは……。 漸く謙也が初お目見えであります。 謙也フラグもあるにはあるんですが、どこにどういったカタチで使おうか 物凄い悩む……。 今回ほど、当初頭にあったストーリーとズレまくった話もないなぁ…。 赤澤・観月・謙也の3人セットなんて全く頭になかったからなぁ…(汗) 観月はきっと色んなことを考えているといい。 そろそろ跡忍モードに入りたいとこですが、はてさて次はどうなる事やら。(遠い目) |