しとしとと、雨は変わらず降り続いている。
鬱陶しい雨が通り過ぎてくれることを待ち続けて、もう3日。
続くと解っていたなら、その前に食事ぐらいしに行っておいたのに。
そろそろ空腹を感じてきた……かも。








<The failure story the rainy day and two small intruders.>








「はぁ…」
テーブルに突っ伏すようにして忍足が重苦しい吐息を零した。
この雨が上がるの待ち続けてはいるのだが、いかんせん腹が減ってきた。
いつも跡部が出してくれる紅茶やお菓子では埋められる筈も無い部分。
欲しいのは、血だ。
「……なに辛気臭ぇ面してやがる」
「いや…その………なぁ、雨が鬱陶しいて……」
「あん?」
訝しげに眉を顰めて訊ねてくる跡部に、忍足が力無くテーブルに頭を預けたままで
苦笑を見せた。
素直に跡部に血をくれと言えば良いだけなのだろうけれど、それをためらう自分が居る。
どうしてなのか解れば苦労しない。
特にこれは『契約』なのだ、そうして良いだけの権利はこちらにあるというのに、だ。
確かに、スポーツをしているのだという跡部の身体を気遣っているから、という部分が
あるのは間違いないだろう。
とはいえこんな時ぐらいは…と、思うのに。
「何か疲れた顔してねぇか?」
こういうところだけはやたらと鋭いのが跡部という男。
怪訝そうに問うてくるのに笑って返しただけで、誤魔化されてくれたのかどうか。
「……気のせいや」
「本当か?」
「本当や。ほら、サブローこっちおいで」
ちょいと手招きすると、部屋の隅で呑気に惰眠を貪っていたレトリバーが体を起こして
走ってくる。
それに構ってやりながら、努めて明るく忍足は言った。
「ほんまに大丈夫やで?」
「……それなら、良いんだけどよ」
そんな忍足の動向を眺めていた跡部が根負けしたように嘆息を零し、その手を伸ばして
忍足の頬に軽く触れた。
「顔色があまり良くねぇんだよ」
「そう?いつもこんなモンやと」
「あんまり俺様を見くびるんじゃねぇぞ」
「………はいはい」
「それとだな、少し気になってんだけどよ」
「?まだ何かあるん…?」
困ったように首を傾げる忍足に一瞥をくれると、跡部がつかつかと窓際に歩み寄った。
雨のために今日は締め切られている窓を、景気良く全開にして。
暗闇に向かって手を伸ばし、すぐに引っ込めてきた跡部の両手には、2匹の蝙蝠が握られていた。
驚くべき早業だ。
そして手の中の蝙蝠は「放せ!!」「お前握力ありすぎなんだよ!!」などと喚いている。
「コイツら、何なんだ?」
「な…っ!!え、なんで…!?」
「さっきからコソコソを周り飛び回って覗き見してやがったんだが、
 お前の知り合いかよ?」
「バカヤロー!!知り合いじゃねー!!心の友なんだよ!!」
「そうだそうだ!!何人たりとも俺達の友情を裂くことなんてできねーのッ!!」
「てめぇらは、だ・ま・れ?」




 ぎゅっ。




「ぐえッ!!」
「く、くるC〜!!」
跡部が軽く手に力を込めてやるだけで、手の中の蝙蝠は簡単に悲鳴を上げた。
案外やわくできているのかもしれない。
それで結局これは何なのかと忍足に視線を向ければ、彼はいつになく目を丸くしていて。
「が…がっくん!!ジロちゃん!!
 お前らなんで此処に…!?」
この前聞いたばかりの名前に、跡部の眉間に皺が寄った。
思ったよりも早いお出ましだ。








◆ ◇ ◆ ◇ ◆








「うんにゃ、別に」
「最近おっしーが不審な動きをしていたからさ、
 何してんのかなーって尾行してただけ〜」
蝙蝠姿のままテーブルの上にちょこんと並んで座った岳人と慈郎は、
跡部の「忍足に用でもあったのか?」という問いに揃って首を横に振った。
更に「退屈だったC〜」というなんともお気楽な言葉に、本気で立ちくらみまでしてくる。
「で、お前誰?」
「アーン?」
蝙蝠姿の忍足より2回りほど小さい蝙蝠にそう不躾に尋ねられ、跡部の表情が僅かに引き攣った。
「侑士が居座るぐらいだから、さぞかし美味い血なんだろなぁ」
「さぁ、それはどうだろうな?」
「な、な、一口飲ませろよ」
「断る」
パタパタと小さな羽をはためかせて自分の周りを飛び回る蝙蝠が、可愛いとは思うが
少し鬱陶しいという気もする。
「あ、そだ、忘れてた!俺、向日岳人、ヨロシクなっ」
「わかったから顔の周りを飛び回るな。ウゼェ」
「お前、名前何ての?」
「……跡部景吾」
ぼそりとそう答えてやれば、気が済んだか小さな蝙蝠はテーブルにちょこんと座って
にこにこと笑みを見せた。
それを視線で追って、ふとさっきまで居たもう1匹が居ないことに気付く。
一体どこへ行ったのかと視線を巡らすと、ちょいと肩を突付いてきた忍足が遠慮がちに
サブローの方を指差した。
「あん?何が………」
その方へと目を向ければ、サブローの長めの毛に包まるようにしてすやすやと寝入っている
蝙蝠が一匹。
当のサブローは本気で迷惑そうな表情をしている。
「………やべ、写真撮りてぇ」
余りの光景にくらりときた跡部が、ほぼ無意識にそんな言葉を言ってのける辺り
クリティカルヒットだったのだろう。
「あー、ジローは何処でも寝ちまうからなぁ」
「本当だったんだな…それ」
テーブルの上で寝そべって頬杖をついているという珍しい姿のミニ蝙蝠も、なかなか
見ごたえのある光景なのだが。
「ま、今日は偵察だけだったしよ、雨も鬱陶しいから帰るぜ、俺。
 改めて天気の良い日にでもまた遊びに来るわ」
むくりと起き上がると、岳人はサブローの元まで飛んで慈郎を揺り起こした。
「……ダメだ、本気でカメラ探すか…」
今手元に無いのが心の底から悔やまれる。
そうこうしている内に、慈郎を何とか起こした岳人が跡部の開け放った窓から外に
飛び立っていった。
途中でくるりと振り返って。
「あのさ、跡部。
 俺からの有り難い助言を聞けよ?」
「……何だよ」
小さな蝙蝠は、笑顔のままでとんでも無い事を口にしてくれた。




「侑士のヤツ、そろそろ限界っぽいから気をつけろよ?」




それじゃあな!と元気良く言って去っていく2匹の蝙蝠を見送って、跡部が怪訝そうに
眉を顰めた。








<NEXT>








ゲスト岳人&慈郎の第1弾。今回は顔見せだけの目的なのでお暇は早め。
その内また改めて出したいと思います。
後半はナチュラルに跡忍で。