白く四角い部屋の中、いつまで一人で居れば良いのだろう。 時折部活の仲間達が顔を出しに来てくれるけれど。 「では、また来る、幸村」 「精市、部活の事は心配しなくて良い」 「また面白い話あったら報告に来るからなー!」 後に残るものは、いつも孤独感だけだった。 < A human being is as the human being and there should be he. > 今夜は涼しいからと、看護婦が窓を開けていってくれたおかげで、 ベッドの上から窓の外を眺めれば、煌々と輝く月が良く見えた。 今夜は、満月だ。 今日も、部活の帰りに仲間達が顔を見せに来た。 自分は満足に外に出ることも叶わないから、その代わりとでも言いたげに 饒舌に語ってくれる。 今日はあんな事があった、部活はこんな状態だった、アイツがこんなバカをやらかした。 それを聞く自分が、どんな風に思うかも知らないで。 心配してくれる彼らは、事ある毎にやってくる仲間達は大事な友人だけれど、 彼らが帰った後……酷く憂鬱になる。 自分が酷く惨めに思えてしまって。 そうして卑屈になっていく自分が、本当に煩わしいとも思えた。 ふわり、と風がカーテンを揺らす。 心地良い風を感じながら幸村が瞼を落としたところで、窓辺から声がした。 「こんばんは、ええ夜やね」 「……?」 いつの間にそこに、と思わず訊ねるのも忘れて見入ってしまった。 黒髪に、黒いマント、丸眼鏡。 見たことも無い姿、それにそもそもこの病室は5階にある。 一体どこから入ってきたと言うのか。 「………誰?」 薄々感づいてはいるものの、とりあえずそう声をかけてみると、意外にも軽い口調で 返事が返ってきた。 「人様からは吸血鬼とかヴァンパイアとか呼ばれとるモンや」 「一体どこから入ってきたんだ……?」 「え?何処て、そこの窓から。 俺飛べるねん」 「ウソ……本当に?」 「ホンマや」 にこりと人好きのする笑みを見せながら答える彼は、こんな時にこんな状況で 出会いさえしなければ、少し変わった服の趣味をした人間で充分通用するだろう。 「それで……その吸血鬼が、一体何の用で此処に居るんだ?」 「そらアンタ、決まっとるやん。 血ィ分けてもらおかな、思て」 「血…?」 「せやけど、タダで寄越せとか言ったりはせぇへん。取り引きしたいねん。 俺はお前の願いを何かひとつ叶えてやる。 その代わり、アンタはちょろっと俺に血を吸わせる。 悪い話やないと思うねんけど?」 饒舌にそう話を持ちかけながら、彼は了承もしていないのに勝手にベッドの傍にあった パイプ椅子に腰を下ろす。 足を組んで、背凭れに身体を預けて、自分の方を見て。 「どないや?」 「願いって……例えば?」 「うーん、何でも。死ねって言われへん限りはできるだけの事をしたる。 殺しでも盗みでもな」 「………何でも?」 「何やの、その目」 じとっと投げかけられる視線に少し嫌な感じを受けて、彼が訝しげに眉を寄せた。 「じゃ、俺の病気治してってのは?」 「何の病気なん?」 「……何か聞いた事も無いような長ったらしい名前だよ。 あんまり症例も無いらしくてさ、去年の冬からずっとベッドの上の生活なんだ」 「治らへんの?」 「手術をすればとは言われてるんだけど……」 ふと表情に翳りを見せて、半身を起こした幸村が僅かに俯いた。 手術をすれば。 リハビリをすれば。 それで、一体いつになったらこの場所から出られる? 「ねぇ、訊いても良いか?」 「なんや?」 「吸血鬼って、病気になったりするの?」 「やー……記憶に無いな。 基本的には、病気とは無縁の存在やと思う」 「じゃあさ、」 閃いたとでも言いたげな表情を見せて、幸村がひとつ頷いた。 「俺を、キミの仲間にしてくれないか」 「…………はァ!?」 「そうしたら、この病気もきっと治るだろ?」 「ちょお、お前、自分が何言うとるんか分かっとんのか!?」 ガタンと音を立てて彼が立ち上がると、彼が険しい表情をさせて 幸村に詰め寄っていく。 それに同じく真剣な表情のままで、幸村も答える。 「本気だ」 「アホな事言うモンやないで!? 病気治したい為なんかで吸血鬼になりたいやなんて…正気の沙汰とちゃう!!」 「キミに何が解るんだ!! こんな所に閉じ込められてる俺の気持ちなんか解らないくせに!!」 「せやけど!!」 「病気を治したい為なんか!? 俺にとっては何をしてもどんな事をしたって治したいんだ!! やりたい事もやれない、友達の話も聞くだけしかできない。 本当は俺だって外に出て皆と部活したり遊んだりしたいのに! こんな監獄みたいな場所は、もう嫌だ!!」 「ええ加減にせぇ!!」 パン!と派手な音を上げて、叩かれたのは幸村の頬だった。 じわり、と浸透するような痛みと熱さに、きゅっと唇を引き結ぶ。 「それで?お前、吸血鬼になってどないすんねん。 病気治って病院から出られたとしても、もう人間と同じ生き方はできひんねん。 夜にしか自由な時間は貰われへん。 昼間出歩くなんて自殺行為や。 それで、お前の望むモンは手に入るんか!?」 「………。」 バサリとマントを翻して、退散するべく彼は開いたままの窓辺へと向かう。 窓の縁に手をかけて、ベッドの上の少年を見遣った。 「よぉ考え。ホンマにそんな事を願いにしてええのんか。 取り引き自体はする気あるみたいやし、明日の晩もっぺん来たるわ。 考え直すんやったら、別の願いでも用意しとけ」 軽い身のこなしでヒラリと出て行くヴァンパイアの姿を、幸村はただ言葉も無く 見送るしか無かった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 今夜も窓は開けていてくれたようだった。 バサリと翼を羽ばたかせて部屋の中に舞い降りると、蝙蝠の姿から人の姿へと戻る。 日付なんかもうとっくに変わって更に時計の針は2周ほどしていた。 さすがの彼も起きてはいまいと思っていたが、それはやはり予想通りで、 ベッドの中で静かに寝息を立てているその傍に歩み寄ると、口元に僅かに笑みを乗せた。 「やっぱり寝とるか…」 茶色の髪にそっと指先で触れる。 夜になったら眠り、朝になって目を覚まし日が沈むまで外を出歩いて、また日が沈んだら眠る。 かつて、自分もそんな生活をしていた筈だった。 自分も、昔はそんな人間の筈だった。 病院で出会った彼は吸血鬼になりたいと言う。 確かに自分なら仲間に引き入れるのは容易い事だ。 けれど一度吸血鬼になってしまえば、どんなに願っても二度と元に戻ることは叶わない。 もう二度と、自分は人間に戻れないのだ。 「やっぱ………アカンよな」 自分はなるべく仲間を作らない方針だ。 自分はもう、二度と太陽を見ることのできない身体になってしまったから。 同じように苦しむ人を、見たくないから。 だから決めているのだ。 今目の前で眠っているこの人も、絶対に仲間には引き入れないと。 それが例え、どれだけ大事にしたい人でも。 「人間は……最期まで人間で居る方がええ」 頷いて、改めてそう思わせてくれた目の前の人物にありがとうな、と小声で呟くと 起こさないように出て行こうと足音を忍ばせて窓へと向かう。 だがマントに引っ掛かりを感じて、思わず後ろにひっくり返りそうになるのを 何とか堪えて後ろを振り返った。 マントの端を掴んでいるのは、手。 「忍足」 その手をずっと辿っていくと、まだ眠たげな目をぼんやりと開けている この部屋の主と目が合った。 「あ、跡部…?」 「……勝手に来て、勝手に帰んなよ」 「悪い、起こしてしもうたか?」 「んな事言ってんじゃねぇ」 「ほな…」 「そんな泣きそうなツラして、一体何処へ行く気だ」 「……ッ」 どうして解ってしまうのか、どうして隠せておけないのか。 ぐいとマントを引かれて、その力のままに忍足は床へと座り込む。 力無く項垂れたままでベッドに顎を乗せると、その頭を慰めるように撫でられた。 「人間は人間のままで居るのが一番ええと思うのに、その人間は簡単に それを辞めようとするんが、許せへん」 「アーン…?」 「まだ……不老不死を手に入れたいから仲間にしろって言われた方がマシやった。 そんなヤツなら簡単に八つ裂きにしてやれたんに」 「忍足…?」 ぐりぐりと額をシーツに押し付けながら呻くように漏らす忍足を見遣って、 すっかり目の覚めた跡部が呆れたような視線でその後頭部に手刀を喰らわせた。 「……いたいやんか」 「お前、さっきから言ってるコトがわけわかんねぇんだよ」 「何やねんな」 「ちゃんと説明しなきゃ、ちゃんと理解できねぇだろ」 「お前が理解してどないすんねんな」 「でなきゃ、俺が何言って良いかわかんねぇだろうが、バーカ」 むくりとベッドから身を起こすと、跡部が部屋の中央に置いてあるテーブルを顎で差した。 話を聞くから座れという事なのだろう。 けれど、彼はさっきまで眠っていたのに、迷惑でないだろうか。 そう思って視線を向けたら、もう一度殴られた。 「痛いって、お前人の頭ポンポン殴りすぎや!」 「うるせぇ、テメェが余計な事をグダグダ考えてるからだろうが」 「……悪かったな」 「ま、良いか。面白いからな、お前」 拗ねたような表情を見せる忍足に跡部はクッと笑みを零してから、ひとつ大きな欠伸を して見せたのだった。 <NEXT> こんなカンジで話は進んでいきます。 毎回忍足に血をあげるゲストキャラの悩みや願いを解決しつつ、 別枠で跡忍モードも組んでっちゃったりして。(笑) 基本は跡部から戴きますが、べっちばっかりから貰ってたら このヒトも慢性の貧血持ちになってしまいそうなんで、忍足くんは ちょびっと気を使ってんじゃないかなぁなんて思ってます。 友達が来てくれるのは純粋に嬉しいんだけど、やっぱり羨ましいって |