TWILIGHT SYNDROME

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川を遡りし者
戻れたる試しなし
異界に導かれし流れを辿るなかれ








#05 雛代の杜 1











その話を耳にしたのはほんの偶然だった。
例え中学の時からの可愛い後輩だとしても、彼の1から10までを
把握しているわけじゃないし、するつもりもない。
だからもしかしたら、その話を耳に入れた時点で、既に周りより出遅れていたのかも
しれなかった。
「え、お前ら知らなかったのかよ?」
意外そうな声を上げたのは、テニス部のチームメイトでもある向日岳人。
この反応を見る限りでは周囲には随分と有名な噂らしい。



『切原赤也は、最近図書室に入り浸っている』



その話を聞いた時、正直な話冗談かと思った。
テストの平均はいつも中の下、苦手科目の英語なんかは目も当てられない惨状。
読書なんかもってのほかだと思っていたというのに。
「けど…どうも、本を読みに、ってカンジじゃねぇみたいだぜ」
「どういう意味だ?」
「うーん……女の子が待ってるらしいんだけどな?」
「逢い引きか」
「あいび…って、真田なぁ、今日日そんな単語使うヤツなんてお前ぐらいだぜ?
 まぁイイや、けどオカシイんだよな」
「おかしい、とは?」
「いや……切原のヤツも相手のコトあんまり言わねぇし、図書室で切原の姿を
 見たってヤツは居ても、彼女と会ってるトコロを見たってヤツがいない」
「………不可解だな」
一緒になって話を聞いていた柳も、その向日の言葉に訝しげな表情を見せた。
入り浸っているといわれるぐらいなのだから、やはり頻繁なのだろう。
なのに相手の姿を誰も一度も見ないというのは、どういう事か。
「それと、コレが決定的なんだけどよ、」
「どうした」
「それがなぁ…」
少し言い難そうにして周囲の様子を窺った後、向日は2人に口元を寄せるようにして
小さく囁いた。



「侑士の奴が、図書室に近付きたがらねぇんだ」



忍足、という名前で真っ先に繋がるのが霊感絡みだ。
色んな事件や出来事を共に乗り越えたので、今の仲間たちは皆知っている。
かくいう向日にも少々霊感というものが携わっていて、その事を柳が問い掛ければ
それがなぁ、と向日は軽く首を傾げた。
「…図書室からは何も聞こえねぇんだよな」
「では違うのではないのか」
「いや…待て、弦一郎。
 向日は今、『図書室からは』と言ったぞ。
 ということは……違うところから聞こえてくるという事か?」
「何処から、って具体的な事は言えないけど……図書室の窓の外からは何か聞こえてた。
 何かまでは分かんねぇや。
 まぁ、そういうコトだからさ、暫く切原のコト気をつけてやっててくれな。
 もしかしたらちょっと面倒な事になっちまうかもしれねぇしな」
「………覚えておこう」
今では向日にとっても可愛い後輩である。
真田と柳にそう告げると、2人は神妙な顔でこくりと頷いたのだった。


それが、前日の話。












元氷帝の3人は、よく切原の事を気にかけている。
その3人が一様に言うのは、『切原は霊に好かれやすい』という言葉だった。
切原には霊感というものが少しも備わっていないのだが、彼らが言うには
霊感の有無が問題なのでは無く、生命力の問題なのだと言う。
彼の持つエネルギーが、寄せてしまうのだと。


だから、もしかしたら。











「……遅いな」
中間テストまで一週間を切った今は、部活動の休止期間に入っている。
なのでHRが終わったらすぐに下校して構わないのだが、切原が自分に合った問題集が
欲しいと言い出したので、今日は真田と柳も共に本屋へ寄って帰る予定になっていた。
HRが終わったら教室で待っていてくれと言われたのに、いつまで経っても
あの後輩が姿を現す気配は無い。
時刻はそろそろ17時になろうとしている。
時間に割と厳しい真田などは既に苛ついた表情を隠す事もできずに、時計と睨み合っている
ような状況だ。
「大体、教室で待てとはどういう事なんだ?
 HRが終わる時刻など大差なかろう、校門で待ち合わせでも良かったではないか」
「いや…それが、図書室に寄ってから行くから、少し遅くなると…そう言っていてな」
「また図書室か……」
本も読まないどころか活字が嫌いそうな切原が、一体図書室で何の用だ。
むしろ…用が無いのに何をしに行くのだ?
疑問は解決される事無く2人の中に残り燻っている。
先に焦れたのは真田だ。
「蓮二、図書室に行ってみないか?」
「え…?」
「行けば居るのだろう?余りにも遅すぎる。
 迎えに行った方が早い」
「それはそうだが…弦一郎、」
「なんだ」
「顔が怖い」
「怒っているのだから当然だ!」
きっぱりはっきり言い捨てて、自分の鞄を担ぐと真田は教室を後にした。
その後ろをくすくすと笑みながら柳がついて行く。
なんだかんだ言って、父親は過保護なものだ、と思いながら。


















下校時刻も間も無くといった時間では、さすがに図書室の中はがらんとしていて
人の気配というものが無い。
居るのは司書と2〜3人の生徒ぐらいなものだ。
柳はよく図書室へ足を運ぶ方なので司書とも親しく、あらいらっしゃい柳君、とニコリと微笑む
女性に軽く会釈をしていた。
「……赤也は?」
「それが…さっきから捜してはいるが、見当たらんな」
2〜3言葉を交わして真田の後を追った柳が声をかけると、眉を顰めた真田が吐息と共に
そう言葉を返した。
どう考えても図書室とは合わない切原だ、居ればすぐに分かるだろう。
「先に帰ったとは?」
「考えられんな」
「同感だ」
可能性を上げてみたものの真田に一蹴され、自分も同じだと頷くと柳は先程会話した
司書の元へと歩み寄る。
「すいません、此処に切原は来てませんでしたか?」
「切原君?……ああ、そういえば1時間ほど前に姿を見たような……」
「そうですか」
頷いてまた戻ってくると、奥に並ぶ机に向かった真田へとそう告げる。
やはり切原はこの場所へ来ていた。
例え急用が入り先に帰らなければならない事情ができたとしても、自分たちを待たせているのだ、
一報も入れずに去ってしまうことは考え難い。
そういう所はちゃんとしている奴だから。
だから尚更不思議なのだ、切原は何処へ行ってしまったのだろうか。



「蓮二、ちょっと来てくれるか」



一人思案しているところへ、真田の声がかかって柳は顔を上げる。
何も無い机の前で立ち止まっている真田が、机の上を凝視したままで柳を手招きしていた。
「どうした、弦一郎?」
「これ……どう思う?」
言われて視線を送ったそこには、机の上に無造作に書かれた文字。
それは2種類あって、片方は女の子のものだろう可愛らしい文字、そしてもう片方は
自分達もよく見覚えのある、あまり綺麗とは言い難い文字。
「これは……赤也の字……だな」
「やはりそうか」
「しかし、何だってこんな所に……」
見ればそれは交互に書かれていて、言わば交換日記とか文通とか、そういった類の
ものに見える。
普段の真田なら机に落書きなどけしからん、とか言うのだろうが。
「なんだ、これは……」
思わず零れた声は、驚くほどに掠れていた。






始まりは、女の子の方から。
どうやらよく一人でこの場所に居るらしいこの女の子が、誰か見つけてくれないかと
何気なく書いたものなのだろう。
ちょっとした自己紹介と、これを見つけて気が向いた人は返事を書いてもらえませんか?と
いうものだった。
それに返事をつけたのが、偶然見つけた切原赤也。
恐らくは、可愛いコトするじゃん、とかいう軽いノリだったのだろう。
その辺りはあの性格なので、真田も柳も簡単に読むことができる。
しばらく何気ない日常の話が続き、だが。





「………私は、もうすぐ遠いところに行かなければなりません。
 切原くんと、机の上でだけれどお話できて、とても楽しかったです。
 本当に、ありがとう……」
「遠いところって、引っ越すわけ?
 せっかく図書室に通うのが楽しくなってきたのに……残念。
 遠いところって、どこ?このまま会えないのはちょっと寂しいかも。
 最近はケータイっていう文明の利器があるから、話すぐらいはできる?」
「私も、もうお話できなくなるのはとても残念で悲しいです。
 だけど私が行かなきゃならないのは、もっとずっと遠いところで、
 会う事はもちろんだけど、電話も手紙も何も届きません。
 それぐらい、遠いところ………私、行きたくないよ」
「え?なに?それってもしかして、もうすぐ死んじゃうの、とかそういう話?
 そーいう話、オレ、パス!
 だって全然現実的じゃねーじゃんか。楽しくないし」
「怒らせてしまったのならごめんなさい。
 でも、本当に……私の姉も、17で逝ってしまいました。
 だから、今度は私の番。もうずっと昔から決められていたこと。
 だから仕方が無いの。分かってる。分かってるんだけど……でも、」
「その話、マジ?
 逝くとか死ぬとかそういうの、やめねー?
 大体、自分の姉ちゃんが17で死んだからって、なんで自分もそうなるんだよ。
 ワケわかんねーし」
「…ありがとう、心配してくれているんだね。
 なのに嫌な話ばっかりしちゃって、ごめんなさい。
 私もっていうのは…それが決められている事だから。
 だから…私は、行かなきゃならないの」
「悪い、もうヤメだ。
 これ以上付き合いきれねーよ。
 こんなネタがずっと続くんなら、オレもう返事書かねーから」
「ごめんね、切原くん。って、なんだかこの間から謝ってばかりだね。
 明日、行くことに決めました。だから、これが最後です。
 だけど…やっぱり、一度も会えないままっていうのは寂しいよ。
 一度で良いから顔を見て、ちゃんとお話がしたいです。
 今日の17時半、学校の裏山にある御社の前で待ってます。
 もしも会ってくれるなら……来て下さい」






ぞくり、と冷たいものが背中を走ったように気がして、真田がごくりと喉を鳴らした。
なんだろうか、この違和感は。
「……文面だけなら一見普通の会話文のようだが……決定的なまでに話が噛み合っていない」
じっくりと目を通した柳が、そうぽつりと言葉を漏らした。
だからなのだろうか、この薄ら寒い感じは。
切原はそれに気付く事ができたのだろうか。
いや、もしかしたら全く気付く事も無く、
「……裏山……17時半、か」
「行ったと思うか?」
「……恐らくは」
切原のことだ、ああいう風に書かれたら断れやしないだろう。
「仕方が無い、迎えに行くか」
「…そうだな」
どこまでも世話の焼ける奴だ、と零す割には足は急いでいて、やはり柳は笑みを隠す
ことができなかった。
御社の場所は自分達も知っているので問題は無い。
急がなければ、約束の時間まであと少し。




















校門を走り抜けようとした所で、声がかけられた。
どうやら今から帰るところなのだろう、向日と忍足だ。
「どないしたん真田も柳も、そんなに大慌てで」
「ああ、ちょっとな……向日、お前の言う通りになった」
「は?」
話を振られても意味が分からず向日がこくりと首を傾げる。
だが、次に繋がった言葉に見るからに顔色が変わった。
「赤也がいなくなった」
「…なんだって!?」
「行き先は多分、分かる。
 おかしな事に巻き込まれたので無ければ良いが…」
「もしかして、図書室のアレかいな?」
思い至ることがあるようで、忍足がああ、と口を開いた。



「切原も、自分が会話しとる相手が幽霊やなんて、思いも寄らへんのやろうな」



一瞬、忍足の言った言葉の意味をすぐに理解する事ができずに3人が固まる。
なんや知っとったワケとちゃうの?と忍足が問い掛けて、漸く向日のフリーズが解けた。
「侑士!!なんでソレもっと早く言わねーんだよッ!!」
「せやって、そんな悪いモンとちゃうし……それに、向こうの呼びかけに応じてしもたんは
 切原の方やろ?一度声かけてしもうたら、最後まで責任は負わなあかんで」
「そ、そりゃ、そうだけど…!!」
「一度友好関係を結んでしもうたら、一方的に切らす方が得策やない。
 嫌われたんか、とか、仲を引き裂こうとしとる、とか、元々そんな悪いモンや無かった思いが、
 負の方向に捻じ曲がるのなんて、簡単なんやで?
 せやから……ほんまにヤバイと思うまでは、俺は傍観しとこうと思ってんけど……」
迎えに行くんやったら早う行ってやりや。
その言葉に我に返った真田と柳が、行き先は裏山の御社の筈だと告げて走り出した。
2人の背中を見送っていた忍足へ、向日が自分の鞄を押し付ける。
「ちょ、なに、岳人?」
「俺もちょっと行ってくる。
 鞄、ヨロシクな」
気になるのだろう、向日がそう言って2人の後を追って駆け出した。
足は向日の方が速いので、追いつくのはすぐだろう。
あっという間に小さくなっていく赤いおかっぱ頭を見送って、忍足が小さく苦笑を浮かべた。
あれはそんなに悪いモノじゃない。
ただ…寂しいという気持ちがほんの少し前に出ているだけだ。
切原が、最悪の選択肢さえ選ばなければ、恐らく問題は無いだろう。



「怖い怖い両親に怒られる前に、ちゃんと帰っておいでや、切原」



向日の鞄も一緒に背負って、重いなぁ何冊マンガ入ってんねん、とぼやきつつ、
忍足は寮までの道程を辿り始めたのだった。
















<NEXT>











ようやく後半戦です。
今回の話はもしかしたら最終電車より長くなってしまうのかもしれないとか
そんな風に思ってヒヤヒヤしているのですが…。(汗)
結局出撃メンバーは樺地でなく岳人になりました。
2話ではあんまし役に立たなかったけど(酷)、今回はそれなりに見せ場が
あるかもしれないなぁ、なんて。書いてから結局無かったら悲しいなぁ。
その時は泣こう。


忍足はアレです、自分から火へはなかなか飛び込まないカンジです。
自分の好奇心が勝った時と跡部が傍にいる時以外は、意外と保守的です。
でも赤也を心配してるのは忍足くんも一緒ですよー。