TWILIGHT SYNDROME

〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜

 

 

 

#02 五年後の音楽室【前編】










七不思議の仲間入りをするにはまだ新しい話。
ほんの、5年前の出来事。
それがまさか、こんな事になるだなんてその時は誰も思ってはいなかった。






「うわー……真っ暗だ」


借りた懐中電灯で廊下の先を照らしながら、千石がのんびりと声を上げた。
時刻はそろそろ『夜中』と称しても良い頃合で、場所は学校だ。
廊下に響く足音は全部で4人。
それもこれも全部千石のせいだと言っても過言ではないぐらいなのだが。
「ええとそれで、何処だったっけ、場所は………第1?第2??」
千石の隣をついて歩きながらそう訊ねるのは向日だ。
彼に頼まれて渋々ながらもついてきたに過ぎない。
「第1音楽室だよ。
 悪いねー、まさかうっかり忘れちゃうとは思わなかったから」
「それよりも俺は、どうして音楽室に借りっぱなしの英語のノートがあるのかの方が
 気になって仕方が無いが」
そう言いつつ彼らの後ろを歩くのは、千石の同室者でもある手塚である。
向日が「2人だと不安だから他にも誰か来てくれるなら」なんて言葉を吐いてくれた
お陰で、白羽の矢が当たってしまったのだ。
断ろうとも考えたが、千石と向日の2人に両手を合わせて拝み倒されればノーとも言えず、
ひとつ条件を出す事で了承してやる事にしたのだ。
「や、音楽の時間にノートを写させて貰おうって思ったんだよねー。
 それで借りたまでは良かったんだけどねぇ」
「……忘れて来なければ完璧だったのに、残念だったな」
手塚の隣を歩きながら言ったのが、その条件である乾だ。
乾を誘って連れて来ることができれば行ってやるというのが手塚の出した精一杯の譲歩。
だから千石と向日は彼を誘いに行ったところ、意外にも彼は快く了承してくれた。
またよく解らないデータでも取ろうというのが魂胆だろうか。
これで奇妙な4人組が結成されてしまったわけである。
「そういえば、第1音楽室って…出るって噂を聞いた事があるんだが」
「出る?何それ、乾?」
聞いた事の無い噂なのだろう、千石が首を捻って訊ねると乾がひとつ頷いた。
「夜中に、突然ピアノが鳴り出したりするらしい」
「げぇ〜……ありがちなハナシだけどよ、なんか怖ぇなー…」
向日が肩を震わせながら軽やかに階段を駆け上がる。
校舎の3階、一番端の教室が第1音楽室だ。
「……5年前、」
ぽつり、と乾が更に口を開いた。
どこから仕入れてくるのか、その情報網は計り知れない。
「確か、5年前の話だそうだ。
 この音楽室で、首を吊った生徒がいたらしい。
 出るのは……そのせいだと」
「くだらない。ただの噂だ」
「俺は一通りのいきさつを聞かせてもらったが……、
 なかなか興味深い事件だったぞ?」
「下世話だな」
乾の言葉に手塚がそう切り捨てて、音楽室のドアを開いた。
中は廊下とさして変わらない暗闇が広がっている。
「………雰囲気あるよなぁ」
「作曲家の肖像画が、暗闇で見ると死ぬホド怖ぇよ……」
一歩、中に踏み込んだ千石と向日が揃って声を上げる。
饒舌さが3割ほど増している気がするが、きっとそれは恐怖を少しでも和らげるためだろうと
乾の脳内データではそんな処理が施されていた。
「ええと、俺が使った机、は………あ、ココだココだ!」
机と机の間をすり抜けるようにして千石が昼の授業で座った席まで辿り着くと、
その机の中をごそごそと漁り出し、1冊のノートを取り出す。
「発見!!」
「任務完了だな」
「よし、さっさと帰ろう」
「おーう!」




  
……… ポン




「………ッ、」
ぞわり、と向日の身体を悪寒が駆け抜ける。
確かに聞こえてきたのだ。
あれは、ピアノの音だ。
確かに此処にはグランドピアノが置いてはあるが、今はその蓋は閉められ、
その傍には誰も居ない。
それ以前に、感覚で知っている。
これは鼓膜を刺激されて聞こえてくる音では無いのだと。




  
…… ポン  …… ポン




何かのメロディーを刻むかのように、それはたどたどしい旋律を辿る。
「……何か、いる」
眉を顰めたままで呟く向日に、3人の視線が集まった。
「何か、とは?」
些か強張った表情で問う手塚に、察しが悪いわけじゃあ無いだろうにと眉を顰めた。
「だーかーら、………俺ら以外の…5人目が」
「……冗、」
「マジだぜ?さっきからピアノの音が聞こえてくるんだ。
 ……誰も弾いちゃいねーのに、な」
更に否定しようとした手塚の言葉を遮るようにして、向日が強く言い切った。
この存在を否定してはいけない。怒りをかってはいけない。
「…どうするんだ?」
僅かに顰めた声音で乾が訊ねてくる。
彼もこういった現場は慣れていないのだろう。
けれど向日と千石の決断は早かった。




「逃げよう!!」




言うと同時に2人が廊下へと向かって駆け出す。
それを追うように手塚と乾も走り出した。
何処へ向かうのかもハッキリしないままにただ向日と千石は夢中で廊下を駆ける。
下の階へ降りたところで、漸く2人は足を止めた。
「あー……ビビった。イキナリなんだもんよ」
「やれやれ……本当に居るとは思わなかったよ。
 けど、これで英語のノートも取り戻せたし、何が居ようともう音楽室には
 用はないもんね」
「そだなー……あれ?どしたんだ?手塚??」
「乾が……」
足を止めて、息を整えて、そして漸く気付いたのだろう。
彼の声音には少し動揺が混じっていた。
「乾が、いない」
「………は?」
「あ、あれ?ホントだ、なんで?」
「一緒に出てきたんじゃねーのかよ??」
「そのつもりだったんだが……」
懐中電灯の明かりから引き離されないようについて走るのが精一杯だったから、
そこまでの注意がいかなかったのだ。
「この暗がりで、あっちこっち彷徨ってるとは考えにくい、かな?」
「じゃあ……音楽室とか?」
「妥当なセンだ」
千石と向日が出した答えに手塚が頷く。
とりあえず、来た道を辿りながら戻ってみるしか無いだろう。
自分達を見失った乾が動かずに待っているかもしれない。
静寂の漂う廊下を乾の姿が無いか見回しながら歩いて、結局見つからないまま音楽室の
前へと戻ってきてしまった。
ドアを開ける前に、その手を向日が止める。
口元に手を当てて声を殺すと、中から聞こえてくるのはピアノの音。
誰も居ないからなのか、授業の時に聴くそれとは明らかに異なった雰囲気を持っていた。
これは、違う。
あの『音』ではない。
「……ピアノ、」
「うん、するよね、ピアノの音」
「俺にも聞こえるが?」
「……どういう事……なんだ?」
ガラリ、と音楽室のドアを開けると、よりリアルに耳に飛び込んできた音。
グランドピアノの前に座っている彼は、さっきまで自分達が捜し求めていた相手だった。
決して上手いというわけではないが、それなりに弾きこなしてみせる姿が意外だ。
けれど、向日の第六感はそれだけでない事を告げている。
耳に飛び込むピアノの音は、2つ。
現実のものと、もうひとつ。
「なぁ…手塚、ひとつ訊いてイイか?」
「なんだ?」
「乾って……ピアノ、弾けたか?」
「………そんな話は、今まで一度も聞いた事が無い」
「乾ッ!!」
手塚の答えに向日が彼に向かって声をかけた。
途端にピタリと止む、ピアノの音。
だけど向日に聞こえてくる、もうひとつのピアノは消えてない。
かたりと音を立てて椅子から立ち上がった乾に、3人の背中を冷たいものが走った。
キンと強く鳴り響く耳鳴りは、向日にとって警鐘だ。
何か、嫌なものが彼の中に居る。
「ちょ、どうするのさ、向日?」
「本当は……俺より跡部の方が向いてんだけどな……。
 とりあえず、やってみるか」
千石の言葉にそう頷いて、向日は一度大きく深呼吸をする。
心を落ち着かせて、より強い精神で立ち向かうことが原則だ。
「……お前、乾の体を乗っ取って、何がやりたいってんだよ。
 お前なんだろ?此処に居座ってるって奴ってのはよ。
 そこにずっと居たってどうにもならねーし、何もできやしねーんだよ」
乾の中に居る存在は何も言わない、何も答えない。
ただ耳鳴りは強さを増し、鼓膜を刺激してくる。
その痛みに耐えながら向日は負けじと叫んだ。
「俺の声、聞こえてんだろ?
 話したいなら話せばイイ。多分……俺なら聞いてやれる筈だ。
 だけどその前に乾の体から出るんだ」
ただ無表情の彼は、じっと向日を見つめている。
何か言いたげに、僅かに表情が歪んだ。
あと、少し。


「とにかくそこから出ろつってんだよ!!
 このままじゃフェアじゃねーだろうが!!」





  
ガ タ ン !!





「うわッ!」
「驚いた…、」
向日の言葉に抗うかのように、室内に並べられていた机や椅子が一斉に音を立てた。
どうやらまだ出て行った気配は無い。
「…くそくそ、言うこと聞きやがらねぇ……これ以上刺激したら乾もやべーな。
 一旦ココを出ようぜ」
「どうするんだ?」
「いいから、とりあえず話は廊下でな」
ちらりと視線を向けたが、乾は微動だにしない。
それを確認して、微かに吐息を零した向日は2人の背を押して歩き出した。




さて、どうするべきか。











<Next>










にっちもさっちもいかなかったので、今回のパロは未来にしてみました。
イメージとしては、トワイライトの第2の噂の事件を凶エンディングで
終わってしまった、その5年後みたいなカンジです。

跡部も忍足もいないので、岳人だけが頼りです。
がんばれがっくん!!(笑)