TWILIGHT SYNDROME

〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜

 

 

 

#02 五年後の音楽室【後編】











音楽室の扉を閉めると急ぎ足で一番近くにある教室に入り、向日はポケットから
携帯を取り出す。
折りたたみのそれを開くと、ディスプレイから柔らかい光が溢れ出した。
さて、誰に連絡をとるべきか。
この時間から跡部に学校へ来いというのも気が引ける。
それ以前に彼の事だ、自分の帰りなど待たずに先に寝てしまっているに決まっている。
忍足では祓えないので意味が無い上に、逆に憑かれたりしても困る。
今回は自分達だけで何とかしなければならない。
「5年前の事件のことを知ってそうといえば……」
確か乾は、この場所に出るのは5年前に自殺した生徒の霊だと言っていた。
割と細かなところまで知っている雰囲気だったから、恐らく当時はかなりセンセーショナルな
話題だったのだろうという事は想像がつくし、それが今でも口伝えで話題に上っても
何ら不思議は無い。
「切原か……ヒヨかな。
 でも、アイツらのネタはちょっといい加減っぽそうだしなー……」
「そうなんだ?」
「できれば……できるかぎりの真実を知りてーんだ。
 何がどうして、ああなっちまったのか……ってコトをな」
「柳なら、」
向日と千石が話しているのを聞いて、手塚がぽつりと声を漏らした。
「……柳なら知っているかもしれない」
「本当か?」
「乾のことだ…新しいネタは必ず柳にも話すだろう。
 知らないなら知らないでアイツなら素直に言うだろうしな。
 知っているなら…恐らくは誰よりも真実に近いような気がする。
 訊いてみるだけの価値はあると思うが」
「……なるほど。オッケ、柳にすっか」
手塚の意見に向日がへらっと笑みを見せて、携帯の短縮ナンバーを押した。




【向日か?どうしたんだ。まだ戻ってこれないのか?】

「いやー……えっと、その、まぁ、色々あって……」

【弦一郎も忍足も心配しているぞ。まだ連絡が来ないとな】

「う……その……スイマセン。
 って、そうじゃなくて、あのさ柳、ちょっと訊きたいんだけどさ、」

【なんだ?】

「5年前に音楽室であった自殺騒ぎの話って、乾から聞いた事あるか?」

【…? そういえば……貞治が前に、そんな話をしていたことがあるが……】

「マジで!?教えてくれよ、ちょっと急ぎなんだ!」

【……何があったんだ】

「乾が…ちょっと、ヤバいコトになっちまっててよ、助けるために必要なんだ」

【どういう事だ…?】

「いや、それは帰ってきてから話す。今はとにかく急ぐんだ。
 知ってる限りのこと全部、教えてくれ」

【………そうか、わかった】




大体10分ぐらいだっただろうか。
電話を終えて携帯のディスプレイを閉じた向日の表情は複雑そのものだった。
「どうだったんだ、向日」
「どうもこうも……最悪だぜ」
手塚の静かな問いに、肩を竦めて向日が吐息を零す。
柳の話では、自殺したのは女生徒で、この高校に居た音楽教師との恋愛・破局の末の
結末らしかった。
放送委員でもあった彼女は、よく放送で教師を音楽室まで呼び出して会っていたようで、
その事件の日も、放送で呼び出しがかかったので教師が音楽室に向かったところ、
当の本人が音楽室の窓辺で首を吊っていたのだと言うのだ。
そして、その問題の教師は。
「死んだらしいぜ、交通事故で」
「……なに?」
「そいつの自殺騒ぎのあった割とすぐ後だったらしいんだけどよ。
 それもこの霊のせいだとかなんだって、当時はすげー騒ぎになってたらしい」
「そりゃあ……そんなタイミングじゃねぇ……」
「一番ヤな展開なんだよなぁ」
「どうして?」
小首を傾げて問う千石に、携帯電話をポケットに突っ込みながら向日が答える。
「復讐したい相手を殺れて尚、そこに居るんだぜ?
 そんだけ……想いがでかかったんだろうけどさ…でも、たぶんアソコに居る
 アイツはそんな悪いヤツじゃねーんじゃねーかって、思う」
「……どういうコトさ?」
「音が……まだ綺麗だからさ」
首を吊ってしまった女生徒は、一体何を思って放送をかけ、呼び出したのだろうか。
破局したという事だから、教師に対するあてつけなのか?
だが、それもどこか違うような気がした。
確かに良いもののようには見えないけれど、聞こえてくる音はそこまで禍々しいもの
だったわけじゃない。
「やー……オンナゴコロってヤツは、わっかんねー」
「あー、それは同感かもね〜」
「ナンパしまくってる千石が何言ってんだよ」
「いや、それとこれとは話が別だから」
向日が言うのに千石が手をパタパタと振って苦笑を浮かべた。
「とにかく放っとくワケにもいかねーし、もう一回チャレンジしてみっか。
 何か聞こえたらイイんだけど……なんつーか、ちゃんと言葉になってねぇんだよな。
 あーくそ、侑士が居ればもうちょっと詳しいコトわかったんだろうけど…そのヘンは
 言ったってしゃーねぇし。行こうぜ」
「……手立ては?」
「正直……わかんねー」
神妙な表情で訊ねてくる手塚に、向日は正直に答えて肩を竦めたのだった。








音楽室のドアをそっと開く。
もう、ピアノの音は聞こえてこない。
乾は何処かと視線を巡らせば、窓辺に立ってじっと外を眺める後姿が目に入った。
「……いーぬい、」
務めて軽く声をかけるが反応は無い。
仕方無く中へ入ると3人はゆっくりと乾に近付いていく。
傍に立てば流石に気付いたようで、ふいに乾の顔が自分達の方を向いた。
月明かりに照らされて見える顔色は、青白い。
「乾、わかる?」
「………。」
「……まだ、アンタなのか?」
僅かに視線を厳しくして向日が問うと、ぴくりと僅かにその身体が揺れた。
ふいに耳に入ってきた『声』を聞き逃さないように神経を集中させる。




「なぁ、こんなトコロでずっと、何してんだ?」

「待ってんのかよ、先生をさ」

「もう、どれぐらい待ってんだ?」

「……そう、結構長いコト待ってんだ」




後ろから見守っている千石と手塚には、相手の『声』が聞こえないから
傍から見れば向日が独り言を呟いてるようにも見える。
だが、どうやら向日は相手の声を聞くことに成功したようだ。




「なぁ、乾の身体、返してくれよ」

「……お前、どれだけ勝手なコトしてんのか解ってんだろ!?」

「お前は死んだんだ。もう……5年も前に居なくなってんだよ!
 お前の居場所はココじゃねーんだ!!」




跡部のように祓う力が無い自分に、乾を助ける事など不可能だ。
けれど、このままにしておくわけにもいかない。
何とか追い出してしまえば、後は逃げてしまえば良いだけなのだが、
なかなかどうして今回の相手は非常に強情だ。
向日が逡巡を見せていると、手塚が一歩、乾の方へと歩み寄った。
「手塚!?」
「…正直、俺に霊感なんて無いからな、向日が感じ取っているものが
 何なのかはわからない。
 だが……この乾が乾じゃない事ぐらいなら、俺にだってわかる」
分厚い眼鏡に覆われた顔に表情は無い。
目の前に立っても何も言わない、何より見ようともしない。
「乾……乾、聞こえているか?」
「手塚、お前何やって…」
何をするのかと見守っていると、手塚は『憑いた相手』ではなく『乾』に話し掛けたのだ。
驚いた向日が声をかけてくるのを手で制して、手塚が続ける。
「向日や跡部がいつも言うように、これが精神力の勝負なのであれば、
 乾自身が憑いた奴を追い出す事だって可能な筈なんだ」
憑いた相手が言う事を聞かないような存在なのであれば、そちらではなく彼自身に
声をかけてみるのもひとつの手段だろう。




というよりはもう、それに賭けるしかないのだ。




「振り解くんだ、こんな奴に負けるお前では無いだろう?」
「………ッ、」
乾の唇の端が僅かに戦慄く。
何かを言おうとするかのように。
あと、少し。
「そんな奴の言いなりになんかなるんじゃない。
 俺の名前を呼べ、乾。
 ……できるだろう?」
「…………て、」
乾の口から声が零れてくる。
掠れて弱々しいけれど、間違いなくこれは彼のもの。
彼が、必死で抗っている証拠。
「………て、づか…ッ、」
がくりと膝から力が抜けて倒れ込む乾の身体を、慌てて手塚が抱きとめる。




  
………ポーン…




また耳に入ってきた音に向日がハッと顔を上げた。
さっきも聞いたピアノの音だ。
『声』でないという事は、遠ざかったということだ。
「手塚、懐中電灯貸せ!!
 そんでお前、乾負ぶって来い!!」
「向日?」
「乾から出た!!今の内に逃げるんだ、急げ!!」
向日が懐中電灯を受け取り千石に投げ渡すと、上手く受け取ったそれを点けて
2人を先導すべく千石が走り出した。
乾を背負った手塚が立ち上がるのを待ってから、向日もそれに続くと。




  
ガタンッ!




「げッ!?」
「なんだッ!?」
逃げ出すのを阻止するかのように、音楽室の中の机が一斉に動いたのだ。
これには千石も向日も声を上げて足を止めた。




  
ガタ…   ガタッ!!




少しずつ動き出した机と椅子は、まるで意思を持つかのように3人を取り囲む。
物理攻撃に出ようというのか。
「うわ〜……ほんとビックリだよね、ココの霊って。
 本格的に怖いよ…」
「やーでも、こっちの方が面倒くさくなくてイイと思うぜ?」
「ま、それは言えてるけど」
通せんぼをするように立ち塞がる机を見遣って、千石と向日は服の袖を捲りながら
ニヤリと強気の笑みを見せた。


「悪いけど……強引にでも通らせてもらうかんな?」














何とか校舎から逃げ出して、とりあえずまず真田に電話を入れた。
受話器の向こうから聞こえたのは自分達を叱る怒鳴り声だったけれど、
それでも何だか、ホッとできる。
近くの公園で乾が目を覚ますのを待って、4人は急いで寮へと戻ったのだった。





























翌日の昼休み。
第一音楽室に、乾の姿があった。
目を覚ましてから、それまでの事を一通り聞きはしたけれど、残念ながら何一つ
覚えてはいない。
憑かれるなんて滅多にない経験だし、さぞ良いデータが取れただろうに。
そう呟けば呆れた表情を浮かべた手塚に拳骨で殴られてしまったのだが。


そうだ、そういえば。
何となく朧げにだけれど、手塚が自分に向かって何かを言っていたような気がする。
それに自分も必死で答えようとしていたような覚えもある。
もう、曖昧すぎる記憶で何を言っていたのかなんてわからないけれど。




「………まだ、そこに居るのかい?」




誰も居ない音楽室の中、グランドピアノに目を向けて乾がポツリと呟いた。




「君の待っている人は、もう此処には居ないのだが……そこでずっとそうしていても、
 向日の言った通り何も変わりはしないと思う。
 だが……それでも待つというのなら……『待つ』という行為そのものにしか
 意味を見出せて居ないと言うのなら……もう、止めはしないよ。
 ま、このままいけばあと5年か10年もすればキミも正式に七不思議の
 仲間入りだろうからね」




肩を竦めてそう告げると、用は済んだとばかりに乾は出入口のドアへと足を向ける。




「Good Luck. いつか……逢えるといいな」




一度だけグランドピアノを振り返りそう言葉をかけて、静かにドアを閉めた。












『日が沈んでから音楽室に行くと誰も居ないのにピアノの音が聞こえる』という噂は
その後も順調に周囲に広まって、乾の言葉通り10年後には七不思議のひとつとして
話されるようになる。
だがその事は、今の彼らには当然知る由も無い。












<END>










超・難・産でした…!!(汗)
なんていうか、霊感ネタで跡部も忍足も居ない状況っていうのが
こんなにしんどいモノだとは思いませんでした。(遠い目)
次はいよいよ私の大好きなあの話です。
気合い入れてくぜ!!おー!!

 

次は跡忍樺赤でいく予定。自分的に結構好き組み合わせかも。(笑)