「あ、アレ…?
 なあオイ、ヅラ、コレ見ろよ!!」
自分達の拠点から少し離れたところにある町まで、敵情視察ということで訪れていたのは
銀時と桂の2人だった。
2人とも素性がばれないように、僧の格好をしている。
笠を目深に被っていた桂は、銀時の呼びかけに足を止めた。
「どうした?」
「コレ………新八だよな…?」
銀時が走り寄った電柱には、捜し人の張り紙がしてあった。
作ったのは大人だろうが、書いたのは子供なのだろう。
まだ幼い子供の字で、志村新八・6歳を捜しています、と書いてある。
似顔絵も描いてあるがあんまり上手くなかった。
それが、よくよく見れば近隣の電柱や壁、店の窓やらに沢山張ってある。
見れば住所も書いてあって、此処からそう離れていない事も知った。
この町は拠点としている場所から中途半端に離れている。
それも世間には見つからないような場所に拠点を構えているのだ、
出会えなくても仕方が無かっただろう。
そして自分達も、此処まで来なければこれを知る事など無かった。

 

「………潮時、だな」

 

静かに告げてくる桂の声に、銀時は黙ったままで頷くしか無かったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の随分と夜も更けた頃に、銀時と桂は帰ってきた。
新八は、と訊ねると数時間前に寝てしまったと高杉が答える。
「新八の家、見つけたぜ」
「本当か!?
 やっと帰れるんじゃなァ、あの童…」
「漸くクソガキの子守りからも解放されるのか。願ったりだな」
「何言ってんだ、結構楽しんでたんじゃねェの?高杉だって」
「うるせェ銀時、殺すぞ!!」
「おーこわッ」
「ちょっと黙れ、お前達」
今まさに取っ組み合いを始めようとしていた銀時と高杉を制して、だが、と桂は
困ったように腕組みをして唸る。
「お前達……今度の作戦を分かっているのだろうな?
 どうするのだ、今度はあの町が戦場になるのだぞ」
「…………ああ……」
そうだ、その為の視察だったのだ。
思い出したのか銀時が口を噤み、高杉と坂本も神妙な面持ちで黙り込む。
もちろん新八の事を考えれば早く家族の元へ帰してやりたいと思うが、
その町が戦場になるのだと考えると、今帰すのも得策じゃないかもしれない。
「けれど……戦争とは、良くも悪くも犠牲が出る。
 それも、戦争を起こすもの起こされるものだけじゃない、
 全く関係のない一般市民が巻き込まれることもザラにある話だ。
 万が一にでも、少年の家族が巻き込まれるような事になれば……いや、」

 

 

それだけじゃない。

連れて行った新八が犠牲になる事だって、十分に考えられる話だ。

 

 

「……怖気づいたのか、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。
 怖気づくわけではないが……ただ、不安なのだよ、俺は」
「……言うたって、しょうがないぜよ。
 ワシらだって遊びでやってるんじゃあなか。じゃろ?」
「まァ、要は新八がどうしたいか、じゃねーの?」
「銀時……」
ガリガリと頭を掻きながら銀時は、とりあえず新八に訊くわ、と言って
その場所を出て行った。
見送っていた3人は、障子の閉まる音を聞いたと同時にため息を吐く。
「どうすんのかね、あの天パ」
「一番気に入ってたのはアイツだろうに…」
「まーまー、ああ言うんじゃ、金時に任せんしゃい」
考えたって無駄なのだから。
自分達の作戦決行の日は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐ隣から、ドサリという音と頬に当たった風圧で、新八は驚きに目を開いた。
今の今まで眠っていたのだから、すぐには覚醒できなくて片手で目を擦りながら
新八はパチパチと何度か瞬きを繰り返す。
「……れ、銀…さん?
 おかえりなさい……」
「おう」
自分を起こしたものは、どうやら布団だったらしい。
3つに畳まれたそれを新八の寝ていた布団のすぐ隣に敷きながら、銀時は短く
返事をして掛け布団を被せ、枕を放り投げた。
そうしてから、寝るのだろうかいそいそと布団に潜り込む姿を見つめながら、
新八はこくりと首を傾げる。
「今日は、おそかったんだね」
「まぁ、ちっとばかり遠くに行ってたモンでな」
「ふぅん?」
「それでよォ、新八。
 お前んち、やっと見つけたぜ」
「…………えッ!?」
へらりと笑みを浮かべて言う銀時に、驚いた新八は思わず布団を跳ね上げて飛び起きる。
この男は何と言っただろうか、見つけた、と言っただろうか。
「ボクのおうち……みつかったの?」
「おォよ、コレで姉ちゃんにも会わせてやれる」
「姉上………」
かれこれ3週間にはなるだろうか。
心配していなければ良いのだけれど。
いや、してない筈が無い。ああ見えて酷く心配性なのだから。
「………帰りてェか?
 いや……帰りてェよな、普通は」
俺ってば何訊いてんだ、と自嘲気味の笑いを零しながら銀時が言うのに、新八が
はっと気がついたように顔を上げた。
そうだ、帰るということは。
「銀さん……ボク、おうちに帰ったら……もう、あえないんだよね?」
「あー…?
 そうだなァ……まぁ、そうなるかな」
「………。」
「新八?」
俯いて黙ってしまった新八に、銀時は怪訝そうな様子で覗き込むように見遣る。
その頬に、ぱたりと雫が零れてきた。
「…………やだよぅ……」
「え…?」
「あえなくなるのは、やだよ………」
でも、家には帰りたい、姉には会いたい。
決して噛み合う事のない望みなのは新八にだって分かっているのだろう。
そのジレンマが今、涙を零すのだ。
「……新八ィ。
 ちょっと、こっち来いな?」
「え、うわッ!?」
細く小さい腕を掴んで引き寄せれば、案外簡単にその体は銀時の懐に倒れ込んできた。
自分よりも2回りも3回りも、ヘタすればもっと小さな体を閉じ込めるように抱き締めて、
あやすように頭を撫でる。
「これはあくまで俺の意見なんだけどな。
 お前はやっぱ、家に帰るべきだよ」
「………ッ、でも」
「帰って、姉ちゃんに会って、無事だよって報告するべきだ。
 でなきゃあ、姉ちゃんの胸がきっと心配で心配で潰れちまうだろ?
 オメーだって、姉ちゃんを泣かせたりはしたくねーだろうが?」
「……うん。
 でも、銀さんたちとあえなくなるのも、いやだよ」
「贅沢なヤツだな、お前。
 そりゃあもう仕方がねぇ、テメーがまだガキなんだって、諦めろ」
「…………。」
「お前がもっともっとでかくなって、そん時にまだ俺らのこと覚えてたらよ、
 そしたらお前が、俺達を捜しに来りゃァいい」
「え…」
「俺らはずっと、お前の事を覚えてっからよ。
 お前がまた来るまでずっと、何とか死なねーようにすっから、な?」
ぐりぐりと頭を撫でながら言って、銀時はニッと笑顔を見せた。
泣かねぇって言ったよな、と顔を覗き込むようにして言えば、新八は大慌てで
服の袖で顔を拭う。
唇を引き締めて見上げてくる姿に、思わずはは、と声が零れてしまった。
「お前はスゲー奴だよ。
 こんなに小っこいのに、俺らにあったけぇモン一杯くれた。
 俺だけじゃねェ、ヅラも、坂本も、高杉も、みーんな、お前の事が大好きだからな。
 絶対忘れたりなんかしねぇから………だからまた、会いに来い。
 今よりもっとでかくなって、腰に刀差してさ、侍になって戻って来い。
 できるだろ?お前なら」
「………うん。
 ボク、ぜったいまたあいに行くよ!
 銀さんたちのおてつだいしに行くからね!!」
「おー良い返事だ。じゃ、約束な?」
小指を立ててずいと突き出せば、新八も小さな手を差し出してくる。
大きな無骨な手と、小さな柔らかい手は余りにも不釣合いではあったのだけれど。

 

絡み合った小指で交わした約束は、絶対に忘れないと2人は思った。

 

 

 

 

 

<次>

 

 

 

 

 

すんません、ちょっと長くなりますんで…。(汗)