カラン、と音を立てて落ちた木刀。
馴染みの無い、馴染むはずの無い感触を持て余して、
ただ、呆然と立つことしかできなかった。

 

 

 

 

<We do like this and become strong.【前編】>

 

 

 

 

 

 

なんでこんな目に合ってんだ。
ズルズルと地面を這いずるようにしながら、何とか元の場所まで
戻って来て、漸く安堵の息を漏らす。
おかしい。
いつものように仕事が来て、人助けして、ついでに旧知の仲間も
助けてやって。
今回は本当にイイ事をしたと思っていたのに、フタを開けてみれば
腹は切られるわ布団に押し込められて薙刀持った女にメンチ切られるわ、
あげくの果てには要塞と化しているこの場所で、罠だらけの庭を
仕事するよりも真剣に逃げ惑う自分がいた。

 

(……ありえない。いやホントありえないからコレ。)

 

合わせたくない顔3連コンボ、いやもう一人居たような気もしなくはないが、
どっちにしたって最悪だ。
どうして誰も止めてくれないんだ、いやもう誰か殺していいから止めてくれ。
でないと銀さん死んじゃうよ。
そういえば、いつもはツッコミ担当の少年が、どうしたことかここのところ
暫く口数が少ないことを思い出して、縁側から室内へと這い登りながら
銀時は周囲を見回した。
確か、逃げ出す前はあそこで煎餅齧りながら本を読んでいたのを知っている。
この屋敷の要塞モードのスイッチを、姉が言うままに入れやがったのはあの小僧だ。
だけど、今は机の上に本がぽつりと置いてあるのみで、誰の姿も無い。
他の面子はまだ庭先でギャアギャア喚き散らしているし、だがあそこにも居なかった。
「…………まァ、別にいねェで困るってワケでもねーけどなー…」
ガリガリと髪を掻きながら呟けば、それは少しくたびれた声になっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

結果的に言えば、捜していたことになるのだろうか。
騒ぎというより殺し合いに近いアレから遠ざかるように、フラフラと銀時は屋敷の中を
歩き回った。
要塞モードとはいえ、基本的には外部からの侵入者を防ぐものだ、中に入ってしまえば
何の罠も無く普通の家と変わりない。
しかしやはりあのツッコミ眼鏡は見つからなくて、玄関から出た足はそのまま裏手に回り
道場の方へと向いてしまった。
いるとすれば、あとはもう此処しかない。
視線を持ち上げれば、開け放された入り口が目に止まってああやっぱり、と思う。
道場主としては日頃の鍛錬も怠りませんということだろうか。ならば感心だ。
屋敷と道場を繋ぐようにしてある飛び石をひょいひょいとつま先だけで跳ねながら
遊ぶように進んでいると、ふいに。

 

「止まりなさい!!」

 

声と共に喉元に突きつけられた刃物が、反射的に歩む足を止めさせた。
気配もなにもあったもんじゃない、まるで気付かなかった。本当に人間だろうか。
「……とうとう俺打ち首にでもなるんですかね、おねーさん」
「私個人としては首を晒しモノにして、胴体は市中引き回しにしてやりたいわよ」
「ってか何でそんな目がマジなんですかマジでやる気なんですか」
「アナタが良いと言うなら、是非に」
「言うかボケェェェェェ!!」
「えぇー…」
「そんな残念そうに見てもダメだからッ!!
 つかテメーそこまで俺のことが憎いかァァァァ!!」
じとっと見てくるお妙に絶叫で返して、また他の奴らも来るのではないかと思い
銀時は慌てて周囲を見回した。
だが局長や始末屋が出て来る様子もなく、静かなものだ。
ざわり、と周りの木々が風でざわめきの声を上げるのみで。
「あー……もしかして他の奴らは血祭りにあげちゃった?」
「銀さん、」
「………で、なんで俺はいつまでも首に刃物突きつけられてなきゃ
 なんねぇんだ?」
「銀さん。
 …新ちゃんの様子が、おかしいの」
ぎゅっと薙刀の柄を握り締めて、お妙が真っ直ぐに銀時の目を見る。
その強い光には覚えがあった。
大事なモノを守ろうとする時に見せる人間の目だ。

 

誰を守ろうとしてるんだ。
お妙のことだ、新八のことでしかないだろう。
何から守ろうとしてるんだ。
この状況を見る限りでは………俺からか。

 

「ずっと、様子がおかしかったの。
 私にアナタを見ててくれって頼みに来た時からずっとよ。
 少しだけ話をして新ちゃんはすぐに何処かへ行ったわ。
 だけど……私には、それまで何をしていたのかも、あれから何処へ
 行ったのかも、教えてはくれなかった。
 アナタ達は何をしていたの?
 どうして………どうして、新ちゃんが、」
あんなに小さく見えてしまうの、と告げる言葉を聞くよりも早く、その目は
道場の中に居る少年の背中を見てしまった。
床にペタリと座り込んだままの姿で動こうともしない、こんな入り口で
喚き合っている自分達の方を見ようともしなかったのだ。
多分彼は今、あの場所にいるようで、いないのだろう。

 

 

ならば彼はどこにいるのだ。

どこに、取り残されたままなのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

暫くは無心で木刀を振るえた。
だけどどうあったって蘇るのは、肉を裂くあの感触だ。
切れ味の衰えていない手入れのされている真剣とはいえ、落下する勢いが
手助けしてくれていたとはいえ、誤魔化されるものではない。
皮膚を破き肉を裂き、神経を切り骨を砕いて。
あの時はただ必死だった。
助けたい一心で、止めていてくれたのだろうエリザベスの腕を振り切って、
剣まで奪って飛び出した。
後悔はない、憎悪もない。
だが、満足感もない。
残ったものはたったひとつ、恐怖だけだった。

 

(………情けない。)

 

込み上げる吐き気を堪えていると、震え出すのは両の腕だ。
木刀を握っていることもできなくて、それは乾いた音を立てて床に転がった。
左手で右手を抑えるように握ってみたが、その左手も震えている。
これはどうしようもない。

 

 

 

 

人を切り裂いた感触も。
簡単に飛んでいった、人間の腕も。
そしてそれを盲目の目でもって追いかけて、
平然とした表情で自分と対峙した、あの人斬りも。

 

何もかもが、怖かった。

 

 

 

 

 

NEXT

 

 

 

 

 

侍魂って自分大好きです!!(言い切っちゃった)
しかも銀魂は江戸っ子な人が多い上にアレな作品なので、
普段使わないような文体やセリフ回しが使えて楽しいです。
そんなカンジで書いてしまった一本。でもまだ半分。

まぁ、佐伯が書いたらこんなんなるんだなぁってぐらいの
ノリで読んでもらえたら嬉しいかもしれません。