ああ、そうか。
達した結論に納得したような顔をして、銀時はまた頭を掻いた。
「お妙さんよ、アンタ……人を斬った事があるか?」
「……あるわけないでしょ」
蹴ったり殴ったりする事は山のようにあるが、どうやら今のところ
彼女も人を殺めた事は無いらしい。
らしいというか、それが本来ならば当然の人の道だ。
廃刀令で剣も奪われ、今では人が人を殺すなんて痴情の縺れか怨恨か
物盗りの犯行ぐらいでしかないだろう。
それがひとつの信念を貫き通すための方法であった時代は、とっくに終わった。
だから彼女には永遠に分かるまい。
自分の弟が今、自分の中の何と戦っているか、なんて。
「………どいてくれ」
「ちょ…、ちょっと、」
首元に突きつけられた刃物を臆する事無く掴み、ぐいと押し返す。
皮膚が切れた感触があったが構わず力を込めると、お妙はあっさりと腕を引く。
怪我をすることを、傷つくことを、痛みがあることを知っているからだ。
脅しであるだけの道具でそこまでするつもりは無いのだろう、あっさりと薙刀を
後ろに下げると、お妙は眉を顰めて銀時を見上げた。
「アナタは殺したことあるのね?」
「そりゃあもう、山ほどな」
「……殺されたことは?」
「かかったことはあるけど、殺されてたら俺今此処にいねーって」
「いや不死身そうだったから、つい」
「お願いだから人間扱いしてくれませんか」
「………新ちゃんも、人を殺したの?」
「……………。」
正確に答えるなら否だ。
だが、銀時にはどうしてもそう答えることができなかった。
相手が生きていればセーフで、死んでしまえばアウトなのか?
そうじゃない、そうじゃないのだ。
「アイツが人間を斬った。
たぶん………初めてだったんだろうなァ」
愕然とした表情を浮かべているお妙を一度だけ見て、銀時はまた視線を道場の中へ向ける。
相変わらず動かない背中は、何も答えやしないけれど。
「責任は、俺にある」
だから自分は行かなければならないのだ。
<We do like this and become strong.【後編】>
膝の上に置いた手が、袴を掴んでぎゅうと握られる。
木刀はその前に転がったまま。
それすらも持てなくなってしまったのか。
「…………人を斬るって、こんな事だったんですか」
振り返らなかっただけで自分の存在などとっくに知っていたのだろう、
座り込んでる少年の後ろに立つと、小さく声が聞こえてきた。
「ああそうさ、ロクなモンじゃねぇ」
「アンタは、ずっとこんな思いをしてたんですか」
「……イヤそれはお前、いくら何でも慣れっから」
戦場に身を置いていた頃は、それこそ日常茶飯事だった。
そんな事訊かれても今更だ。そう考えて銀時ははて、と首を傾げた。
自分にだって、初めてはある。
初めて人を斬った時は、どうだっただろうか。
「いつも腰にブラ下げてたソレまで、重くなっちまったか?」
「………。」
答えない背中に肯定と受け取る。
頭を掻くと、吐息を零して銀時はその場に膝をついた。
胡座で座って、両腕を前に伸ばして、少し前のめりになりながら
ぎゅうと抱き込んだのは、自分より一回り小さな身体。
「ぱっつぁんよォ」
「……なんですか、重いんですけど。
頭にアゴ刺さって痛いんですけど」
「人を護る剣って、どうやったら作れっと思う?」
「………?」
言ってる意味がよく分からない。
思わず無言のままで固まっている新八に少し笑って、銀時は続けた。
「こないだ依頼に来た鍛冶屋の女の方が言ってたんだよ。
剣を、人殺しのために使われたくはない、自分は護る剣を
作りてーってよ」
「…へぇ、」
「だけどよ、あのウルセー兄貴の方が言うんだよ。
ただ、鍛冶屋は斬れる剣を作れたらイイってなァ。
………どう思うよ、コレ?」
「どうって言われても……」
困り果てた顔で新八は眉根を寄せた。
話を聞く限りでは、妹の言葉の方が正しく立派に受け取れる。
兄の言葉は鍛冶屋の役割としては立派な心がけではあるが、職人としては
どうだろうか。
「……銀さんは、」
「あン?」
「銀さんは、どう思ったんですか?」
「俺はおめぇに訊いてんだよ」
はぐらかすな!と一度顎を持ち上げてから脳天にガツンと一発くれてやる。
「いたッ!!
痛いから!!今のホントに痛かったから!!
アンタどんなアゴしてんだコノヤロー!!」
「フッ、俺のアゴは凶器だぜ?」
「自慢してんじゃねぇ!!」
怒った新八が首をぶんと前に振り、勢いつけて今度は後ろへ。
その後頭部はモロに銀時の鼻柱にぶち当たった。
お互いに走った衝撃で身悶えするが、それでも抱える腕だけは離れない。
「………僕は、妹さんが正しいと、思います。
剣は、人殺しの道具じゃ、」
「アレは人殺しの道具だ、新八」
優等生の回答に、どこか嘲笑にも似た笑みが口元から零れた。
マトモに剣で人を斬った事も無い人間が答える、それはもう模範的な。
「勘違いしてもらっちゃァ困る。
もちろん脅しに使うにもイイが、アレの本分は、殺しだ」
「………でも、」
「だから俺はどっちの言う事も尤もだと思っちまった。
何処までいっても平行線の意見になるだろうがな、
剣は人斬ってナンボ、斬れてナンボだ」
「でも、銀さん」
「…………怖ェよなー、新八ぃ」
「銀さん」
「だってよ、後の事は全部、ソレを使う奴の肩にかかってんだぜ?
単なる人殺しの道具で収まるか、人を護る剣になるか、
そいつァ全部、俺ら使い手次第ってヤツだ。
他力本願もイイところだぜ、ったくよォ」
「…………。」
そうだ、確か自分が初めて人を斬った時。
怖いとも愉快だとも思わなかった。
ただ、途方に暮れた。
こんな厄介なシロモノ握って、どこまで進んでいけるのか。
「人を斬って怖ぇと思ったヤツは、剣を捨てるか命を捨てた。
愉快と思ったヤツは、人斬りになった。
全部乗り越えてまだ正気でいられるヤツらだけだぜ、
勇者みてーなヤツになれんのはよ」
「……銀さんは勇者なんですか」
「バッカおめぇ、俺が世界を救えるとでも思ってんのかコノヤロー」
「いえ全然。
こんなグダグダでダラダラで天パの勇者なんてまっぴら御免です」
「あッ、それはそれでなんかムカツクな。天パ関係ねーだろうが。
まぁいいや、銀さんグダグダだからよ、そんなこたぁ面倒だし
やりたくもねーしよ。
人間がホントに護れるモノなんざ、ほんの一握りだ」
それでも護れると思った。
そういう人間が沢山集まって立ち向かえば、救えると思った。
結果、そんな馬鹿共の集まりだった仲間達の殆どは、戦場で死んだ。
一人になって思ったのは、こんなのはもうゴメンだということ。
世界がどうなろうがもう知ったこっちゃない、自分の生きる道だけが
ちゃんと見えてればいい。そう思っていた。
そんな天然パーマの白銀の頭を横からガツンと殴ってきたのは、
この少年だった。
大事な姉を救いたいと泣く少年に、そんな事まで忘れていたのかと
実はこっそり反省もした。
「銀さんは結局、何が言いたいんですか?」
「やー、実はソレな、俺もよく分かってねぇんだわ」
「馬鹿だなアンタ」
「あ、でも、いっこだけちゃんと分かってる事はある」
「……何ですか?」
「だだっ広い道場のど真ん中で小さくなって泣いてるガキを、
俺は今、救いてーんだってコト」
ガキって言うな。
そんなツッコミを入れられたような気がするが、それは余りにも
小さすぎる声だった。
「人を斬るってなァ、怖ぇよな。
だけどこの先に進めんのは、それを乗り越える事ができたヤツだけだ」
「分かりませんよ、もしかしたら勇者じゃなくて人斬りになるかも
しれないじゃないスか」
「ならねーよ、お前は」
「なんでそんな事言い切れるんだよ!」
「だってお前、」
初めて真剣を握ったのは、わき目も振らずに飛び出したのは、何のためだ。
護りたいものが、そこにあったからだろう。
何も知らないその時から、目的を見失わずに剣を持てたのなら大した奴だ。
「遊び人の銀さんと、遊び人の神楽と、遊び人の新八はァ、」
「ちょ、待て、なんで僕まで遊び人になってんだよ!?
ああもうホント、ワケ分かんないなこの人!!」
「みぃんな、勇者になれんだぜ?」
「はァ!?」
「あ、お前知らねーな?
遊び人はどんな職業にも転職できんだってコト」
「お前それドラクエの話じゃねーかァァァァ!!」
しかもなれるのは勇者でなく賢者だ。いやそんなコトはどうだっていい。
「俺とお前と神楽が勇者になったトコロで、世界が救えるワケなんて
小指の爪のカケラほどもねーけどよ」
「少なッ!!」
「けど、目に見える、自分の護りてーモンぐらいは、救える。
お前にだって………できただろ?」
「………でも、」
「ビギナーにしちゃ、上出来すぎるぐれぇだ。
素質あるよ、お前は」
背中の温もりを感じながら、新八は目の前の木刀に視線を向けた。
手を伸ばす。握ってみる。
もう、手が震えることはない。
「………正直、もしまた真剣を握ることになったら…って思うと、
怖いと言えばまだ怖いです」
「ああ」
「だけど……もし、自分の大切にしてる人が危なくなったら、
僕はまた、ソレに手を伸ばして握ってしまうんだと思います」
「ああ」
「それでまた、全部終わったら怖さだけぶり返して丸くなるんです。
ヘタレですから、僕。それでも、構いませんか?」
「……あ?」
「それでも、また、銀さんが危なくなったら、剣持って飛び込んでいいですか?」
良いも悪いもあるものか。
「新八ぃ」
「はい?」
「大丈夫だ、お前はやればできる子だかんな」
「…銀さん」
「それでもやっぱどうしてもダメな時は、俺がまた助けてやらァ」
自分より一回りも小さいくせに、どこにそんな強さが詰まってるのかは分からない。
けれど、自分にとって護りたいもののひとつであることは確かだ。
その強さも弱さも何もかもをひっくるめた、全てを。
ぎゅうと抱き締めたままの片手を外し、いい子いい子とするように頭を撫でると
少し照れたようにしながら、その少年は。
「ありがとうございます」
そう言って、綻ぶように、笑った。
<終>
まぁなんていうか、こんなカンジ。
私の持ってる銀新観を出したらこんなカンジになりました。
お互いに、世話の焼けるヤツだけど本当は頼もしいと思ってるといい。
そんでもって、やっぱり銀魂のはセリフ回しが書いてて楽しいです。