「ぎゃああああ!!!」

 

突如聞こえてきた叫び声に、通りの向こうを歩いていた猫がビクッと身体を
震わせるのが見えた。

 

 

 

 

<The footsteps of the dragon. 〜魂の還る場所〜 >

 

 

 

 

 

 

場所はランカークス、ポップの生まれ故郷だ。
パプニカへ戻る前に少し休憩していこうという事になって、連れられるままに
やってきたのがポップの生家。
街の宿ではなくどうして此処なのかと訊ねれば、自分の両親も消えたダイのことを
心配していたしとか何とか言っていたが、とどのつまりはポップ自身が
帰りたかっただけなのだろうと思う。
特に異論も無いのでついて行ったのだが、武器屋を営む店の入り口を開けて
最初に目が合ったのがポップの父、ジャンクだ。
ポップの口元が若干引き攣ったのは見間違いでは無いだろう。
そして、冒頭の絶叫に至る。
つまりはまた投げ飛ばされたのだ。

 

 

 

 

「おじさん、お久し振り!」
「おお、ダイ君じゃねぇか。
 元気そうで何よりだ」
地面に倒れ伏すポップをそのままにして、ダイがジャンクへ駆け寄り頭を下げる。
途端に表情に笑みを表したジャンクが手を伸ばして、ダイの髪をぐりぐりと撫でた。
不思議とジャンクは、ダイに優しい。
実の息子は投げ飛ばしておいてそりゃあねぇだろうと少々理不尽な気もするが、
それがダイだからまあいいか、とポップは地面と仲良くなりながらそんな風に
考えるのだ。
「あら、騒がしいと思ったら……おかえり、ポップ。ダイ君もね」
玄関先での大騒ぎを聞きつけて出て来たのはスティーヌ。
彼女も息子と友人の突然の来訪に驚いていた。
「あらあら、疲れたでしょう?
 お茶を入れるから中へお入りなさいな」
「はーい」
「ちょ…ッ、ダイ!!オレには何もコメントはねぇのかよ!!」
「じゃ、オレもちょっくら休憩とするかな」
「ぐえッ」
相変わらず地面に転がったままのポップをそのままに、スティーヌの言葉に
ダイが元気よく返事をして奥へ向かい、憮然としたポップの体をわざと踏みつけて、
ジャンクもそこから姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居間にあるテーブルを囲むと、スティーヌがお茶を淹れてくれた。
カップを持ちながら、にこにこと笑うのはダイとスティーヌで、ジャンクは
相変わらずの仏頂面、ポップなんかはテーブルに顎を乗せて不貞腐れている。
「ポップ、そろそろ機嫌直したら?」
「うっせぇ薄情モンが!
 だいたい、なんで毎回毎回ココに寄る度に投げられにゃあなんねーんだよ」
「ヘッ、いつまでもブラブラほっつき歩いてる放蕩息子に言われたかねーな」
「しょうがねーだろッ、オレだって色々やる事があったんだよ!!」
「へーへー」
投げやりなジャンクの相槌にカチンときたのか、ポップはガタンと音をたてて
椅子から立ち上がると、これ以上やってられるかと3人に背を向けた。
「ポップ、何処行くの!?」
「散歩だよ、さ・ん・ぽ!!
 ダイ、お前は此処でゆっくりしてろや」
振り返りもせずヒラヒラと手を振って、ポップはそこから出て行った。
ふぅ、と困ったため息を零したのはスティーヌだ。
「まったく……会えば喧嘩ばかりなんだから」
「……ちっ、オレもちょっと出てくるわ」
「おじさんは?」
「ロンの所に顔出してくる」
少し責めるようだったスティーヌの視線に居心地が悪くなったようで、
ジャンクは決まり悪そうにそう告げると、のんびりとした足取りで
居間を後にする。
2人しかいなくなった静かな場所で、悲しげに笑うとスティーヌはダイに
お茶のおかわりは如何?と尋ねた。
それにダイがカップを差し出すと、彼女は温かなお茶をそこに注ぐ。
「あの……おばさん」
「なぁに?」
「ポップとおじさん……そっくりだよね?」
「え?」
「顔はどっちかっていうとおばさん似だけど……性格とか考え方とか、
 中身はもうおじさんそっくりだよ」
「そう……そう、ね」
カップを受け取ったダイは、へへへ、と笑みを浮かべる。
それにつられるように、スティーヌの表情にも笑顔が戻った。
「オレ、喧嘩ばかりしてる2人だけど……でも、大丈夫だと思うんだ。
 おじさんやおばさんが心配してる気持ちはちゃんとポップに伝わってるし、
 ポップが頑張ろうとしてる気持ちも、おじさんはちゃんと分かってると思うよ」
「……そうだといいんだけれど……」
一生懸命励まそうとしてくれているダイの気持ちは有り難い程にスティーヌへ
伝わってくる。
自分達の傍を離れてから今までの足取りは知らないけれど、ずっと共に居たのだろう
ダイがそう言ってくれるから、本当のことなのだろうと思えるのだ。
「此処に来るのだって、ポップが言い出したんだよ?
 たまには顔出しとかねーと親父に殺される、なんて言ってたけど、
 ポップだって置いてきちゃったおじさんとおばさんの事、心配してるんだよ」
「…………。」
「オレ、此処に来たことって何回もないけど……、此処はあったかいね。
 お互いがお互いを思いやってるって……オレにも伝わってくる」
「ダイ君…」
「オレには……もう、父さんも母さんもいないから」
カップに視線を落として少し寂しげに笑う少年を、スティーヌは複雑そうな瞳で
見つめるしかできなかった。
まだ大人というには程遠いこの子供に、こんな表情をさせてしまう程のことが
きっと、何かあったのだろう。
元気づけてあげることができれば良いのだけれど、と。
「……ダイ君は、どうしてポップと一緒にいるのかしら?」
「え?」
「戦いはもう、終わったんでしょう?
 けれどまだ2人は一緒にいる。どうしてかしら?」
「それは……」
何と返して良いか分からず黙ってしまったダイに、スティーヌはくすくすと
笑みを零した。
「別に責めているんじゃないのよ?
 ただ、ダイ君がまだ一緒にいたいって思えるほどの何かを、あの子が
 持っているのかしら、って思ったのよ」
「……ポップは……ポップの傍は、あったかいんだ。
 最初はね、そりゃもう酷いモンだったけど……オレだって何回見捨てられたか
 分かんないぐらいだったし………でも、さ。
 今のポップは違うんだ。
 強くなったし頼りにできる。それに、一緒にいるとオレまで元気になれるよ。
 だから、ポップがオレと一緒にいるんじゃなくて、オレがポップと一緒に
 いたいんだ」
「………私は、ね」
ふ、と小さく吐息を零し、スティーヌはどう表現すれば分からないとでも
言いたげな、憂鬱な表情を見せる。
この5年、ポップは何度か此処に顔を見せることがあった。
その度に思ってしまうことがある。
いつか、自分達の子供はどこか手の届かないところへ行ってしまうのではないかと。

 

「帰ってくる度に不安になるのよ。
 もう………これが最後になるんじゃないかって」

 

「そ、そんなこと…!!」
驚いたダイが思わず大声を上げる。
それに苦笑で返して、スティーヌは続けた。
「きっとあの子は、何か大きなことをしてしまったのね…。
 だから、何年経ってもあの子は子供のままなんでしょう?」
「……ッ」
「自分の息子だもの、どんな変化も分かるわよ」
5年も経てばポップは20歳だ。
なのにどう考えても今のポップは先の大戦の頃と同じ。
いつまでも少年の姿な事に、少し不安を感じてしまうのだ。
ダイはスティーヌの言葉にどう返答して良いか分からず押し黙る。
話す事は簡単だろう。
もうポップは人間じゃないんです、そう言えば良い。
けれど、言ってどうなるというのだ。
ただ、目の前の優しい人を傷つけてしまうだけではないのか。
「オ、オレは……、」
「ダイ君?」
「オレにもね、じいちゃんがいるんだ。モンスターなんだけど…オレは昔、
 じいちゃんに拾われて、ずっとデルムリン島で育った。
 前の戦いの時に、オレにも両親がいるって知って……でも母さんは
 とっくの昔に死んでしまっていて、父さんも…死んじゃった。
 だけどね、オレは悲しかったけど、寂しいとは思わなかったんだ。
 オレにはまだ、じいちゃんがいるんだ。
 血は繋がってないし、オレはモンスターでも、人間ですらなかったけど、
 それでもじいちゃんはオレのじいちゃんだし、たった一人の家族だよ」
「…………。」
「だから、ポップがポップである限りは、絶対におじさんとおばさんが家族だし、
 大事にする気持ちは何があっても変わらないと思うよ」
「ダイ君……」
にっこりと笑うダイに、スティーヌは少し目を瞠った。
自分などよりずっと小さな少年が、自分などよりずっと明確な答えを出している。
そのことが驚きであり、彼女にとっては感動でもあったのだ。
「そうね……ポップがどうであっても、私達の息子であることには変わりないわ」
「うん!」
「でも、ね。だからこそ…かしら」
「え?」
「ねえダイ君、内緒話は得意?」
「……えッ?」
くすくすと悪戯でも思いついたようなスティーヌの笑みに、ダイは一抹の不安を感じる。
そして同時に思い知ってしまった。

 

やはりスティーヌは、ポップの母親なのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

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長いので一旦ひと区切り。