夕暮れに近い時間、涼やかな風の流れる原っぱに寝そべっていたポップの元へ
歩み寄るひとつの影があった。
「よう、放蕩息子」
「……なんだよ」
視線だけで自分の父親だと見てとると、拗ねたような表情でポップはそっぽを向いた。
それに気を害する事もなく、ジャンクはポップの隣に腰を下ろす。
「今まで、何やってたんだ?」
「なにって……」
「母さんな、あの戦いの後ずっとお前が帰ってくるだろうって待ってたんだ。
 なのにお前はあっちこっちブラブラしやがって……だから放蕩息子ってんだよ」
「そ、そりゃ………悪かったと思ってるよ」
ポップが母親には甘いという事を知っているのだろう、此処でスティーヌの名を
出すことをジャンクは躊躇わない。
だから卑怯だとポップは思うのだ。
「5年もかけて、こっちに戻りもせずやりてぇ事は、まだあんのか」
「………そんな大層なコトをしてたわけじゃねぇよ。
 ただ……ダイを捜してたんだ。アイツ、最後の戦いの後に行方不明に
 なっちまってて……自由に身動き取れるのっていやあ、道楽息子のオレしか
 いなかったからな」
「そうか……で、今は見つかったんだろ?
 それじゃお前は帰ってくんのか?」
ジャンクの問いに、ポップは答えられず口を閉ざした。
確かに戻ろうと思えば戻れる状況だと思う。
後はダイを連れてパプニカに行けば、ひとまずの自分の目的は達成される。
だが、とポップはそこで更に先へと思考を飛ばした。
今の自分は人間ではなく、竜の騎士だ。
具体的に何がどう変わったとは思っていないが、だが、遅かれ早かれ両親には
知られてしまうだろう。
人としての時間ではなく、竜の騎士としての時間を歩み始めた自分のことを。

 

帰れない。それがポップの中にある結論だ。

 

「……今はまだ、考えてねぇな。
 もうちょっとあちこちをブラブラしてみてーのさ。
 だってホラ、オレって放蕩息子だし?」
「フン……まあいいさ」
また殴るか蹴るか投げられるかするかと思っていたのだが、ポップの言葉に
意外にもジャンクは頷いただけだった。
それを不審に思ってポップが顔を上げると、話は済んだとばかりにジャンクは
そこから立ち上がり、彼に背を向けて家路を歩き出していた。
「お、親父…?」
「お前ももう一人で何処にでも行けるし何にでもなれる。
 そのぐらいはとっくにオレだって分かってんのさ。
 ……もちろん、母さんもな」
大きく目を瞠って、ポップは飛び上るように跳ね起きた。
少しずつ遠ざかっていく父親の姿に、何も言葉が返せなくて。

 

 

「これだけは覚えておけよ、クソ坊主。
 お前が何処で何してようが、お前の家と家族は此処にあるからな。
 いつでも……遠慮なく戻ってきやがれ」

 

 

ほろりとポップの頬を熱いものが伝って、慌てて服の袖で拭う。
こんな情けない姿、今父親に振り返られて見られでもしたら何を言われるやら。
だが、ジャンクは振り返ることなく姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しんと静まり返った部屋の中、神妙な顔をしたスティーヌと向かい合うように、
申し訳なさを交えた表情でダイは俯いた。
ポップには黙っているから知っていることを全部話せと、言われたのだ。
彼の両親に嘘を吐く様なことはしたくなかったし、何よりダイ自身が誤魔化すことを
得意としていない。
結局、詰め寄られれば話すしかなくなったのだ。
「あ…あの……おばさん、ごめんなさい……」
「どうしてダイ君が謝るの?」
「だって…ポップがこんな目に合ったのって、オレが記憶を失ったからで…。
 オレがもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったし……」
「……そうかしら?」
「え…?」
ポップが一度死んだと聞いた時も、その後に竜の血を受けて蘇ったと聞いた時も、
スティーヌにとっては衝撃的で我を保つのに必死だった。
でも、ここで取り乱すわけにはいかなかった。
教えろと少年にせがんだのは自分の方なのだから。
「ダイ君が記憶を失わなかったとして、それであなたはお父さんに勝てたかしら?
 そしてポップは逃げずに立ち向かえたかしら?
 ……そうじゃないと、私は思うのだけれど」
「それは…」
スティーヌの言うことは尤もだとダイは考える。
記憶を失ってしまったからこそ、ポップは自分を守ろうと必死に立ち上がってくれた。
そんなポップの死を目の当たりにしてしまったからこそ、自分は更に強くなった。
何が何でもバランを倒そうと、そう思えた。
もし、自分が記憶を失っていなかったら、どうなっていただろうか。
きっとポップはバランの強さに圧倒され逃げていただろうし、自分も父には遠く及ばず
殺されていたかもしれない。
結果的には、大魔王を倒すことすらできていたかどうか。
「親心としてはね、魔王を倒すっていう事自体が反対なのよ。
 いつだって死と隣り合わせの危険に飛び込むっていうことだもの。
 誰かがしなくてはならない事なのかもしれないけど、それは何も自分の
 息子じゃなくても良いじゃないか、って。
 この気持ちは……分かってくれるかしら?」
「うん……分かる。分かるよ。
 だってオレも、皆が一緒に戦ってくれることは嬉しかったけど、
 それでも危ない事はやっぱりしてほしくないって思ってたから」
こくりと首を縦に振ったダイに、スティーヌは微笑んで彼の頭に手を伸ばした。
くしゃくしゃと撫でると、ダイが少し擽ったそうに笑う。
撫でられた時の手の温かさが、ポップと同じだ。
「でも、ポップは逃げずに戦った、その事は親として本当に誇らしいわ。
 そして……どういう結果でも一度は失ったポップの命を助けてくれた、
 ダイ君のお父様に……私は、感謝したいの」
「……おばさん、でも、」
「人間じゃなくなってしまっても、例えば何か別の姿になってしまったとしても、
 それでもあの子は私達の子供だもの。
 命を救われて有り難く思わない筈がないわよ。
 どんな風になってもポップはポップ、そうでしょう?」
「……ッ!」
ふふ、と穏やかな笑みを零して言うスティーヌの言葉を聞いて、弾かれたようにダイは
顔を上げた。
同じ、だったからだ。
いつでもポップが笑って自分に言う、「ダイはダイだ」という言葉と。
だから素直に出てきたものは、感嘆と羨望。
「いいなぁ……」
「なにが?」
「やっぱり此処はあったかいや。おばさんも、おじさんも。
 だからポップもあったかいんだなぁって納得できるよ。
 オレも、ポップみたいに生きてこれたら、幸せだったかなぁ」
「あら、ダイ君は私達の子供になりたいの?」
「……おじさんがお父さんで、おばさんがお母さんで、ポップがお兄ちゃん?
 あはは、凄く毎日が騒がしそうだよね。それで、幸せそうだ」
「ダイ君は、今が幸せじゃないの?」
「まさか!」
何気なく呟かれたスティーヌの言葉に、ダイは即答で応えた。
見た事もないけれど自分を生んでくれた母、そして尊敬できる父。
故郷の島にはまだ、大好きな家族がいる。
そしてそんな生い立ちがあったから、今の自分がある。
辛いと思ったことが無いわけじゃないけれど、幸せだった。
もちろん、今も。
「でも、オレがポップの弟だったら、それはそれで楽しいだろうなぁって」
「今も似たようなものじゃないの。
 ダイ君さえ良ければ、いつでも遊びに来て良いのよ?」
「うん、ありがとう」
優しく言うスティーヌへ、ダイは心からの笑みを零したのだった。

 

 

 

 

 

 

「なんだなんだ、二人して?」
居間の扉が開かれて、顔を覗かせたのはジャンクだ。
揃って目を向けられたことに少しの驚きを感じてジャンクが言えば、顔を見合わせた
ダイとスティーヌが表情を綻ばせる。
きっとじきに、ポップもあの扉を開けて戻ってくるのだろう。
ただいま、という言葉と共に。
「何か面白い話でもしてたのか?」
訊ねてくるジャンクに、プッと吹き出した2人は揃って答えた。

 

「内緒話を、ちょっとね」

 

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

ジャンクとポップ、スティーヌとダイ。

書いてて楽しかった組み合わせでした。

ダイのこともこの2人は一緒に可愛がってあげてるといい。

そんな2人の前ではダイも勇者でなくただの子供でいられるといいなぁ、と。