TWILIGHT SYNDROME

〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜

 

 

 

#01 心霊写真量産公園【前編】









「跡部ー!!ちょっと、コレ見てくんない?」
「アーン?」
休み時間、ざわつく人込みを掻き分けながらやってきたのは千石だ。
手には1枚の写真を持っている。
彼の言う『コレ』はその写真の事なのだろうと判断して、跡部が先を促した。
「さっきさぁ、俺のクラスのヤツがコレ持ってきたんだけどさぁ、
 コレってちょっと凄くない??」
「………何だコレ…」
写真に写っているのは一組の男女。
男の方は千石のクラスに居る奴だという事は、跡部も見た事ぐらいはあるので知っている。
その並んだ男女の首を掠めるように、光の光線が一筋真横に走っていた。
「コイツがさぁ、もう気味悪がっちゃってさ。
 コレって本当に……その、アレ、なワケ?」
「それを俺に訊かれてもよ……」
千石が言いたいのは、コレが所謂『心霊写真』と呼ばれるものなのではないかと
いう事だろう。
だが、跡部は霊感があっても『祓う』事しかできないわけで、それを判断しろと
言われてもできるものではない。
気難しげに眉根を寄せていると、遊びに来たのか2つ隣のクラスの忍足が
近付いてきて、何か言う前に指先で跡部の眉間をちょいと突付いた。
「お前なぁ、そのクセ何とかならへんのか?」
「…あ?」
「怒っとるんか思て、近付くんちょっと躊躇うわ」
「躊躇うな」
「即答するぐらいやったらクセ直し。そんで、何やっとん?」
「あ、あのさ忍足、この写真なんだけど……」
「うん?」
千石に言われて、2人がするように跡部の机に置かれた写真を見遣る。
「忍足、お前コレどう思うよ?」
跡部の言葉にこくりと首を傾げた忍足が、ヒョイとその写真を摘み上げた。
「……コレ、中央公園なん?あの、駅3つ向こう行ったトコロにある…」
「あれ、忍足どうしてわかんのさ?」
「いや、背景がソレっぽかったから、今のは当てずっぽや」
「……そうなんだ」
ガクリと肩を落とした千石に、忍足がくすりと笑う。
「言うても、こんな写真だけやと何とも言われへんわ。
 撮った場所に行ってみんことにはなぁ……」
「ホント!?じゃあ、行ってみない?
 俺、この写真撮ったヤツに詳しい場所ちゃんと聞いとくからさ!」
「せやねぇ、別に構へんよ?」
「あァ?本気で行くのかよ」
「嫌?」
「……つーか、それがマジだったらよ、」
「あー、大丈夫大丈夫」
跡部の言葉にうんうんと頷いてみせ、忍足が跡部の肩をポンポンと叩いた。



「跡部がついとるやん」

「……ちょっと待て、俺もなのかよ」



この間、真夜中の学校で酷い目に合った事を忘れたのだろうか?
心底辟易した表情を見せながらも跡部が忍足の言葉を拒否する事はできなかった。















中央公園は敷地自体がかなり大きく取られていて、この辺りの人間にはちょっとした
デートスポットとして知られている。
今はもう日も暮れてから数時間が過ぎ、恐らく居るとしても夜を満喫しているアベック
ばかりだろう。




「……で、なんでそんな中を俺らが突っ切んなきゃなんないワケ?」
むぅ、と眉間に皺を寄せながら呟くのは向日だ。
なんだかんだでその話を耳に入れてしまったのが運の尽き、忍足の「ほんなら
岳人も一緒に行こな?」という笑みと、跡部の「嫌だなんて言わねぇよなぁ?
なんたって俺達がこうやって頼んでんだもんなぁ…?」という丸っきり脅し
なんじゃないかという言葉がダブルで来れば、向日に最初から拒否権なんて
有りはしなかった。
この2人が自分を頼ってくるなんて余り無いから、ちょっと嬉しかったというのも
首を縦に振ってしまった理由だ。
中央公園自体は知っていても訪れたのは今回が初めてで、どういった構造に
なっているのかも全く解らない。
すると千石が案内図の看板を見つけて、3人を手招きした。
「ねぇ、これで解んないかな?」
「せやねぇ、撮影場所はどこなん?」
「ええと……大鳥居前らしいよ、丘の上の展望台になってるとこ。
 こうべ橋っていう橋を渡ってスグだって」
「ええと……橋、橋ってぇと……あ、コレだ」
大きな池を中心に作られている遊歩道をずっと行けば、その池の向こう側に渡れる
橋がかかっていることが地図で知れた。
展望台はそれを渡ってそう距離は無い。
「……えらく遠いじゃねぇのよ」
「あー……反対側の入り口に向かった方が良かったねぇ……」
「チッ…面倒だな」
「まぁええやん、夜の公園を散歩すんのもそれなりにオツやって。
 ほら、行こ?」
「……仕方ねぇな」
此処まで来てしまったのだから付き合うしか無いだろう。
重い吐息を零すと、跡部は懐中電灯を片手に地図通りの道を歩き出した。












耳の奥を、風が通り過ぎたような音を感じて向日が思わず足を止めた。
「………?」
訝しげにキョロキョロと辺りを見回すが、何かあるような気はしない。
元々見える体質では無いのだから、そうした所で気付く筈も無いのだが。
気のせいかと、思った時。



  ギイィィィィィ …



「……ッ!?」
「あ、見えた。あれやろ、橋?」
ハッキリと聞こえた『音』に向日が息を呑むのと、橋を視界に入れた忍足が
声を上げるのは同時だった。
「向日?どうしたの?」
気付いた千石が声をかけると、向日が周囲に気を張ったままで目を池へと向ける。
「……聞こ、えた……何か居るぜ、ココ……」
「うっそ、ホントに?やっぱり俺にはわかんないやー」
「侑士、なんかわかるかよ?」
「うーん………今は、ノーコメントで頼むわ」
「てめぇのソレが一番怖ぇんだよ」
しかめっ面を隠しもせず跡部がそう吐き捨てるように言って、一旦止めた足を
再び進めだした。
遊歩道を抜け、橋の正面に立つ。
暗闇の中の池はそこにあるだけでどことなく気持ち悪さを醸し出していた。
「うわぁ……なんか、迫力……」
思ったより距離のある橋を目の前にして、千石がゴクリと息を呑む。
木製のそれは、真っ直ぐ向こう岸に向けて伸びている。
2人並んで歩くとそれで目一杯だろう橋に向かって、跡部は迷わず歩き出した。
とにかく目的地まで行かなければ話にならないから、こんなところで立ち止まる
わけにはいかないのだ。
正直、さっさと終わらせて帰りたいのが本音であるのだが。
ギシギシと軋む橋にも「おおッ、雰囲気出てるじゃんねぇ?」「何喜んでんだよバカ!」と
後ろで騒ぐ千石と向日に、気分的なところで少し救われている気がした。
と、ふいにシャツの背中を握られて、何事かと跡部が視線を後ろに向ける。
「……どうした?」
「………。」
「忍足?」
「どうして………」
「ッ!!」
バシ!と迷わず跡部が掌で忍足の頬を打った。
唐突のそれに驚いたのは千石と向日だ。
「ちょ、跡部……」
「今のは痛そうだねー……」
「おい、出ていったか?」
「…………あぁ、おおきに。でも痛い……」
その場にしゃがみ込んで、忍足がクスンと泣き真似をしてみせる。
忍足の持つ『憑かれやすい』という霊感に対する跡部の『祓う』という能力は、
今やすっかり必要不可欠なものとなっていた。
その力で何度も助けられてきたのだ。
頬を擦りながら立ち上がると、忍足が跡部の腕を引っ張って歩き出す。
追い払いはしてくれる、だがもうひとつの忍足の能力である『感じ取る』という霊感は
今だ健在なのだ。
「お、おい?」
「ええから、こんなトコロに長いこと居ったらアカン。
 早う渡ろ!!」
「え、あ、ちょっと待ってよ2人ともー!!」
「わあ、置いていくなぁー!!」



  
ギイィィィ …   ヒイィィィィィ …



聞こえてくる『音』を振り払うようにして向日は走る。
何の音かなんて考えない方が良いような気が、した。













「はい、到着ー!」
展望台へと続く階段を目の前にして、千石が明るく声を上げた。
この階段の上に既に鳥居は見えている。
「…………。」
「…………。」
ただ終始無言なのは忍足と向日だ。
彼らは霊感のカケラも無い千石や、認識するところまではいかない跡部とは違って
ダイレクトにその存在を感じ取っているようだった。
もう、居るとか居ないとかじゃなくて。
「………アレは、アカンやろ…」
「………ああ、アカンだよな…」
忍足の言葉に真っ青になりながら向日が微妙に不思議な返答をしてコクリと頷く。
「この上はもう展望台なのか?」
「…の、筈なんだけどね。登ってみる?」
「どうする?」
千石の問いに跡部が2人に問い掛けた。
逆にそんな風に問われても困るのは2人の方だ。
「……どうって、なぁ、侑士」
「まぁ……俺は止めへんけど、」
「いいのかよ?」
「やって……アカンのはわかるけど、なんでなのかまではわからへんし……
 関わり合いにならん方が偉いんやろってのは解っとるつもりやけど……」
それでは、こんな風に霊の溜まり場になってしまっている理由も、
どうしてアレがあのままになっているのかという事も、そして何より
昼間に見せてもらった写真の結論が出ないままだ。
それでは寮を抜け出してまで此処に来た意味が無いだろう。
危険なのは解っているのだが、負けん気の強い性格が結局前へと進ませた。
「行ってみよか」
「……俺、知らねーぞ?」
「まぁ、ヤバかったら助けてや」
「「……了解。」」
忍足の苦笑混じりの言葉に、迷わず跡部と向日が頷いた。
千石が懐中電灯を借り受け階段を上っていき、その後ろを向日・忍足・跡部の順で
続いていく。
階段を上りきったそこに、訪れた人を招くかのように赤い大きな鳥居が佇む。
そこを潜って、千石が声を上げた。
「………ありゃあ、」
「何?どうしたんだよ千石?」
「ちょっと、見て、」
指差した先にあるのは広々としたアスファルト。
車で訪れている人がいるのだろう、広めに取られた駐車場にはこんな時間にも関わらず
点々と車が止まっている。
「……駐車場になってんだ?」
「あ、でもほら、一応展望台としての部分は残されてるみたいやで」
「ホントだ」
高台の隅には、お金を入れて作動する望遠鏡や、ベンチなどがひっそりと置かれていた。
隣に立った向日に千石が訊ねる。
「ねぇ、何か聞こえる?」
「………あれ?」
ふと、小首を傾げるようにして向日が声を上げた。
橋を渡る時には煩いぐらい聞こえていたそれが、綺麗サッパリ消えている。
どちらかと言えば『無音』に近い状態のそれにどこか不安を感じてしまう。
「何も……なんか、防音設備のききまくった部屋に放り込まれたみてぇ……」
「何かおかしいんだ?」
「だって……普通はもうちょっと、いつもの音じゃないにしたって何か聞こえたって
 いいものなのに……絶対、おかしい」
「もしかして、それも『音』の種類なんじゃねぇのか?」
聞いていた跡部がそう口を開いた。
「へ?」
「だからよ、『無音』っていう、音なんじゃねぇの?」
「………そんなのアリなのかよ」
「さぁな」
音は全くといって良いほど聞こえてこないのに、その存在感だけは異様な程に
伝わってくる。
確かに、居ないわけじゃない。
確実にこの場所には何かが居るのだ。
「忍足の方はどうなの?」
「どうって………どう、言えばええのんやろ」
「居るんだ?」
「あぁ、居るで。それも……1人や2人やないなぁ……」
「どのぐらい?」
「……数えられへん」
しかも余り良いものでは無いようだった。
憑きはしないが、次々と『彼ら』は自分のココロの琴線に触れ、思いだけを押し付けてゆく。
それに引き摺られるような事は無いのだが、ただ、痛い。
痛みだけが、胸に傷を残すのだ。
「あんまり、此処には長く居りたないなぁ」
「で、どうすんだ、千石?」
「ん?」
「此処まで来て、何を確認するんだよ?」
「そうだねぇ……」
向日の問いに千石が視線を上へ向けて唸りを上げる。
この2人の反応を見る限り、この場所に何か居るのは間違い無いだろう。
霊感が無い自分だって納得できるぐらいには、彼らの能力を信用している。



「………写真、撮ってみようか」



ごそ、と己のポケットを漁って出してきたインスタントカメラを手に、千石が笑う。
「撮った写真が明らかにヤバければ、その写真も、昼間見せた写真も燃やして捨てる。
 大丈夫なら、昼間見せた写真はきっと光源の加減か何か、そういう原因なんだって
 事になるだろうし、また別問題。どう?」
「……ま、それでええんとちゃう?
 俺は被写体にならん方がええやろな」
「じゃあ、わかんねー奴ら2人を取ればいんだよ!
 跡部と千石でいいじゃん、な?」
千石からカメラを取り上げた向日が、あそこに立てと赤い鳥居の方を指差した。
確か昼間見せてもらった問題の写真も、あの鳥居のところで撮られていたと思う。
場所は同じ方が良いだろう。
向日と忍足が見守る中で、跡部と千石が鳥居の前で2人並ぶ。
さっきから余り口を開かない跡部に、ちらりと千石が視線を向けた。
「……跡部、怒ってない?」
「あァ?なんでだよ」
「無理矢理付き合わせちゃったしさ」
「今更だろ」
「そう?」
「それに………そういうんじゃ、ねぇから」
向日の「撮るぜー」という言葉に視線だけをカメラに向ける。
先刻から感じてしょうがない『違和感』を、ただ無心でやり過ごして。
シャッター音とフラッシュが焚かれて、写真をカメラに収めた向日が
もういいぞ、と手を振った。
それと同時に跡部がものも言わず鳥居を潜って下に降りる。
明らかに様子が変だと感じた3人が後を追うと、彼は階段の下でもう一度
鳥居をじっと見上げていた。
「……どないしたん、跡部?」
「いや………なんか、」
「うん?」
「なんかこの場所、おかしくねぇか?」
「おかしいって…?」
場所的な事を言っているのだろうか?
それとももっと別の要因なのだろうか?
だがその言葉の意味するところを残念ながら誰も理解する事はできなかった。
「いや……いい、俺にもよく解ってねぇからな。
 用が済んだならさっさと帰るぞ」
「おー」
くるりと踵を返して公園の出口へと向かっていく跡部の後を、軽く返事をした
向日がついて行く。
どうやら彼もさっさと此処を出たかった1人らしい。
最後に千石と忍足が顔を見合わせて、首を傾げた後に彼らの後を追っていった。








違和感の原因は何なのか解らない。
関わり合いにならない方が賢明だということだって、理解している。
だが、どこか気になった。


「…………チッ」


知らない方が良いことだってあるだろう。

なのに、どうしても知りたいと思ってしまったのだ。





この『違和感』の、原因を。








<Next>








拙宅で公開していたトワイライトシンドロームパロ、

「心霊写真量産公園」です。

公開しないでおこうと決めていたのですが、あまりの先方の

態度の悪さと反省の無さに、置かせて頂く事を決意しました。

上記の理由以外に置かせて頂く理由はございません。