TWILIGHT SYNDROME

〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜

 

 

 

#01 心霊写真量産公園【後編】










金曜日の放課後の事、珍しく跡部が千石の所へやって来た。
今日は部活がオフなので寮へ帰って遊びに出るかゴロゴロするかと考えていた矢先の事
だったので、正直少し驚いたのだが。
「あれー?跡部、どうしたんだい?」
「いや…お前、この間撮った写真、どうしたのかと思ってな」
「あ、あれね、実はまだ現像しに行ってないんだよねー。
 明日休みだから、行けたら行こうかなって思ってたんだけど」
「そうか……」
「どうしたの?」
「お前、今日はヒマか?ヒマだな、よし」
「ちょっと俺まだ何も答えてないって」
「いいから、今晩ちょっと付き合え」
「……はい?」
それってどういう意味なんだろうっていうか忍足が聞いたら怒りそうな発言なんじゃないのと
頭の中をツッコミがぐるぐると駆け巡ったが、生憎それが口を出る事は無かった。
「ええと、それって…?」
「この間行った公園に用がある」
「……げ、まさか、また?」
「出発は前と同じ時間でいいだろ。
 この間は散々付き合ってやったんだ、……来るよな?」
「………ハーイ…」
蒼い瞳をすぅっと細めて脅されれば、千石はもう引き攣った笑みで返事をするしかなかった。






集合場所は212号室。
そしてベランダに出て、靴を履く。
メンバーはこの間と同じ4人だ。
本当は跡部としては忍足を連れて行くのは避けたかったのだが、事情を話して
部屋を通せと言ったら「俺も行くで」との言葉があったのだ。
止めさせようと一瞬思ったが忍足も何か気になる事があるらしく、結局連れて
行く羽目になった。
見送る真田も少々呆れ顔だが、敢えて止めるような事はしない。
止めても無駄な連中だと解っているからだ。
「じゃあ真田、ちょお行ってくるな?」
「ああ、戻って来る時は電話を入れろ。
 またベランダの鍵を開けておく」
「済まねぇな、頼んだぜ」
言葉を交わして4人は傍の配水管をするすると伝って下りていく。
この部屋が2階という高さで尚且つ一番端の部屋だからこそできる事だ。
先日の時も、前に学校に忍び込んだ時も、寮から出るのはこの手段を用いていた。
「まったく……仕方の無い奴らだ」
下に降りた4人が周囲の目を忍んで外に出て行ったのを確認すると、
真田は肩を竦めて部屋の中に戻っていった。














電車に乗って、駅を3つ向こうへ。
降り立ってすぐの所に公園は変わらず存在している。
前回と同じルートで遊歩道を通るかと思っていたのだが、ふいに忍足が途中で
逸れた脇道の方を指差した。
「なぁ、ちょおこっち通ってみん?」
「げ、街灯全然ねーじゃんかよ、侑士〜」
「ま、ま、これもひとつ肝試しっちゅうコトで」
「お前…えらく余裕あんじゃねぇかよ」
決定権が誰にあるわけでもなく、何となくその場のノリで4人はその脇道の方に
入っていった。
舗装もされていないその小道は、鬱蒼と生える木々に邪魔されて明かりは無く
跡部が手に持っている懐中電灯に頼りっきりだ。
だが、そこで漸く気がついた。
「あぁ……今日は、月が無いんだねぇ」
千石が空を見上げてぽつりと呟く。
他の道は街灯や照明などで煌びやかに夜を照らしているので気付き難い。
恐らくこの道に入らなければ、月の事など気にも留めなかっただろう。
しみじみと言う千石に忍足が意味ありげな笑みを見せる。
「……月の無い夜は、危険や」
「え?」
「感じるわ……ここぞとばかりに荒れ狂う、アイツらがな」
「ちょ、忍足、シャレになんないって……」
「シャレなんかとちゃうよ」
ぞわ、と背筋に悪寒が走って千石が思わず身震いをした。
何だか良くない事が起こりそうな気がして。
「あ、あれ!」
危うく通り過ぎそうになったところを目ざとく見つけた向日が、指を差しながら
跡部の懐中電灯を奪って照らす。
少し奥に窪んだところに立っているそれは、案内板だった。
「あれ?入り口にあったやつと……」
「ちゃうな、だいぶ古いで、コレ……」
向日が見上げる横に立って忍足もその看板に視線を送る。
看板自体もかなり古ぼけているその案内図は、公園の入り口に立っているものと
構造自体は大して変わっていないようだった。
違うといえば、舗装された遊歩道が無いぐらいだろう。
「おい、コレ」
同じように眺めていた跡部が、ついと1点を指差した。
それは自分達がこれから向かおうとしている丘の上の展望台。
そこには鳥居のマーク、もうひとつ奥に神社を示すマークがあった。
「……これのせいだったのか…なんか納得いかなかったのは……」
「そうなんだ?」
「だってオカシイだろ?鳥居しか無いなんて……モニュメントにするには悪趣味だしな。
 だから絶対何かあったと思っていたんだが…お社だったとは、」
「え?でも、そんなの無かったよね?駐車場と展望台だけでさ」
「………壊したんやろ、誰かが」
「壊し、た…?」
恐らく昔はこの案内図の通りにお社があったのだろう。
代わりにこの看板に見当たらないのはPの文字だ。
駐車場を作るために邪魔になったから、撤去した…といったところなのだろう。
「お社なんてもんはな、絶対に何かの意味を持って建てられるんや。
 そんな…簡単に壊してええモンとちゃう」
「だからあの場所には…」
「おら、いつまでもボケっと看板眺めてねぇで、先に進むぞ」
「え、あ、ちょっと跡部!!」
向日から懐中電灯を取り返した跡部が、道の先を照らしながら先へと進む。
とりあえずこの場所が溜まり場になっている理由は解ってきたが、もうひとつ、
連鎖的に気になる内容が出てきた。
つまり、お社を建てなければならなくなった原因だ。
ここまできたら単なる好奇心に他ならないのだが、逆にここまできたからには
最後まで知りたいと思ってしまう。
舗装の無い薄暗い小道も終わり、遊歩道と合流するとすぐそこはもう橋だ。
その前に立って、ゴクリ、と向日が息を呑んだ。




「なんだ……なんだよ、コレ」




恐らく千石などは普段と変わらない橋にしか見えないだろう。
だが、向日の耳に飛び込んでくる音は、そこが異常であると訴えてきていた。
「な、なぁ、マジで行くのかよ…?」
「怖いならそこで待っててもイイんだぜ、岳人?」
「う……1人ってのも、なんかヤだ」
「じゃあ我慢しろ。もう少しでゴールだからな」
「けど……跡部、」
この間来た時とは明らかに聞こえてくる音は違っていた。
何か言葉になる寸前の、悲鳴なのか嗚咽なのか、判断のし難い『声』だ。
「忍足は?一緒に来て大丈夫?」
心配なのかそう訊ねてくる千石に、忍足が口元に僅か笑みを見せる。
「………行く、わ。
 俺も気になってんねん。
 なんだってこんな場所がこんなコトになってしもうとんのか…な」
「大丈夫?」
「やってみんと解らんけどな。
 せやけど……正直、どうなっても知らんで、って状況やわ」
「そんな酷いんだ!?」
「とにかく数が半端やない。
 それから、此処に留まっとる思いが怨みとかそういうんばっかりや。
 何に対してそう思うとるんかは知らんけど、そういうヤツらは俺ら生きとるモンに対して
 ホンマに容赦なく仕掛けてきよるからな……覚悟しときや」
「う……イヤぁな予感だよ……」
「何言うてんの、こういう時こそ千石のラッキーを頼ってんで?」
「うげー……責任重大?」
「おら、とにかく行くぜ。
 ついて来たい奴だけついて来いよ」
跡部が先頭に立ち、次に忍足、向日、しんがりが千石だ。
ただ真っ直ぐ向こう岸に渡る事だけを考えて、足は止めてはいけない。




  ……セ…     ……エ……シテ…




ビクリと身体を強張らせた向日が思わず足を竦ませた。
今の『声』は、どこからした?
視線だけを左右に向け、ざぁっと血の気が引いた。
ざわざわと、普通に聞こえてきていたならきっと風に揺られた木々のざわめきのように
聞き流していただろう音は、全て姿無きモノたちの発している『声』だ。
もう、何を言っているかまで解ってしまう…という事は、今いるこの場所こそ、その渦中。
「……ん?何か、聞こえへん?」
「ああ……俺も、聞いた気がする」
「え、俺も…そら耳かなぁ〜なんて思ったんだけど………え??」
忍足も跡部も、あろう事か千石まで聞こえ始めてきていると、いうことは。




  
……ネェ…、    ………ネェ……?




「走れ!!」
反射的に前に立つ忍足の背中を押しながら、向日が叫んだ。
それに何かを感じ取った3人が一斉に走り出す。
一刻も早くこの場所を離れるべきだ。
戻るのでも進むのでもいいから、とにかく『この場所』から離れるのだ。
「跡部!早く!!全・速・力!!」
「て、てめぇ…ッ、」
言われなくても全速力で駆けている。
本気で走った時は向日の方が速いという事を知っているから、こういう時は非常にやり難い。
「うわ、がっくん、ちょお押さんで、」
「いいから侑士ももっと急げ!!絶対に水面は見るんじゃねーぞ!!」
「わ、わかっとるて!!」
こんなに本気で走るのは、部活の時ぐらいしか無いだろう。
そう思いながら向こう岸を目指して駆けるのだが、一向に橋の終わりは見えてこない。
そもそもこんなに長い橋では無かった筈だ。
「……どうなってんだ…ッ!?」
「ちょお、なんや、向こう岸……逃げてくカンジ、せぇへん…!?」
「うわぁ、ナニそれ、めちゃ怖いって!!どうなってんのさーー!!」
「知るかよ!!とにかく足止めるな!!止めたら終わりだと思えーー!!」
長かろうが何だろうが、とにかくこの橋の上は危険すぎる。
何とか逃げ切るしかない。
それでも僅かに近付いてきている向こう岸に救いを感じて、ただ4人は必死に走った。




「くっそ……返せって言われても……俺らには無理なんだよ…!!」




ただ一人、確かに届いてきた『言葉』に、向日は苦渋の表情を見せ強く唇を噛んだのだった。














「だー……何とか、助かったぁ〜……」
橋を渡りきったところで漸く足を止め、全員が激しく乱した呼吸の整うのを待つ。
「……チッ、何だってんだ……」
「なんで、あないにあの池がヤバいコトになっとんねん…?」
「だ、だよねぇ…普通、一番ヤバいのはお社の方なんじゃないの…?」
「……確かめるしかねぇだろ」
ふぅ、と一度大きく深呼吸をして、跡部が改めて道の先に懐中電灯を向けた。
展望台へ続く階段は、すぐそこに見えている。
「なぁ……跡部、ひとつだけ言うとくけど、」
「アーン?」
「もう…ほんまに何が起こっても、保証はでけへんで?」
「………だろうな」
言われるまでも無く、そんな事は解っている。
だから本当は忍足を置いて来たかったのに。
「それでも、ついて来たのはてめぇだろ?」
「……ま、それはそうなんやけど、な」
苦笑を見せつつ頷き、階段へと向かって歩き出す跡部の後を追いかけて
忍足もついて行った。
何があったのか、それだけが知りたいのだ。




階段を上りきって見たものは、アスファルトの駐車場ではなく、荒廃した大地だった。




「な……何だ……コレ、」
明らかに、この間来た時とは何もかもが違う。
枯れ落ちた草木に、漂う腐臭。
車も無ければ展望台も無い、言うなれば昔のこの場所を見ているかのよう。
「俺は……夢でも見ているのか……?」
「跡部にも、見える?」
「忍足……お前もなのか?」
「あぁ……ちゃんと見えとるよ。
 というよりは……この場所にあった強い『想い』が俺らに
 ムリヤリ見せとるんやと、思う」
どのぐらい過去の話なのかは解らないが、恐らく昔のこの場所はこのような惨状
だったのだろう。
そこにお社と鳥居が建てられて、だが、そのお社は壊された。
「こんな事が…」
「え?え?ねぇちょっと2人とも何が見えてんのさー!!」
「俺らにも解るように説明しろよー!!」
後ろからついて来た千石と向日が揃って声を上げるのに、何か言おうとした跡部が思わず
口を噤んだ。
「この『想い』は俺ら生きとる人間にはキツすぎる……こんなトコロに長いコト
 居るモンやない。早よ下りよう?」
「……あぁ、」
踵を返して階段を下り始めた忍足に、後ろにいた2人が驚いて目を丸くする。
「え?何?下りんの??」
「ていうか上、何があったの??」
「ええからええから、もう済んだから、下りような?」
気になって仕方が無いのだろう2人を見遣り肩を叩いてやりながら、忍足は階段を下りていく。
それに跡部もちらりと一度だけ鳥居の向こうに視線をやって、諦めたように吐息を零した。
これ以上は深入りしない方が良さそうだ。
「じゃあ、もう帰んの?」
見れなかったのが不満なのか頬を膨らませる向日の頭を宥めるように撫でてやりながら、
忍足は跡部に視線を向けた。
後はもう、彼次第だろう。
「どうするん?跡部?」
「あぁ……もう、良いかもな。
 まだちゃんと知ってねぇが……止めた方が良さそうだ」
「せやね、それが賢明や」
「ほいじゃ撤収ってコトで」
ぞろぞろと4人は、駅に近い方の出口へ向かって歩き出す。
と、突如頭上から淡くライトの光が降ってきて、全員がその方へと目を向けた。
一台のトラックがバックしながら駐車場に止めようとしているのだろう、
光はそこからのものだった。
だが、そのトラックはブレーキをかける気配が無い。
「え?ちょっと、あれ、」
「……げッ!!」
止まらないトラックは、そのまま車輪止めを簡単に乗り越えてしまう。
急勾配の坂の下に居るのは、自分達だ。
「うわ、わ、ここ、コッチ来る!!」
「チッ、避けろ!!」
柵の無い丘の斜面をトラックが凄い勢いで突っ込んできたのは、跡部が叫んだ直後だった。
向日と千石が右へ、跡部と忍足は左へ。
だが、忍足がそこで何かに躓いたかのようにバランスを崩した。
「うわ、ったッ!? ………ぉわッ!!」
「忍足!!」
たたらを踏んで何とかバランスを取り戻そうとしたのだがそれは若干間に合わず、
忍足が池の中へと転落してしまった。
そんなに浅いわけでもなく、かといって極端に深いわけでもなく、更に言えば忍足は泳げる。
だが、そんな彼が浮かんで来ない。
「お、忍足!?」
「侑士!!」
「……チッ、」
そういえば池はヤツらの『溜まり場』になっていた。
捕まれば厄介だ。
短く舌打ちを零しながら、跡部が池の中へと飛び込んだ。






ああ、そうだったのか。

ただ、返して欲しかっただけだったのか。

……けれど、自分にはどうしてあげる事もできない。

ただ、届いてくるのは彼らの痛いまでの『想い』。

拠り所としていたものを取り上げられた彼らの、悲しみ。






ポタリ、と水滴が頬に当たったのを感じて、意識が急に浮上した。
「………ん…、」
「よぉ、気がついたか」
「……あと、べ…?」
「水はそんなに飲んでねぇと思うが、千石と岳人が戻ってくるまで
 もうちょっと寝とけ」
「………うん、」
言われて現状を確認すると、どうやら池の傍にあるベンチに自分は寝かされて
いるようだった。
なんと、あの跡部に膝枕までされているのだから驚きだ。
頬に当たった水滴は跡部の髪から落ちてきたもので、どうやら自分は跡部に
また助けられたらしい。
「跡部……助けてくれたん?」
「アーン?当然だろうが」
「……おおきにな」
「あぁ…どこも、何ともねぇよな?」
「……大丈夫や。ほんで千石と岳人はどこ行ったん?」
「警察呼びに行かせた。
 携帯使うわけにはいかねぇから、公衆電話探してんだろ」
「公衆電話?」
「携帯だとヘタすりゃ身元が割れちまうからな。
 名前は出すなつっといたからよ」
「ああ……なるほど」
さすがにこんな時間に高校生がうろついているのがバレると、後々厄介な事に
なってしまうだろう。
千石と向日が戻ってきたら、さっさと退散した方が良い。
けれど、どうやら少し時間がありそうだ。
「あんな……跡部、」
「どうした?」
「さっき池に落ちた時にな、俺ん中に色んなヤツらが思いを押し付けてくれよったおかげで、
 過去にあの場所で何があったんか解ってんけど……聞いとく?」
「………本当か?」
「信憑性の程は保証でけへんけどな。
 お前が俺の話を信用してくれんなら、言うたってもええかな」
「俺がてめぇを信用しなかった事があるか?」
「ふふ……言うてくれるやんか」
くすくすと笑みを見せていた忍足が、ふいにその表情を歪ませた。
「あの展望台の場所な、ずっと昔は……処刑場やってん」
「処刑場?」
「せや……罪人はあの場所で首切られるねん。
 最初はそうやってんけど、いつの頃からか罪人とか罪人やないとか関係なく、
 男も女も大人も子供も、本当にたくさんの人間があの場所で殺されていった。
 あの場所で首を切られたら、一体どうなると思う?」
「どうなるって……」
「あの丘を、頭が転がり落ちていくねん。
 ころころとあの急勾配を転がり落ちて、その先にある池にドボン」
「……お前が落ちたところか」
「大正解。そうやってほんまにたくさんの首がこの池の中に落ちていった。
 そうしていく内に、池は汚れ臭いを出し、処刑場には草も木も生えんようになって、
 これはヤバイと思ったその当時の地主が、この場所を処刑場跡にして、
 お社を建てたんや。
 殺された人達の供養の為に……な」
「そんなものを……」
駐車場ひとつのために、壊してしまったのだ。
お社で鎮められていたモノ達が、それにより一斉に暴れ始めた。
恐らくこの場所で心霊現象が表れ始めたのもこの頃からでは無いだろうか。
本当は、何もかも身勝手な人間達の仕業なのだ。
「罪人連中はまだええねん、ほんまに悪い事やったから殺されたんやし。
 せやけど、中にはやっぱり無実の人とか何の関係も無い人とかも居った。
 そういう人らの方が、やっぱり篭る想いも怨みも重たい」
「………忍足、」
両腕で顔を覆うようにして忍足が重く吐息を零す。
強く感銘してしまったその心中の痛みは、どれほどのものだろうか。
やはり忍足の持つ霊感は、厄介だと思う。
「なんちゅう事してくれたんやろなぁ……ほんまに」
「………。」
「痛いわ…」
淡々と言葉を漏らす忍足の唇が僅かに戦慄いたのを、見てしまって。
「泣いてんじゃねぇよ、バーカ」
「……ッ、な、」
泣いてへんわ、と食って掛かろうとした忍足の言葉は、優しく重ねられた
跡部の唇にかき消されてしまった。
「………泣かなくても、良いんだ」
「あ、跡部…?」
おずおずと腕を除けて視線を向ければ、いつもの自信に溢れた笑みを称える跡部と
目が合った。
「心配しなくていい、忍足」
「な、なん…?」
「後は俺に任せておけ」
「……?」
何を任せろというのかサッパリ解らない忍足は、何となく不審な目を向けてしまうのだった。














週明けの月曜日、掃除当番の箇所を済ませた跡部が最後にゴミを捨てるために
校舎裏の焼却炉へと向かうと、後を追って走ってきたのは千石だった。
どうやら掃除が終わったらしい彼は、既に部活へ向かうべくテニスバックを肩に下げている。
「跡部!!跡部ちょっと!!」
「アーン?」
彼が来るとロクな事が無いと、若干眉を顰めた跡部が千石の声に振り返る。
息せき切って走ってきた千石が、鞄を漁ると1つの封筒を取り出してきた。
封筒に書かれている名前を見ると、それは商店街の中にある写真屋のものだ。
「現像!してきたよ!!」
「……あァ、アレか」
そういえば写真なんて撮ったっけか、と漸く思い出した跡部がひとつ頷いてみせる。
千石がその封筒を押し付けるように渡して、軽く身震いをした。
「マジ!マジで怖いんだって、この写真!!」
「あァ?何が…………ッ、!?」
促されるままに封筒から写真を取り出して見た跡部が、思わず目を瞠った。
それは跡部と千石が並んで鳥居の前に立っている、あの時に撮ったもので間違いない。
だが最初に千石が持ってきた同級生の写真と明らかに違うことは、こちらの方が
より生々しい、という事だろう。






真っ赤な光線が首元を真横に走り、そこから上の頭部が左にずれ込んでいる。


まるで……首を刈られたかのように。






「………これ、誰かに見せたのか?」
「いや、まだだよ。向日と忍足に見せても良いモンかどうか悩んじゃってさぁ…」
「見せるなよ、絶対に」
「だよね……卒倒しかねないよね、コレ」
「燃やしちまうか」
「そうだね、そうしよう!! あ、じゃあ、これも」
言いながら千石は再び鞄の中を漁る。
取り出したのは同級生の撮った写真と、ネガの入った袋が2つ。
「写真と、友達の方のネガも奪ってきたよ。無い方が良いんでしょ?」
「………そりゃ、そうだ」
「これで一件落着、っと」
焼却炉の重い蓋を開けると、千石が燃え盛る炎の中にネガと写真を投げ込んだ。
そして蓋を閉め、軽く手を合わせる。
「成仏してくれるとイイんだけどねぇ」
「そりゃあ……どうだかな」
へらっと笑みを見せる千石に、跡部の表情にも苦笑が浮かんだ。








一ヵ月後、中央公園の展望台に、ひとつのお堂が建てられた。
そこに眠る魂を鎮魂する為のものであるとして、ひっそりと、それは長くその場に
鎮座し続ける事となる。



それを建てるよう手を回したのが誰であるか、そしてどういった経緯があったのか、
知る人間は、意外と少ない。










<END>











ここまでが、拙宅で公開していた「心霊写真量産公園」です。

どれだけ酷似していたか、先方のお話を御覧になっていた方なら

一目瞭然に思います。

そもそも私が知るよりも、そこを訪れた閲覧者の皆様が

お気づきになったぐらいですから…。