【序・はじまりの噂】
深夜の校内を静かに歩く足音が3つ。 例えば沢田綱吉という少年にしてみれば、この事態は全く予測不可能であり、 今でも何故自分がこんな時間にこんな場所を歩いているのかが全くもって 理解できていない。 そして彼についてきた(正確には付き合わされているに近いのだろうが、 本人達にはさらさらそんなつもりは無いようだ)獄寺と山本の2人も 綱吉の後からあちこちの様子を窺いつつ、同じように廊下を歩いている。 元々の諸悪の根源は、山本の肩に陣取っているリボーンだろう。 彼が唐突に「肝試しに行くぞ」と言いださなければ、今頃彼らは夕食や 風呂を済ませ、就寝までの時間を自由に満喫していたはずだ。 「ほ、ほんとに行くの……?」 「此処まで来て何言ってやがる、さっさと歩けダメツナ」 「だーいじょうぶだってツナ! いざといなったら逃げりゃ良いだけの話だろ? こんなの、パーっと行ってパーっと帰って来ようぜ」 「10代目!俺は何処までもお供します!!」 誰でも良いから此処までにして止めて帰ろうとか言ってくれても良いのに。 3人の言葉を聞いて、綱吉は重苦しい吐息を零した。 下校間際に突然やってきたリボーンは、何の前触れもなくいきなり肝試しに行くぞと 声をかけた。 話を聞けば、どうやらリボーンは校内にいる生徒達から、この学校に伝わる 怪談を聞きつけてきたらしいのだ。 綱吉が渋っていると、後からやってきた山本が事情を聞いて面白そうだと言い出し、 更にやって来た獄寺が10代目が行くなら俺も行きますと、人の話を聞かないまま 拳を強く握りしめたりなんかして、あれよあれよという間に今夜9時に中学校の 裏門に集合、なんて事になってしまったわけである。 綱吉にとっては災難以外の何者でもない。 気がつけば用務員の目を盗んで校内に忍び込み、噂の場所へ向かっているという 事態に陥っていた。 有体にいえば、リボーンの思うツボ、というやつだ。 問題の場所は、3年生の教室が並ぶ階の一番端にある女子トイレ。 そこに『花子さん』が出るというのだ。 「ていうかさ……女子トイレに入るって事が既にやりにくいよ……」 「どうせ誰もいねー場所なんだ、細かいことをいちいちグダグダ言うな」 女子トイレの前に立ったまま往生際悪くブツブツ言う綱吉の背中を、 山本の肩から飛び降りたリボーンが容赦なく蹴りつける。 思わず前のめりになりながらトイレの中に入っていく綱吉に、リボーンは 帽子を被り直しながら何でもないように言った。 「俺が入り口を見ておいてやるから、お前らで行ってこい」 「ちょ…、なんだよリボーン!! お前が行こうって言い出したんだろー!?」 「違うな、オレはお前らの『肝』を試すために、わざわざついて来てやった だけだぞ」 「屁理屈だー!!」 「ははは、まあまあツナ、とにかく見に行ってみようぜ、その場所」 和やかに笑いながら山本が綱吉の背中を緩く押して中へと踏み込む。 その後に獄寺が続いて、そういえば、と彼は首を傾げた。 「10代目、俺はその怪談よく知らねぇんスけど……」 「あ、そっか、獄寺くんは転校してきたんだもんね。 結構、学校内では有名な怪談なんだよ」 「俺は野球部に入った最初の内に先輩から教えられたな」 思い出すように言う山本も、どうやらこの怪談自体は知っているようだった。 まさか直接確認することになるとは、さすがに2人とも思ってはいなかった ようであるが。 「3年のクラスがある階の、一番端っこにある女子トイレ……つまりココだね。 ココのトイレに『花子さん』が出るんだって。 花子さんに会えたら、その人の願いを叶えてくれるっていう話なんだよ」 「……それのドコが怪談なんスか」 「うーん……花子さんが出てくることが怪談なんじゃないかな?」 どこか納得していないような獄寺の言葉に苦笑を浮かべながら綱吉が答える。 問題の個室は何処だったかと、うろ覚えな綱吉が山本に尋ねたが彼も首を傾げて 笑うだけだ。 「そこまで覚えてねーな……っと、小僧は聞いてねーのか?」 「手前から数えて4番目だ」 「だってさ」 山本の問いにアッサリ返ってきたリボーンの言葉を聞いて、綱吉はどこか 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 自分に対する態度とえらく違うではないか、と。 どうせ自分がリボーンに尋ねたところで「ひとつずつ確認すりゃ済む話だろ」とか 言うだけだろう。 そういう意味では山本の同行は非常に助かっているかもしれない。 持っていた懐中電灯で個室の扉をひとつひとつ照らしながら数えて、4つめ。 「4番目………コレ?」 「なんだ…?」 綱吉の隣に立ち同じようにドアを見つめた獄寺が、訝しげに眉を顰めた。 ドアは完全に閉め切られていて、紙が一枚貼り付けられている。 その紙には赤い文字で『使用禁止』と書かれていた。 「故障中か何かッスかね?」 「なんか……この扉だけ都合良く閉まってるのが、物凄くヤな感じなんだけど…」 「ははは!ホントに何かいそうだよな?」 「山本、シャレになってないから」 「で、どうやるんスか?このまま開けていいなら俺が…」 「ストップ獄寺くん、なに取り出そうとしてんのー!!」 いつもの如く腰元から物騒なものを取り出そうとするのを慌てて止めた 綱吉が、山本の方へと目を向けた。 「なんだったっけ、呼び出し方がちゃんとあったんだよね?」 「あー……確か3回まわって、3回ドアを叩くんじゃなかったっけな?」 「……とことんまで胡散臭ぇ話だなー……」 「まーまー、獄寺そう言うなって、とりあえずやってみりゃ分かんだろ」 「ああそうか、分かった。 他でもないお前が言うから胡散臭く聞こえるんだ」 「獄寺くん……」 目を据わらせて見てくる獄寺に対して、山本は全く意に介した風もなく 軽い笑い声を上げていた。 それらを眺めてから、綱吉は再び個室の扉へと向き合う。 暗がりの中のそれは、ただそこにあるだけで何かが出てきそうな雰囲気を 醸し出していた。 ただ、ここでのんびりドアを眺めていたって話は前に進まないし、このまま 引き下がって怖い怖い家庭教師が黙っているとも思えない。 つまりは、やるしかないのだ。 「本当かどうか分かんないけど、とりあえずやってみようよ」 「う…、じ、10代目がそう仰るなら……」 「ところで右回り?左回り?」 「もうどっちでもいいんじゃない…?」 半ば投げやりにそう言うと、綱吉・獄寺・山本の3人は扉の前に一列に並んだ。 「じゃあ回るよ?せぇの、」 綱吉の言葉に揃って3人はその場でくるりと3回まわる。 その後に、代表で綱吉がドアを3回ノックする。 暫くそこで待っていても、広がるのは静寂のみだ。 「……何も出ないね」 「やっぱり怪談は怪談ってコトで、真実じゃないんだろーな」 「なんだ、残念なのなー」 「なにやってんだバカツナ、そうじゃねー」 「うわ、リボーン!?」 いつの間にやってきたのやら、自分達の後ろに立った小さな殺し屋が、 手にした銃をくるくる器用に回しながら、どこか呆れたような視線で こちらを見上げていた。 「オレが聞いた噂はそうじゃねーぞ。 確か…3回まわった後に、こう唱えるんだ。 『キックキックトントン、キックトントン』ってな」 「なにその奇怪な呪文…」 「なんでも、昔のスキップの言い方らしい」 綱吉の呟きにそう返すと、リボーンは身を翻して山本の右肩に収まる。 帽子を弄って位置を直しながら、その目の先にあるのは閉ざされたままの扉。 「勘違いすんじゃねーぞ、此処に居るのは願いを叶えてくれる神様なんかじゃねぇ。 此処に居るのは……遊び相手を待っている、ただのガキだ」 そんなヤバイところに連れてくんなー!!と綱吉はあくまで胸の内だけで 叫んでおいた。 此処に現れるという花子さんが怖いのではない、この暴力的な家庭教師が 怖いだけだ。 「とにかくそれ、やってみるっきゃねーのな」 「山本〜……ちゃんと意味分かって言ってる!?」 「当たり前だって! 遊び相手が欲しいだけなんだろ? じゃあ俺らで遊んでやればいーのな!」 「……この野球バカが」 山本の言葉にリボーンがニヤリと笑ったのだが、当の山本自身は全く気付いていない。 見てしまった綱吉と獄寺が何とも言えない表情をしたが、敢えてそれ以上は 何も言わなかった。 「しょうがない、じゃあ……やろっか」 「何かあったらてめーのせいだからな、野球バカ」 「ははは、獄寺って心配症なのな! 大丈夫だってば」 「どっから出てくるんだよ、その無駄な自信はよ…」 さっきと同じように一列に3人は並ぶと、せーので3回その場で回る。 そして、3人で唱えた。 キックキックトントン、キックトントン。 「…………。」 「…………。」 暫しの沈黙の後に、最初に口を開いたのは獄寺だ。 「やっぱ……何も起きねーな」 「やっぱり噂は噂なんだって、何もいないんだって! ほら、もうそろそろ帰ろうよ」 「………ツナ、」 早く此処から立ち去りたいのか、綱吉が口を開く。 その隣で小さく息を呑んだ山本が、そんな友人の肩を掴んだ。 「なぁ……なんか、変なカンジしねー?」 「へ…」 「俺らの後ろ、なんかいる」 「…ッ!?」 山本の言葉で、ドアの方を向いたままの綱吉と獄寺が身を竦ませる。 てん、とボールの跳ねる音が、静かな空間の中に響いたような、気が。 「え…うそ、ホントに出てきた…?」 「どどどどうすんだッ!? 何とかしろ野球バカ!!」 「って言われても……」 それでも怖いもの知らずな性分がそうさせたのか、恐る恐るといった風に 山本は背後を振り返ってしまった。 おかっぱ頭で着物を纏った小さな女の子が、ボールを手に佇んでいる。 薄い唇の小さな口が、ニタリ、と弧を描いた。 「シャレになってねーよ…」 「に、逃げようッ!!」 隣で叫んだ綱吉の言葉に、反射的に体が動く。 一番に飛び出した友人の後を追うように獄寺も走り出し、更にリボーンを 肩に乗せたままで山本も駆け出す。 「落ちんなよ、小僧!」 「誰に言ってんだバカヤロー」 「はははっ、言うのなー」 三人の中では一番足の速い山本は、綱吉と獄寺の姿を見失うことなく 追っていく。 階段を飛び降りるような勢いで駆け下り、2階の廊下を夢中で走る。 暫く行った所で体力の限界がきたのか綱吉が立ち止まった。 「はぁ…、マジでビックリしたぁ〜……。 なんなんだよ、アレ」 「フン、噂もいよいよ信憑性を帯びてきたようだな」 「リボーン!!」 さらっと言う赤ん坊に綱吉がきつく言い放つと、これからどうしたものかと 暗い周囲を見回す。 巡回の用務員の姿などは見当たらないが、自分達以外誰もいない真っ暗な廊下は それだけで不気味さが増していた。 「ね、ねぇ、もう帰ろうよ。 花子さんは本当にいたんだって、それだけ分かれば十分じゃない?」 「俺は……10代目がそう仰るなら。 長くいたい場所でもねーし……」 「ツナ、獄寺、…………残念だけどさ、」 「そういうワケにゃあいかなそーだぞ」 山本とリボーンの言葉を肯定するかのように、廊下にボールの跳ねる音が 響き渡る。 そして、くすくすと笑う少女の声。 「来たか」 「そんな平然と言う事じゃないでしょー!! どどどどうすんのさリボーン!!」 「いちいち俺に頼るなバカツナ。 オメーらでなんとかできなくてどうする」 「相手によるよ!! アレどう考えても人間じゃないだろ!!」 「いちいちウルセーな」 綱吉の泣きごとにイラっときたか、リボーンはまたも綱吉の背中を容赦なく 蹴りつけた。 廊下を転がった綱吉が背中を摩りながら起き上がる。 その視線の先に立っていたのは、先程に見たおかっぱの髪の子だ。 「う……うわああああ!!」 「あ、10代目!!」 「おいおいおい、待てよツナ!!獄寺ー!!」 真っ青になってダッシュで走りだした綱吉を、獄寺が追っていく。 角を曲がって階段を駆ける足音を聞きながら山本もリボーンを小脇に抱えて 走りだした。 ところが、だ。 「………あり? どっち行ったんだ…?」 目の前には階段、だが2人がそれを下りたのか上ったのか。 「やべ…見失っちまった」 「やれやれ、逃げ足だけは褒めてやれる速さだな」 「小僧……どうしようか」 「行き当たりばったりでイイんじゃねーか? 勘で行っちまえ」 「りょーかい!」 肩の上に収まったリボーンにそう笑いかけると、山本はその一歩を踏み出したのだった。 【NEXT】 久々に持ち出してきました。 やっぱり大好きなゲームで、志半ばで前ジャンルは挫折してしまったので、 ここいらでひとつやり直してみようかと思います。 考えれば考えるほどにコメディ的部分が増えてきそうな気がひしひしと しておりますが、それもまた一興。(笑) 宜しければ最後までお付き合い下さいませ。 |