「なぁ、なんで俺にそんな話したんだ?」
全てを話し終えた後、ずっと黙って聞いているだけだった少年は、
小さく小さくこんな言葉を呟いた。
「さあ…なんでだろーな」
肩を竦めて、小さな殺し屋はそんな風に答えるだけで。
ただの赤ん坊だと思っていた相手の意外な過去に、話を聞いていた最初は
理解することに必死だった。
銃で撃ってみたり色んな難しいことを知っていたり、それだけでもただの赤ん坊とは
言わないのかもしれないが、少なくとも山本の中ではリボーンはまだまだ小さな、
自分の肩に乗せられる程度の、子供だった。
難しい事はあまり分からなかったけれど、つまりこの子供は、本当は子供なんかでは
なくて。
「……ちょっとフクザツだなァ。
ホントは俺なんかよりずっと大人だって事だろ?」
「そーだぞ」
「俺、散々小僧をガキ扱いしてきただろ。
あー……なんつーか………色々ゴメン?」
「なんで疑問形なんだ」
こくりと首を傾げて言う山本に呆れた吐息を零して、リボーンはそう答えると
ひらりと身軽に己の指定席へと飛び乗った。
確かに自分は山本より本来大人なのかもしれないけれど、この場所だけは
誰にも譲るつもりはない。
まだ自分にもそんな子供染みた考えをする事があったのだと、リボーンは
その事に対して自嘲の笑みを内心で浮かべるけれど、山本自身はそんなこと
全く気になってはいないようだった。
「……ま、オレの秘密はこんな所だ。
けど、だからってこれからやる事は何ひとつ変わりゃしねーぞ」
「ああ、そっか。
マフィアごっこの戦争で勝たないといけないんだったっけ」
「…………。」
此処までバラしてまだ『ごっこ』と言ってしまえる山本には正直感嘆する。
けれど、だからこそ自分は彼になら話しても良いと思えたのだろう。
軽蔑でも同情でもなく、ただありのままで彼なら自分を見てくれる。
それが分かっていたのだから。
「オレ、お前のそういうトコ、結構気に入ってんだ」
「はははッ、サンキュ!!
俺も小僧は気に入ってんのな」
言ってぐりぐりと頭を撫でてくる山本は、本当は自分より大人なんだと自分で
そう言った事を既に忘れているかのようだ。
だが、それで良い。
「おめーは、そのままでいろよ?」
「小僧?」
「おめーが持ってる力ってのは、例えばこの世界を平和にしてぇだとか、
10年前の世界に無事に戻りてぇとか、そんな事考えなくたって出せるんだ。
もっともっと大事な、もっともっと些細なコトでな」
「もっと大事な…」
「山本、お前はココで、どうしてーのか……それを考えろ」
「んなの、決まってる!
ツナや獄寺や、皆が……こんなにピンチになってんだ。
俺は、皆の助けになりてーのな!!」
ぐっと強く拳を握り締めてハッキリと言い切る山本の姿に、リボーンの口元が
緩やかに弧を描いた。
それでいい、大事なものがちゃんと分かっているなら。
軽やかに山本の肩から飛び降りたリボーンの小さな背を見て、あ、でも、と
山本が再び口を開く。
「小僧のためにも、この戦いは勝ちてーな」
「……なに?」
予想もしてなかった言葉に、リボーンは訝しげな瞳を山本へ向けた。
「どうしてオレのためなんだ?」
「ひとつは、小僧が俺の修業見てくれたからさ。
情けねぇ負け方なんてできねーだろ?」
「………それだけじゃねーのか?」
山本は「ひとつは、」と言った。ならば理由はそれだけでは無い筈だ。
先を促すようにすれば、少し口ごもる素振りを見せたが、根が明朗な山本は
すぐに笑顔を見せる。
「ココには、小僧いないんだろ?」
ストレートな言葉は、時として非常に分かり難さを感じてしまう。
それを今まさにリボーンは実感していた。
この子供は一体何を言いたいのだろうかと暫く首を傾げながら考えて、ああそうか、と
漸く納得したように頷いた。
彼の言う「ココ」とは、今この場所のことではなくて、この「世界」のこと。
そう考えれば、何もこの言葉は難しいものではない。
「………10年後の、オレのためか?」
「うーん…そうかもしんねーけど、そうじゃなくてさ。
俺が、イヤなだけだから。
親父が死んでるってのもイヤだけど、」
手を伸ばして自分の膝にすら届かない背丈の赤子を抱き上げて、その目を覗き見る。
深い闇を映す双眸は、今の自分より本当はもっとずっと色んなものを見てきた大人。
それは理解した。それでも。
「オレが、10年後の小僧がどうなってんのか、ちゃんと見たいだけなのな」
できれば10年後だけじゃなくて、その先も。
にんまりと笑みを浮かべた少年に、赤子は目を合わせられなくて帽子を目深に被り直す。
あまりにも真っ直ぐすぎて、自分には毒だ。
「………そうか。」
「ああ、そーだ!」
気の利いた言葉を返してやることもできず短く言葉を発すれば、すぐに満足げな
答えがあった。
やはりこの少年は、闇を知りすぎた自分にとっては、眩しすぎる。
「じゃ、おめーにはオレの分までしっかり戦ってもらわねーとな」
「任せとけって!
そういや、小僧の呪いって解けたりはしねーの?」
「そうだな………オレ自身はあまり期待してねぇ。
解けりゃいいと思った事は何度だってあるけどな。
けどお前、オレの呪いが解けちまったら、きっとたまげるんじゃねーか?」
「そうなのか?なんで??」
山本の腕を擦り抜けるようにして床に降り立ったリボーンは、道場の障子を
すらりと開きながら、山本の言葉にニヤリと口元を笑みに歪ませた。
「大人のオレは、ビックリするぐらい男前だからな」
風邪引く前に着替えるぞ、と道場から出て行った小さな姿を見送って、
ややあってから山本は困ったように頭を掻いた。
確かに今の顔は、赤ん坊にできる顔なんかじゃない。
「なかなか言うのな、アイツ」
そこまで言われると、やっぱり気になってしまう。
リボーンは期待してないと言っていたけれど、もし、何か手立てがあるとすれば。
(オレも、ちょっと願ってみようかな?)
アルコバレーノに選ばれてしまった男の、呪いが解けますように、と。
<END>
呪いが解けてみればいいのになー。