「おい……お前、何やってんだよさっきから」
「う〜ん…コレはちょっとイメージとちゃうなぁ……こっちのがインパクトあるやろか…?」
「……ダメだ、聞いてねぇ」
ある夜、窓から飛び込んでくるなり忍足は部屋のクローゼットを開け放して
アレコレと物色を始めた。
入っている服はもちろんだが全て跡部のものである。
だから毎度言ってはいるのだが、大事なところは遠慮がちなくせにこういうトコロは
心の底から図々しい奴である。
まだアレでもないコレでもないと漁り続ける忍足の背中を眺めて、サブローを抱き上げた跡部が
重苦しい吐息を零したのだった。






<It sacrifices a cheerful dark stage to you.>












出会ったのは2人の少年だった。
特筆して書くべき特徴は無い、なんの変哲も無い素朴な少年。
だがその少年は大きな悩みを抱えていたのだ。




「嫌だ……もう、地味’sなんて呼ばれるのはまっぴらだ!!」

「そうだ!俺たちだってちゃんと個性がある事を証明したいんだ!!」




ぐっと拳を握り締めて訴えてくる2人は、南健太郎と東方雅美というらしかった。
彼らの言葉に失礼だと知りつつも笑いが堪えられず、思わず忍足がクスクスと声を漏らす。
忍足としては可愛らしいと感じるその願いも、だが彼らにしてはどうやら切実らしい。
じとっと睨んでくる視線でその事を感じ取ると、コホンとひとつ咳払いをして忍足が改めて
2人に目をやった。
しかし、と忍足は思う。
日暮れ過ぎに通りかかった学校のテニスコートで彼らの練習風景を見ていたのだが、
地味なのは姿形ではなく、そのプレイスタイルでは無いだろうか。
基本を忠実なまでの守り通す、だから逆に特出して目立つ部分も無い。
そういう意味でつけられた呼び名だと感じたのだが、どうも彼らは少し違った風に
受け取ってしまったらしい。
「とにかく、いつでもどこでも地味’sなんて呼ばれちゃたまんねーんだよ!」
「その通りだ。街中で大きな声で『おーい、地味’s!!』なんて叫ばれてみろよ」
「ああ……それはちょっと恥ずかしいかもしれへん……」
とはいえ、呼ばれる側より呼ぶ側の方がきっと恥ずかしいような気もするのだが。
とにかく頼まれた以上は何とかしてやるべきだろう。
頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見つめてハァ、と吐息を零す。
2人の格好は、今はジャージでも制服でもなく普段着だ。
何の変哲も無いトレーナーにジーンズ。
元々控えめな顔立ちのせいで、似合わないわけではないがとにかく地味だ。
「うーん……とりあえず、まずはナリを何とかしてみようやないか。
 ちょおアテがあんねん、此処で待っとってくれな」
そう言い残すと、忍足はフワリと宙に舞い上がった。


そうして冒頭に至る。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







思わず、腹が捩れるぐらい笑った。
こんなに笑ったのは久々というべきだろうか、そのぐらいの大爆笑。
4〜5点ほど見繕って持ってきた跡部の服を、学校の部室で待ってもらっていた
南と東方に着せてみたのだ。
背格好は大差無いのでサイズが合わないというわけでは無いのだが。



「ぶ……ぶっちゃけ似合わん……!!!」



そもそも派手な顔立ちな跡部は、持っている服もこれまた派手だ。
そのあたりも相まって、狙いを定めたのだが。
自分の服を持って何処に行く気だと訝しんだ末にサブローを連れてついて来た跡部も、
机に突っ伏したまま動かない。
肩が小刻みに痙攣しているところを見ると、彼もまた笑いが止まらない一人なのだろう。
サブローのみが現状を理解しきれずキョトンとした瞳を地味’sへと向けている。
「お、忍足…ッ、お前、いくら何でも、これはちょっと………あはははははは!!」
「あ、あかん、俺も今、そう思っ………あははははははは!!」
「って、アホかーーー!!
 お前らが持って来てお前らが着せたんだろうが!!」
怒鳴って南が被せられていたテンガロンハットを床に叩きつける。
それに思わず跡部と忍足が注目して。




「「わははははははは!!」」




やっぱり耐えられなかったか二人して笑い出した。
「や、やっぱりあのコートは南には似合わへんな……。
 あのファーが良くない、ファーが。もっさもさやん」
「いや、待て、案外東方のような髪型なら似合うかもしれねぇぞ、
 ちょっとお前が着てみろよ」
気を緩めば笑みの形に表情が崩れるのを何とか踏ん張って、跡部は南から
コートを脱がせると、それを東方の肩へとかけてやって。
2人が注目する事、3秒。




「「「うっわ、微ッ妙………」」」




跡部と忍足だけでなく、思わず南までもが口を開く。
それが理不尽だと憮然とした表情をしながら東方がコートを脱ぎ捨てた。
「これはお前、忍足の服の選び方が悪いんじゃないのか?」
「失礼な奴っちゃな!
 跡部のクローゼットはこんな服ばっかりや!!」
「おい。」
「「うわぁ……」」
紙袋の中から出された服を広げて、南と東方は思わず脱力してしまう。
跡部の衣装は色んな意味で派手でとにかく眩しい。
とはいえ持ち主自身はそれを着こなしてしまうのだから、やはりそこは
元の素材が物を言うのかもしれない。
端的に言えば、跡部の服は着て似合う人間が物凄く限定されてしまうのだ。
ふむ、と顎に手を添えてひとつ頷くと、跡部ではなく別の人間から服を手に入れなければ
ならないだろうかと思案する。
知り合いになった人間は何人か居るから、アテは無いことも無いのだが。
「おい、どうすんだよ忍足、こっちの服も着せてみるか?」
「せやなぁ……」
地味’s改造計画に妙にやる気を見せている跡部の問いに、忍足が眉根を寄せる。
着せなくても想像はできるだろう。
跡部なら似合うかもしれない服も、地味’sが着ると若手お笑い芸人のようになるのだ。
脱・地味’sを考えると、それもひとつの手かもしれないが。




「ちょっと、何やってんのさー!!」




忍足が返答に迷っていると、唐突に部室のドアが荒々しく開かれた。
そこに立っていたのはオレンジ頭の少年。
「せ、千石…?」
「お前、帰ったんじゃなかったのか?」
驚きに声を上げる南と東方へ、へらりとした笑みを見せて。
「何となく、俺の勘が部室に来るように告げてさ。
 あ、誰だか知んないけど、俺は千石清純、ヨロシクっ!」
「あ、えーと、忍足侑士や、ヨロシクな」
「……跡部景吾だ」
千石の勢いに圧されるように、思わず忍足と跡部も名乗りをあげる。
その忍足の足元で、サブローが元気良く一声吠えた。
「で、何?何してんの?さっきからなんか楽しそうなコトやってさ!」
「ええと……あの、地味’sが地味’sって呼ばれたくないって言うて…、
 ちょっとイメチェンしてみてるんやけど……」
「ええッ!?地味’s辞めちゃうの!?
 だめだめだめッ!絶対ダメだかんねっ!!」
「って言われても……なぁ?」
困ったように忍足が南と東方へと視線を向ける。
その2人も突然の乱入者にどうしたものかと戸惑いを隠せないようだった。
「千石って言ったか。そう言ってやるなよ、コイツらも脱・地味’sのために
 必死なんだ」
「ダメだったら!!地味’sは地味’sでなきゃ!!
 2人が派手になっちゃったら、地味’sじゃなくて派手’sじゃん、ゴロ悪ッ!!」
「語呂の問題なのかよ」
呆れた吐息と共に、跡部が地味’sへと視線を向ける。
「で?約1名ンなこと言ってるヤツが居るんだが……どうするよ?」
「どうするっても……なぁ」
「やーまぁ……なんか散々笑いのネタにされただけって気もするし……
 もうどっちだってイイっつーか…」
「ちょ、ちょお待ちいや、ほんなら俺との約束はどうなんねん?」
「そりゃモチロン無しの方向だろ」
「跡部は黙ってぇ!!」
「え?何?約束って??」
興味津々で訊ねてくる千石に、仕方ないか、と吐息を零した南がそれまでのいきさつを
簡単に纏めて説明する。
すると目を丸くして吸血鬼?と首を傾げた千石が、それじゃあと手を打って忍足に笑いかけた。
「それじゃ、俺との契約ってことにしようよ。
 地味’s改造計画を中止にするっていう、契約」
「へ…?」
「そしたら地味’sは地味’sのままだし、忍足くんは俺から血を貰えばいいし、
 俺の地味’sのままがいいって望みも叶えられるし」
「どんな屁理屈だよそりゃ」
腕を組んで眉間に皺を寄せたまま呟く跡部に、忍足が途方に暮れた視線を向ける。
どうやら己の理解の範疇を超えてしまったらしく、跡部に助けを求めているのだ。
「まぁ、それでイイならその通りにしてやれよ、忍足」
「ええのんかな……」
「俺がイイって言ってんだから、イイんだって!
 ほら、どっからでもどうぞ?」
「えー……と、ほんなら、そうしよか…?」
煙に撒かれたのではという気は拭えないが、自分としては食料にありつけるのだから
下手な口出しはしないほうが賢明だ。
良いと言うのだから、良いのだろう。
千石の左腕を取って行儀良く「いただきます」と告げ牙を立てる忍足を見遣りながら、
血を捧げている彼はうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「もうひとつ、契約イイかな?」
「…ん?」
視線だけで忍足が続きを促すと、やや青褪めた顔色の千石が。





「亜久津仁を、捜してほしいんだけど」





その言葉の意味を知ることができなかったのは、どうやら跡部だけらしかった。
南も東方も表情を強張らせ何も言えず、忍足は大きく目を見開いたまま。
ビンゴかな、と千石の口元がゆるりと弧を描いた。
「忍足くん、亜久津を知ってるね?」
「…ッ」
「居場所を……教えて欲しいんだけどな。
 そしたらもう一回ぐらい血を分けてあげても良いよ?」
「な……何を……」
血を与えられたというのに忍足は血の気の失せた蒼白な顔色で、震える拳をぎゅっと
強く握り締めた。
「何のことか……サッパリ分からへんな……」
「うっそだぁ、忍足くん、嘘吐くの下手だねー。
 知ってるんでしょ?亜久津をさ」
「………。」
「おい」
床に視線を落とし唇を噛み締める忍足を庇うように前に立って、跡部がすうと視線を細めた。
「今回の契約自体はこれで完了の筈だ。
 ここでテメェが更に無理強いする権利はねぇ」
「あ、跡部……」
「そりゃそうだ」
ポンと手を打ち納得を示すと、千石がへらっと人好きのする笑みを浮かべる。
「その亜久津って奴を捜しててめぇはどうするんだ?」
「うーん……話せば長くなっちゃうんだけどね、亜久津とは俺も地味’sも同級生なんだ。
 だけど3ヶ月ぐらい前かな?突然姿消しちゃってね。
 家に連絡しても、ずっと帰ってきてないって言うし。
 まぁ俺としてはそこまで執着してるわけじゃないから、行方不明なんだーで
 済むワケなんだけど……こないだ、うちに亜久津を捜してるんだって
 言う奴が来てさぁ」
「……で?」
「亜久津ってタチの悪い不良でさ、またそういうの絡みでややこしいのかなとも
 思ったんだけど……訪ねてきたのがまた物凄くイイ奴でね、俺もちょっと
 協力してやろうかなぁって思ったワケなんだけど……」
「もしかして………その、捜しとるヤツって………」
「あ、忍足くん知ってる?河村くんっていうんだけど。河村隆、だったっけ?」
「ッ!!」
目に見えて忍足の顔から色が消えた。
それに気付くと、右手で飼い犬のリードを握り、反対の手で忍足の腕を掴むと
跡部は問答無用で部室の出口へと歩いていく。
「話はここまでだ、邪魔したな」
「うん、また情報仕入れたらヨロシクね」
僅かに怒気の孕んだ跡部の言葉とは裏腹に、千石の返事はどこまでも軽やかで。
彼のその言葉が忍足を傷つけているのだと思うと、無性に跡部を苛立たせた。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆






足取りの重い忍足の歩調に合わせながら、跡部がチラリと横目で忍足を窺う。
沈痛な面持ちで俯いたままの忍足は、どこか少し泣き出しそうな子供のようにも見えた。
彼と亜久津という男の間に何かがあったのは明白で、それを問いたい気もしたが
どこかで逡巡する自分も居る。
恐らくこの内容は忍足の痛い部分の筈だ。
問うたとして、彼は答えてくれるだろうか、そこまで気を許してくれているだろうか、と。
どちらにせよ声をかけてみなくては始まらない。
そう自分の中で完結すると、跡部が普段と変わらない口調で問い掛けた。
「亜久津って奴は、知り合いなのか?」
「……うん」
「河村って奴は?」
「……会うたコト、あらへん」
「そうか」
短く答えて、跡部がサブローに繋げているリードを外した。
元々賢い犬なので、自分の楽しめる速度で、だが飼い主から離れすぎるようなコトもなく、
サブローは元気に駆けて行く。
それを視線で追いながら、ぽつりと忍足が口にした。


「アイツが欲しがったのは、別に不老でも人を超える力でもなかった。
 ただ……新しい世界と時間が欲しかっただけやった」


ぽつりと忍足の瞳から雫が零れる。
闇の中でしか生きられないという言葉に、あの男は「俺には丁度良い」と言ってのけた。
だから後悔はしないのだと、そう、言ったのだ。






「ごめんな跡部………亜久津は、もう、俺らの仲間やねん………」






苦渋に満ちた声音で吐き出された言葉に、跡部はただ驚愕に目を見開くしかなかった。









<END>








ギャグからシリアスに転換する落差を表したくて書いたのがこんなんでした。(笑)
地味’sは書いてて楽しかったです。
千石が出てきてから唐突に存在感が無くなったのは、やっぱり地味’sだからですか?


中途半端に区切りましたが、次の話はまた違う題材で違うキャラを書くと思います。
亜久津フラグが立ちましたので、こちらはこちらでまた続きを書くと思われますが。
いつになったら滝フラグと日吉フラグが立てるのかな…いい加減謙也も出したい。(笑)
念の為に補足ですが、亜久津を仲間にしたのは忍足ではありません、ので。
後の話で補足しても良かったんですが、今の段階で誤解されるのもちょっとアレだったので。
忍足は仲間を作らないのがポリシーです、はい。