「…………はァ?」



思い切って告げたその言葉に対する返答は、しかめっ面だった。









<The puppy rhapsody.>









月も蒼く光を放つ、雲ひとつ無い、夜の闇だが空は晴天。
そんな中を、今日も忍足は遊びにやってきた。
珍しいなと思ったのは、蝙蝠姿で飛んで来たのでは無いということ。
人の形を取ったままで空を飛んでは目立つと言っていたのは忍足の方なのに、だ。
そしてその腕に抱えられていたのは、一匹の仔犬だった。
「どうしたんだ、ソイツ」
「あ、あんな、跡部……」
「……何となく何言われるか想像できたから、あんまり聞きたくねぇけど、
 とりあえず聞いてやる。言ってみろ」
「ええと……その……、」
窓辺に立ち尽くしたままで仔犬を腕に抱え、忍足が暫し逡巡を見せ、
やがて重そうに口を開いた。



「この犬、飼うてくれへん?」



「…………はァ?」
沈黙の後、唐突に言われたそれに対して跡部はそう答える他は無く、
とりあえず仔犬を下に降ろしてやれと言えば、忍足は素直に従った。
仔犬のくせに少し大きめの体格のソレは、レトリバーだろう。
見知らぬ場所に連れてこられたからか、仔犬は部屋をぐるりと見回し
周囲の臭いを物色し始めた。
「で、何で俺様がコイツを飼わないといけないんだ?」
「それが……話せば長くなるんやけどな、」
「手短に言え」
「う…もしかして、怒っとる?」
「とりあえず理由を最後まで聞くまでは、殴らねぇ事にしてやる」
「………跡部、コワイ」
「てめぇがソレ言えた義理か?あァ!?
 いいからワケを話せ、ワケを」
「……うん、」
いつも座っている椅子にすとんと腰を下ろすと、忍足は言い辛そうに口を開いた。







◆  ◇  ◆  ◇  ◆







日もすっかり落ちた後、忍足は今日も跡部の部屋へと向かうべく、蝙蝠姿で翼を
羽ばたかせていた。
途中に河川敷の辺りを通りがかって、ふと視線が止まる。
「………どないしてんやろ」
一人ぼっちでぽつんと河原に座り込んでいる男が居る。
待ち合わせにしては場所がおかしいし、見た感じまだ未成年のようであるから、時間的にも
そろそろ帰った方が良いのではという頃合だ。
もしかして家出なのか、帰れない事情があるのか。
どちらにせよ、これはチャンスかもしれない。
そういう相手の頼みを聞いてやって、血を分けてもらうというのもアリだ。
卑怯だと言うなかれ、これもひとつの駆け引きである。
「ちょっと、そこのお兄さん?」
「……あァ!?」
人の形に姿を変えて遠慮がちに声をかけると、ギロリと鋭い眼光で睨みつけられて
正直忍足は一目散に逃げようかと思った。
「うっわ、怖ッ」
「……うるせェ……何の用だ」
「いや、その、こんな時間にこんな所に居るのは物騒やで、と思ってな?
 家に帰らへんの?」
「………帰れねぇんだよ」
「ん?」
よく見れば男はジャージ姿でバンダナを頭に巻いている。
この辺りで走っている人間はよく見かけていたから、ロードワークの途中といった
ところなのだろう。
「どうしたん?困ったことでもあったん?」
「……コイツ……」
こくりと首を傾げて問えば、男は膝に乗せていた仔犬を指差した。
「犬?」
「拾うつもりは無かったんだが……懐かれちまったみてぇで、」
「懐くて……お兄さんの目つきの悪さにビビらんなんて、勇敢な仔犬やな」
「ケンカ売ってんのかテメェ!!」
「うわ、いや、ちゃう、ちゃうねんで!?」
ついうっかり本音を零してしまったのを聞かれて、忍足が慌てて首を横に振る。
しかしこの恐い顔に似合わずこの男、動物は好きなようだ。
「そんで…どうすんねん。飼うたるんか?」
「………多分ムリだ」
「家族が動物アカンとか?」
「家には猫が7匹と犬が5匹居るんだ。
 多分これ以上は……」
「何でそんなに飼うとんねん……まさか全部拾うたんやないやろな?」
「拾った」
「うわ……アホやなぁ」
「放っとけねぇんだよ……」
男の隣に腰を下ろし、忍足は手を伸ばして仔犬の頭をそっと撫でる。
既に身体に染み付いた僅かな血の臭いを嫌うかもと思ったが、その予想に反して
仔犬は気持ち良さそうに目を細めている。
ちょっと、可愛いかも。
ほんの少しそんな風に思ってしまったのを、どうやら察知されてしまったのかもしれない。
「アンタ……この犬飼っちゃくれねぇか?」
「……俺ッ!?」
まさか此処でお鉢が回ってくるとは思わなくて、忍足が驚きの声を上げる。
飼えと言われても、自分にはどうしようもない。
そもそも生き物を飼える環境じゃないのだ。
「俺には……ちょっと無理やなぁ……。
 愛想のええ子やし、飼うてやりたいんは山々やけど…」
そっと抱き上げて自分の腕に収めると、甘えるように擦り寄ってくるそれが
可愛らしくて仕方無い。
もしも自分が今人間で、人としての暮らしを全うできていれば、恐らく二つ返事で飼う事に
していたかもしれない。




だが、自分は人間じゃないのだ。




「ゴメンなぁ、俺には飼えへんわ」
「じゃあ、誰か飼ってくれそうな奴でもイイ。
 心当たりねぇか!?」
「うーん……」
唸りを上げて思い起こす。
飼ってくれそうなというより、そんな風に頼める相手なんて一人しか心当たりは無い。
あの跡部が、首を縦に振ると思うか?
困惑した表情のままで視線を仔犬に落とすと、つぶらな瞳でじっと見上げてくる双眸と合って、
うっかり撃沈してしまった。
頼み込んで拝み倒せば、飼ってくれるだろうjか?
あの金持ち学校の寮で、部屋の広さは昔自分の住んでた家と比べればちょっぴり
涙が出て来るほど。
もちろん自己責任でならペットの飼育はOKである。
「………心当たりは無い…ことも、無いけど……」
「ッ! じゃあ……」
「せやねぇ、ちょお訊いてみようかな。
 この子愛想ええから、きっと気に入ってくれるで」
「すまねぇ!恩に着る!!」
「そんなん着やんでもええって。
 っていうか……タダで引き取ってもらえる思うたら、大間違いやで?」
「……え?」
仔犬の喉元を擽ってやりながら微笑む忍足の目が、金色にキラリと光った。
人間で無いのだと男が気付いたのは、この時になってからだ。




「さて、取り引きしようやないか?」




にこりと笑みを浮かべて、忍足はそう告げたのだった。







◆  ◇  ◆  ◇  ◆







カチカチと時計の針の動く音がやけに耳につく静寂。
そして、腕組みをしたまま難しい表情をしたままの跡部の向かいで、縮こまって上目遣いに
見上げている忍足。
そして広い室内がお気に召したのか、仔犬は適当に走り回って遊んでいる。
「忍足………お前な、」
「う、言いたい事は何となくわかる。
 せやけど此処はひとつ…」
「ひとつも何も、お前もう血を貰ってきたんじゃねぇのか?」
「…………。」
「そうなんだろ?」
「…………はい。」
じとっと睨めつけながらそう問えば、小さな声で忍足がそう答える。
本気で痛くなってきた頭に、跡部が思い吐息を零した。
いつもそうなのだ、血が欲しいなら素直に言えと言っているのに、忍足はあまり
自分から取ろうとせず、余所を回っているのだ。
それでもちゃんと此処に来るのだから、その件に関しては何も言わない。
本人曰く、「頻繁に貰いすぎたら、貧血症になってまうで?」との事らしい。
もちろん人間でない彼を手元に置いておくという事に関してのリスクは充分に理解しているし、
その為に必要な事なのであれば、貧血症だろうが何だろうか別にどうなっても構わない
とさえ思っている。
多分、忍足は自分の身体に対して気を遣いすぎているのだ。
なのにこういった事に関しては全くもって遠慮が無いのだから始末に終えない。
「跡部……アカン?」
「アカンも何も……お前で飼えるモンじゃねぇんだろ?」
「うん……持って帰ったら、多分元の場所に返して来いって言われるわ…」
「………は?誰に?」
「ああ、俺ら吸血鬼は、一応住処があってやな…そこに仲間とか長とか居るワケなんよ。
 俺がいつも何処から来るとか何処に帰るとか、気にならんかった?」
「そりゃあ、気にならねぇワケじゃねぇけどよ…仲間が居たとは思わなかったな」
「結構居るで?」
長と自分を入れて、6人ぐらいかな。
指折り数えながら言う忍足に、初耳だと頷きながら跡部が思案するように顎に手を
持っていく。
飼えないものを拾わせるなと、保護者のようなものなのだろう長とやらに一言言ってやりたい
気もするが、とりあえずそういう事情なのなら忍足に押し付けるわけにもいかないし、
一度引き取ってしまったものをまた捨てて来いと言える程心無いつもりもない。
「………おい、犬」
名前が無いのでそうとしか呼べず、だが仔犬は自分が呼ばれたのだという事を察知して、
声のした方へと顔を向けた。
跡部の鋭い双眸と仔犬の瞳がかち合って、蒼い瞳が僅かに細められた。
「こっちに来い」
手招きするわけでもなく口だけでそう仔犬に声かけると、2,3度瞬きを繰り返した仔犬は
やがてトタタタ…と可愛らしい足音を立てながら跡部の元まで走ってきた。
その足元で止まるかと思いきや、恐れ多くもその膝の上に飛び乗る。
何か用?と問いたげに首を傾げてくる仔犬の頭をそっと撫でるようにして、跡部がクスリと
小さく笑みを零した。
「しょうがねぇな……お前、俺様に飼われるか?」
そう仔犬に声をかけると、ワン!と元気良く返事をされて擦り寄られて、
これでオチない人間は居ない。
「……忍足、お前、夜の散歩はテメェが連れてけよ」
「え、ええのん!?」
パッと顔を輝かせて忍足が訊ねるのに、仕方無さそうな風を装って跡部が肩を竦めた。
「仕方ねぇ、忍足の為に飼ってやるよ。
 今回限りだぜ?」
「ほんま!?うわ、嬉しい、ありがとうな!!」
笑顔で何度もありがとうと言う忍足に、仔犬を抱いたままで跡部が満足そうに
目を細めたのだった。
二つ返事で了承して調子に乗られても困るので渋っては見せたが、元々動物は
嫌いじゃないので飼う事自体に異論は無い。
それに、散歩させろという口実で忍足に毎日顔を出させる事も可能。
蝙蝠姿の忍足を見てから、ペットが欲しいと考えるようになってさえいたので、
これは一石二鳥だと言っても良いだろう。




今は部屋の中でしか会ってないが、もしかしたらこれで一緒に外を歩けるかもしれないな。




そんな事を考えて、跡部の口元がゆっくりと弧を描いていったのだった。













◆おまけ◆




「なぁコイツの名前、邪魔くせぇからもうタローでイイだろ?」
「うわアカン!!それはアカン絶対にアカン!!」
「な…何だよ忍足……そんなに嫌なのかよ」
「……ちょお、知り合いと被ってんねん、その名前……」
「じゃ、ジロー」
「それもアカーーーーン!!!」
「まさかコレも被ってんのかよ?」
「……アカンて。彷彿とさせられるからヤメてくれ、頼むし」
「しょうがねぇなぁ。
 じゃあサブローならさすがに被らねぇだろ?」
「………別にそれならええけど………。
 お前のネーミングセンスってどうなっとんねん……?」



跡部は意外とセンスが無いという話。(笑)










<END>







名前すら出なかったのですが、ゲスト海堂でした。(酷い扱いだな)
でも、彼はきっと貧血を起こしながらも家に帰れたと思います。
河川敷では、仔犬を抱えてちょっとどうしようと悩んでいるところだったのでした。


そんなワケで、何故か犬が増えてしまいました。
レトリバーなので(しかもゴールデン)、きっとめきめきおっきくなっていくと思います。
なんとなく猫とかより、大型犬の方が跡部にも忍足にも似合ってるような気が
するのは私だけですか?じゃれ合ってるのとか想像するだけでもうゴチソウサマです。
イメージ画像は
『フレッドウォード氏のアヒル』(知ってるヒト居るかな…)に出て来る
主人公と犬。戯れてるのがそんなカンジ。いっぱい遊んであげるとイイよ!!
夜限定ですが、これで跡部と忍足も散歩と称したデートができると良いですね!(爽笑)
きっと夜のお散歩に出る時は、忍足は跡部に普通の服を借りてると思います。
ちょっと人間の時の事を思い出して、ホクホクしてると思います、忍足は。




でも、本当に跡部が飼いたかったペットは、コウモリ忍足だったりする…。
しかもきっと現在進行形で狙ってます。(笑)




きっとコウモリ忍足と犬をセットで愛でれば跡部は萌え死ぬと思います。(微妙だよ)
ちなみにこのお犬様、めちゃ頭イイですね。その辺も跡部が気に入った理由のひとつ。


しまった、ラブラブどころか普通に友達じゃん…!!(失笑)