最終幕:一歩、また一歩と 「なぁ〜侑士、お前どうすんだ?」 「え?俺…なぁ」 春、高校へ進学する際に氷帝から抜け出した向日と忍足は、県外にある 寮制の高校へと入学した。 言わずもがな、あの跡部も道を同じくしている。 忍足と跡部は推薦と併願の違いはあれど一般で受験したので、部活に対しての 選択の自由はあるのだが、向日は部活推薦のためそれが無い。 強制的に高校でもテニスをする事になっている。 元々それを希望して進学したのだから、向日にはそれについての不満は無いのだけれど。 「確かにちょっと……悩みドコロやね」 まだ白紙である全部活共通の入部届をヒラヒラと目の前で泳がせながら、 忍足が机に頬杖をついて吐息を零した。 特にコレといってやりたい事があるわけではない。 かといって折角の高校生活、帰宅部というのはちょっと寂しいものもある。 「何やってんだお前ら、まだ教室に居残りか?」 誰もいないガランとした教室に2人居残って思い悩んでいるところへ、 もう一人の同級生がやってきた。 「跡部…」 「何してんだよ」 「侑士がな、部活どうしようかって悩んでてさぁ」 「あ?」 怪訝そうに眉を顰めて跡部が忍足に視線を送る。 「何を悩む必要があるんだよ」 「ああ、そういえば跡部はテニス部即決やったっけ? ほんま、一般受験通ったイミあらへんやん」 「しょうがねぇだろ、あのメンツ揃えられて奮い立たねぇ方がオカシイぜ。 って、俺の事はイイんだよ。 だけどお前、今更捨てられんのか?」 からかうような色を乗せた瞳で跡部が忍足の持っていた入部届を取り上げた。 あの時、あの試合で、やっと失ったものを取り戻せたというのに。 喉の奥でくつくつと笑いを零し、己の制服の胸ポケットに引っ掛けていた ボールペンを手に取ると、俺様が書いてやるよ、と楽しそうに言いながら 忍足の隣の席を陣取って。 『男子硬式テニス部』 端整な字でそう書き込むと、サービスだ、と告げて氏名欄に『忍足侑士』と書き記した。 「お前な、なに勝手に書いてくれとんねん……」 「てめぇに他に選択肢ねぇだろうがよ?」 「そんなん、俺がもし演劇部に入りたいんやったらどうしてくれるねん」 「あん?……入りてぇのか」 「アホか、ものの例えやっちゅうねん」 呆れた吐息を漏らしながら跡部から入部届を取り戻して、まじまじとその紙を眺める。 自分にはもう、これしか無いのだろう。 跡部と向日に並んで歩きたいと願った時から、もう決まっていた事なのだ。 「……あんな、岳人、」 「んー?」 「俺と、もっかいダブルスしてくれへん?」 顔を上げてそう告げれば、驚きに目を丸くした向日が忍足を見返した。 あの全国大会が終わった時に、事実上自分達はテニス部を引退し、それきり試合を するような事は無かった。 つまり忍足と向日はまだペアを解消したままなのだ。 だけど、と忍足は思う。 ダブルスでいくなら、誰かとペアを組めと言われたら、迷わず自分は向日を選ぶ。 それだけの信頼を、それだけの絆を、確かに持っているし感じているのだ。 「な、なんで……侑士ならシングルスでも充分通用するって……」 「アホ言えや、跡部だけやのうて真田や手塚も居んねんで? 俺なんか相手にならんわ。………それに、」 「それに?」 「ダブルス組むなら、俺は岳人とがええねん」 にこりと笑んでそう言えば、向日がぽかんとした表情を見せ、だがそれは見る間に 歓喜の表情に彩られていく。 「な、俺とまたテニスしてくれるやろか?」 「モッチロン!俺と侑士ならサイキョーだぜ!!」 緩く拳を握って向日の方へと差し出せば、笑顔を全開にした向日が自分の拳を それにゴツリと力強くぶつける。 笑い合う2人を眺めていた跡部の口元が、満足そうに持ち上がった。 決して手離せないものはありますか? 決して諦められないものはありますか? それを見つけられた時、人は大きく変わるのだと、そう思う。 慌てなくて良い。 急がなくて良い。 ゆっくりで構わないから、さぁ、大きくその一歩を踏み出そう。 「おい忍足何してんだ、置いてくぞ」 「侑士!早く早く!!」 「………ちょお、置いてかんとって!!」 一度は止めた足だけど、大丈夫。 彼らと一緒なら、まだ歩いてゆける。 <THE END> ここまでお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました! 対青学の桃城戦は、自分なりにちょっとアレンジを加えてますんであんまり 原作に沿って無いんですけど。(苦笑) それはまた、別の機会に別の話でやりたいと思います。 霊感少年パラレルの3人には、こんな過程があって、それで今の関係があるのだと、 2006.2月 佐伯みのる |