第7幕:諦めない意志







何の因果か、対青学戦S3の対戦相手は関東大会でも相対した桃城だった。
これには驚きを隠せなかったが、だからといってやらないわけにもいかない。
一度負けているという事実がある分どうしても消極的な思考になってしまうのを
半ば無理矢理奮い立たせて忍足はコートに立った。
あれから、あの関東大会の後から、しばらくの時間が過ぎている。
自分だって少しは強さを得られたかもしれないけれど、それと同じだけ相手も
強くなっているのだと考えた方が良い。
勝てるかどうかは…。


「……自分次第……か」


グリップを見つめてぎゅっと唇を引き結ぶと、ネットの向こうに立つ桃城に
視線を送る。
あの時を同じ、食えない表情を浮かべて彼は今から始まろうとしている試合に
心躍らせている風にも取れた。
余裕?いや、それは違う。
自分と同じように、相手も隠すのが上手いだけだ。
あの勝ち気な笑みが、胸の内で何を考えていようと全てを覆い隠している。
ならば。










岳人、と名前を呼ばれて振り返れば、不遜な態度を崩さないままで跡部が立っている。
何だよ、と答える前に言われた。
「お前はこの試合、決して目を逸らさずに見ろよ」
何故自分にそんな事を告げてくるのか分からなくて、口を噤んだまま窺うように
向日は跡部を見上げるようにする。
と、彼の拳骨が己の額にぶつかった。
「何すんだよ」
「てめぇのせいだからな」
「……何がだよ」
「見てりゃ、わかんだろ」
理解できない自分を嘲笑うかのような表情で、跡部がコートの中の忍足へと
視線を送った。
何も言えずに向日も同じように忍足を見遣る。
決して力を込められたわけでは無いのに、何故だか小突かれた額がやけに
痛みを訴えていた。










いつからだっただろう。
向日のような前向きなひたむきさが欲しいと思っていた。
跡部のような、何があっても揺るがない強さが欲しいと願っていた。
こんな風になってしまったのは、彼らと出会ってしまってからだ。
いつしか諦めてしまっていたものを手にしたいと。

強く、強く。

最初はその正体が掴めなかった。
すっきりしない気持ちのままで、胸に燻りを残していて。
だけど、それが今漸く見えてきた気がする。



あの試合の勝敗に、きっと誰よりも納得していなかったのは、自分だ。



「やっと分かったわ……」
ぽたり、と頬を伝い流れる汗もそのままに、忍足がネットの向こうに立つ相手を見る。
あの時負けた相手を前にして、漸く自分の気持ちが掴めた。
勝つことを諦めた、それは事実。
けれど、向日と共に歩んで行きたい、それも事実。
そして、いつか跡部の隣に並びたい、それも事実だ。
ならばあの時の黒星の分は、奪還しなくてはならないだろう。
やり直すなら、今しかない。






あの試合、諦めなければ少し結果は違っただろうか?

あの時届かなかったフェンス越しのボールも、もっと手を伸ばせば掴めただろうか?






もしかして、光はすぐそこに在ったのだろうか?






「桃城……俺はお前を倒して、上に行くわ!!」










追い詰められても決して諦めるな。

勇ましく、猛る声で高く咆えろ。

勝利という名の光に手を伸ばせ。





彼らのために、自分のために。







NEXT>>「それが、証」








目の前に差し出された腕を、指し示された光を、
掴み損なったりなんてするものか。

もう、絶対に間違えない。