第4幕:迷路のような







別に何かしたかったわけではない。
ただ、何となく足が向かっただけだった。
どうやら自分達は全国大会に出場できることになったらしい。
方法はどうあれ出場できるという事実に、部員をはじめ全校が
湧き立っていた。
もちろん、忍足も喜んでいた。
それが心からなのか表面上なのかは、誰にも分からない。





「忍足」
「ん…?ああ、跡部か」
テニスコートの観覧席でぼんやり練習風景を眺めていたら、後ろから
声がかけられた。
緩慢に振り返り跡部の姿を認めて忍足が軽く目を細める。
「何してんだ。レギュラーの練習は明日からだろ」
「ああ……何となく、来たかってん」
苦笑を見せて言う忍足に、跡部が隣の席に腰掛けちらりと視線を送った。
「まだ、避けられてんのか」
「…何が?」
「岳人だ」
「ああ……避けられてるっていうか……なぁ」
あの日から、余り向日とは顔を合わせなくなった。
クラスは違うし、部活も関東大会に負けた直後からは忍足自身が余り顔を
出さなかったので、自然と会う機会が減っていっただけだ。
そう言えば何やら眉間に皺を寄せた難しい顔で跡部が長く重い吐息を零した。
忍足という男は、理由をつけるのが病的に上手い。
どう考えてもあの時のしがらみで向日が忍足を避けているのは目に見えて
いるではないか。
「正直…お前らがそんなじゃ、全国でのメンバー替えは避けられねぇな」
「そうなん?」
「そりゃそうだろ。
 お前、岳人とダブルスいけんのかよ?今の状態で」
「………俺は、岳人がええて言うなら」


「俺は嫌だ」


ふいに聞こえてきた声に、跡部と忍足が揃って背後を振り返った。
2人からやや離れた場所に立っている赤いおかっぱ頭は、間違いなく向日だ。
「岳人……聞いてやがったのか」
「跡部!俺は侑士とは絶対ダブルス組まねーからな!!」
「岳人…」
困ったような表情で見る忍足に、うっと詰まりはしたもののそれでもハッキリと
向日は言い放った。
「俺は、もうお前とは組みたくないんだ!!
 侑士と組むぐらいだったら補欠でいた方が何倍もマシだ!!」
「言い過ぎだ岳人!」
「……ッ、だって…ッ、だって、じゃあ、跡部は……それでいいのかよ…」
「………。」
「やっぱり、俺は絶対ヤだかんなッ!!」
跡部の怒声に戸惑いの様子を見せたが、岳人はそう強く言い放つと
そこから逃げ出すように走り去った。
「……チッ、どいつもこいつも……」
乱暴に頭を掻きながら、隣の忍足に目を向ける。
彼はぼんやりと、向日の走り去った後を眺め続けていて。
「忍足……どうするよ」
「……せやねぇ……」
ふぅ、と吐息を零して、困ったように忍足は肩を竦めただけだった。
「岳人が嫌や言うんやったら、しゃあないわ」
「お前はそれでいいのか?」
「選択肢あらへんやん、俺に」
どないせぇって言うんやと言いながら、忍足が僅かに自嘲気味の笑みを零す。
やはり伝わらないのだろうか、向日の言葉は。
「………そうやって、また諦めるんだな、お前は」
「跡部…?」
きょとんとした目で見てくる忍足に、やや落胆の色を乗せたまま跡部が
ゆるりと首を横に振った。



「お前はいつか、そうやって俺達の事も諦めるんだろうな」



掴んだこの手を、離すとすればそれはきっと忍足からだ。
驚いたように目を瞠った忍足は、それを否定するように首を左右に振る。
「せんよ……そんなこと、絶対にせぇへん……」
「悪いが、その言葉は信用できねぇ」
「え……」
ゆっくりと腰を上げた跡部に、困惑したような忍足の目が彼を追って見上げる。
「欲しがらねぇお前に、くれてやるモンなんざひとつもねぇんだ」
そう言い置くと、跡部は踵を返してその場所から歩き去った。
後には、途方に暮れた表情の忍足が一人、残されるのみで。







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求められなくなるのが、何よりも怖かった。