第3幕:長く暗い闇







人には言えない能力のせいで、色々と不便な事が多かった。
まず最初に、隠すことが巧くなった。
ポーカーフェイスもお手のもので、自分が何を思っているかなんて気付く人間など
いつしか誰も…自分の家族ですらも…居なくなっていた。
そして次に、拒むことが巧くなった。
自分の領域に踏み込んでくる人間を遠ざけること。
それも自分や相手を傷つけることなく。
柔和な笑みで全てを有耶無耶にすることが巧くなった。
そしてそれと同時に、己の気付かない部分で当たり前になっていったことがある。


欲しがらないこと。
興味を持たないこと。
諦めること。


それらは彼の……忍足侑士の知らない部分で少しずつ育まれ、それらも相まって
なおの事クールな人間として出来上がってしまったようだった。
何にも興味を持たないから、何も求めたりせず、また簡単に手放せた。
物でも、人でも、時には大事にしていた筈のものすら。
けれどその事すら仕方が無いと諦めることができる。
そういう人間にいつしか、形成されてしまっていたのだ。







そんな忍足にもひとつだけ、捨てられなかったことがあった。
それがテニスだ。
捨てる捨てないというよりも、そうする必要に迫られなかったといえばそれまでだし、
実際そういう選択肢を迫られれば迷わず切り捨てる事ができたかもしれない。
けれどその時まで手放さずにいたいと思えるだけの思い入れがあることは事実だったし、
何より、これのおかげで友を救えたのだということが、大きい。
だから忍足は中学に入っても自分から進んで前向きにテニス部へ入ることを選んだ。
そしてその選択は間違ってなかったのだと、今でもそう思ってはいる。


ただ単に、『勝敗には無関心』。
ただ、それだけのことだった。


努めてクールを保っているせいか、試合中の状況分析は得意な方だ。
だから分かってしまうのだ。
この試合に自分は勝てるのか、そうでないのか。
勝てないと思われる試合にまで根性を出して食い下がるほど馬鹿じゃない。
それに、そこまでして得るものに、どれほどの価値があるのだろうか、とも思う。
もちろん勝てる相手に負けてやるようなヘマはしない。
だから、今回は相手が悪かった。
そういうことだ。





負けても仕方ないなんて。



「やって……しゃあないやん…?」



勝てないんだから。







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諦めるのは、もう慣れた。