第1幕:零れ落ちた夢のカケラ







中学3年の初夏、関東大会初戦。
この場所で総力をあげて戦った自分達は、敗北という形でその戦場を抜けた。
夢が潰えた、瞬間だった。



終わった時、仲間達は皆泣いていた。
自分達の大将ですら、言葉無く佇んでいた。
それだけ、熱かったのだ。
皆の、この氷帝の願いは。



今、自分は群れを抜け出して、つい2時間ほど前には人で賑わっていた
コートに入り込んでいる。
戦う人間も見守る人間もいなくなったその場所は、とても静かだった。
何故、来てしまったのか分からない。
後悔しているのだろうか?
いや、そんな筈は無い。だって。




勝つことに興味なんて、なかったのだから。










【……忍足】
「ああ……跡部か」
【今どこに居る?】
「ええと……昼間、おったとこ」
素直に答えれば、電話の向こうで小さく舌打ちが聞こえた。
【……10分で行く。そこにいろよ】
「はいはい」
投げやりな返事をして通話を切ると、忍足は携帯を閉じてポケットに突っ込んだ。
そして視線はやはりコートへと向く。
ふいに視界の端に、取りこぼしがあったのか片付けられてない黄色いボールが目に入った。
手を伸ばして取ろうとしたが、ほんの少し届かない。
入りたくてもフェンス扉には鍵がかけられてしまっているから、中に入ることは
できやしない。
諦めたように忍足は吐息を零すと立ち上がった。
伸ばしても僅差で届かない、まるで自分達のようだ。
届かなかった、全国には。
「…………ふふっ」
一足早く終わってしまった夏に、どうしようかと口が緩んだ。
幸い自分は3年で、部活を引退してもすることは沢山ある。
進路についても考えなくてはいけないし、テニスばかり気を取られるわけには
いかないのだ。
「あー……ほんま、おっかし……」
くつくつと喉の奥で笑いながら、大きく伸びをするように腕を伸ばして
それから忍足は腕時計に視線を向けた。
そろそろ大将のご到着だ。


「おい忍足!」


早足で歩く足音と少し怒りの混じった声音に、やれやれと忍足が肩を竦めて
背後を振り返った。
案の定、そこに居るのは我らが帝王だ。
「なんや跡部、早かったやん」
「車飛ばしてきた」
「そらご苦労さん」
「てめぇ、」
ずかずかと歩み寄って、跡部がその胸倉を強く掴んで引き寄せる。
「どれだけ心配かけたと思ってんだ!?」
「心配?誰が?」
「……岳人のヤツが、大慌てでてめぇを探してやがった」
「ああ、」
さすがに自分も心配していたとは言えず、跡部が眉間に皺を寄せたままでそう告げる。
ポンと手を打つと、忍足がこくりと頷いた。
「それはすまんかったなぁ…俺、何も言わんと来てもうたわ」
「……お前、」
また逃げ出さないように忍足の腕を掴むと、跡部が有無を言わさず道路脇に待たせてあった
車に彼を押し込んで、その隣に自分も滑り込んだ。
そして言葉の続きを繋ぐ。
「どうして途中で諦めた?」
「は……?」
きょとんとした目で瞬きを数度繰り返すと、忍足がこくりと小首を傾げる。
そう言われてもピンとこないからだ。
「諦めたって……なに?」
「今日の試合、D2。全部言わせるほど馬鹿じゃねぇだろ?」
「それが?」
「だから…」
はぁ、と深く吐息を零して跡部が額に手を当てた。
もしかして、彼には自覚が無いのだろうか。
だとすれば『そうすること』がクセになってしまっているということだ。
あまり喜ばしい事ではない。
「お前……試合の最中で、勝てねぇって諦めたろ」
「……俺が…?」
「青学の桃城に自分の攻撃全部防がれて、もうムリだって諦めた。違うか」
「…………。」
何か思案するかのように、忍足の視線が宙を彷徨う。
考えているのだろうか、今日の試合のことを。




戻ってすぐ、忍足は部室にいなかったので知らないだろう。
あの試合を思って、向日が涙したことを。
アイツは何にも期待してなんかいないんだと、叫んだことを。




俯いてしまって何も答えない忍足に、跡部は吐息を零すとシートの背凭れに
深く凭れて目を閉じた。
「……ま、何を言ったって今更遅ぇんだけどな……」






それは、夢が潰えた後の、小さな出来事だった。









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忍足の内面に何かの転機が訪れるとすれば、それはやっぱりテニスが絡んでほしいと
そう思うわけなんです。
そんな気持ちでこの物語が生まれました。


もう少しだけ、中学生の彼らのお話にお付き合い下さいませ(^^)