最終幕:今までと、これからと。





夏の大会も終わり、部活も引退してからは受験一色に染まっている。
そんなある日の話。



「へ?侑士、高等部行かねーの!?」
「ああ、だいぶ悩んだんやけど……外に出てみよう、思ってな」
「どこ行くんだよ?」
驚いた顔でそう問えば、忍足は少し迷ってある高校の名前を告げた。
それはテニスでも有名な高校で、向日が思わず声を上げる。
「えー?えー?何だよ侑士、本格的にやるのかよっ!?」
「いや…そうやなくて……知らんな?岳人、ここ、勉強もごっつ難しいねんで?
 正直、まだテニスするかどうか迷ってるし……部活推薦じゃなくて、
 一般推薦で受けようかな、って」
担任に相談したら、元々成績は良い方なので苦手科目を重点的に強化すれば、
まず問題無いだろうと言われた。
この氷帝という学び舎で、向日岳人という親友と跡部景吾という協力者を得て、
自分は随分変わったと思う。
だから、新しい環境で、もう一度自分を試したいと思ったのが本音だった。
確かに自分を助けると言ってくれた2人の言葉は涙が出るほど有り難かったが、
現実問題として、いつまでもそれに甘えているわけにもいかないから。
それに。
友達はどれだけ離れても友達なのだ。それだけは、変わらない。
それは、この2人が証明してくれるだろう。
「俺も……受けようかなぁ、ココ……」
「……は!?」
向日の何気ない呟きに驚きを顕にして忍足が間抜けな声を上げた。
「部活推薦にしたらさ、そんなに高くない敷居なんだぜ、ココ。
 正直……幼稚舎からずーっと俺はこの学校だったからさ、
 そろそろこの面子にも飽きてきたってのがホンネだし?
 侑士がいないのもツマんねーし、ダブルスの相手いなくなるし、だし」
机に顎を乗せて、向日がうーんと唸りを上げる。
そして、ふと頭を持ち上げた。
「そういえば、」
「え?」
「確かその高校のテニス部から、部活推薦での勧誘が跡部にきてたぜ?」
「……げ、そうなん?」
「げ、ってなんだよ」
「あ、いや、別に他意は無いねんけどな。
 そぉか……跡部は受けるんやろか?」
「俺がどうしたよ」
突然降って湧いた声に驚いて向日が身体を起こす。
忍足もビクッと肩を飛び上がらせて、後ろを振り返った。
「あ、跡部!?」
「アーン、何だよ」
「ああ、驚いた……寿命が縮んだわ」
「何か俺に聞かれちゃマズいような話でもしてやがったのか?あァ?」
「いや、そういうわけじゃないけど……そうだ、跡部、」
「あ?」
何気なく、つい今しがたまで話題にしていた事を向日がそのまま跡部に振った。
それに然してどうという事も無く、当たり前のように跡部が答える。
「ああ、推薦なら来てたけどよ、ケったぜ?」
「マジかよ!?何で…!!」
「俺、高校でテニスするつもりは無ぇからな」
「………え…?」
「俺様にも色々都合があンだよ…」
僅かに視線を逸らして、跡部が珍しく歯切れ悪く呟いた。
そこから先は跡部の領域なのだろう、踏み込んでくるなと態度で示している。
彼がそういった態度を見せるのは家庭内の話のみだという事を知っているから、
きっと高校からは本格的に跡を継ぐための学業に専念するのだろう。
彼の腕に抱えているものは、背に負わされているものは、それだけ重いのだ。
「ま、余裕があればできるんじゃねぇの?っていう状況だ」
「そォか……跡部が居らんテニスってのも、ちょっとつまらん気はするけどな。
 まぁ……しゃあない、か」
「高等部でも、帝王で居るんだろ、どーせ」
「そんなに期待されてちゃ、なってやるしかねーよなァ?」
「うわ……そういう事言う…?」
「あ〜ハイハイ、もう好きにせぇって」
呆れたように向日と忍足が言うと、顔を見合わせて、笑った。







それからすぐに冬はやってきて、結局部活推薦で忍足と同じところを受ける事にした
向日も、忍足と跡部のスパルタまがいの教育にめげる事無く勉強した甲斐あって、
無事に合格するに至った。
当然、一般推薦で受けた忍足も問題無い。
受かってしまえば後は気楽なもので、遊んだり部活に顔を出したりして過ごしている内に
あっという間に卒業式が目前に迫っていた。
そんなある日。
県外にあるその高校の附属の寮の、今日は入寮日であるという事で、
忍足と向日は2人、そう多くない荷物を抱えてのんびり駅へと向かっていた。
「あ〜、でも、ほんまこれから見知った顔の無いトコロで生きて行くんやで?」
「うー、上手くやっていけっかなー、俺不安〜……」
「あはは、強く生きようや。でも、岳人が居てほんまは心強いんやで?」
「うう、嬉しい事言ってくれるじゃねーか侑士ィ〜……」
大通りの歩道を駅へと向かってのんびり歩いていると、すぐ傍を走って来た車が
突然クラクションを鳴らした。
「ん?何やの………って、あ!?」
「うわ、跡部ッ!!」
「……岳人、そのうわってのは何だ、アーン?」
車は緩やかに止まり、開いた窓から顔を覗かせたのは跡部景吾其の人で。
「い、いや、その、別に……」
しどろもどろに向日が言うのを綺麗に無視して、跡部は車内を指した。
「いいから乗れよ」
「へ?」
「入寮日だから、向こう行くんだろ?
 連れてってやるから、さっさと乗らねーか」
「え、送ってくれるん!?」
「やっりィ〜!!」
ぱっと顔を輝かせて、忍足と向日は荷物をトランクに投げ込むと、嬉々として
車に乗り込んだ。
さすが高級車、中も非常にゆったりとしている。要するに、無駄に広い。
「くそ〜…ええ車乗りよってからに……」
「やらねーぞ」
「いらんわ!!」
「くそくそ跡部!!なんで車に冷蔵庫とかついてんだよ!!」
「アーン?冷蔵庫じゃねぇよ、冷温庫だ。今は熱くしてある。
 この寒いのに誰が冷てぇモンなんか欲しいっつーんだよ、バーカ」
「「ムーカーつーくーー!!!」」
ぎゃあぎゃあと車内で騒ぎながら、車は軽快に高速道路を走り、目的の場所へと向かっていった。
そして、寮の門の前で。
「おおきにな、跡部。ここまで送ってもろて」
「大した事じゃねーよ。どうせついでだったしな」
「ついで?お前もこの辺に何か用あんのか?」
「この辺というか………まぁ、ココ、だな」
「「………はい?」」
きょとんとした顔で、向日と忍足が揃って問い返す。
「跡部がココに何の用だってんだよ!?」
「何って……だから、入寮日なんだろうが」
「あ、れ…?ま、まさか、跡部……」
「あー………チッ、言ってなかったか、そういえば」
舌打ちを漏らすと、未だ呆然としている向日と忍足を余所に、跡部が鞄の中から
一通の封書を取り出した。
それは2人の元にも届いていた、入寮案内の入った封筒で。


「「 なにィーーーーーーーっ!!?? 」」


直後、向日と忍足の口から絶叫が飛び出した。






全くもって跡部景吾という人間には驚かされる。


「なんだよ、やっぱりテニスすんのか跡部ッ!!」
「する気ねぇって言っただろうが」
「で、でも、一般推薦の試験日の時、お前居らへんかったやん?」
「当然だろ、俺は推薦じゃねーし」
「「マジでっ!?」」
「ウソやん、併願で入ったんか!?」
「人間じゃねェ……」
「テメェら…俺を何だと思ってやがる……」


でも、やっぱり、1人より2人、2人より3人の方が良い。


「で、お前ら部屋何処だよ?」
「えっとなー…待ってや、えーと……俺、212号室やって。
 跡部は?」
「俺は……607だな」
「ぎゃーーーーーーー!!!」
「うおっ!?何だ岳人いきなり叫ぶんじゃねぇよ」
「どうしたん岳人、ああこら倒れるんやないっての、
 どれ、お前の部屋…………あらら、こらあかん」
「何処だよ?」
「607」
「………くそ、俺が叫びてェよ」
「叫んでええよ?」
「………遠慮する」


絶対、良いに決まってる。


「ま、しゃあないって、諦め、岳人」
「うー……侑士、代わってくれよー…!!」
「嫌や」
「ケチー!!」
「当たり前やん、誰が好き好んで跡部の世話係したい思うねん?」
「テメェら…黙って聞いてりゃさっきから……っとに俺の事何だと……」
「「俺様。」」
「良い度胸してんじゃねェのよ、アーン…?」
「うわ、跡部!!グーはあかんで、グーは!!」
「暴力反対!!逃げろ侑士!!」
「オラ待てテメェら!!絶対ボコる!!」




そしたら、ほら。




今までも、そしてこれからも、変わらない日常が待ってるから。








<To be continued on the 
Virtual page 【ONE WEEK】.






一応これでハッピーエンド。
結局、跡部と忍足の関係はよく解らないまま。
実際ラブになるのは高校生になってからなので、ここではあくまで友情をメインに
持って来てみました。
思ったより長くなって自分でも驚いていますが、とにかく、
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
きっとココでの忍足侑士は、過去は色々あったけれども幸せになれると思います。
だから、ハッピーエンドで締め括りました(^^)


この後、高校生に上がった彼らにもう一つの修羅場が待ち受けています。
それをどう乗り越えていくかは、またその機会に見てやって下さると嬉しいです。