第19幕:誓い
静寂が、部屋中を包む。
かけられる言葉が見つからなくて。
慰めを必要としない、励ましをも拒絶して自分一人で結論をつけてしまっている
この男に、一体何をどう言えと。
そう、思うのに、どうして。
泣くのを必死に堪える表情で、だが向日が唇の端を僅かに戦慄かせた。
唇をきつく噛み締めて、ただ跡部が視線を床へと落とした。
どうして、忍足は。
「…………気楽に聞けって言うたやろ、アホ。
なんで2人とも…黙っとんねん………」
「………テメェが……」
言葉が出ない向日の代わりに、跡部が小さく言葉を漏らす。
「テメェが、泣いてやがるからだろ……」
ぽたり、と忍足の瞳から零れ出るものが、頬を伝い落ちていく。
だけど忍足は笑みを消さない。
もうそれが感情を隠すための仮面だと解っているのに、バレているのに、
それでも忍足は微笑む事をやめない。
きっと彼の心の傷は、彼自身が自覚しているよりもずっとずっと深いのだろう。
それを癒してやりたいと思うのは、傲慢だろうか?
仮面を剥がしたその下の素顔を見たいと思うのは、勝手なのか?
「……侑士、俺は、逃げない」
今にも溢れそうな涙を袖でぐいと拭って、向日が強く言い切った。
「なぁ、侑士。誰かを守るために壁を作ってるのなら、それはそれで良いからさ、
俺はその内側に入れてくれよ」
「岳人……」
「俺は便利だぜ? 聞こえるからさ、何かあったらスグ止めてやれるぜ?
俺だってこんな能力持ってて良い事なんて何も無かったけど、でも、
前に侑士を助けてやれた時は、本当に本当に良かったって思えたんだ。
だから……こんなチカラで良かったら、利用してくれても構わねーから、」
忍足の手を取って、ぎゅうと握り締める。
「お前が色んなモノ我慢し続ける必要なんてねーんだよ!!
欲しけりゃ欲しいってそう言えよ!!
本当は、欲しかったんだろ!?でもまた前みたいな事があったら、って
怖くて手が伸ばせなかっただけなんだろ!?
俺は怖がらない!!逃げたりなんかしない!!誓ったって良い!!」
「岳人………」
嬉しい。本当は、こんな嬉しい言葉は無いんだ。
だけど素直に頷けない。
「岳人……あかんよ、足らん。それじゃ、まだ、足らんのや」
この恐怖から、逃れるには。
と、その時忍足の傍に、もう一人が近寄った。
「じゃあ、その足りねぇ分は俺が補ってやるよ」
「あと…べ……?」
「だから…お前がもう手を引っ込める必要は無ぇ」
「せやけど、でも、もし、また前みたいに、
今度はお前らを傷つけてしもうたら……。
俺、今度こそ絶対立ち直れへん」
ゆるりと首を横に振って、忍足が唇を噛んだ。
跡部は忍足の前に立ち、じっと傷を見つめている。
これは、戒めであり、証でもあるのだろう。
自分の犯した罪を自覚し、そして同じ事繰り返さないための。
きっと忍足自身はそう位置付けている筈。
だが、跡部の目には違うものに受け取れた。
こんな大きな傷を負ってまで、忍足は自分を制御したのだ。
大切なものを永遠に失ってしまわないように。
それは、文字通り忍足の身を呈して成されたこと。
そうしなければ、できなかったこと。
……そうしてまで、成し遂げた、こと。
誇り。
そう、思うから。
だからそれに、誓ったって良い。
「……もし、」
「え?」
「もし、お前がまたトチ狂って、岳人を殺しそうになったら…」
「跡部……?」
「その前に、俺がお前を殺してでも止めてやる」
それで良いんだろ?
言って仕方無さそうに頭を掻く跡部を、信じられないような目で忍足が眺める。
その大きく見開いた目が、また潤みを帯びた。
「………ありえへんわ」
「そうだな」
「………ほんまに?」
「お前の勲章に、誓ってやるよ」
そう答えると、跡部がそっと忍足の身体の傷に唇を寄せた。
ありえない。ありえないだろう。
そんな理由で簡単に、自分の手を汚せる筈が。
だけど、それを嘘だと思えないのは、それが跡部の言葉だからだ。
「だから、お前の作った壁の内側に、岳人のヤツも入れてやれ。
何も要らねぇなんて、つまんねー事言う人間になるんじゃねぇ。
救いが要るならいつでも俺達に手を伸ばせば良い」
「………ッ、」
「そしたら、2人纏めて俺が面倒見てやるよ」
「なっ、俺も入ってんのかよ跡部っ!!」
「当然だろーが。………なァ、忍足よォ?」
クスリと小さく笑って、跡部がそっと忍足の髪を撫でた。
もう、仮面はどこにも見当たらない。
全て剥がれ落ちた、その内側には泣きじゃくる子供の姿。
「アホ…っ、お前ら、絶対アホや……ッ!!」
なのに、なんて、なんて、愛しい。
「…………おおきに」
震える声でそう言って、忍足が、手を、伸ばした。
<続>
※これにて一件落着!!で、最後のシメに続きます(^^)
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