第17幕:綺麗な言葉

 

 

 

中で何を話しているのかも気になるが、難しい話は全部跡部に任せて、
自分は聞こえてくる3人目の声に集中する事にした。
声は途切れ途切れに、それでも消える事無く届き続けている。

【…………ッテ……】

声を向日の耳が捉えた。
もう少し、もう少し大きく聞こえないだろうか。
せめて、何を言っているのか。

【………タッテ……】

唐突に、声の大きさが変わった。
中では何か跡部が声を荒げている。
少しそれを邪魔だと思いながら、必死に言葉の断片を集める。
ふいに、向日がずっと昔に言われた事を思い出した。

 

 

 

       コトダマ?
そう、言霊。
なに、それ?
言葉が、不思議な力を持つんだ。
ふーん?きこえるの?
聞こえているよ。
どんなの?
言いたくても言えない事…かねぇ?
そういうの、きいちゃダメなんだぞー!!
ハハハ、そうだねェ。
……でも、気になるゥ〜。
良くない事は余り聞こえないから、安心おし。
そうなの?
ああ、言葉が魂を持つのは、綺麗なものばかりだから、ね。
オレにもきこえる??
岳人には、何が聞こえるんだい?
うーんうーん……なんかさ、すっげーキレイなおと!!キラキラしてピカピカして、
ときどきヒュウってなって、とにかくキレイなんだー!!
そうかいそうかい…じゃあ、きっと岳人もいつか聞こえるね。
ほんと!?
綺麗な音が聞こえるなら、いつか、綺麗な声も聞こえるよ。

 

そう教えてくれたのは、確か祖母だったと、思う。

 

 

 

 

【放っといたってや……もう、同じ目に合うんは、御免やで】

 

「…………ゆ、うし……?」

 

【もう、裏切りたくないねん………】

 

なんて、事だ。

 

【今度間違えたら…………今度、傷付けたら、】

 

「侑士の……声じゃん………」

 

【後悔じゃ、済まへんな…】

 

どうして今まで、気付かなかったんだ。

 

【コイツらええ奴っちゃな、ほんまに、俺のこと、気にしてくれてんのな】

 

そんな事、一度だって面と向かって言ってくれたこと、無かったじゃんか、侑士。

 

【今度こそ本当に、遠ざけな】

 

「………侑士……」

 

【いつか俺じゃない俺の手が、コイツらを殺してまう前に】

 

涙が、溢れた。

 

【大事な親友は、俺自身が守るんや】

 

綺麗なキレイな、侑士の声。
なんだ、なんだ、ちゃんと、俺達の事。

考えてくれてるんじゃ、ないか。

 

 

 

 

 

「……ッ、侑士!!」
大きな音を立てて扉を開けて、中へと飛び込んだ。
中には驚いたような表情の忍足と、盛大に顔を顰めた跡部が居て。
そんな跡部には目もくれず、向日は忍足の元へと駆け寄った。
「……どうしたん、岳人?何泣いてんのや?
 つーか、なんでこないな所に居るんよ、自分」
「あー…そりゃ、俺様が呼んだからだ」
騙す必要も無く跡部が仕方なさそうに答えて、ガリガリと頭を掻いた。
多少居た堪れない気になってしまうのはしょうがないだろう。
「侑士ッ!!」
「う、わ、何、何やのん、岳人?」
突然胸倉を掴まれて驚いた忍足が慌てた声を上げる。
「俺は、何があってもお前の友達なのやめたりしねーからッ!!」
「………何やの、唐突やな。ま、ええわ。
 さっきから跡部にも言おうと思ってたんやけどな、
 もう俺に関わったりしなや。その内ヒドイ目に合うてまうかもしれんのやで?
 そんな事になってから後悔しても遅いやんか。
 それに、同情心だけでプライベートに突っ込んでくるのも、
 それで友人風吹かせられるのも真っ平なんや。
 俺に憑いてた元凶は、こないだ綺麗に消えてもうた。
 せやし、それでもう終まいや、な?岳人」
「違う!!終わってねーよ!!まだ、終わってねぇ!!」

 

憑いた霊はあくまできっかけに過ぎない。
それでは、忍足が作った壁が永遠に消える事は無い。

 

「もう…わかっちまったから、」
「何がやねん?」
「お前が怖がってる事、俺達を遠ざける理由、わかっちまったから」
服の袖で涙を拭うと、向日がにこりと笑みを浮かべる。
逆に、忍足の表情が凍りついたように固まってしまう。
やはり勘は正しいのだろう。
本当の意味で忍足を救うには、この壁を壊してやらなければならないのだ。
「跡部、」
「何だ」
「俺達の覚悟、見せようぜ」
「あーん?」
「逃げないんだろ、跡部。俺だって、逃げたりしねーよ」
「……しっかり聞いてやがったんじゃねーかよ」
小さく舌打ちを漏らして、跡部が僅かに視線を逸らせる。
唖然としたままの表情で忍足はじっと2人を眺めた。
どうして、向日は。
「んーで、さっきから解った解ったって、お前に何が解ったっつーんだよ」
忍足の疑問は、そっくりそのまま跡部の口から出された。
それに向日が何か言おうとして……また、口を噤む。
「……跡部は、侑士の口から聞いた方がいいと思う。
 俺も…ちゃんと侑士から話を聞きたいと思ってるし。
 話してくれよ、侑士。俺達を…少しでも友達だと思ってくれてんだったらさ」
「……岳人、お前は何を聞いたんだ?」
あの時、扉の向こうで。
暗にそう乗せた跡部の問いに、向日は少し複雑そうな顔をして、それから笑った。

 

「侑士の声だった」

 

今までの状態だったなら、きっと自分達には一生聞く事のなかった、忍足自身の想い。
綺麗な想いは綺麗な言葉で、向日の耳に飛び込んできた。
「俺から言っても良いんだけど、俺は結論しか知らないし……、
 どういったいきさつがあったのかまでは、解らねーから。
 ちゃんと、知りたいんだよ。
 そしたら…もしも今度こんな事があったら……
 今度こそ助けてやれるかもしれねーじゃんか」
な?と忍足にウインクして寄越す向日に、自然と忍足の口元から笑みが零れた。
どうやら自分は、この傲慢な部長にも、ちょろちょろ動く小さな友人にも、敵わないらしい。
「………しゃあない、な」
言うと、いきなり忍足は着ているシャツを脱ぎ捨てた。
下から現れたのは、白い肌に不釣合いな程の大きな縫い傷。
その傷をそっとなぞって、忍足が肩を竦めた。

 

「まぁ、昔話やから。気楽に聞いたってな」

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

※がっくんの霊感はおばーちゃん譲りなカンジ。