第16幕:真実

 

 

 

跡部に言われて、向日は真っ直ぐ跡部の家まで戻ってきた。
すると連絡が既にいっていたのか、入り口ではお手伝いの人間が待っていて、
すんなりと彼を中まで迎え入れる。
そのまま向日はさっきまで居た跡部の部屋のある場所まで歩くと、
扉の前で足を止めた。
ノックをすることも開けようとすることもせず、向日はただじっとそこで
中の様子を探る。
誰かの話し声が聞こえるが、恐らくこれは跡部と忍足だろう。それは間違いない。
目を閉じて、耳元に集中する。
3人目の声が、聞こえはしないかと。

 

電話で跡部に言われた事は、ひとつだった。

【…お前、こっちに戻ってきてもう一度何か聞こえるかやってみろ】
「は?何だよ唐突に」
【お前が忍足の中に憑いてるヤツの正体を暴くんだ】
「……でも、」
【声、聞こえてるんだろ?】
「微かに、だけど」
【だったら、それをどうにかして聞き取るんだ】
「跡部……無茶言うなぁ、」
【お前にしかできない事なんだからよ、期待してるぜ】
「う、すっげぇプレッシャー」
【家のモンに話は通しておく。できるだけ静かに入って来い。
 忍足にバレねぇようにな】

 

そう言われたから、今向日はここに居る。
実際、微かに流れてくる声は今もなお止まない。
少し低めの、男の声。
これがどんな奴か見極めろと言われても。
「……解るかな、俺に…」
だがあの跡部に言われてしまったのだ、やるしかない。
つくづくあの部長には勝てないのだなと思うと、ほんの少しため息が零れた。

 

 

 

 

 

「俺の敵は、別にとり憑いてきた霊ってワケやないんよ。
 そんなモンに動じる俺やないし…どっちかっつーと憑かれ慣れしとるって言うんかな、」
「慣れてんじゃねーよ、そんなモン」
「そう言うなや。まぁ、そんなんでな、俺の敵は霊やない。
 ココと……ココ、や」
言って忍足は、自分の頭と、次に胸の辺りを指し示してみせた。
それの意味するところは、恐らく跡部が考えていた事と合致するだろう。
「カワイソウなおねーさんはな、随分長いことストーカーに合っとってん。
 それで精神的にもギリギリやったんやろな……。
 あの手この手尽くして、警察にも対応してもろて、
 何とかしようとしたんやけどな……結局、それでキレた相手に
 襲われた上に殺されたんや。
 …まぁ、同情する気持ちはコレっぽっちもあらへんけどな。
 所詮はもう、終わってしもうた人間の人生や。したってしゃーないし」
概略を手短に説明すると、仕方無さそうに忍足が肩を竦める。
それに跡部が不可解そうに眉を顰めた。
「……お前、そこまで解ってんだったら、」
「でもな……跡部、」
「…?」
「いくらそこまで解ってても、押し付けられるように貰った記憶は消えへん。
 襲われた時の恐怖は消えへん。殺される直前の、なんやこう、諦めみたいな
 そんな気持ちも……そんな風にした奴に対する、憎しみも。
 多分、お前には一生解らへん感情なんやと思うで?
 同じ目に合った人間じゃないと、解らへん想いや」
「ああ……そうだな」
忍足だけは違う。
同じ目に合ったわけでは決してないのに、【解って】しまう。
そしてそれを自分のものにしてしまう、それがシンクロ。
「だから、俺は線引きをするんや。
 この記憶は、映画で見たシーンを覚えとるだけやって、思い込むみたいにな。
 …うん、まぁそんなんに近いやり方で、これは俺のやないって思うんや。
 そしたら大概は平気になんねんけど……たま〜に、上手いこといかへん時もある」
そうしたら、今回みたいな事になってしまう。
友人が知らない人間に見えたり、今居る場所の判断がつかなくなったり、
何気ない相手の動きでさえ、自分を殺めるのではないかと、怯えてしまったり。
自分のものではない感情に振り回される。そう表すのが一番解りやすいだろう。
「それに跡部、お前は根本的に間違っとるよ」
「何がだよ」
「憑いた奴の心残りを叶えてやるって、一筋縄ではいかへんねんで?
 そんなアッサリ言いよるけどな……もし、例えば、このおねーさんの
 心残りが、『自分をこんな目に合わせた奴を殺してやりたい』っていう
 思いやったら、お前どうするつもりやねん?」
「………。」
「お前、俺を殺人犯にするつもりなんか」
「………ッチ、そういう事かよ」
漸く跡部にも事態が呑み込めた。
だが、それならば方法などひとつしか無いだろう。
消えて無くなるのを、待つしか。
「それとな、もうひとつあるねん」
「……さっさと全部言っちまえ」
「怒らんといてや?」
「アーン?」
「俺に憑いてたおねーさんな、もう、おらへん」
「………あ?」
「ほんまに、もう、消えてしもうておらへんねん」
「………いつの話だ?」
「だいぶ前に跡部が祓ってくれたんや」
「俺が……?」
「もう、わからへんのと、違うの?」
「確かに……それは、そう、だが………ちょっと待て、
 よく解らなくなってきやがった。
 お前が今更そんな事言い出すから……」
痛み出す頭を押さえて、跡部が忍足を制する。
つまり、それはどういう事なのか。
必死で考えて、出た結論は。

 

「じゃあ、お前が、俺達から逃げ続けている理由は、何なんだ……?」

 

バン!と、唐突に扉が激しい音を立てて開かれた。
それに驚いた表情で忍足が音のした方へと目を向ける。
「………岳人、テメェ…」
跡部も目をやって、そして盛大な吐息を零したのだった。

 

 

 

<続>