眩しい日差しの中、何よりも誰よりも輝いていた。

跳ねるボール、緑のコート、湧き上がる歓声。

 

 

その場所が、僕達の居場所だった。

 

 

 

<存在証明 〜I don't say good-bye to you.〜>

 

 

 

 

 

 

 

「…またこんな所にいやがったのか」
「ああ、跡部か」
背中にそんな言葉が投げかけられて、忍足がゆるりと振り返る。
場所は氷帝学園の屋上の外れ、季節は夏。
日陰も無いに等しいこの場所で、何をするでもなくただ彼はそこに佇む。
そしてずっと眺め続けるのだ。
「やって、しゃあないやん。
 ここからが一番、テニスコートがよう見えるねんて」
言うと忍足はまた跡部に背を向けて、眼下に広がるコートへと視線を向けた。
全国大会での敗北と同時にテニス部を去ったのは、最上級生。
もちろんその中には跡部と忍足も含まれる。
とはいえ、締め出されたわけではなく、卒業するまでは後輩への指導として
コートに入っても構わない。
現に今見ている限りでは宍戸が居る、滝も居る、最初から指導するつもりはないのか
ベンチに寝そべってジローも居る。
つい20分ほど前は岳人も居たが、11時頃に彼は帰ってしまったようだった。
何気ない風にそう忍足が告げれば跡部が困ったように眉を顰めてみせた。
つまり、岳人がいたらしい時間から、恐らくはそれよりももっと前から、
彼はずっと此処に居たという事なのだ。
「……行けばいいだろうが」
「ん?」
「お前も、行けばいいだろ?」
「そのセリフ、そっくり返すで」
隣に立って同じように見下ろしながら言う跡部に、忍足が軽く笑いを零した。
仲間達のようにコートに向かえば良いのに、この2人は一度も足を向けた事は無い。
跡部の場合は秋になり2学期ともなれば文化祭など学校行事が相次ぐため、行くに行けない
状況なのも仕方無いといえばそうなるだろう。
生徒会長としての仕事にも、彼は一切の手抜きをしない。
そして、忍足はまた別の理由があった。
「………決めたのか?」
「ああ、戻って来いって言われとるし、向こうの学校受けるわ。
 せやから……2学期からは、向こうやな」
「……そうか」
忍足が氷帝学園に転入してきたのは2年の2学期のこと。
榊が関西に視察へ行った時に引き抜いてきたらしく、本当に唐突だった。
それから、たったの一年。
けれどお互いが心を許すには、充分な時間だった。
「俺な……向こうの学校からこっちに来た時、
 仲良かったツレとか全部置いて行くん、すごい気が進まへんかってん。
 嫌やなぁ、上手いコトやれるやろか…って、正直ビビっとったぐらいや。
 せやから地元に帰ろうって決めた時も、戻っても誰も居らへんワケとちゃうし、
 別に寂しかったりとかはせぇへんやろって、思ってん」
もちろん此処で共に戦った仲間達も大切な友達だ。
別れるのは辛いかもしれないけれど、そう離れているわけでもないし、
携帯だってあるのだから、いつだって連絡は取れるだろう。
「せやけど……なんていうんかな、ちょお違うんやわ」
「違う?」
「うん……寂しくはないねん。
 せやけど……なんていうか、大切なモンごっそり取られた気分。
 胸にポッカリ穴が開いた気分ってこんなんやろか?
 どう言えばええんやろ……財布を落とした時みたいな……?
 それか、楽しみにしてた番組が特番で流れてしもた時のような、
 隠しといたオヤツが知らん間に食われとった時のような」
「おい、どんどんランク下がってんじゃねぇか」
「あはは!まぁ、ものの例えやで、たとえ、な?」

 

馴れ合いの友情などではなく、テニスコートという戦場を共に戦い抜いた仲間。

言わば戦友ともいえる彼らとの間には、きっと強い絆がある。

 

「……な、跡部」
「あん?」
「テニス……楽しかったなぁ」
「…………。」
かしゃん、と強く握り締めたフェンスが音を上げた。
俯いたまま凭れるように額を押し付ける。
「もっと……もっと、やってたかったなぁ……」

 

 

叶うならば、永遠を願うほどに。

 

 

「決めたのはてめぇだろ?」
「………そうや」
「じゃあ、いつまでも過ぎたコトを言ってんじゃねぇ」
「分かっとるよ」
俯いていた顔が持ち上がる。
そこに浮かんでいた表情が笑みで、知らず跡部から安堵の息が漏れた。
ちらりと視線を横へと向けた忍足が、可笑しそうに目を細める。
「……なんだよ」
「いやぁ……おもろい頭になったなぁ、て。
 ほんまに越前も手加減せぇへんねんもんな」
「それも過ぎたコトだ!」
「はいはい」
髪の件に触れると跡部が不機嫌になるのは知っているので、それ以上は
からかわずに、ああそういえば、と忍足が手を打った。
「なぁ跡部、腹減らへん?」
「まぁ…もう昼時だしな」
「俺、実は財布持って来てへんねん」
「それじゃあな。」
「あ、いや、ちょお待って跡部ドコ行くねん!!」
言うなり踵を返して立ち去ろうとする跡部の服を慌てて掴んで、忍足が悲鳴のような
声を上げた。
振り返った跡部の顔には、嫌そうな表情がありありと。
「まさか、昼メシを奢れとかそういう……」
「当たり前やん!!」
「いやちょっと待てお前、そこで威張るのはなんかおかしいだろ」
「頼むわ跡部、恵んでくれ〜〜」
「……情けねぇな……」
両手を顔の前で合わせて拝み倒してくる忍足を眺めていると、これがさっきまで
ヘコんでいた人間だろうかと疑いたくなる。
暫く視線だけで押し問答をした末、諦めたような吐息を零したのは跡部の方だった。
「仕方ねぇ」
「ほんま!?やった!!」
「ただし、条件が3つある」
「………ちょっと多すぎやしませんか?」
「嫌ならイイんだぜ、別に」
「あああすんませんもう言いません条件って何でっしゃろか!?」
「飯が絡むとどうしてそう卑屈になれるんだ…まぁいい。
 1つ、お前が地元に帰る前までで良いから生徒会の仕事を手伝うこと」
「……なんで俺が」
「イヤなら、」
「いや、うそ、ごめんなさい!!
 やらせてもらいます喜んで!!ハイ!!」
跡部の言葉に慌ててそう返事をしていると、何だか脅されているような気分になって
忍足の笑顔が若干引き攣ってくる。
それを可笑しそうに見遣ってから、2つめ、と跡部が口を開いた。
「秋に、文化祭があるじゃねぇか」
「……ある…けど…?」
何を言われるのやらとビクついたままで、忍足が窺うように訊ねる。
そんなに構えなくても良いのにと心中で笑いながら、あくまで素っ気無い口調で。
「日取りを土日で取り付けるから、お前は絶対に顔を出せ。
 入場のチケットは上がり次第送らせる」
「え……?」
目を瞬かせ、忍足がこくりと首を傾げた。
「行って…ええのん?」
「ていうか、来るって言わなきゃ奢らねぇぜ」
「いや、その、えっと。
 ……ありがたく行かせて頂きます」
部外者という枠では行き難いと思っていたのだが、そう言ってもらえると、
まだ生徒として受け入れられているみたいで、どこか嬉しい。
「じゃ、食堂行くか。それとも外がいいか?」
「あ、食堂でええよ」
屋内へと続くドアに向かう跡部の後ろをついて歩きながら、忍足がはて、と
首を捻る。
確か、3つだと言っていたのに。
聞けば墓穴を掘るような気もしなくは無いが、だが気になるものはしょうがない。
少し己の胸の内で葛藤した末に、忍足が口を開いた。
「なぁ跡部……3つめは?」
「……あぁ、」
キィ…と軋んだ音をさせてドアを開くと、外が眩しすぎたせいか目が慣れずに
視界が利かなくなる。
うっすらとシルエットしか残さない彼が、ゆっくりと振り返るのは分かった。
何となくその暗闇へと足を踏み込めず、ドアを潜る一歩手前で忍足は足を止めてしまった。
「俺達は此処の高等部に上がる」
「うん」
「当然だが、テニスは続ける」
「………うん」
「お前はどうする?」
「…………。」
その問いに答えることはできなかった。
もう、やらないかもしれない。
地元に戻ってまだラケットを振り続ける気は、正直今の忍足には無かった。
少なくとも、今の仲間達以外と上を目指そうという気になれない。
暗がりの跡部の表情が読めないように、背中から当たる太陽の光が跡部の言葉で
僅かに歪んだ自分の表情を隠してくれただろうか。
見えなければ良い。見えなくて良い。
「俺達は高等部でまたテニスをして、レギュラーに勝ち上がり、更に上を目指す」
「………ん、」
忍足はこくりと頷いて見せた。
それを心から応援してやろうという気持ちは十二分に持っている。
いつ何処に居たって、自分は彼らの仲間だから。
「俺達が皆、レギュラーの座を奪えたら…そうしたら、」
きっとそれは叶うだろう。
持ち上がりのこの学園、強敵は多いがそれらを跳ね返すぐらいの実力を持っている彼らだ。
更にはそれに驕ること無く、努力を積み重ねられる奴らだ。
だから、自分が祈らなくったって、大丈夫。

 

「もう一度、お前を迎えに行く」

 

え、と漏らした言葉は掠れていた。
「迎えに……て」
「もちろん、俺達の仲間として、だ」
「せやけど……俺は、」
「だからそれまで腕を磨いて待ってろよ。
 怠けるなんざ許さねぇからな」
暗がりに慣れた視界の中、彼は悠然とした笑みを浮かべてそこに居る。
答える術も無く佇むしかない忍足に、跡部が肩を竦めてその腕を掴み引っ張った。
「おら、俺様も腹減ったんだよ、さっさと歩け」
「跡部……俺な、」
「何だよ」
「ラケット……手離さんでええの?」
「……やめる気だったのか」
階段を下りる足を止め、跡部が訝しげな視線を向ける。
少し迷ってから、忍足は首をこくりと縦に振った。
「なんでだよ」
僅かに怒気の孕んだ声に、ふわりと表情を綻ばせて忍足が答える。

 

 

「やって……俺、もう、お前ら以外とテニスはしたないねん」

 

 

敗北してしまった大会も、それまでの辛い練習も、上を目指す仲間が彼らだったからこそ、
心から楽しんでいる自分が居た。
きっともう、何処で誰とテニスをしても、ゲームを楽しんでもテニスそのものを楽しいと
思う事は無いだろう。
だからこそ、もう共に在る事ができないのなら、手離そうと思っていた。
「…手離さんと、待っとるよ」
「あ?」
「迎えに来てくれるんやろ?」
また、同じ舞台に立つために。
そう告げれば跡部にしては珍しく、覗かせたのは満面の笑み。
「期待しててイイぜ?」
「強気発言やなぁ」
「当然だ、俺もお前ら以外と上を目指す気はねぇ。
 だからてめぇが欠けることも許さねぇ。いいな?」
「頼もしいわ。
 ほな俺も、向こうでもっと鍛えとこ」

声を上げて2人で笑って。

 

屋上へ続くドアが風に揺られ、静かにその世界を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しい日差しの中、何よりも誰よりも輝いていた。

跳ねるボール、緑のコート、湧き上がる歓声。

 

 

その場所に、僕らがいた。

 

 

 

 

それだけが、僕らの存在証明だ。

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

忍足がテニス引き抜きによる転入だったとしたら、
こんな風に終わってほしいなぁと思いまして。(笑)

 

今回は、ラブではなく友情をメインにもってきてみました。(いつもだろ…)

 

こう、言わないけど跡部も仲間を大事に思っていて、ほんとは忍足を
向こうに帰したくないと思ってたりしてるといい。(妄想中)