<ロマンチスト・リアリスト>

 

 

 

 

たまの休みに押しかけてきて何をするのかと思えば。
「……お前、ホンットそういうの好きだよなァ……」
「ん?何やの、唐突やな」
勝手に押しかけてきて勝手に人の部屋のホームシアター使って
映画を観ているくせに、その言い草は何なんだ。
思わず顔を顰めて、跡部はただ嘆息を漏らした。
観ている映画ももっと派手なアクションシーンでもあれば自分も共に観るのだろうが、
如何せん忍足の好みはもっとしっとりした大人の恋愛映画。
跡部には興味の対象にすらなりはしない。
忍足侑士という男がラブロマンス映画を好んで観ると初めて知った時は、
これは一体何の冗談なのだろうかと勘繰ったものだった。
だが、この跡部の部屋にある設備が気に入ったとちょくちょく訪れるようになり、
その度に同系統の映画のDVDを持って来られたら、いよいよこれは冗談などでは無いのだと
思い知らされて。
ただ黙々と視線をスクリーンに向ける忍足を眺めていて、次に気付いたのは意外な事だった。
「好きやから、こないして持って来て観とるんやないか」
「……本当に好きで観てんのか?」
「何が言いたいねん」
「例えば、今日お前が持ってきた、ソレ」
「うん」
「本当に面白いと思ってるか?」
「おもろいで?」
ますます不思議そうな表情で忍足が答える。
ならば何故、そんな目をするのか。
そんな目をして、彼はスクリーンを見つめるのか。

 

ラブロマンス映画を観ている時の忍足侑士は、今まで見た事もない程、冷めた目をしている。

 

「…じゃあ、どんなところが面白いんだ?」
「せやなぁ……【ありえへん恋愛】を素でやってくれとるところなんか、
 めちゃめちゃおもろい思うねんけど?」
思わず微笑ましく観てしまうわ。
そう言った忍足は、ロマンチストどころかこれ以上ないぐらいのリアリストぶりで。
「屈折した見方じゃねェのよ?」
「あはは、そうかもなぁ。でも考えてみ?
 例えばこんな映画みたいな恋愛、ホンマにやっとる奴って居ると思うか?
 仮に居ったとして、それは一体どんだけの確率やねん。
 こんな大恋愛、想像すらした事あらへんし、俺にできるとも思えへんしなぁ。
 だから、おもろいと思うんよ」
ありえない世界の、ありえない恋愛が。
そう言って笑う忍足は、やはり自分が知る人の中では一番の現実主義者。
その理由で、漸く跡部には理解できた。
どちらかと言えば、こういった部類以外の趣味は合う方だと思っている。
それは恐らく自分自身が、忍足に負けないぐらいの現実主義だからだろう。
なのに何故、自分はそのジャンルが面白く感じられなくて、忍足は面白いと言って見るのか。
「ああ、やっと解った」
「…何がや?」
「こういう事か」
「は?何言うて……っ!?」
訝しげに見てくる忍足の顎を掴むとぐいと引き寄せて、強引に唇を塞ぐ。
歯列を割るように舌を滑り込ませると、びくりとその身体が揺れた。
抵抗らしい抵抗はされる事もなく忍足がされるままになっているのは、この歪んだ関係のせいだろう。
つまり、跡部と忍足の、『恋人』という関係。
「……っ、あんな、お前、なんもかんもイキナリ過ぎやっちゅーの……」
「イイじゃねェかよ、減るもんじゃなし」
ほな回数決めて次から減らしていこか?とおどけて言う忍足に、冗談じゃねぇと呟いて
跡部が忍足の身体に腕を回した。
ぎゅ、と力を篭めて抱き締めれば、痛い、という抗議が上がる。
「ほんで、何?」
「アーン?何がだよ」
「せやから、やっと解ったって言ったやろ。何が?」
「ああ、それか」
忍足の理屈でいけば、答えは割と簡単に弾き出せた。
ありえない恋愛を面白いと思えないのは、自分が今ありえない恋愛をしているせいだ。
恋愛そのものは、した事が無いとは言わない。
だけど今、すぐ隣に居るこの男に恋愛感情を抱いてしまった事そのものが、跡部にとっては
ありえない感情であり、ありえない恋愛だ。
今この瞬間に、確かに昨日も恐らく明日もこの映画さながらの大恋愛をしているというのに、
作り物のあの世界を面白いなどと感じられる筈もないだろう。
そう教えてやれば、くすりと小さく忍足が笑う。
「なんやねん、俺とこうしてるのがありえへんってか?」
「そうだな、ありえねェな」
「ハッキリ言うなー、お前」
「正直者だからな」
「せやけど、それってな、」
上目遣いに見てくる忍足の目には、甘えた感情など伺えない。
観察するような、探るような目。
自分に対して恋愛感情なんて持っていないのではないかと疑ってしまいたくなるような、
そんな冷めた目をして。
「跡部は俺のコト好きっていう感情そのものが、ありえへん想いやって言うんやろ?
 ほな、その理屈やったら俺はどうなんねんな?」
「さぁな。そんな事はお前にしか解らねェだろ。
 まぁ、考えてみて辿り着く選択肢は2つだ」
「…?」
「そのありえない恋愛にすら行き着かねェほど、お前にとって俺はどうでも良い存在か。
 もしくは……その逆か」
「逆?」
「何だよ、解らねェのか鈍い奴だな」
嘆息交じりに跡部が言うのに、その頭を軽く拳で殴ってやって。

 

「お前が、ありえない恋愛をありえないと思わねぇほど、この俺様に溺れてるか」

 

どっちかしかねェだろう?
自信を込めて笑う跡部に、暫し唖然として。
次に湧いてきたのは、押し殺した笑いだった。
「……ホンマに、お前は……」
「何だよ」
「いや、おもろい奴っちゃなぁ、って」
くすくすと笑いながら、忍足が顔を上げる。
「んで、どっちなんだよテメェは」
答えが知りたいらしい跡部に、触れるだけの口付けを送って。
耳に飛び込んできたのは、映画のエンドロール。

 

「ま、それはご想像にお任せするわ」

 

艶やかな笑みを見せて、忍足はスクリーンを背にそう告げた。

 

 

それはさながら、ありえない映画のワンシーンのようで。

 

 

 

 

<終>

 

 

私の持つ跡忍のイメージを集約したら、こうなってしまいました。(汗)
ただの甘々ラブラブだけじゃなくて、駆け引きとかもあったらイイですね。
そして2人とも、その駆け引きを楽しんでたら、もっとイイですねーvv