〜 Life 〜
【 The requiem to sacrifice to the dear mother. 】

 

 

 

 

 

 

>> To have been done prepares some.

 

 

 

 

真田が消えた後、大掛かりな捜索が行われた。
まだプロトタイプである彼は、世間に公には発表されていない。
どこから情報が漏れてしまうか分からない以上、極秘裏に見つけ出し
保護しなくてはならないだろう。
特に何も持たず、昔から剣術を学んでいた真田は刀一本だけを手に
何処へともなくふらりと消えたそうだ。
相変わらずも不安定なマザーコンピューターと戦いながら、跡部はその
話だけを耳に、自分は敢えて捜そうと行動に移すことはしなかった。
捜すだけならお偉方がとっくに始めているし、自分から捜してやる
義理なんてない。
ただ、見つかったらひとつ訊ねたいと思った。
何を思って、何をするために、何処へ行こうと思ったのか。
知りたいのはそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

「……ちっ、コレもダメか……」

画面に映るエラーの表示に、知らず跡部の口元から舌打ちが漏れた。
真田が消えてからまた暫くの時が過ぎ、跡部の周りも少しだけ環境が変わった。
家族ができたのだ。
今は氷帝のオーナーをしているかつての恩師から譲り受けた一体のアンドロイド。
それから、少し前に拾ってしまった蒲公英色の髪をした赤子。
最初は成り行きではあったのだけれど、今では自分の生活に無くてはならないものに
なってしまっていた。
大事な大事な、大切にしなくてはならないもの。
それを手に入れてから、漸くあの頃の真田の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
「……そろそろ、俺も何か考えねぇと…マズイだろうな」
時折、マザーコンピューターは勝手に何かのプログラムを組み立て始める。
それはもちろん管理している人間側の思うところとは全く違い、言わばマザーが
勝手に行っていることで、言い換えれば一人歩きし始めたという事だ。
まだ然程大事にはなっていないものの、直にとんでもないものをプログラミング
しそうな、そんな嫌な予感がしていた。
そして、万が一その時が来たら、自分は何ができるのか。
そうならないように対策するのが自分の仕事なのだが、万が一、事が起こってからでは
遅過ぎる、手は何重にも施しておいて損はしないだろう。
何かあった時、自分は彼らを守れるのだろうか?
人間は、アンドロイドに比べて遥かにヤワで余りにも脆弱だ。
そして連鎖的に思い出したのは、アンドロイドの身体を手に入れた真田のこと。
もし、自分もアンドロイドの強固な身体と絶対的な力を手に入れたとしたら。
彼らの事を守る事ができるだろうか?
人間はいつ死ぬか分からない。
そう考えると、作られた身体はとても魅力的に思えた。
だが、真田のように忘れてしまったらどうする?
不安要素はゴロゴロ出てくる。
だが、それでも。

 

「…………万が一の保険は、あるに越したことはねぇか…」

 

呟いて、跡部は立ち上がると電話を手に取った。
今一番信頼を寄せているだろう、かつての恩師に連絡を取るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>> You how process the remembrance which was left at hand?

 

 

 

 

あの時、人間である事を否定するような実験に非を唱えていた自分達だけが
今アンドロイドの身体を持ち、そして生き残った。
なんと因果なことか。

 

 

「結局、俺も真田と同じだったってコトだ」
「………。」
「まったく、揃いも揃ってあれだけ忌み嫌ってた事に加担するなんてな」
「……そんで、真田は?」
「ああ、一度だけ、学会で会った。
 …ジローの誕生日だったから、よく覚えてるぜ」
まさか再会するだなんて思わなくて、あの時は本当に驚いた。
何をしてるのかと訊ねれば、同行している少年を守るという言わばSPのような
ことをしているらしかった。
「まさか、もう守るモンなんてねぇって言ってたヤツが、だぜ?
 あれは正直呆れて言葉も出なかったな」
「……そうなんや、せやけど……見つかって良かったやん」
「そうだな、それに……」
自分の事を少しも覚えていないのだろう真田に、しっかりやれよと告げた自分。
あの時自分は、どう思ったのだろう?
全てを見放したような彼が、また何かを手にするなんて思わなかったから。
「それに、何なん?」
「……なんだか少しだけ、幸せそうに見えたんだ」
「ほんなら、良かったんや」
「あ?」
「真田は、アンドロイドになって、良かったんやて」
くすくすと笑いながら、ソファにゆったりと腰掛けた相手はにこりと微笑んだ。
とても綺麗な表情をして微笑む彼が、かつて自分が守りたいと切に願った相手。
拾った赤子も今ではすっかり大きくなって、パソコンを片手にあちこちを
走り回っている。
守りたいと思ったものは、決して守らなければならないものではなく、
共に戦えるものだった。
「景吾は、そんな身体になって良かったと思うとる?」
「……そうだな、不老も長寿も興味はねぇが、そのおかげで戦えた」
「ほなきっと大丈夫、真田も後悔はしとらへんで」
「そうか?」
「生きていく目的が無いと動けへんのは、アンドロイドも人間も同じなんや」
あの時守り切れずに亡くしたものは大切なものだったのかもしれないが、
今そうやって守ろうとしているものも、きっと大切なものの筈だから。

 

「…せやから、真田はもう大丈夫やで」

 

にこりと笑んでそう告げる相手に、跡部もつられるように口元を綻ばせた。
なんとなく、彼が言うとそうかもしれないと思わされて。

 

「……ありがとよ、侑士」

 

いつか真田に会わせてな?という忍足に、あいつの記憶が戻ってればな、と
苦笑を浮かべて、跡部はその頬にそっと口付けた。

 

 

 

 

大切なものは、まだその手にあるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>> It isn't possible to finish giving up only dearness.

 

 

 

 

どこをどう歩いていたか、全く思い出せない。
ただ、歩くことに厭きたから、通りがかった公園のベンチに座った。
ぼんやりと何をするでもなく通行人を眺めて、真田は一人、吐息を零す。
自分が何故ここに居るのかもさっぱり分からない。
だが、帰る場所も思い出せない。
分かるのは自分の名前ぐらいだ。

 

「………なんだ?」

 

ふと目の前に影が差して、真田は視線を上げた。
少年が一人、目の前に立っている。
当然見たことも無い人間だ。
何か話があるのかと促してみたが、少年は一向に口を開こうとしない。
埒が明かないと視線を逸らした時に、漸く声が聞こえてきた。
「………人間じゃないな?」
「そう言うお前は何だ」
「俺は、立海で研究員をしている者だ」
そう答えたので、真田は訝しげに眉を顰めて少年を窺い見る。
どう考えても10かそこらの少年だ。
そんな彼が科学者なんて、馬鹿げた話は無いだろう。
僅かに鼻を鳴らして口元を歪めて見せると、その顔は信用してない顔だ、
なんて呟いて、少年は頬を膨らませた。
「何処のアンドロイドなんだ?」
了解もしていないのに少年は真田の隣へ腰を下ろす。
世間話でもするかのような何気ない口調で問う少年は、子供らしさを
全く感じなかった。
「……知らん」
「知らないって、そんな」
「本当に知らんのだ」
「じゃあ、マザーに登録されてもいないのか?」
「マザー…?」
はて、どこかで聞いたことのあるような単語だが、思い返してもさっぱり
見当がつかないので、首を横に振ることで答える。
「…イレギュラーか」
「なんだそれは」
「何処にも何にも登録されていない者の事だ」
「……そうか」
「お前が悪いんじゃない、登録しなかった製作者が悪いんだ」
勘違いするなよ、と断ってから、少年がこくりと首を傾げる。
「何処から来たんだ?」
「……分からん」
「何処へ行くんだ?」
「……知らん」
投げやりに答えると、そうか、と短く返答があって、僅かの間の後に
少年が立ち上がる。
漸く去るのかと思ったのに、何故か少年は真田の目の前に立ちはだかった。
「では、立海に来るといい」
「……何だって?」
「行くあてが無いのだろう?
 ならばうちに来れば良いんだ」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃない」
呆れた視線でそう言えば、また頬を膨らませて少年は肩を怒らせる。
少年の意図がさっぱり汲み取れず、正直真田は困惑していた。
どうして自分に声をかけたのか、どうして自分をロボットだと見抜いたのか、
そして、どうして見ず知らずの自分を連れて行こうとするのか。
「行く所を決めてないなら、良いだろう?」
「…………そうだな」
ふうと静かに息を漏らすと、真田はゆっくりと立ち上がった。
此処に来たのも、この場所で休んだのも、この少年に出会ったのも、
全部偶然だと言うのなら、このまま流れに任せてみるのも良いかもしれない。
首を縦に振ると少年が嬉しそうに笑って、こっち、と手招きをした。

 

「そうだ、俺は真田弦一郎だ。お前は何と言うんだ?」

「柳蓮二だ」

 

それが出会いで、自分が初めて覚えた他人の名前だった。

 

 

 

 

 

 

立海の敷地内に桜の咲く場所はひとつしかない。
その場所に立って、今年も蓮二は桜を見上げていた。
それを迎えに行くのがいつの頃からか真田の役目になっていて、
マザーが倒れ自分が全ての記憶を取り戻した今も変わらない。
最初の出会いから7年が経とうとしていて、蓮二もすっかり
身長が伸び、少年から青年へと変わっていた。
「また此処か」
「ああ、弦一郎か」
この会話も毎年のことだ。
それに僅かに苦笑を見せると、真田は蓮二の隣に立つ。
いつからだろうか、この柳蓮二という人間を特別な対象として
見るようになったのは。
それは、いわゆる恋人と称される仲になった今でも思い出せない。
「…蓮二、ひとつ聞いても良いか?」
「どうした?」
「どうしてあの時、お前は俺を連れて行こうと思ったんだ?」
初めて出会った時の事だ。
連れ帰られた後に幸村が随分説教をしていたが、それも至極当然だと
思うほどに、蓮二の行動には躊躇いが無かった。
「ああ……そんな大した事じゃない」
「俺にとっては大した事なんだが」
そう告げれば、蓮二はこくりと首を傾げて困ったように微笑んだ。
あの時の光景はどう表現すれば良いのだろう。
行くべき場所が分からない、戻るべき場所もない、そんな男の見せていた表情は。

 

「あの時、弦一郎が……とても、途方に暮れた顔をしていたから」

 

だから放っておけなくて、つい声をかけてしまったんだ。
そう言って照れたように笑う蓮二の肩に、腕を回して強く引き寄せた。
昔失った大切なもの、凛とした真っ直ぐな強さと優しさをもった人。
それと同じぐらいに大切で、決して失いたくないものだ。

 

「……蓮二、好きだ」

「俺も好きだよ」

 

もう二度と、失うものか。
誓いを込めて、静かに微笑む相手へと口付けを贈った。

 

 

 

 

大丈夫だ、大切なものはまだ、この手の中にある。

 

 

 

 

 

< END >

原題:『施されたある仕掛け』
   『手元に残った思い出を、君はどうやって処理する?』
   『諦め切れない、愛しさだけは。』

 

 

 

一気に書いてしまいました。長々とした話にお付き合いありがとうございます。
構想を練れば練るほどに立海編には跡部の影がちらつくので(笑)、
先に跡部と真田の関係を書いてしまおうと思いました。
さりげに跡忍と真柳狙いで。(全然さりげじゃねぇ!!/笑)
ちなみにこの話での跡忍と真柳は既に出来上がっておりますので、
その過程を楽しみたい方は、跡忍は氷帝編を、真柳は立海編を御覧下さい。

 

なんだか矛盾点とか色々ありそうで内心ヒヤヒヤしてるのですが、
とにもかくにも2人の間にはこんな出来事があったんだ、というコトで。