彼と出会ったのは、まだ彼が11歳の頃。
友達が欲しかったんだ、そう言った少年は少し大人びていて、けれどどこか
寂しそうだった。
随分と歳上に作られてしまった自分は、それならば彼が自分より年下である間は
兄貴になってやると、そう言った。
守りたかった。守りたいと、思ってしまった。
たった一人で気丈に笑う、この子供を。
それからは、随分上手くやってきたと思う。
一緒に笑ったり、泣いたり、時には激しい喧嘩もしたけれど、それもまた兄弟
らしいのではないかな、なんて思ったりして。
そうして1年が過ぎた頃、一緒に居た自分達を見て「仲の良い兄弟ですね」と
言った人がいたりして、顔を見合わせて笑ったものだ。
守りたかった。
何よりも大切にしたかった。
だって、大事な大事な弟であり、友人であり、自分を作ってくれた親でもあり、
自分達は『家族』だったのだから。
大事な大事な弟の左肩を砕いた感触は、決して消えやしないだろう。
〜 Life 〜
【I wanted you to say a word if all right.】
駆除完了。オールグリーン、だ。
蓮二の声が聞こえた気がして、幸村はうっすらと瞳を持ち上げる。
そこには自分を覗き込むように心配そうな表情を浮かべた蓮二と、どこか気遣うような
視線を向けてくる真田がいて。
何が起こったのか、考えてみたが幸村には到底理解できなかった。
「あ……俺……?」
「調子はどうだ?精市」
「えっと…うん、悪くない、かな…?」
「良かった……」
幸村の返答を聞くと、気が抜けたのか蓮二がその場に膝をつく。
そして同時に左肩を押さえて小さく呻きを上げた。
「蓮二、どうしたの?」
「ああ、いや……何でも無い、大丈夫だ」
「柳生が無事で居るらしい、呼んで来よう」
「頼む、弦一郎」
内線で何か話していたらしい真田が蓮二を振り返って言うと、座り込んだままで
蓮二は小さく頷く。
それを見ると真田は急ぎ足で研究室を後にした。
その真田も左腕が見当たらない。
よくよく研究室を見回せば、至る所で物が散乱しているし、所々が破壊されて
いたりもして、惨憺たる惨状だった。
おかしい。幸村がそう思っても不思議でない状況。
「蓮二……これは一体どういう事だ?」
「…………。」
「俺には嘘を吐かないって約束だろ」
ウィルスが撒かれてから既に半日が経過していて、あれ程騒がしかった社内も
いつの間にか静寂が戻ってきている。
蓮二が館内放送を出してからすぐジャッカルと丸井から連絡があって、彼らは
社内にいるだろう生き残った人間を救出するべく動いてくれていた。
生きた人間は既に社内にはいない。
今此処に残っているのは、心が壊れたアンドロイドと、正気を保っている数少ない
アンドロイドと、人間は蓮二だけだ。
ぽつりぽつりと呟くように、観念したような声音で蓮二が話せば、聡い幸村は
すぐに悟ったようだった。
ウィルスは確実に幸村自身を蝕んで、そして一番近くにいた人間である蓮二を
狙ったのだと。
「その怪我………俺が、やったんだ」
「精市のせいじゃない!精市も被害者なんだ、責任を感じる事は無い」
「違うよ。責任とか、そんなんじゃなくて………ああ、そうか、」
おれは、ただ、おとうとをまもりたかっただけなのに。
「ごめん、蓮二………ごめん……!!」
「精市…?」
自分よりまだ一回り小さな身体を抱き締めて、幸村は静かに涙を零す。
守りたかったのだ、彼を取り巻く全ての負のものから。
なのに、そんな自分が彼を傷つけてしまった。
静かに雫を落としながら、ごめん、と繰り返す幸村の背をあやすように撫でて、
蓮二は小さくため息を吐く。
「精市は俺の兄さん、なんだよな」
「そうだよ」
「俺はこんな情けない兄の姿は見たくないな」
ふん、と鼻を鳴らしながら言う蓮二を、少しだけ身体を離した幸村が驚いたような
目で見る。
「それに、弟だって時には兄を守ったりするものだ」
「蓮二……」
「こんな怪我など何ともない。
ただ俺は、精市を助けられた事が、嬉しい」
「………強いな、蓮二は」
「当然だろう、俺はこの立海で一番強い幸村精市の弟なんだからな」
「うん、……………うん、ありがとう…蓮二」
強く在ろうと思った。
誰よりも、何よりも強く。
閉じた瞼の奥からほろりと熱い雫が落ちる。
それは握り締めた蓮二の手の甲で、跳ねて、
< END >
原題:大丈夫って一言、言って欲しかった。
ねえ、だから、笑ってよ。