「……オールグリーン。異常なしだ」
パソコンのモニタを見つめていた蓮二が画面から目を離し、いくつかのコードを
身体に接続させたままの真田へと視線を送る。
その言葉に頷いて返し、ひとつひとつ丁寧にコードを引き抜いていく真田の様子を
椅子に座って眺めていた幸村が、なぁんだ、と声を上げた。
「健康なんだ、残念!」
「……残念がるな、幸村」
「だってさぁ、イレギュラーのくせに調子が悪くなったことも、お前から調子が
 悪いなんて言葉も聞いたことが無いんだもん」
「何処にも異常が無いことは、良いことだろう、精市?」
「でもさぁー…」
「ほら、次は精市の番だ」
蓮二に促されるままに、仕方無いなと幸村は腰を上げた。
定期的にボディチェックをして、異常が無いか不具合が無いかを確かめる、
今日はそんな日だ。
そしてこれはもう何年も前から、自分が柳蓮二という少年に作りだされた時から
ずっと続けられている。


だが、たったひとつだけ違った事があった。





今宵は、後に『運命の日』と呼ばれる事となる。










〜 Life 〜
【If I stake my life on it, show worth readiness.】









オールグリーン。
蓮二の口からそう告げられ、人間でいうところの健康診断は終わった。
配線を外して片付けを手伝いながら、幸村はいつものようにマザーコンピュータへの
接続を開始する。
マザーの接続を確認し、コードをひとつに纏めながら次は何で真田に勝負を挑もうかと
思いあぐねていたその矢先。


頭の中が突然、真っ白になった。










突如耳に飛び込んできたその音に、パソコンを終了させようとしていた蓮二が
手を止めた。機材を片付けていた真田が顔を上げた。
銃声だと理解する前に真田の身体が反応して咄嗟に刀の柄を握る。
直後、続けざまに上がる悲鳴と絶叫。
聞き取れない数多の声の中、逃げろ、と、助けて、は理解した。
「何事だ?」
「今のは銃声だろう、しかし…」
「ゆ…幸村ッ!?」
真田の声に蓮二が振り返ろうとする、それよりも先に全身を衝撃が襲う。
思わず頭を庇うようにした蓮二の身体が軽々と横に吹っ飛んだ。
「な…、」
息も詰まるような痛みに顔を歪めて、それでも蓮二は目を開けた。
ゆらり、と一瞬陽炎のように揺れたそれは。



「危険レベル8…………敵ヲ排除シマス。」



ほんの瞬きをする間で、すぐ目の前に現れた。
「精市…?」
「幸村、よせ!!」
振り下ろされた幸村の拳を鞘に収めたままの刀で受け止めると、真田が窺うように
幸村の様子を見る。
彼の目は真っ直ぐに蓮二へとだけ向けられているが、その眼差しは普段のような
慈しむようなものではなく、ただ機械的な感情の無い光を放っていた。
「ど…どうなっているんだ……」
「大丈夫か、蓮二!?」
「あ、ああ……しかし、精市が…」
ゆっくりと身を起こした蓮二が呆然と幸村を見上げる。
ただ彼は繰り返し呟くのみだ、敵を排除します、と。
「危険レベル8か……………何が起こった?」
「分からない、だが…」
真田の問いに蓮二が緩く首を左右に振りながら答え、ちらりと廊下へ続くドアへと
視線を向けた。
外からはまだ、色んな音と色んな声が聞こえてきている。
「弦一郎、精市を取り押さえてくれ」
「なに…?」
「原因を調べる、まずはそれからだ。
 とはいえ………どうやら精市は加減する気が無いみたいだから、」
「心得た。気を引き締めていく」
蓮二の言葉に頷くと、真田は手にしていた刀を鞘から抜いた。
何が何だか分からないが、今はとにかく蓮二の言う通りにするしかない。




















「そんな馬鹿な…ッ!?」
真田の左腕一本と引き換えに取り押さえる事に成功した幸村をコードに繋ぎ、
もう一度蓮二はパソコンを立ち上げた。
そこで見たものは。
「どうした蓮二?」
「……ウィルスだ。
 精市は、ウィルスに侵されている」
「何だと…?
 しかし、先程のメンテナンスでは問題無いと…」
「その通りだ。
 だったら、一体ウィルスは何処から……………まさか!!」


つい1時間ほど前に行ったメンテナンスでは異常が無かった。
その後、幸村はずっと此処に居たし、特に何もしていない。
何かしたとすれば。


マザーに、繋いだことか。



その事には妙に確信があった。
何より、たった一人無事でいる真田が全てを証明している。
彼は、この場所で唯一マザーに登録されていないアンドロイドだ。
そして幸村と真田の、決定的な違い。



「館内の正気ある者達に告ぐ!!」



飛びつくようにして蓮二が握ったのは、館内放送用のマイクだった。
「ネットワーク上にてウィルスが流出しているらしい。
 今後、一切のネットワークへの接続を禁止する。」
「蓮二…!?」
「数名だが、無事な者達が館内に存在する事が判明した。
 正気あるアンドロイドは、命ある者達を至急救出してくれ。
 ウィルスに侵された者は無差別に人間の命を狙っている。
 同時に人間に肩入れするアンドロイドも狙うので充分に注意するように。
 防衛するのは構わないが……できれば、殺さないでくれ。以上だ」
アンドロイドにとって、製作者でもある人間の言葉は絶対だ。
ウィルスに侵されていない者がまだ居るならば、この言葉を聞いてくれているなら
それに従いマザーへの接続を中断するだろう。
確率は正直、20%もない。
そのぐらいロボット達がマザーに繋がることは日常的で、当たり前の事だった。
ただ、情報としてジャッカルと丸井が現在メンテナンス中である事を知っている。
彼らがまだ無事でいる事を祈るばかりだ。
「蓮二!またお前はそういう綺麗事を言う!!」
「綺麗事ではない!!」
通信を切った蓮二の隣で窘めるように言ってくる真田を、蓮二は勢い付けて振り返り
睨むように見据えた。
「だったらどうするんだ弦一郎。
 ウィルスに侵されたアンドロイドは人間の敵だからと排除するのか?
 お前の……その自慢の刀で全て叩き壊すのか」
「蓮二……」
「俺は、そんな事は許さない。
 原因がウィルスであるとするなら、それを駆除してやれば良いだけだ。
 ………治してみせるさ、絶対に」
マイクをその場に置くと蓮二は踵を返してパソコンの方へと向き直る。
まずは幸村を直さなければならない。
それができなければ、他の者を直すなど夢のまた夢だ。
「弦一郎」
「……なんだ」
「右腕一本のところ言い難いんだが……、
 お前は他の部屋を見回って、まだ息のある人間がいないかどうか見てきてくれないか」
「なんだと…?」
「助けたいんだ、なるべく多くの命を」
「…………。」
口を噤んだままの真田は、右手に持った刀へと目を向けた。
かちゃり、と鯉口が小さく声を上げる。
思い出すのは先程の正気を失った幸村の姿。
今はたくさんのコードに繋がれて、一時的にシャットダウンさせたため瞳は閉じられ
ぱっと見た限りでは眠っているように感じる。
一度目は止められなかった。
だが、二度目に幸村が振り上げた拳を見た時、身体の芯が冷えるような感覚があったのを
覚えている。
あれが蓮二に当たっていたら、今頃、彼は。



「…………断る。」



強く刀を握り締めたままそう絞り出すように言った真田に、蓮二が一瞬責めるような
視線を向ける。
だがこれだけは譲れない、今自分が何のために存在しているのか。
目の前の少年を守るためだけに、在るのだ。
「幸村を抑えたからといって、此処が安全である保証は何処にも無いのだ。
 せめて幸村が正気を取り戻し元通り動けるようになるまで、俺は此処を動かんぞ」
「弦一郎!」
「俺は、お前を守る」
「…ッ」
「その為だけに、此処に居る」
「……………馬鹿だな」
「何とでも言え」
憮然としたままの表情でそう答えると、真田はどかりと蓮二のすぐ傍に腰を下ろした。




彼が居なければ、自分の存在する理由が無い。

 

 

 

 

 

< END >

原題:俺が命を賭けるに足る覚悟を示せ

 

 

 

 

微妙にジャッカル&ブン太の話とリンクするカンジで。
あの館内放送があった時の裏側のような。
漸く色んな事態が動き出すカンジ。