〜 Life 〜
【 It's the headstone which doesn't have a name that is pointed out. 】

 

 

 

 

 

マザー社の人間が全滅した。

 

その報告を聞いた時、彼の表情が僅かに歪んだのを見て取れた。
マザー社には自分もアンドロイドの知り合いが居る。
せめて彼が無事で居れば良いのだけれどと、祈るしかない自分の無力さを、実感した。

 

 

 

 

 

 

「よ、柳生」
「仁王くん!
 君……無事だったのですか!?」
パソコンで現在の状況を確認しつつ、本来自分の持つ『医療』という技術を
どのように扱っていくか、そしてその為の資源は何処から調達するべきか、
それを模索していた所、唐突に肩を叩かれ弾かれるように振り返った。
白い髪を後ろで束ね、相変わらず飄々とした態度でそこに立っているのは
仁王雅治という自分の旧友だ。
「マザーに繋げとらんかったし、な」
「今まで何処に居たのですか」
「うーん…ホントは言っちゃまずいんじゃがのぅ…潰れちまったし、ま、ええか。
 地下カジノって知っとぅか?」
「……地下カジノ、ですか?
 存在ぐらいは知っていますが…詳細は何も」
柳生が座っている右隣の椅子を引き腰を下ろすと、尻尾髪をいじりながら
何でも無いことのように仁王が答える。
「そうじゃろなぁ、世間的には違法の存在なんで完璧に裏組織だな。
 かなり悪どいコトもやっとったんで、バレんようにな、
 仕事中はマザーの回線切るように言われとって、そんで、」
「……ウィルスからは無事免れた、と」
「そうそう。お前さん相変わらず話の呑み込みがええの。
 お陰さんで助かったから、俺は別にええけどな。
 まぁ……外は酷いコトになっとったわ…」
一面が血の海、辺りを徘徊するアンドロイド達はマトモな思考回路を持っておらず、
ただ一様に口にするのは『排除シマス』の言葉のみ。
嫌な予感は拭う事ができず、何となくマザーコンピューターに繋ぐ事は
しない方が良いと勘で判断して、真っ直ぐこの立海へと戻って来た。
結局のところ、仁王はまだ事情を正確には把握していない。
「で、結局何が起こったんじゃ。
 俺でも解るように説明してくれんか?」
「そうですね…、解りました」
こくりと頷くと柳生がパソコンの電源を落とす。
場所を変えようと告げ、仁王の腕を掴むと柳生は静かにその部屋を後にした。

 

懺悔は、今しかできないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだぁ?」
連れられるままに歩みを進めると、立海の敷地の外れにある倉庫へと辿り着いた。
その一区画全てが倉庫として宛がわれているので、それは30もの数が並び
倉庫というか、倉庫街と称した方が良いかもしれない。
その中を真っ直ぐ歩くと、17番と書かれた倉庫の前で柳生は立ち止まった。
「この倉庫って……」
「冷凍保存しなくてはならないものを保管する場所です。
 ご存知ですね?」
「あ、ああ……」
「どうぞ、その目で確かめて下さい」
言うと柳生はシャッターの傍にあったタッチパネルを操作する。
重い音を上げながら両開きのそれはゆっくりと開かれ、視界に入ったものに
仁王は言葉すら発する事ができなくなった。

 

 

そこに安置されていたのは、無数の人間の死体。

その数はざっと見た限りでも50は超えるだろう。

 

 

「………な…なん…コレ、」
「弔いをしたくとも、その数が余りに多く手が回らないため、
 已む無くこの場所に安置させてもらってます」
「そういう事を聞きたいんじゃ無くて…!」
「ウィルスに侵されたロボット達に命を奪われてしまった方々です。
 ……何が起こったのか、どうしてこんな事になってしまったのか、
 それは今となっては誰にも分かりません。
 ………ですが、」
もう充分だろうと柳生は再びそのシャッターを閉じるよう操作する。
この場所を、この現実を直視するには余りにも辛すぎた。
当初事情が呑み込めなかった柳生も、少しだけ、蓮二に分かる範囲だけ話が聞けた。
ウィルスがマザーから流れ出したその一瞬、そのタイミングにマザーへ接続していた
アンドロイドは、全滅だと言われた。
俄かには信じ難い話だけれど、人間の死体を目の前にすると、そんな気持ちも霧散した。
ウィルスは現在もなお流されており、しかも定期的にその形状を変えているらしい。
蓮二はウィルスを駆除しようとしているようだが、実際にはロボットによって
感染しているウィルスが全く別物なのだと考えると、全てのロボットを助けると
いうのは夢のまた夢の話だろう。
けれど彼は決して諦めていない。
例え全ては無理でも、少なくともこの目に映る者だけでも助けることができればと、
そう強く訴えてきた。
「……柳くんは、私達アンドロイドを救おうとしてくれています。
 なのに……私は、」
一体自分に、何ができたと言う?

 

 

「私は………何も、できませんでした……」

 

 

余りにも無力だと感じた。
命を奪われようとしている人間に対して、自分は何もできなかった。
結果がこの中、医者として生まれてきた自分が、救うことのできなかった人々。
折角の力も、肝心な時に使えなければ意味が無い。
悔やむ思いは今枷となって自分の胸の内にある。
正直、身動きが取れなかったという方が正しい。
自分に何ができるのか、どうすれば良いのか、全く見えなくなっていた。
「もう、人間は皆おらんのか?」
「そうですね………今、立海の中だけは静寂を保っています。
 というのも、数名ですが命のあった人間達は、皆安全な所へ避難して
 頂いたものですから」
それに関しては氷帝のオーナーである榊が暗躍していたらしい。
やはり、最終的に頼りになるのは人間ということだろうか。
「…どれだけ説得しても、柳くんだけは動いてくれませんでしたけれど」
「まったく……怖い参謀じゃな。
 いや、命知らずって言った方がええのか」
「そうですね……ですが、」
眼鏡のフレームを指で弄りながら、困ったように柳生が首を傾げた。
「頼もしいとは思いますよ」
「……そっか」
「柳くんに会いに行きますか?」
「ああ、そうしようか」
こくりと頷いて答えると、では此方へ、と告げて柳生が来た道を戻り始めた。
その後ろを何気なくついて歩きながら仁王がぽつりと口を開く。
「なぁ、柳生よぅ」
「なんでしょうか?」
「お前さんは、どうしたい?」
「…?」
足を止めて、柳生が仁王を振り返る。
質問の意味がよく分からないと言えば、仁王が小さく吐息を零した。
「何ができるとか、どうすれば良いのかじゃのうて……、
 柳生は何がしたいのか、本当はどうしたかったのか、
 それを聞いてんじゃ」
「……どうしたいのか…ですか」
考えたことも無かったと呟いて、柳生が僅かに眉を顰めた。
この良くも悪くもお堅い思考の持ち主は、そういう意味でのこれからを
全く想像もしたこと無かったらしい。
ずっと、後悔ばかりしていたという事か。
やれやれと肩を竦めると、僅かな距離を早足で埋めて仁王が柳生の肩を叩く。

 

「死んだ人間の仇を取りたいのなら、武器を持てばええ。
 医者として、隠れている人間達を守りたいのなら、避難した人間の元へ
 行けばいくらでもできることはあるじゃろ。
 これから、お前さんはどうしたい?」

 

選択肢を自分で作って自分で選ぶ、そういう事を今までしてこなかったから
分からなかったのだろう。
柳生はまだ道を見失ったままで、だが、言い換えれば見失っただけだ。
考え込むようにアスファルトに視線を落とした柳生が、迷うような口振りで
ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「私は……もし、まだ、何処かで……命ある人間が身を潜めているのなら、
 助けてあげたい。もし、まだ何処かで、ロボットにやられて身動きが
 取れない人間がいるのなら、救ってあげたい。
 ………私は、そういう事がしたいんです」

 

最後の方は自分の意思が明確になってきたらしく、はっきりとした口調だった。
満足そうに頷くと、今度は仁王が柳生の腕を掴んで急ぎ足で本社ビルへと向かう。
「ちょ、どうしたんですか仁王くん!?」
慌てたように柳生が声を上げると、楽しそうに僅かに浮かれた声で返ってきた。
「そんなら話は早い、柳んとこ行って詳しい話をして来ないとな。
 こんな状況じゃやることなんて、それこそ山ほどあるんじゃ。
 モタモタしてるヒマなんて無いぜ」
「……仁王くん」
「お前さんが何もできないなんて有り得ないんよ、柳生」
「………。」
返す言葉も無く、引き摺られるままに本社ビルへと入ったところで、先を歩いていた
仁王が足を止めた。
「…どうしましたか?」
「や、そういえば柳って何処に居るんかなーと」
「まったく……貴方という人は…」
呆れた言葉と共に浮かべられた笑みは、だがとても優しく浮かぶ。
案内しましょうと言って、柳生が手招きをした。

 

 

「仁王くん」

「なんじゃ?」

「……ありがとうございます」

 

 

囁くように届けられた言葉に、仁王の口元がやんわりと弧を描いた。

 

 

「……なんの、」

 

 

 

 

 

< END >

原題:指し示されるは、名もなき墓標

 

 

 

 

本当は柳生メインの話になるつもりだったんですが、
思った以上に仁王が出張ってくれやがりました。(笑)
やっぱり感覚としてこの2人はいつでもセットなんですかね。
私が持っている28イメージはこんなモンなんですが、
やっぱヌルいですか?(笑)

最後は28、こっからが始まり。赤也はもちっと後にね。
しかしやっぱり仁王の喋り方が全然わからん…!!(><)