その場所は、惨憺たる光景だった。
後で聞いた話では他の何処も似たような状況だったらしいのだが、当事者である自分には
そんな事はどうだって良かったし、意味さえ無かった。
赤い照明が点滅する館内は、警報のブザーがけたたましく鳴り響いている。
誰もいない室内に身を潜めて、ジャッカルは小さく吐息を零した。
「ったく……何だってんだ……!?」
〜 Life 〜
【 When then, sometime and are happy. 】
その瞬間、自分は自身に刺さるコードを引き千切るかのように引っこ抜いていた。
警報は明らかに何かが起こっている事を示し、そして部屋の外で次々聞こえ出した
悲鳴に、反射的に身体が動いていたのだ。
メンテナンス台から飛び降りるようにして室外に出ようとしたその時、館内に
聞き覚えのある声でアナウンスがかけられた。
【館内の正気ある者達に告ぐ!!】
「……柳……?」
普段は静かで穏やかな声が、僅かにだが乱れているのは気のせいでは無いだろう。
情報を得るためにマザーコンピューターにネットワークを繋げようとしたジャッカルは、
次に繋がる言葉に慌ててその回線を止めることになった。
【ネットワーク上にてウィルスが流出しているらしい。
今後、一切のネットワークへの接続を禁止する。】
「………ウィルス、だって…!?」
耳を疑ってしまう話ではあったが、徐々に落ち着きを取り戻してきているアナウンスと
それが他でも無い柳蓮二の声であるという事から、恐らく間違いでは無いのだろうと
ジャッカルはそう思った。
そして自分達を管理している人間の言葉は絶対だ。
禁止と言うのなら、それに従うしか無い。
アナウンスは更に続いた。
【数名だが、無事な者達が館内に存在する事が判明した。
正気あるアンドロイドは、命ある者達を至急救出してくれ。
ウィルスに侵された者は無差別に人間の命を狙っている。
同時に人間に肩入れするアンドロイドも狙うので充分に注意するように。
防衛するのは構わないが……できれば、殺さないでくれ。以上だ】
蓮二!またお前はそういう綺麗事を…!アナウンスのマイクが切れる前に
耳を掠めたのは、真田の声だ。
どうやら真田は無事でいるらしい。
「…じゃあ、別に柳を助けに行く必要は無さそうだな」
俄かには信じられない話ではあったが、室外から聞こえてくる悲鳴や絶叫は
偽りのものなんかではないだろう。
ネットワークへ繋げる事は諦めて、ジャッカルは現在の自分の装備を確認すると
注意深く外の様子を窺いながら静かにドアを開けた。
駄目だった。
そう言いながら、少年の姿をしたそのアンドロイドは途方に暮れたような表情で、笑んだ。
見つけたのは研究室の一室で、コードが繋がれたままになっていたのはやはり彼も
自分と同じくメンテナンス中だったのだろう。
丸井ブン太、見知った顔だ。
製作者らしい人間は、そのすぐ傍で既にこと切れた状態で発見した。
ある程度の操作は知っているので、マザーへの回線を接続できないように設定してから
再起動させてやると、比較的簡単に彼は瞼を持ち上げた。
「……起きたかよ」
「ああ、おはよジャッカル」
「おはよじゃねぇよ、ったく……こんな時に呑気に爆睡しやがって」
「それって俺のせいじゃねーだろぃ!」
よいしょ、とメンテナンス台から足を下ろして、彼はくん、と鼻をひくつかせた。
微かに感じる錆びた鉄の臭い。
視線をぐるりと部屋中に巡らせて、己の父とも呼べる製作者の遺体を見つけ、
僅かに眉根を寄せる。
「ジャッカル、お前の仕業か?」
「アホブン太!そんなワケねぇだろ!!
……ほらよ」
赤毛を掻きながら思わずそう呟く丸井へと、ヘッドフォンを被せるようにしてやって
ジャッカルは数時間前に館内に流された蓮二のアナウンスを聞かせてやる。
始めは眉を顰めるようにしていたその表情が、見る間に驚愕へと変わっていった。
「な…なんだよ、コレ……!?」
「嘘じゃねぇ、もうこの立海も人間の死体だらけだ。
戦場より酷い有様だぜ……現段階で確認できてる無事な奴は、
柳と真田、柳生、それから俺とお前。
あとほんの5〜6人の人間だ。そいつらは全員安全な場所に移動させた。
柳だけはどうしても動かねぇって駄々捏ねてまだ此処に残ってるけどな」
「…………ユキは?」
今言った中に幸村の名前が無い事に気がついて、丸井がこくりと首を傾げた。
丸井にとって幸村は、顔見知りであり、仲間であり、友人だ。
それは他の奴らにとっても同じだったけれど。
少しだけ難しそうな表情でジャッカルは視線を床に落とすと、左右に首を振る。
「………運が、悪かったんだ。それだけだ」
「まさか、ウィルスに…!?」
「真田が無事だったからな、何とか殺さずに捕えることができて、
今は柳がウィルス駆除プログラムを作ろうとしてる。
真田もアウトだったら、今頃柳も生きてねぇだろうし、俺らにも
手に負えなかったと思うぜ。
………あいつらは、何が何でも助けるつもりだ」
「外も、同じ状況なのか?」
何処も変わんねぇ、そう苦々しく告げてジャッカルは笑みを覗かせた。
こんな事態に笑うなんてどうかしていると思うが、それ以外の術が見つからない。
「…柳の研究室に今は真田が待機してる。
あと、出入口は柳生が張ってるから、一応ここらはもう安全だ。
俺らはまだ割と自由が利くけどよ、……お前、どうする?」
「……………ッ!!
やっべぇ……!!」
座っていたメンテナンス台から飛び降りると、丸井はもどかしそうに
ヘッドフォンをもぎ取ってジャッカルに押し付ける。
立海の中も、そして外も一斉にこんな状況なのなら、今まで自分と過ごしてきた
家族はどうなった?
可愛らしい妹と、その両親。
普通の家庭、幸せなその家族に自分は買われた。
生まれたばかりの妹の、良い兄になってやってくれと、そう頼まれた。
自分はロボットだから血は繋がっていないけれど、それでももう、家族なんだ。
「お、俺、ちょっと行ってくる!!」
「うわ、待てお前!!何処に行くんだよ!!」
「家、心配なんだ!!」
掘り返すように思い出せば、隣の家もはす向かいの家も自分と同じように
アンドロイドが居た筈だ。
それだけ一般的にロボットの普及は進んでいる。
それらが全部、一度に人間を狙い始めるのだ。
「生きてろよ…!!」
立海から近くてまだ有り難い方だった。
廊下に累々と横たわる人間の亡骸を視界に入れ、丸井は半ば祈るように駆け抜けた。
「………よぉ、何してんだよ、お前」
立海本社ビルの入り口で座り込むようにしていた丸井に、ジャッカルは声をかける。
家が心配だからと言って飛び出したっきりで戻って来ない事に、少しだけ気がかりだった。
生きていれば良いと、彼と同じように願いはしていたけれど、丸井が此処に居るという事は、
その願いは叶わなかったという事なのだろう。
「駄目だった。」
そう言いながら、少年の姿をしたそのアンドロイドは途方に暮れたような表情で、笑んだ。
自分が暮らしてきた家は、とても凄惨な姿を晒していた。
玄関の扉を潜ればすぐ目に入ったのは父親の遺体。
そして奥に踏み込めば、妹と、その子供を庇うようにした母親が既に事切れていた。
辛いとか悲しいとかそういうのでは無く、胸のどこかが燻るように感じて、
まだ外をうろついていたロボットを力任せに叩き壊して帰ってきた。
「………そうか」
かける言葉が見つからなくて、それだけ言うとジャッカルがあやすようにその頭に
手を置く。
暫く蹲って何か考えるようにしていた丸井が、ふと気付いたように顔を上げた。
「なぁ、ユキはどうなった?」
「ああ……何とか、助かったぜ」
「マジで?良かったぁ……」
何をしたのかは解らないが、正気に戻った幸村が研究室から出てきたのは
思った以上に早かった。
己のしでかした事に自分自身への怒りが収まらないようで、相当不機嫌ではあったけれど、
とりあえずもう安心だと、ホッとしたように笑っていた柳を見てジャッカルも肩の力が
抜けたのだ。
「これから俺ら、どうすんだ?」
「ああ、それをこれから話し合おうってんで、俺がお前を捜しに来たんだった」
忘れてた、と苦笑を見せてジャッカルが丸井の腕を引っ張って立たせる。
「皆待ってるから、行こうぜ」
「………そだな」
こくりと頷いて、丸井がジャッカルの後をついて歩く。
もう、戻れない事は解っていた。
楽しかった。
幸せだった。
けれどもう、それらは全て手の中から擦り抜けた。
「………バイバイ」
風に乗せて告げた別れは、大切な彼らに届くだろうか?
< END >
原題:そして、いつかの幸せに
ジャッカル&ブン太編。
というよりは、こりゃ明らかにブン太寄りな気がしました。(笑)
改めて書くとやっぱりこのパロはテーマが重いような気がします。
頑張ろう、うん。
補足ですが、仁王くんはまだ外に居て立海に戻って来てません。
ので、名前が無かったりするのです。
彼もじきに出せると思いますんで…!!あう!アイツ喋り方ムズい!!