〜 Life 〜
【 Because there is not intention of leaving, it's OK! 】
「真田弦一郎だ」
仏頂面という言葉がこれ以上無く相応しいだろう表情のままで、
突如現われたアンドロイドは己の名前だけを告げた。
明らかに戦闘用タイプなのだろう完成されたボディと、隙の見当たらない視線。
単なる個人的趣味というもので蓮二に戦闘用へと改造してもらっていた
幸村は、興味深げに目を細めた。
「へぇ……製作者は?」
「わからん。データに無いな」
「は?そんな筈無いだろ」
「無いものは無いのだ、仕方なかろう」
「じゃあ、どうしてこの立海へ来たんだ?」
「……成り行きだ」
「なにそれ」
「この小僧に引き摺られてきた」
「な、ちょ、蓮二ッ!!」
出会ってから2年、蓮二も少し背が伸び、最初は市松人形かと思ったその髪も
ばっさりと切っていた。
年相応とは言えないが、随分男の子らしくなったような気がする。
まだ兄のような視点でそう考える幸村のもっぱらの悩みは、好奇心が過ぎる
この少年の事だ。
慌てて真田の後ろに隠れて恐る恐る顔を覗かせた蓮二に向かって、眦を吊り上げた
幸村が怒声を上げた。
「犬や猫を拾ってくるみたいに連れてきたら駄目じゃないかッ!!」
「すまない精市、少し……気にかかることがあって」
「何がだよ?」
「精市、弦一郎は『イレギュラー』なんだ」
「イレ…ギュラー……?」
それは、悪戯に作られ、悪戯に放置されたアンドロイド。
そのアンドロイドには目的はおろか製作者の名すら記録されていない。
中枢であるマザーコンピューターにも登録されていないので、完全に違法のものである。
だがそれでも止まる事無く活動を続けるアンドロイドのことを、イレギュラーと呼んだ。
製作者もはっきりしないロボットは充分なメンテナンスを受けることもできず、
ただあちこちを彷徨い歩き、いつかは動きを止めひっそりと朽ちていく。
「いくらなんでも……それは、酷いだろう?」
「ふん……同情や哀れみなどは御免だな」
「そんな事言ってるんじゃない、弦一郎。
悪いが俺は、弦一郎に対して同情だとか、そんな気持ちは持ち合わせていない。
だが……そうだな、あるとすれば……製作者に対する怒りか」
同じ道を歩む者として、決して許されない行為。
まるで道具のように生み出し、道具のように捨てる。
そんなやり方は絶対に許せない。
「俺が見つけた以上、放ってはおかない。
弦一郎は、此処で保護する」
「好きにすれば良い」
無感情にそう答えて、真田はこくりと頷いた。
どうせ行くあてなど何処にも無いのだから。
胡散臭そうに真田を見遣っていた幸村も、この分では蓮二に何を言っても
無駄だろうと、それ以上は何も言わずに肩を竦めただけに止めておいた。
同じ戦闘用プログラムを持っているからか、幸村はよく真田と戦いたがった。
どのアンドロイドも極めて高性能の運動プログラムを組み込まれていたから
他のロボットでも相手はできただろうが、やはり製作者側の能力問題からか
力の差は歴然としていて、どうやら幸村としては大変面白くないらしい。
今もお互いが刃のついていない剣を手に力比べをしている真っ最中で、
体育館のような広い運動スペースの端に座り込んだ蓮二が、それをのんびり眺めていた。
「……何故こうなってしまったんだろう……」
立てた膝に頬杖をついて、蓮二が重い吐息を零す。
どこで間違ったのかさっぱり分からないが、とにかく幸村は戦うことが
好きでしょうがないらしい。
一度理由を問うてみたのだが、その時は満面の笑みで「だって、誰かを
力ずくで地面に叩き伏せるのって気持ち良いだろ?」なんて物騒な
返答があって、聞くんじゃなかったと心底後悔したものだ。
今だって、真剣な目をして間合いを詰める真田とは対照的に、楽しくてしょうがないと
いった風に目を輝かせていたりなんかする。
「……予想外だな」
このままでは、いずれ腕にロケットパンチをつけてくれとか、目からビームが打てる
ようにしてくれとか言い出しかねない気がする。
充分に有り得る可能性を見出して、壁に背を預けた蓮二は憂鬱な吐息を零すのだった。
いい加減に2人の戦いを見るのにも厭きてきて、蓮二は運動スペースから外へ出た。
白く高い無機質な建物が聳える中、目指す場所はひとつ。
中庭を真っ直ぐ歩き建物の角を曲がり、立海の敷地の外れに聳えるものの前で
足を止めた。
風に吹かれ、桃色の花弁が宙を舞う。
この季節、僅かな時間しかその姿を見せない、桜という樹だ。
「……今年も綺麗に咲いたな」
毎年此処にあるこの樹だけは、変わらずその姿を見せてくれる。
そして毎年その時期がくると蓮二はこの場所を訪れる。
自分以外の人間がこんな外れに来る事など滅多に無いので、まるで独り占めしたような気分だ。
「………こんな所にいたのか、蓮二」
ふいに背中からかけられた声に、蓮二がゆっくりと振り返った。
大体此処に自分を迎えに来るのは幸村だったのだけれど、今日は違う。
「…弦一郎か」
「何をしているのだ、幸村が捜していたぞ」
「花見というやつだ」
「花見?」
訝しげに眉を顰めて真田が蓮二の傍へ歩み寄る。
まだ頭ひとつ分高いその姿を見上げて、蓮二は樹を指差した。
「桜だ。立海の敷地内ではもう、これだけらしいがな」
「………そうか」
頭ひとつ分低い子供と同じようにその桜を見上げ、真田がぽつりと
言葉を漏らした。
「綺麗だな」
「……分かるか」
「無論だ」
暫くそうしていて蓮二が口を開かない事が気になった真田が、隣へと
視線を下ろす。
どこか不思議なものでも見るような目で、少年は桜ではなくこちらを
見上げていた。
「どうした?」
「いや……こういうものを見て綺麗だと言えるロボットは、そう多くない」
「……?」
「凄いな、弦一郎は」
精市など地面に散らばった茶色く汚れた花びらを見て「汚い」とか言ってたぞ、
そう続けてくすくすと笑い、蓮二はまた眩しそうに桜へと目を向ける。
感情豊かな氷帝のロボットなら分からないが、立海のものはまだそこまでの
情緒を表すだけのプログラムは完成されていない。
そうなると、やはり気になるのはこのアンドロイドの『出所』だ。
「弦一郎は……何処で作られたのだろうな」
「この間俺を研究室に呼び込んで、散々見て回っていたではないか」
「そうなんだが……結局、何も分からず終いだったからな。
不思議な奴だよ、お前は」
身体に使われている素材は細かく柔軟性に優れたものを、そして用途プログラムは
やはり戦闘用。
分かったのはその程度だ。
「…何かと戦うために作られたのかな」
「何とだ」
「それをお前が俺に訊くのか?」
声を殺して蓮二が笑うと、些か釈然としない表情で真田が視線を逸らす。
無目的に作られるということは、何をして良いか分からないという事だ。
本来ならばそこで自分は動きを止める筈なのだが、何故だかそうはならずに
あちこちを転々と、言うなれば旅でもしているかのように動き回った。
エネルギーも何処から補給しているのか自分でも分からないぐらいで、
いつになったら動くことを止められるのか、こちらが尋ねたいほどだ。
そう、ぽつりぽつりと途切れがちに真田が言えば、ずっと黙って聞いていた
蓮二がふむ、とひとつ頷いてみせた。
目的の無いアンドロイドは、生きる目的を見失う人間とどこか似ている。
ただ日々をだらだらと過ごすだけでは、何よりも本人がそれを辛く思う。
人間はそれを自分で打開しなくてはならないが、ロボットはそうもいかない
ところが難点といえばそうなるのだろう。
「………実はな、弦一郎。
来月に学会があるんだ」
「何だ唐突に」
脈絡無く飛んだ話に真田が眉を顰める。
構わずに蓮二が続けた。
「いつもは精市がついてきてくれるんだが、どうもあの堅苦しい雰囲気が
嫌いみたいで、いつも文句ばかりなんだ。
弦一郎が来てくれると有り難いんだが、どうだろうか」
「具体的に、何をすれば良いのだ?」
「特にする事があるわけでは無いんだ。
万が一何かあった時の為の、という意味合いだからな。
学会中は好きに見て回ってくれていれば良い。
まぁ……SPに近いものだと思ってくれ」
「つまり、お前を守れば良いという事だな?」
「ああ……まぁ、そうとも言うかな」
真っ直ぐにそう言われると何処か気恥ずかしくて、蓮二は照れたような
笑みを覗かせた。
なんだかんだ言っても蓮二はまだ13だ。
競争の激しいこの社会で生き抜くには、まだ少し心許ない。
狙われている、という程頻繁では無いのだが、表立った社会のその裏側から
何度か危ない橋を渡らされた事があるのも事実だ。
そういえば、幸村が戦闘用に改造しろと煩く言い出したのもこの頃だった
ような気がする。
「大体は何事も無く終わるから、少々退屈かもしれないが」
「構わん。それに何も起こらないに越した事は無い」
「そう言ってもらえると助かるな」
「分かった。
では俺は、これからはお前を守ることにしよう」
「…ありがとう」
「しかし……俺で構わないのか?」
「どういう意味だ」
「いや…俺は、イレギュラーなのだろう?」
言わば違法アンドロイドの自分に、そんな重要な役目を担わせても良いのかと
そう問えば、蓮二はまるで悪戯でも思いついた子供のような表情で。
「強いて言うなら、イレギュラーだから弦一郎が良いんだ」
マザーに登録されていない、世間からは完全に盲点となっているだろう彼の方が、
きっと何かと動きやすい筈だ。
尚且つあの幸村と同じぐらいの戦闘能力を持つというのだから、申し分は無い。
理由を明確にはせず笑みだけを覗かせると、よく分からないといった風に
真田が首を傾げたのだった。
< END >
原題:手放すつもりはないから、大丈夫
なんだか真田が複雑な出自に。(苦笑)
幸村クンはきっと気楽なお兄ちゃんなんだろうなぁ。
そんで柳を猫可愛がりしてるといいなぁ。兄バカ。(笑)
次はちょっと珍しい人が出て来る…かも。