〜 Life 〜
【 The child who is not in what is easy,
        The restrained adult is easy.】

 

 

 

 

 

目を開けて一番最初に視界に入ったものは、確か脳内に蓄積されているデータでは
『市松人形』と呼ばれるもの、だったと思う。
市松人形が白衣を着て立っている。
そして不思議なことに、その市松人形は動き、そして喋った。
もしかしたらそんなものにまで動力を組み込むようになったのだろうかとも
考えたが、それはすぐ後に根底から覆されることとなった。

 

「目が覚めた?………調子は、どうかな?」

 

市松人形は物静かな声でそう自分に告げてきたのだ。
ぼんやりと突っ立っていると、芳しくないと見たか困ったように
こくりと首を傾げた。
そこで漸く新しく作られたロボットは理解する。
彼は人形なのではなく、れっきとした人間なのだと。
「………ああ、ごめんな、大丈夫だ。
 調子は何処も悪くない」
「本当?良かった……初めてだから勝手が分からなくて」
ホッと吐息を零して、小さな子供は自分の身体から伸びるコードを
引っこ抜く作業を始めた。
まだ少年の域にいるこの子供は、助手とかだったりするのだろうか。
一本、二本とコードが抜かれる度に自由になっていく。
その作業を眺めながら、目覚めたロボットはゆっくりと口を開いた。
「なぁ、俺は幸村精市っていうんだけど……柳蓮二っていう人、知らないか?」
「蓮二?」
「そう、俺の製作者なんだ」
自由になった両手で幸村もコードを片付けるのを手伝いながら、隣にしゃがんで
せっせとコードを纏める少年へと声をかけると、少年はふむ、とおおよそ歳には
似合わないであろう声を漏らしながら答えた。
「ひとまず成功だな。
 柳蓮二は、俺のことだよ」
コードを所定の場所に戻してパンパンと手を叩きながら、少年は幸村に向き直った。
それに驚きを隠せず幸村が呆気に取られた表情を見せる。
まさか、この、どう考えてもまだ小学校に通っているのではないかと思わせる、
この少年が。
「え、キミが、その、………俺を作ったわけ?」
「ああ、そういう事になる」
「俺の記憶によると……確か小中高大学、全て主席で卒業」
「ああ、したな」
「それから、博士号を取得した最年少記録を大幅に塗り替えた」
「そういえば昨年、博士号を貰った」
「………ちなみに、いくつ?」
「先日誕生日がきてな、11になった」
思わず目眩がして幸村はその場にしゃがみこんだ。
こんな、自分の背丈の3分の2も無い少年が、自分を作ったというのか。
「そんなに心配しなくても、精市は俺の最高傑作だぞ」
そういう問題じゃない。
世間一般の常識をえらく外れた自分の製作者は、けろりとした顔で
涼やかにそう言ってのけたのだった。

 

 

 

 

床に膝をついてがくりと項垂れる幸村の前にしゃがむと、蓮二は相手の顔を
覗き込むように視線を上げる。
「………嫌だった、か?」
「なにが」
「俺に起こされるのは………嫌だったか?」
その言葉に幸村がゆるりと蓮二の方へ目を向ける。
目の前にいる幼い子供は、どこか怒られる前のような顔で。
胸のどこかで、こんな顔をさせちゃいけないなと、素直にそう感じた。
「……そんな事ないよ」
「本当か?」
「本当さ。凄いなって思っただけ。
 それで、何のために俺を作ったのか聞いてもいいかな」
笑みの戻った子供へと笑いかけて、幸村は身体を起こして今度は床に座り込む。
自分の使用目的は、今のところまだ何もインプットされていない。
ごくごくノーマルなアンドロイドと言えるだろう。
だが、何もする事が与えられていないロボットは手持ち無沙汰になる。
一般では、使用目的の決められていないアンドロイドは電源を落として
保管しておくのが普通なのだ。
幸村も、何の目的も無いままで起こされても無駄に時間を過ごすだけとなる。
彼の問いに困ったように眉を下げた蓮二は、少し迷った末に口を開いた。

 

「俺の、友達になってくれないか?」

 

ともだち。
反芻するように呟いて、幸村は驚いたように目を瞠った。
友達とは、どういう風なことを言うのだろう。
どういう事をすれば良いのだろうか。
「……柳、」
「蓮二でいい」
「うん、じゃあ、蓮二。
 自分の友達にするために、俺を作ったのか?」
「………俺の周りは、大人ばかりだ。
 同い年の子供になど、ここ数年ばかり縁が無い。
 だが此処まで来てしまった以上、今更歳相応に戻れるはずも無い。
 今更………俺には、同い年の人間の友達なんか、作れないんだ」
だけど、このままではいけないと思ったのも事実だった。
今では親兄弟とも離れ離れになってしまって、家族と呼べる人もいない。
早くから大人の世界に踏み込んでしまった結果がこれだ。
仲間はいたけど、それだけだ。
もう長いこと、蓮二は独りだった。
「けど……友達って何するものか、俺にはわかんないよ?」
「ああ、俺も分からない」
「じゃあどうすんだよ」
「………さぁ」
幸村の問いに蓮二が肩を竦めてみせる。
この態度が既に子供らしくないということを、もしかしたら蓮二は
分かっていないのかもしれない。
だが、少年は暫く悩んだ末に、こう口を開いた。

 

「分からなければ、模索して、探し出せばいい」

 

穏やかな物腰でそう言うと、ふわりと柔かな笑みを覗かせる。
まるでそれに絆されるかのように、幸村も苦笑を滲ませた。
「仕方無いな、それじゃ行き当たりばったりでいってみようか」
「ああ、宜しく」
手を差し出されたので、自分よりも小さくて柔らかな掌を壊してしまわない
程度にかるく握る。
そうしながら、ふと思った疑問を幸村が投げかけた。
「あのさ、蓮二の友達になるにしては、俺って随分年上だと思うんだけど」
「だろうな。18から20ぐらいの歳を意識して作ったからな」
「なんでそうしたわけ?」
「……それは、」

 

俺は育つからな。

ああ、そっか。

 

考えてみれば非常に単純な理屈だ。
自分は歳を取らないけれど、蓮二は少しずつ年を重ねる毎に成長していく。
それを見越して先回りしたという事なのだろう。
「……じゃあ、蓮二が俺の歳に追いつくまでは、兄貴になってやるよ」
「兄?」
「そう、今は俺が兄貴で、同じぐらいになったら友達になって、蓮二の方が
 大きくなったら、今度は弟にもなってやれるぞ?」
全部できるんだ、凄いだろ?
そう言って誇らしそうに笑う幸村を暫く眺め、頭の中で彼の言葉を反芻して、
そうして見せたのは、花の綻ぶような鮮やかな笑顔。

 

「……ああ、それは凄いな!」

 

背の高い自分に抱き上げられ、あははと笑いを零すこの小さな子供と過ごすのも
面白いかもしれないなと、幸村はそんな風に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

兄でもあり、友人でもあり、弟でもあり、親子でもあれる。

それはごく一般に『家族』と呼ばれるものだった。

 

 

 

 

その日、柳蓮二と幸村精市は『家族』になった。

 

 

 

 

< END >

原題:行動を起こさない子供は楽である。行動が決められている大人は楽である。

 

 

 

 

やっぱり、久々にアンドロイド書くと楽しいですね。(笑)
今回は立海編、要所要所だけ押さえて全5話ぐらいの予定。
宜しければ最後までお付き合い下さいませ(^^)