〜 Life 〜
【 The person who inherits the will. 】

 

 

 

 

 

また、この場所に帰ってきた。
3人の始まりの場所であり、同時に終わりでもある場所。

 

そして…もう一度、始める場所。

 

 

 

 

 

 

「うわ…っ、ちょお、クモの巣張ってんで!?」
「そりゃあまぁ、あの時から一回も戻って来てなかったもんね」
「さすがに10年も放っておくとこうなるんだな…」
1日だけ、仲間に了承をもらって別行動を取れる事になった。
こうやってまた3人で居られるようになったら、絶対に戻って来たい
場所だったから。
3人で穏やかな日々を過ごした、この場所へ。
ところが現実はそう甘くは無く、10年を経たこの建物は老朽化が進み、
いかに鉄筋の建造物とはいえど無人であったための損害はそう小さなもの
では無かった。
「埃が積もってる…」
ベージュの絨毯が白い。
変色では無く、その上に埃がうっすらとしかもまんべんなく積もっているのだ。
「これは…えらいこっちゃやで……」
「大掃除するかよ?」
「いつかまた此処に住む事になったらでええんとちゃう?
 本来の目的はそれとちゃうし、……あんまりしたないしな」
「……それもそうだな」
荒れ放題の室内に眉を顰めながら言葉を交わす跡部と忍足を置いて、ジローは
真っ直ぐに階段を2階へと上がっていった。
目指すのは2階にある自分の部屋だ。
広い屋敷の中、数あるドアのどれが自分の部屋だったかは、ちゃんと覚えている。
階段を上りきって、廊下を見回す。
迷う事無く右へと選んで5歩進み、足を止めた。
絨毯に残っていたのは赤黒く変色した染み。
あの時の……全ての生活を塗り替えた、あの時のものだ。
「懐かしいなぁ…」
何もかもが懐かしい。
今のこの平穏な生活がまるで夢のように感じる、あれは紛れも無い現実だった。
「おっと、こうしちゃいられないC〜」
我に返ってジローは自分の部屋のドアを開けた。
「わぁお!」
この部屋の中も他と同じように埃塗れではあったけれど、その何もかもが
あの時と変わらずそこにあった。
部屋の隅にはおもちゃ箱、机の上には絵本、そしてベッドの上に。
「あ!あった!!」
どかりとその巨体のままで鎮座するのは、いつだったか跡部が誕生日にくれた
羊の枕だった。
あの時は自分一人ではどうにもできないぐらいの大きさだったのに、今では
片手でちゃんと抱えられる。
「うえ、ホコリっぽいなぁ〜」
手にした瞬間に埃が舞い、思わずパタパタと手で扇いで遠ざける。
使おうと思ったら、まずはコレを綺麗にするところから始めなければ。
外で埃を徹底的に払って、太陽の当たるところで十二分に干して、それからだ。
よし、とひとつ頷くと、ジローはそれを手にもう一度廊下へ出る。
手摺から身を乗り出すように下を見ると、広い応接間でまだアレコレと
話している跡部と忍足の姿が視界に入って、何故だか分からないけれども
酷く安心した。
「けーちゃん!!」
「……あ?」
「パス!!」
「え……うわ…っぷ!!」
声をかけると向けられた視線に、ジローは気を良くしてその枕を思い切り
投げつけた。
もちろん新しいボディはズバ抜けた身体能力を持っているので、何の前触れも
無いその行動にも跡部は素早く対応する。
飛んできた巨大枕を難なく片手で受け止めて、舞い上がる埃に思い切り咽た。
「ゲホゲホ…ッ、お、おいてめぇ、ジロー!!」
「あはははは!けーちゃん真っ白!だっさ!!」
「誰のせいだと思ってやがる!おら、降りて来い!!」
「やだよ、まだ全部終わってないからさ。
 もうちょっと待ってて!!」
跡部の怒声も笑って躱すと、ジローは再び部屋の中へと戻っていった。
仕方無さそうに小さく吐息を零して、跡部は応接間にあるソファの埃を
適当に払うとそこにどかりと腰を下ろす。
もうここまで埃まみれになってしまったら、どれだけ汚れても一緒だ。
「ったくアイツ……最近調子に乗り過ぎなんじゃねぇか?」
「まあまあそう言いなって、大体そういうトコ景吾にそっくりなんちゃうん」
「それは聞き捨てならねぇな」
「ええやん、ジロの良いトコは全部俺似で、悪いトコは全部景吾。ほら」
「ほらじゃねぇ!!何だよその勝手な言い分は!!」
「あははは、痛い、痛いて!!冗談やっちゅうねん!!」
首に腕を回してギリギリと締め付けてくる跡部に、愉快そうな笑いを見せたままで
忍足がギブアップをする。
ふとその腕を緩めた跡部が、もう片方の手で羊の枕を手に取った。
「………まさか、これを取りに戻りたいって言うとは思わなかったな」
「宝物なんやって。そう…言うとったって」
「そうか……」
いつか平和な時が来たらまたこの場所に戻って来て、あの時置き去りにしてきた
宝物たちを取りに戻るんだ、と。
いつだったか、ジローは榊にそう話していた事があったらしい。
「せや……オーナーにもいっぺん顔見せに行かさんとな」
「ジローか?」
「そう。景吾と同じで、ジローもオーナーが恩師みたいなモンやんか。
 マザー壊した後も、なんだかんだでバタバタして行かれへんかったし」
「バタバタって、世界一周旅行してきただけじゃねぇか」
「お前な、その軍資金ってドコから出たか知っとるか?」
「………。」
「その目はバックレようとしとる目や」
忍足の言葉に思わず視線を逸らした跡部へと、辛辣なツッコミが入る。
小さく舌打ちを零すと、仕方無さそうに跡部が肩を竦めた。
「分かったよ、頭下げに行きゃあ良いんだろうが」
「よぉ分かっとるやん、流石けーちゃん」
「茶化すんじゃねぇ」
「はいはい、俺も一緒に行ったるさかいにな」
げんなりとした表情で投げやりに言う跡部に、忍足はくすくすと笑みを零して
そう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

ジローが戻って来たのは、それから一時間後のことだ。
なかなか戻らない事を気にしつつも、実際跡部と忍足の会話が弾んでいたこともあって、
あれから一時間も経ってることを知ったのは結果論である。
バタバタと忙しなく階段を駆け下りてきたジローが、忍足に向かって問い掛けた。
「ゆーちゃん、切手ない?切手!!」
「……はぁ?」
「切手が要るんだってば!!」
「切手なぁ……10年もっと前ので良ければな?」
「使えるなら何でも良いよ!」
「はいはい、ちょお待っとりな」
何をしようとしているのかは知らないが、とりあえず出してやるかと記憶を辿りながら
今度は忍足がその応接間を出て行く。
それを見送ってから、ジローが跡部の隣に腰掛けた。
「何するんだ?」
「手紙、送るんだ」
「は?………誰にだよ」
「太郎ちゃんに」
「太郎…?」
その名前に聞き覚えがあるような気がして跡部が軽く首を捻った。
そして思い出したのはオーナーのこと。
あのオーナーの名前が確か、太郎では無かったか。
「メールじゃ駄目なのかよ」
「それじゃ意味ないんだよね」
「あ?」

 

 

「……俺が自分の手で書かなきゃ、意味が無いんだよ」

 

 

そう言うジローの手に握られている封書は、ずっと昔に何らかの理由で買ってやった
子供っぽい柄の入っている封筒だった。
そんなものの事まで覚えていたのか、この子供は。
「ガキくせぇ柄だな」
「コレしか無かったんだし、しょうがないじゃんか!」
「ジロー、あったで切手」
「あ、ありがと、ゆーちゃん」
比較的早く戻って来た忍足から切手を受け取ると、その裏を湿らせて封筒に貼り付ける。
10年前のものでも、糊はまだ生きていたようだった。
「よし、と。完成!!
 とりあえず俺の用はコレでおしまい!」
「やっとかよ、それじゃあ早いこと此処を出ようぜ。
 埃っぽくてしょうがねぇ」
「せやね、ジローも忘れモンとか無いやんな?」
「うん、……ま、あってもまた取りに来れるよ」
「それは言えてるな」
元々、この場所に用があったのはジローだけで、跡部と忍足はついて来ただけに過ぎない。
応接間から玄関に向かう前に、あ、と跡部は声を上げて立ち止まった。
「どないしたん?」
「そうだったそうだった」
ポンと手を打ちながら、跡部が応接間の壁際に置かれているアンティーク調の戸棚へと
近付き、その中をゴソゴソと漁る。
そこから取り出したのは一本のワインだった。
「もともと年代モノだが……10年経って、より味が育ってる筈だ」
「持って行くん?」
「宍戸への手土産にな。アイツうるせーんだよ」
「ああ、亮ちゃん好きそうだもんねー」
「どうせ自分も飲むんやろ?」
「当然じゃねぇか」
棚の戸を閉めると、瓶を片手に跡部が戻ってくる。
心なしか機嫌が良さそうなのは、自分も飲めるからに違いない。
「20歳になったら、ジローにも飲ませてやるよ」
「それまでに、ソレ残っとるんかいな。
 酒豪2人が飲むんやろ?考えられへん」
「バーカ、そしたらまた取りに来れば良いだけだろうが」
「はいはい」
軽口を叩き合う2人を交互に眺めて、ジローが満面の笑顔を浮かべた。
大丈夫、自分の選択は間違ってなんかいなかった。

 

だから、これから選ぶ選択も、きっと間違ってはいないだろう。

 

 

 

 

 

帰り道に通りがかったポストへと、ジローは持っていた封書を投函した。
次に自分達が榊の元へ訪れるまでには、届いてくれるだろう。
「………何て書いたん?」
「えっへっへ、ヒミツ」
「うわ、隠し事するんかジロー」
「そりゃあ俺にだって、隠し事ぐらいあるよ」
投函したポストへと両手を合わせて拝むと、ジローは踵を返して歩き出した。
はなから待つつもりが無かったのだろう、跡部はもう随分先へと進んでいる。
「アイツはほんま協調性っちゅうモンが無いなぁ……」
「それがけーちゃんだよ。今更じゃん?」
「まぁ、それは分かっとるねんけどな…」
「それに、そこがまたイイんでしょ?」
からかうように言って片目を閉じて見せると、あんぐりと口を開けた忍足の顔が
見る間に朱に染まっていく。
「ちょ、ジロー!!」
「あははは、分っかりやすいー!!」
「おま…、ほんま、ええ加減にせぇよー!!」
ぎゃははと大きな笑い声を上げて跡部へと突進していくジローに、忍足が珍しく
怒声を上げた。

 

大丈夫、俺達はこんなにも幸せ。

だからこの選択はきっと、間違ってない。

 

 

 

 

 

 

『 榊オーナーへ。

 俺、芥川慈郎は、20歳になったらオーナーへ改めて
 弟子入りする事を誓います。
 だからそれまでは、みんなと一緒に居させて下さい。

                    芥川 慈郎 』

 

 

 

 

 

 

「けーちゃん、20歳の誕生日にもまたプレゼントくんない?
 俺、欲しいモンがあるんだよねー」
「お前…良い歳して何言ってんだよ」
「20歳って、再来年やん?ええの?」
「うん、20歳になってからが良いんだ」
「………何が欲しいんだよ」
「まだヒミツ」
「お前なぁ……」

 

 

20歳になったら、思い切って跡部に頼んでみよう。

滝ちゃんを、俺にちょうだいって。

 

 

跡部は、どんな顔するかなぁ?

 

 

 

 

 

 

【 THE END. 】

原題:志を継ぐもの

 

 

 

最後のシメはこの3人で。
跡部と忍足が、お父さん&お母さんっぽく見えるように頑張りました。
ホントの親子みたいに見えればイイなぁと思いながら。
ちょっと無理が見え隠れするのは見逃してやってください。(汗)

 

実際、ジローが跡部に滝をくれって言ったら跡部はどんな反応するかなーって
ちょっとそんな事考えたんですが、イマイチ思いつきませんでした。
跡部のことですから、アッサリ譲ってくれるかもしれませんし、
自分の作ったアンドロイドに惚れ込んでる息子を嘆くかもしれませんし。

どっちにしろ、忍足は笑ってそうですけど。(笑)

 

幸せなラストを飾れて良かったです。
これからも時々読み返しにきて貰えると嬉しいなぁという、願いを込めて。

 

 

2006年1月 佐伯みのる