〜 Life 〜
【 The word to send from me to you is only, it to "love" 】

 

 

 

 

 

静かな室内、パソコンがデータ転送完了の合図を発する。
だが、それだけだ。
変わらず忍足は横たわったまま、動く気配も瞼を開ける気配も無い。
「……どうして……?」
眉を顰めてジローは跡部を見上げた。
彼は難しい表情のままで、ただ忍足の姿を眺めている。
問題は無い筈だ。
これで忍足は起動する筈なのだ。
なのに、どうして。
「俺どっか間違っちゃったのかな…」
「いや…そういうのじゃねぇと、思う」
起動が上手くいっていないというよりも、忍足自身が起動するのを
嫌がっているように見えるのだ。
世界初の『心』を持ったアンドロイドはどんな進化を遂げるのか未知数だ。
何が起こっても不思議じゃないのだと、昔彼を引き取る時に榊に言われたのを
跡部は思い出していた。
もしかして、忍足は起動したくないのだろうか。
ならば、それは何故だ。
起動したくない理由があるのだろう。
「……?」
ふと跡部の視線が忍足の手元へ向けられた。
強く握り締められている手は、何か中に持っているようだった。
「これ……」
一本ずつ指を伸ばすようにして手を開いてやると、そこにあったのはロケット。
拾い上げて蓋を開けると、そこにあったのは以前も見た昔3人で撮った写真だった。
確かにこれを忍足に渡したのは自分だが、それが何故今忍足の掌から出てくるのだ。
「ああ…そうだったな、これは……証明だ」
写真を見つめて、穏やかに跡部は微笑む。

 

 

3人で写真、撮らねぇ?
ええけど…何で?
いや、残しておこうと思ってよ。
残す…?
そうだ。いつ何があっても俺達は家族なんだって、証明だ。
証明か………なんかええなぁ、それ。

 

…ほら、こうしときゃずっと持ってられるだろ。
ああ、ホンマやね…ってこら、ジロ!それ食いモンとちゃう!!
うぇ〜〜…
あーあーそんな不味そうな顔するぐらいやったら口に入れなや…
ロケットは金属だもんな、そりゃ不味いだろ。
いや景吾、そこ納得するとこちゃうし。

 

せやけど、なんかコレあると安心するやんな。
何がだ?
離れ離れになっても大丈夫って気ぃするやん?
そうか?
うん……忘れてしまっても、思い出せそうや。
じゃあ、コレはお前が持ってろよ。
え、ええのん?
いつか…遠い未来に俺やジローが居なくなっても、絶対に忘れねぇだろ?
………うん、そうやな。

 

 

ロボットと違って人間にあるのは寿命というものだ。
それにはどれだけ抗っても決して打ち勝つことはできない。
永遠に傍に居続けるなんて、不可能なのだ。
それは跡部だけでなく、ジローにも同じ事が言える。
いつか自分達は、彼を置いていなくなってしまうから。
それでも自分達の事を忘れないでいて欲しかったから、写真を残した。
だから……忍足は、もしかして。
「怖いのか…?」
何となく答えが見えてきた気がする。
自分達が居ない未来をその目にするのが、怖いから。
だから目を、心を閉ざして、頑なに拒むのか。
そしてそれならば。
「侑士も思い出して……いるってことか…?」
「え、でも、侑ちゃんはメモリーを全部リセットしちゃってた筈だよ。
 俺のことも全然覚えてないカンジだったし…」
「それは誰かがした事なのか?」
「ううん……多分、自分でやったんだと思う」
アンドロイドの体内に蓄積されたメモリーを完全に消去してしまうには、
どうしても外からの手が必要になる。
製造者がその手でイレイズソフトをインストールするか、もしくは初期化を
してやらねばならないのだ。
アンドロイドが自分の力でできる事など限られている。
「じゃ、じゃあ……思い出す可能性があったってこと……?」
「そういう事になる」
「それじゃ…!」
「だが……今回はそれが仇になった。
 思い出してしまったからこそ、受け入れたくないものができた」
「そんな……じゃあ、侑ちゃんは俺達と会うのが嫌なの?」
「いや、多分……そういうワケじゃ無ぇと思うぜ」
静かに眠り続ける忍足に視線を向けて、跡部が苦笑を浮かべた。
そして語りかけるように。
「……なぁ、そうだろ?侑士」
彼の記憶は跡部と別れ、ジローを奪われたところで止まっている。
受け入れたくないものというのは、跡部とジローの居ない現実だ。
大切なものを全て失った世界で生きるのが嫌なのだろうと、そう思う。
横たわって瞳を閉じた彼は、眠り姫そのものだ。
まるで呪いでもかけられたかのように。
傍に寄って寝台の端に腰掛けると、跡部は忍足の頬へと手を伸ばした。
確かに感じる温もりは、間違いなく起動処理が済んでいる証拠だ。
「起きろよ侑士、怖いモンなんて何も無いんだ。
 俺もちょっとばかりナリは変わっちまったがよ、そんなの大した
 問題じゃねぇだろう?」
あの時、今にも泣き出しそうな瞳で彼が言ってくれたから。
もう一度逢えるか?と。
その時に、自分の覚悟はもう決まっていたんだ。

 

 

「約束通り、逢いに来たぜ」

 

 

ほろり、と忍足の瞳からこめかみを伝って涙が零れた。
「目を開けろ、侑士。
 目を開けて、俺とジローを見ろ。
 俺達はまだ……此処に、お前の傍に居るんだぜ」
微かに開かれた瞼の間から覗く瞳は、今も昔も変わらない黒。
「……ッ、景吾…?」
「ああ、そうだ」
「逢いたかった……ずっと、逢いたかってん……」
「俺もだ。俺も逢いたかったし……ジローも、ずっと待ってた」
「ジロー…」
跡部の腕に縋りながら身体を起こし、忍足がパソコンの傍に佇んだままの
蒲公英頭の少年を視界に入れた。
その表情が驚愕を象った後に、ほわりと優しく崩れて。
「おっきなったなぁ……ジロー」
「や、やめてよゆーちゃん、なんかゆーちゃんが言うと年寄りくさいよ」
「失礼な子やな。そういうトコロは変わらへんのな」
「当たり前じゃん!俺達は何処に居てもどんな風になっても、
 絶対に変わんないよ。でしょ?」
「ああ……その通りだ」
へらっと笑みを覗かせて言うジローに、跡部が頷いた。
何処に居ても、どんな風になっても、絶対に不変のものがあるのだ。
今まで培ってきた絆だけは、絶対に断ち切れるものではないから。
手繰り寄せれば、必ず残りの2人に繋がっている。
「約束……」
「ん?」
「ほんまは約束なんかひとつもしてへんのに……。
 せやのに、逢いに来てくれた……ありがとうな、景吾」
「………バーカ。
 約束なんかしなくても、お前のして欲しいことなんかすぐ分かんだよ」
くすりと笑みを浮かべて言う忍足の髪を梳くように撫でて、跡部が答える。
ジローが気を利かせて出て行ったのだろうか、パタンと小さくドアの閉まる音が
背後で聞こえた。
「ああ、そうや」
「どうした?」
「写真、撮り直さん?」
「…撮り直す?」
「そう、今の景吾と今のジローと、今の俺とで」
跡部が持ったままだったロケットを取り返すと、忍足が懐かしそうに眺める。
写真の中の跡部は今よりもっと大人びていて精悍で、ジローなんか赤ん坊だ。
これはこれで大事な思い出だけれど。
「やっぱり、景吾もだいぶ顔変わったなぁ?」
「どっちの俺も男前で惚れるだろ?」
「うわ、アホや」
「あァ?」
「俺はもうずっと、お前にしか惚れとらんよ」
「……ま、当然だな」
言い合って、笑みを交し合って。
腕を伸ばしてきた跡部に抱き締められて、その肩に頬を寄せた。
穏やかに、心が静まっていく。
この落ち着く気持ちは、いつも彼が自分に齎してくれたもの。
そっと降りてきた唇に、もう血の味はしなかった。

 

 

「愛してるぜ、侑士」

「……俺も、愛してるで」

 

 

これからはきっと、幸せな未来を歩んでいける筈だから。
だから交わす言葉は、これだけで良いんだ。

 

 

 

 

 

 

< END >

原題:僕から君に送る言葉は愛しているというそれだけだ

 

 

 

 

これは、幸せな未来へと繋ぐ話。