〜 Life 〜
【 It's very happy that it's possible to notice. 】
目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
どうして此処に居るのだと、言葉無く混乱した頭はその収拾に努める。
ゆっくりと己の左腕を持ち上げて、すっかり繋がっているそれに
更に頭は混乱を極めた。
「俺は……」
「あ、気がついたんだ」
バタバタと忙しない足音が聞こえて、次に視界に入ったのは茶色のおかっぱ。
「跡部、大丈夫かい?」
「あ……ああ、」
面食らった表情を見せながらも、跡部が素直に頷いてみせた。
それに安心したような笑みを見せ、起きる?と訊ねてきたのでこくりと首を縦に振った。
ゆっくりと上半身を起こそうとすると、滝が背に手を回してそれを助けてやる。
じ、と物問いたげに視線を向けてくる跡部に、不思議そうに滝が首を傾げたが
結局その視線は何も言わずに外された。
「ここは……何処だ?」
「え、俺達の隠れ家だよ?
宍戸がキミ達を連れて帰ってきたんだ」
「宍戸…」
彼は分かる。
確か危ないところを助けてくれたのだ。
そうだ、自分はマザーを潰しに行って、途中敵の攻撃を受けて。
そういえばもう一人一緒に居たような気がする。
「忍足……忍足、は?」
名前が思い出せた。
動けなくなった自分の代わりに、マザーのシステムを動かしてもらったのだ。
少しずつ、記憶が繋がっていく。
「ジローが今直してるよ。
跡部の方は調子どうだい?
腕と足を新しくしたから、動きがスムーズにいくと良いけど」
「ああ、問題無い」
宍戸、忍足、ジロー、目の前の滝。
それに岳人、樺地、鳳、日吉。
断片的な記憶は少しずつ修復されていく。
そして知る、己が何をしたのか。
「………お前は、どうして」
「俺?ジローが直してくれたんだよ」
立てる?という滝の言葉に頷いて、跡部が寝台から身体を起こした。
さすがジローというべきか、新しい手足は充分に自分の身体にフィットしている。
「じゃあ、動けるなら行こうか」
「行こうかって……何処にだ」
「隣の部屋だよ、皆、居るから」
「皆…?」
「跡部、キミは裁かれなきゃいけない」
前に立つ滝が、ドアノブに手をかけながら跡部を振り返った。
「キミは、キミのしてしまった事について、責任を取らなければならないんだよ」
裁かれて、そして赦されるために。
ドアの向こうには、自分が傷つけてしまった皆が居た。
皆、きっとジローが直したのだろう、元の姿のままで。
それぞれソファに座って談笑したり、本を読んだり色々ではあったが、
ドアが開いてそこから滝に連れられた跡部が出てくると、視線を向けたまま
みんな黙ってしまった。
そんな彼らにざっと視線を向け、何を言えば良いのかと思案したままで
床に視線を落とす。
どこから、何から話せば良いのだろう。
「おい跡部」
「…?」
名を呼ばれて顔を上げれば、宍戸がソファに座って腕組みをしたままで、
窺うように目を向けていた。
「何だ?」
「身体、ちゃんと直ったのかよ?」
「ああ……問題ない」
「そうか、良かったじゃねーか」
言って笑う宍戸の姿に、少しだけ肩の力が抜けた。
変なところで気遣いの利く男なのだ、宍戸という奴は。
そうだ、言い訳を考えるなんて自分らしくない。
「すまなかった」
そう告げると、跡部は深く頭を下げた。
こうやって頭を下げるのは、ずっと以前に榊に全てを託そうと頼みに行った、
その時以来だ。
「事情は色々あったし、必要ならその説明だってする。
だがその事情ってのは元々個人的なもので、お前達には何の関係も無い話だ。
そしてそんな関係の無い個人的な事情でお前達を傷つけたのは事実だし、
それに関してはもう、俺は謝り続ける以外に無いと、そう思っている」
そう告げて頭を上げれば、神妙な顔をしている仲間達を目が合った。
一人、事情が呑み込めていないのだろう岳人だけが、きょとんとした目をしている。
分かっている。岳人をこうしてしまったのは、他でもない自分なのだ。
「なーあ、跡部……だっけ?」
そんな岳人に声をかけられて、不覚にも一瞬怯んでしまった。
心のどこかでまだ、身構えていたのだろうか。
「どうした、岳人?」
「なんでお前がそんな謝ってんのかよく分かんねーけどさ、
多分もう、みんな怒ってなんかいねーと思うぜ?」
「岳人……」
「だろ?お前ら」
へらっと笑みを浮かべて岳人が言うのに、そこに居た仲間達が気まずそうに
視線を通わせあった。
そんな雰囲気を壊したのは、やはり宍戸だ。
「あっはっは!そんなコト言われちまったら、文句も言えねーじゃんかよ」
「文句言うつもりだったのかよ、宍戸?」
「あー俺はなー……ホントは一発ぐらい殴ってやろうかって思ったけどよ、
なんか頭下げられちまったら、そんな気も失せちまったぜ」
「ほらなー?」
跡部が見慣れないコトするからだと言う宍戸に、岳人が威張ったように胸を反らせる。
一気に緩んだ空気を呆然としながら見遣る跡部に、遠慮がちな声が上がった。
「自分は……跡部サンの歩んできた道を知っています。
ですから………怒ったりできません」
「樺地…」
「そうですね、跡部さんずっと頑張ってらしたじゃないですか。
それに宍戸さんが無事だったから、俺はそれで良いです」
「ば…ッ、ちょ、長太郎!!てめぇ!!」
「良いじゃないですか、本音なんですから」
「余計タチ悪ィんだよ!!」
静かに告げる樺地の隣で、にこやかな笑みを見せるのは鳳だ。
なんだろうか、このお人好しの集まりは。
それで自分が受けた仕打ちを、赦してしまえるものなのか。
「………跡部さん」
ふいに声かけられて、跡部がその方へと目を向ける。
射抜くような視線と真っ向からぶつかった。日吉だ。
「俺の大事な人は、全部無くしました。
それまでの経験も、交わした約束も、全部です。
それらはもう、どうやったって取り戻せはしないんでしょうね。
だから俺は……正直この樺地や能天気な長太郎のようには思えません」
「能天気ってなんだよ日吉!!」
「長太郎、ちょっと黙ってろ」
「いたっ……はーい……」
思わず声を上げる鳳の身体を肘で打って宍戸が黙らせた。
無言のままで跡部は日吉の言葉を受ける。
確かに日吉の言う事は尤もだ。
彼のように戦場で生きるしか無かった者にとって、恐らく岳人のような
存在は初めて得た何物にも変え難いものだっただろう。
それを全て奪ってしまったと言っても過言では無いのだ。
「じゃあ、日吉はどうしたいんだ?」
「……本音を言えば、」
立ち上がった日吉の手にあったのは、一丁の銃。
それは跡部の額に向けて、ピタリと狙いを定められた。
「あの人と同じ目に合わせてやりたいです」
「………そうか」
意外にも日吉の目に浮かんでいるのは恨みとかそういう類ではない。
ただただ冷静に、目前の獲物を狙う目だ。
戦場で長く生きた者の目と言えるだろう。
少し考えるようにした跡部は、こくりと頷いた。
「いいぜ、好きにしろよ」
「ッ!!アンタ……意味分かって言ってるんですか…!?」
「当然だ」
他と違って、跡部の脳は生きた人間のものだ。
だから、それを打ち抜くというコトは、つまり。
「死にますよ………俺達と違って、アンタは、死ぬんですよ?」
「分かってるし、それでもイイつってんだよ」
「………跡部さん………アンタ、もしかして……」
知っているのか、思い出しているのか、何もかもを。
それでいて、構わないと、その口で告げるのか。
「分かってねぇのはお前の方だろう、日吉」
ゆるりとかぶりを振って、跡部が静かに微笑んだ。
「人間もアンドロイドも関係ねぇんだよ。
痛いものは痛いし、辛いものは辛いんだ。
だから俺はお前の受けた痛みや悲しみに対して
責任を取らなきゃならねぇ。
お前の気がそれで済むなら、俺はお前に殺されてもいい」
自分本位で進んできた自分が受けなければならない、これは罰だ。
周りを顧みなかった自分の、これは報いだ。
銃を構えたままで小さく吐息を零した日吉は、腕を下ろした。
「気が変わりました」
「……なに?」
「跡部さんは、俺にずっと恨まれてて下さい」
「は…?」
「その方が、何となくダメージ大きいでしょう?」
まるで悪戯を思いついた子供のように笑って、日吉が銃を放り投げた。
もしも跡部が過去について何ひとつ思い出していないのであれば、
引き金を引いていたのかもしれない。
けれど、事情は変わってしまった。
彼が過去を取り戻したコトによって、少なくとも幸せになれる人がいるのだ。
「ジローさんが……」
「…ああ、」
「ジローさんが、俺達を助けてくれたんです。
だからその恩とで、チャラにしましょうか」
「……そうか」
仕方無さそうに肩を竦めて言う日吉へと、跡部も笑みを見せた。
その肩をポンと叩いて、ひょいと顔を覗かせたのは滝だ。
「ちゃんと、向き合えたかい?」
「滝……」
「赦されるにしろ、赦されないにしろ、全部受け入れられたなら俺はそれで良いよ。
そして跡部は、キミはどうするんだい?」
「………ジローは何処だ」
「向こうの研究室。
忍足を直してるから、行ってあげなよ」
「ああ、そうする」
締め切られた隣の部屋へと続くドアを指差して言えば、跡部が頷いて歩き出した。
漸く全部が彼の元へと戻ってくるのだ。
蒲公英頭の、頑張り屋な彼の元へ。
「跡部!」
思わず口をついて声が出た。
それに歩みを止めた跡部が、滝の方を振り返る。
今までとは少し違った穏やかな空気の宿る蒼い瞳を見て、滝は満面の笑顔を浮かべた。
「本当に長かったね。お疲れさま」
そして、ありがとう。
口には出さずに心の中だけで唱えたのだが、跡部には伝わってしまったのだろう。
彼が浮かべた笑みは、今まで見たことも無いような、子供のような笑顔だった。
< END >
原題:気付けることはとても幸福
自分の周りは、こんなにも温かかった。