〜 Life 〜
【 If it's possible to have laughed by gathering in the picking-up, it's surely happy. 】

 

 

 

 

 

「あーあーあー……派手にやらかしやがってあいつら…」
車を降りて、宍戸は周囲をぐるりと見回した。
爆破の跡、それから累々と横たわるアンドロイドの残骸。
それらを見遣って思わず苦笑が滲み出た。
「暴れるったって、限度を知れよ限度を……っと、
 アイツらは中か…?」
高く聳え立つビルを見上げて、彼はまた疲れた吐息を零した。
それとほぼ同時に。

 

  ズン…!!

 

鈍く響くような地響きと、そして地面の上に立っているのだというのに
足元から伝わってくる揺れに、身体をぐらつかせながら慌てて大地に
膝をついた。
一体これは何事だ。
「アイツら…また何か余計なコトしやがったんじゃ…!!」
地鳴りは少しずつ大きくなり、ビルの外壁や窓ガラスにヒビが入りだす。
見るからにこれは、この巨大な建物が崩れ出す予兆。
あまり、のんびりしている暇は無さそうだ。
「何やってやがんだよ…!!くそっ!!」
チッと舌打ちを零して毒づくと、宍戸はビルの中へと駆け込んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

身体に受けた銃弾が動きを鈍らせているのか、それとも単に数の上で
押されているだけなのか。
どちらにしたって跡部の劣勢には違いなかった。
敵が放つ銃弾を、床を転がりながら避けて考える。
どうやってここを切り抜けるか。
四方八方からくる攻撃に、いつまでも耐えてはいられない。
「クソッ……ここで負けてたまるかよ…」
マザーに背を凭れかけさせて、荒い呼吸を整えながら跡部が残りの
弾を確認する。
予備の分を入れても、若干足りない。
「仕方ねぇな…ダメもとで突っ込むか……」
シリンダーに弾を込めながら呟いた、その時だった。
けたたましいサイレンの音と同時に、マザーの非常を知らせる赤い照明が
激しく点滅を始めたのだ。
忍足が上手くやった証拠だ。
「よくやった…!!」
思わずそれに気を取られて、すぐ間近に敵が居ることを失念してしまっていて。
バギン、というやや硬い金属音と同時に、激しく痛覚を刺激する痛み。
「あああああッ!!」
堪らず床に伏せ、痛みがした箇所へと右手を持っていく。
左腕が、もぎ取られていた。
「………ち…っくしょ……」
漸くマザーに王手をかけたのだ、ここで生き延びなくてどうするのだ。
必死に力を振り絞って身体を起こしたその目の前で、別のアンドロイドが
手にしていた斧を振り下ろした。
「ッ!!………ぐ…ッ……」
切断されたのは右膝から下。
動く術を失った跡部が、朦朧とする意識の中で今度は自分の脳天へ向けて
斧を振り下ろそうとするのが見えた。
「………侑、士………」

 

ああ、此処で終わるのか…、と。

 

諦めの混ざった落胆の吐息と共に、跡部が静かに瞳を閉じる。
だから一瞬、何が起こったのか理解ができなかった。
今まさに自分の身に斧が振り下ろされようとした、その相手の腹部から
ずぶり、と刃物が突き出してきたのだ。
結局それは跡部に振り下ろされること無く、アンドロイドはその場に
崩れ落ちた。
「な……」
「あーあーあー、ボロボロじゃねぇか」
その後ろから長い髪をかき上げながら呆れたような声を漏らすのは、
あの場所に置いてきた筈の仲間。
「し……宍戸……?」
「よォ、跡部。迎えに来てやったぜ」
「どうして…」
「ん、まだ喋れるな、なら良い」
「え……?」
新たな敵を認めたアンドロイド達が、標的を宍戸に変えて一斉に襲ってくる。
それを視線だけ向けた宍戸が、面倒そうな表情をしながらもゴキッと指を鳴らした。
「ったく…数にモノ言わせりゃ良いってモンじゃねぇよ!!」
明らかに戦闘慣れしていないアンドロイド達は、身軽な宍戸にしてみれば
頭数を揃えただけで敵にすらならない。
跡部も最初にダメージさえ受けていなければ、こんな事にはならなかっただろう。
「テメーらは引っ込んでろッ!!」
懐から出してきた細身のダガーは、狙いを外すことなく次々と敵の運動機能だけを
貫いていった。
皆地に伏して静かになった中、響き渡るのはエマージェンシーのサイレン。
それと先程から続いている地鳴りの方が気になるのか、宍戸が眉を顰めて
跡部の方を見た。
「これ、何が起こってんだ?」
「……マザーの……カウントダウンだ」
「は?」
「早く逃げねぇと………崩れるぜ」
「マジで!?
 お、おまっ、それを早く言えよ馬鹿野郎!!」
跡部に向かってそう怒鳴り散らして、宍戸が早く逃げようと残った跡部の
右腕を掴みながら、そういえば一人足りないことに気がついた。
「おい…忍足は?」
「アイツは……この、中だ…。
 俺よりも、忍足を早く……」
「中?」
「向こうから…入れる筈だ」
「くそっ、お前らはいちいち手間かけさせすぎなんだよ!!」
言われるままに宍戸は走り、既に開かれているドアからマザーの中へと飛び込んだ。
キョロキョロと辺りを見回しながら忍足の姿を捜す。
すると奥の方で見慣れた姿が倒れていた。
「忍足!!」
慌てて駆け寄ってその身体を抱き起こす。
ぴくりともしないことに少し嫌な予感が頭を掠めたが、跡部と違って忍足は
まだダメージが少ないようだ。
「忍足!しっかりしろって!!」
「……う…」
傷ついて回路が鈍っているところに衝撃を受けて、恐らくそのままフリーズ
してしまっていたのだろう。
宍戸に揺さぶられて、僅かに忍足が身動ぎをした。
「なん…?」
睫が僅かに震えて、薄く瞼が開かれる。
焦点の定まらない瞳が、ゆっくりとフォーカスを絞っていく。
「あ……しし、ど…?」
「おう、とっとと逃げるから起きやがれ」
「え、俺……」
「もうじき崩れるらしいぜ」
「……あ…あ、そうや……」
漸く思い出してきたらしく、忍足が緩く頭を振りながら身を起こした。
そしてさっき自分が弄っていたモニターに視線を向ける。
そこに記されていたのは、『10:43』の文字。
あと10分少しで此処が崩れてしまうのだ。
「あかん…早う逃げな……ッ、」
立ち上がろうとして、片膝に力が入らずよろめくのを宍戸が咄嗟に手を
伸ばして支える。
掴まりながら忍足がひとつしか無いマザーへの入り口を顎で示した。
「出よ、宍戸」
「ああ…走れるか?」
「なるべく頑張るわ」
「そうしてくれ」
言葉を交わし合いながら急ぎ足でマザーの内部から脱出する。
その先の惨状に、忍足が思わず足を止めた。
「なんや…これ」
「ああ、すげぇ惨状だろ?
 けど済んだ話だ。裏口の方が近いから、そっちから出ようぜ」
「……跡部は?」
「あー……」
「跡部は、大丈夫…なん?」
「……まぁ、な」
放置してきてしまったが、見た限りでは頭部に損傷は無かった。
自分達を違う作りな分確証は無いが、恐らく脳さえ無事なら大丈夫な筈だ。
だがその微妙な沈黙を違う意味で取ったのか、忍足が足を止めてしまった。
「宍戸、俺はええから跡部を先に助けたってや」
「は?」
「跡部を助けたって」
「………お前な、」
はぁ、と呆れた吐息を零すと、その言葉は却下して宍戸は止まった歩みを進め出す。
互いを思う気持ちは美しいのかもしれないが、こういう時は鬱陶しいだけだ。
人の救助や介護をずっと続けてきていた宍戸は、こんな時の対応は至って冷静である。
「俺はテメーらの我儘聞きに来たんじゃねーんだよ。
 お前らを助けに来たんだ、だから俺の言う通りにしてもらう。
 分かったな?」
「せやけど…!」
「……俺は、より助かる可能性のある奴から助けていく。
 うっかり順番を取り違えて助かる奴まで助からなくなったなんて話は
 ザラにあるんだぜ?そんなのは御免だからな。
 俺のやり方に口出しすんな」
「………。」
「心配すんじゃねーよ」
俯いた忍足の頭に手刀を入れて、階段を上りながら宍戸が言った。

 

 

「俺は誰も見捨てたりなんかしねぇ。
 絶対に跡部も助けてやる」

 

 

だからさっさと歩いてくれ、ぶっきらぼうにそう告げる宍戸に、
目を瞠って眺めていた忍足が、ふと口元に笑みを乗せた。
「……ありがとうな、宍戸」
「いいから歩けって。あと7分」
「うん、急ご」

 

崩壊まで、あと7分。

 

 

 

 

 

 

止めていた車の助手席に忍足を放り込んで、宍戸は全速力でもう一度マザーへと向かった。
先刻と変わらない場所、変わらない状態で跡部の姿があり、嫌な予感を感じつつも
駆け寄って覗き込むように様子を見た。
閉じられた瞳はぴくりともせず、頬を軽く叩いてみたがそれは変わらない。
少し難しい表情でそれを見ていた宍戸だったが、とにかくジローに見せてみないと
何とも言えないと跡部の身体を抱え上げて、一段飛ばしに階段をまた駆け上った。
もぎ取られた腕と断たれた足は見捨てていくしかない。
後でジローにまた作ってもらえば良いだろう。
後部座席に跡部の身体を横たえると、運転席に飛び乗って宍戸はエンジンをかけた。
「宍戸…?」
「跡部も回収完了だ。飛ばすからちゃんとベルトしろよ」
マザーの最後を見届けたいという気もしたが、こんな場所でそんな事をしては
崩壊に巻き込まれるだけだ。
今はとにかくできる限り離れなければ。
スムーズにかかったエンジンを確認すると、宍戸は思い切りアクセルを踏み込んだ。
こういう時、人通りの無い道は有り難い。
真っ直ぐ前だけを見据えてハンドルを握っていた宍戸が、ふと隣の忍足が静かなことに
気がついた。
「おい、どうした?」
「ん……マザー、見ててん」
「そうか」
「マザーが、崩れるで」

5・4・3・2・1……

忍足の口元から、小さく秒読みが零れていく。
そしてゼロと唱えるのと、背後で轟音が轟いたのは同時だった。
「崩れていく…」
助手席の窓から乗り出すようにしてマザーを眺めていた忍足が、
そう小さく言葉を漏らした。
下から少しずつ侵食するように砂埃が吹き上げ、最終的には全てを
包み込んで見えなくなってしまった。
そしてその衝撃が起こした突風が、車体を後ろから押すように吹き付けてくる。
「わ、あ、あぶねッ!
 おい忍足、窓閉めろ窓!!」
「あ……うん」
言われる通りに窓を閉めて、後ろの席の跡部を見遣ってホッと息を吐く。
シートに背を預けて、疲れたように忍足が声を出した。
「せやけど……宍戸が来てくれるとは正直思わんかった。
 お前が居らへんかったら、俺ら今頃アレの下敷きやってんな」
「全くだぜ。お前ら俺に感謝しろよ、マジで」
「あはは、ほんまやな。おおきに、宍戸」
笑みを浮かべて、忍足がふと瞼を下ろす。
ちょっと疲れたから寝る、そう言った僅か後に微かな寝息が聞こえてきた。
「ほんと……お前ら、周りに迷惑かけ過ぎなんだっつーんだよ」
やや呆れた口調で言うものの、その宍戸の口元に浮かぶのは穏やかな笑みだ。
「もうあんまり、ジローに面倒かけてやんなよ」
聞いては居ないだろうけれど、言わずにはいられない。
自由勝手にやり過ぎた、この2人は。
「そろそろ……思い出してやれよな」
余計なお世話なのかもしれないが、願わずにはいられない。
そうでなければ、ジローが余りにも報われない。

「宍…戸……」

微かな声が聞こえて、宍戸が隣の忍足に視線を送る。
だが彼は変わらず眠り続けたままで、何かを話した様子はない。
となると、後ろの席か。
「……気がついたのか、跡部」
「ああ……」
「ホント、お前らいい加減にしろよ?」
「そうだな………悪かった」
彼の口から素直に謝罪の言葉が出るとは思わず、宍戸が怪訝そうな表情を見せた。
らしくない、一言で言えばそんな感じだ。
「珍しいな、お前が謝るなんて」
「そうか…?いや、そうかもな……」
まだパラパラと時折ガラスの窓に細かい石つぶてが当たってくるのを
ぼんやりした視線で眺めながら、跡部の口元に笑みが乗った。

 

「恩に着る」

 

たったそれだけの言葉でも、伝えるには、伝わるには充分だった。
「…………激ダサ、」
僅かに詰まったような声音でそう呟くと、そうか、と答えたきり
跡部は黙ってしまった。
宍戸も何も言わず、ただ仲間の待つ場所へと導いて行くだけだ。
涙で滲んだ視界を左手で擦りながら。

 

 

 

 

悲しくて泣けない事なんか、何でも無いんだぜ長太郎。

嬉しくて泣けるんだから、俺はそれで良いんだ。

 

 

 

 

 

< END >

原題:拾い集めて笑えたら、きっと幸せだ

 

 

 

 

宍戸さんはとびっきりのイイオトコです。(この話では。/笑)