〜 Life 〜
【 It is when now opens and is. 】
まるで巨大な魔物の巣のようだ、と目の前にして跡部は思う。
いつの間にこんな脅威へと変貌してしまったのだろうか。
車を走らせながら、跡部が小さく舌打ちを漏らした。
「出てきたか…」
「そらお前、あんだけの規模やもんなぁ、俺らみたいな侵入者は
すぐにバレてまうんと違う?」
真っ直ぐにマザーに向かうと、前方から現われたのはアンドロイドの一群。
手にはそれぞれ武器を手にしている。
戦うのは正直分が悪い。こちらには2人しかいないのだ。
「……どうするん?」
「今考えてる」
「ほんなら、ちょお俺に任してんか」
「…あ?」
「運転、代わるで」
跡部を押し退けるようにして運転席に乗り込む。
途端にぐらついた車を落ち着いた手つきでハンドルを握って落ち着かせると、
渋々ながら隣に座った跡部を確認してから、思い切りアクセルを踏み込んだ。
もちろん真正面から突っ込むなんて馬鹿な事はしない。
かと言って放置しておけば、根こそぎ自分達を追ってくるだけだ。
「あそこにしよか」
視線を巡らせていい按配に崩れている瓦礫に目を向けると、ハンドルを切って
方向をそちらに定める。
些か荒っぽい運転に眉を顰めたのは跡部だ。
「お前、何やって…」
「ええから黙っとき。舌噛むで!」
タイヤが地を滑る音をさせながらも車体が安定すると、忍足がちらりと
迎え打とうとやってくる敵へと目を向けた。
全部は無理かもしれないが、何とかなるだろう。
グッとアクセルを限界まで踏み込むと、車は猛スピードで瓦礫の山へと
向かっていく。
「まさか、お前…」
「岳人が言うてたんやけど、」
振り落とされないようにハンドルを握るのが精一杯だ。
時速は200Km近い。
車は瓦礫の坂を駆け上り、そして。
「高いところは、沢山のものが見えるねんて」
車が、空を舞った。
その行動を読んでいた跡部が、懐を探って取り出したのは手榴弾だ。
「なるほどな、岳人もいい事言うじゃねぇか」
安全ピンを口で引き抜くと、飛んだ車に動揺して立ち止まっている
敵の群れへと向かって投げつける。
車が激しい音を立てて着地するのと、敵の群れが一瞬にして炎上したのは
ほぼ同時だった。
よくよく、開き直った忍足は無茶をするものだとため息が出る。
すると首を捻った忍足が、不思議そうに口を開いた。
「なんなん跡部、その微妙な顔」
「なんつーか……お前って温厚そうな顔して結構エグいんだなと」
「どういう意味や」
「…いいじゃねーか。ほら開いたぜ」
マザー社の入り口のロックを外すと、跡部が中へと滑り込んだ。
はぐらかす気らしい。
「跡部のヤツ…俺が誤魔化されるて思うなや……」
とはいえ、今はそんな不毛な会話をしている場合ではないので、
仕方なしに忍足は跡部の後について歩き出した。
中の構造は以前にジローが調べてくれた配置図が頭に入っているので問題無い。
マザーコンピューターの中枢は巨大な建物の中心、地下3階にある。
人間の姿など当然見当たらず、アンドロイドも殆どが先程の爆弾で
吹き飛ばしてしまったようで、警備程度にしか残っていないようだった。
もちろん、その程度なら跡部と忍足の2人だけで対処するのも容易い。
「……えらいスムーズにいきそうやな……」
「そうだな…」
廊下を走りながらそう声をかけてくる忍足に、跡部がやや曖昧な表情で頷いた。
スムーズにいき過ぎて、少し不安が残るのは気のせいだろうか。
地下に向かって続く階段を駆け下りる。
その度に、少しずつ少しずつ、曖昧だったものが輪郭を取り始める。
見たことのある風景、ハックしなくても知っている開錠のパスワード。
何故だ。
「……あとべ?」
急に足を止めて忍足が跡部の腕を掴んで止まらせた。
半ば引っ張られるように動きを止められた跡部が、訝しげに忍足へと
視線を向ける。
「なんだ?」
「……跡部、どないしたん?」
「は…?」
問われた言葉が理解できず、眉根を寄せてどういう意味なのかと問い質す。
すると彼は困ったようにこくりと首を傾げた。
「別に……ただ単に跡部の様子がちょおおかしいなって……気のせいやろ」
「…………。」
表情に出ていたのかと些かばつの悪そうに視線を逸らして、今だ掴んで
離さない忍足の手をやんわりと外させた。
走るのは止めて、だが歩みは止めずに跡部が口を開く。
「どうしてか解らねぇんだが……覚えが、あるんだ」
「…え?」
「この建物の中」
「そら、ジロちゃんが地図見せてくれたから、」
「そうじゃなくて……なんていうか、
俺は此処に居た事がある気がするんだ」
「それってどういう……」
「それが解らない」
この先の扉のパスワードも、教えてもらった筈はないのに知っている。
扉の前でタッチパネルを弄ると、カシャン、と錠の上がった音がして
音も無く左右に扉が下がりその先の道を開ける。
そこはもう、巨大コンピューター・マザーの見える場所。
マザーコンピューターの外側についている非常停止ボタンを押せば、
この暴走は収まり、全ては収束へと向かう。
既にばら撒かれているウイルスについてはジローが何とかすると
張り切っていた。
恐らくはワクチンプログラムでも作るつもりなのだろう。
「ほなボタン押したら終いっちゅうこっちゃな」
「……いや、」
「ん?」
楽勝だと笑う忍足の隣で、渋い表情のまま立ち尽くしているのは跡部だ。
「停止ボタンはあくまでも停止させるだけだ。
つまり、誰かの手によってまた動かす事ができるってことだ。
そうだ……それだけじゃ、終わった事にはならねぇ」
「そんな…」
「マザーの内部に、もうひとつスイッチが隠されている」
「え?」
「それは、マザー社が万が一のための機密保守目的で作られた最終プログラム」
「………ッ」
「パスを入力して、そのスイッチを押せば、」
ぽつりぽつりと語られるそれは、今だかつて誰からも知らされる事の無かった事実。
この場所に居た人間にしか、知り得ないこと。
「マザーのプログラムは全て破壊され、この建物は崩壊する。」
そうだ、そのために、此処まで来たのだ。
この忌まわしい場所を、葬り去るために。
「ほ、ほな、そのスイッチを押せば……」
「ああ……全てが終わる」
「よっしゃ、ほなそれでいこか」
うんと頷くと、忍足はマザーへと向かって駆け出した。
一刻も早く、元凶になったこのモノをどうにかしてしまいたいのだ。
その後ろを追いながら、何か胸に引っ掛かりを感じて跡部が眉を寄せた。
確か、まだ、何か。
パシュッ
「ダメだ、忍足!!」
耳に入った何かの発射音に、反射的に跡部が動いていた。
思い出したのだ、この場所にも侵入者撃退用の装置が施されていたのを。
マザーに近づけるものは、ごく限られた許された者のみだ。
それはマザー近くに設置されたカメラによる単体識別のみで判断され、
そして侵入者だと判断された場合、迎撃に出る。
ライフルによる狙撃だが、これの精度がまたとんでもなく良い。
そして今、忍足がその一線を踏み越えた。
即ち、狙われるのは、忍足侑士。
「侑士ッ!!」
思い切り彼の身体を突き飛ばして、その弾丸を己の身で受け止めて。
守って倒れるのも2度目だなと、頭でそんな事を考えた。
スローモーションのような動きで跡部がその場に倒れるのを、
大きく目を見開いて見ていた。
マザー側に突き飛ばされた自分はどうやら射程範囲外に出たようで、
狙いはそのまま跡部へと向けられた。
続けざまに、銃声が2発。
「ぅああッ!!」
「跡部!!」
上がった声に慌てて身を起こすと、手を伸ばして跡部の二の腕を掴み、
力強く引き寄せる。
この場所はもう安全な場所らしく、自分達を狙っていたライフルはその動きを止めた。
どうやら侵入者はこの場所に辿り着くまでに排除されるシステム。
ぞくりと身を震わせて、忍足は跡部へと視線を向ける。
「跡部……跡部、大丈夫なん?」
「……ッ、まだ、何とか……」
自力で身を起こそうとしたその時に、強い負荷をかけられた傷口からバチッと火花が上がった。
撃たれた箇所は、左の肺、脇腹、そして右の太腿。
人間だったなら間違いなく即死であっただろう。
己の状態を見遣った跡部が、長い吐息を零してマザーにその背を預けた。
「くそっ……動くのは無理か……」
「どないしよ…」
こんな場所で修繕なんてどう考えても無理だ。
だがこの先をどう動けば良いか忍足に判断は難しい。
どうしたものかと思案する脳は、数名の足音に遮られた。
「なんだ…?」
「追っ手かいな……俺が迎撃しよか?」
「待て、下手に動けばあのシステムに狙い撃ちだぞ」
「ほな…」
「お前が行け」
「え……」
静かに告げられた言葉に、忍足が驚いた目で跡部を見る。
彼は真っ直ぐな視線を向けて、自分に言った。
「お前が、マザーを止めて来るんだ」
場所とパスと手順は今から言う、という跡部に忍足が頷いた、その時。
ガゥ…ン!!
銃声が1発響き渡って、2人が音のした方へと振り返る。
入り口付近にアンドロイドが3体。
それぞれが銃火器を手にしている。
だが足音はまだ聞こえているから、恐らく追っ手はそれだけじゃ無いだろう。
忍足が体内に蓄積されたデータベースから情報を拾う。
彼らは間違いなくマザー社製のアンドロイドだ。
即ち、それは敵だということ。
「………どうするん?」
「俺が何とかする。だからお前は行け」
「そんなん!お前ロクに動かれへんやろが」
「アーン?動けるに決まってんだろうが」
ぐっと身体に力を入れて、マザーに凭れかかるようにしながらもゆっくりと
跡部は己の足で立ち上がった。
時々どこかの配線がショートする音が聞こえたが、今はそれを気にしている
場合ではない。
「俺が食い止めている間に、お前はマザーを破壊して来い」
「………逆やとあかんの?
俺がアイツらと戦ってくるさかいに…」
「バーカ、どう考えてもお前の方が手際よく動けんだろ?」
「せやけど……」
「くどい」
「………、わかった、わかりました。
俺が行けばええんやろ?」
「そうだ。じゃあ今から手順を説明するぜ。
時間が無いからな、1回しか言わねぇからしっかり覚えろ」
自分達に銃口を向けながら駆けて来るアンドロイド達は、少しずつその数を
増やしている。
モタモタしているヒマは無いと、口早に説明をした跡部は懐から銃を取り出して
忍足の身体を強く突き飛ばした。
「あ、跡部…!!」
「急げよ忍足、そして絶対に振り向くな!!」
「死なんといてや!!」
跡部に背を向け駆け出す忍足に敵の銃口が向く。
だがそれよりも先に跡部の銃が相手の手元を撃った。
「忍足には一歩も近づけさせねぇぜ。
さぁ…みんな纏めてかかってきな」
挑発的な視線で笑むと、こちらを先に倒すべき標的と判断したのか、
敵の目が一斉に自分を向いた。
「……壮観だな」
今や数十体に及ぶ敵の視線を一気に浴びるというのは。
撃ち尽くしたカートリッジを銃から引き抜き投げ捨て新しいものを
装填しながら、さてどうやって切り抜けようかと思いを巡らせるのだった。
せっかく生き延びたのだ、此処で終わってたまるものか。
忍足は走る。
マザーの壁沿いに進み、見えてきた扉に跡部の言う事は正しいのだと
ひとつ頷いた。
「あれやな」
扉の横についている操作盤を教えてもらった通りに動かすと、扉はスムーズに
自分を迎え入れてくれた。
中に入ろうとして、ふと足を止める。
激しい銃撃戦が起こっているのだろう、背後では銃声が何発も上がっている。
大丈夫だろうか、と考えた忍足が様子を見ようかと首を巡らせ、
だがそれはまた元の方向へと戻された。
振り向くなと言われたのだ。
跡部を信じて、任せる他は無い。
「死なんといてや……跡部、」
中に敵は居ないだろうが念の為、と懐にあった銃に手を忍ばせようとして、
ふとそれに気がついた。
チャリ…と音をさせるそれはチェーン、そのまま手繰れば指先に触れるのはロケット。
何となく中が見たくなって、忍足はそれを引っ張り出すとロケットの蓋を押して開ける。
一枚の写真は、前と変わらず穏やかに微笑んでいて。
「…………あと、べ……?」
ぽつり、と口を突いて言葉が出た。
3人で写真、撮らねぇ?
ええけど…何で?
いや、残しておこうと思ってよ。
残す…?
そうだ。いつ何があっても俺達は家族なんだって、証明だ。
証明か………なんかええなぁ、それ。
フラッシュバック。
銃声に反応して咄嗟に身を捩じらせたが、左の腹に焼けるような
痛みを感じた。
どうやら当たってしまったようだ。
いつの間に近付かれたのか見知らぬアンドロイドを認めて忍足は
銃のトリガーを引く。
右胸を狙ったそれは、外す事無く貫通してそのアンドロイドは
動きを止めた。
「跡部……」
どうして敵が此処まで追いついてきているのだろう。
もしかして、彼は。
「……嘘や!!」
今すぐ戻りたいが、それよりも跡部に託された事の方が先だ。
撃たれて回路がおかしくなっているのか、動こうとすればその動きは
鈍く引き攣る。
逸らして直撃は免れたものの、どうやら主要の配線に傷がついてしまったようだ。
「待って……待ってや、」
まだこんなところで止まるわけにはいかない。
まだ、果たしてない。
扉の中はマザーコンピューターのコントロールルームになっていて、
膨大な数のモニターとパソコン、レバーやらスイッチやら、巨大コンピューター
ならではの様相だ。
それを真っ直ぐ一番奥まで突き進んで、忍足はひとつのモニターの前に立った。
その周辺を探して、ひとつの赤いスイッチを探り当て、力を入れて押し込む。
【緊急回避用プログラム作動。充填開始……】
モニターに明かりが灯り、ウェイト画面に切り替わる。
10%…20%…と進む画面を見遣りながら、気持ちは焦りで一杯だった。
「早う……早よして……!!」
もう一刻の猶予も無い。
そもそも跡部はほとんど身動きが取れない状態だったのだ、どう考えても
苦戦は免れない。
もしかして…と嫌な予感が頭を掠め、忍足は強く唇を噛んだ。
【緊急回避用プログラム開始。パスコード: 】
此処にパスを入力して、エンターキーを押せば全ての終わり。
長かった戦いが、漸く終わるのだ。
『なぁ……いつかまた、逢える?』
彼は想いを叶えてくれた。
だから、今度は自分が叶える番だ。
「もう……失うのはたくさんや……」
跡部、ジロー、滝も岳人もみんな、みんな。
ぽつりとその瞳から涙が零れた。
もう何も、失いたくない。
だから、これで、終わらせよう。
【パスコード: LOVE FOR ALL. 】
< END >
原題:今が開放の時だ
今こそ、全てを。