〜 Life 〜
【 To be too late, and so on, doesn't make say. 】

 

 

 

 

 

跡部はどこまで解っていたのだろうか。
解っていて、自分をわざと残したのか?
だとすれば、もしかしたら。

 

 

 

 

「つまり……ジロー、お前は本当は人間だったってコトかよ?」
「へへへ、そういうこと」
出血のためかやや青褪めた顔で、けれど笑みを絶やす事無くジローはパソコンと
向き合い続けた。
念の為にと滝の過去のデータをチップという媒体にして保管しておいて良かったと思う。
滝の頭部の負傷箇所を修繕して、このデータをもう一度送り込むのだ。
そうすれば、滝はもう一度医者としての能力をもって復帰できる。
宍戸にそう簡単に説明して、故障部分を補修している樺地へと視線を向けた。
「樺ちゃん、そっちどう?」
「もう少し…です」
「だけど良かったぁ、手先の器用な樺ちゃんが残っててくれて」
同時に動けるから、一人でやるのと比べるとやはり随分と時間短縮にはなる。
「滝ちゃんを直したら、今度は滝ちゃんに俺を治してもらうんだ。
 そしたらもう少し腰据えて、他の皆を直してあげられる」
その為に今、こうやって頑張ってるんだよ。
そう言えば宍戸の表情はどこか複雑そうに歪んだ。
「どうしてジロー…お前がそこまで、」
「だって……俺も皆の助けになりたいし、それに跡部だって、」
「あんな馬鹿の話なんてすんじゃねーよ!!」
「違うよ亮ちゃん。
 跡部を怒らないでよ」
困ったように苦笑を浮かべて、ジローは手を止めると宍戸へと目を向けた。
こちらの準備は整った。後は樺地の方を待つだけだ。
「本当は、皆を傷つけたくなんて無かったんだよ、跡部は。
 本当は……けーちゃんだって、皆が大事なんだよ。
 皆が撃たれたのも、俺が撃たれたのも、けーちゃんの言いつけを守らなかったからなんだ。
 けーちゃん……言ったじゃん?『一言でも言葉を発した奴は撃つ』って」
岳人の事は大体の予想はついていたし、最悪の方法として強引にでも動きを止めてしまうだろう
という事ぐらいは何となく解っていた。
そしてそれでも跡部の言葉を皆が従順に守っていたならば、きっと他の誰も傷つく事無く
済んでいたに違い無い。
日吉も、鳳も、そして滝も自分も、声を上げたから撃たれたのだ。
冷静ささえ、欠かなければ。
「……けーちゃん…とか、言ったか?」
「?うん、言ったよ?」
自分の記憶の媒体を辿る。
ずっとずっと前に、聞いたような。
あれはいつだったか、もうかなり昔の話。
忍足が、小さな子供を連れて戻って来て、確か思い切り脛を蹴られた。
その幼子が、確かに言っていた『けーちゃん』と。
もしかして。
「お前……忍足んトコの…………ガキ、かよ?」
「血は繋がってないけどね。
 おまけに本人達が忘れてる」
「……なんてこった……」
驚愕を隠し切れずに、その場に座り込むと宍戸はまじまじとジローの姿を見つめた。
蒲公英色の髪も、気の強そうなけれど明るさと優しさを備えた大きな瞳も、
自分の記憶に残る姿と一致するかと言われれば、その通りだとしか言いようが無い。
けれど、ならば、ジローが『けーちゃん』と呼んだ、跡部景吾こそが。
「ゆーちゃんとけーちゃんは、俺の家族だった。
 でも、今だって、それは変わんないよ」
「ジロー……」
「俺が覚えてるから。
 2人が忘れても、俺がちゃんと覚えてるから」
だから過去は無くなったりなんかしない。
待つ事を辛いと思った事も無い。
忘れていても変わらず2人は優しく接してくれたから。
そして、2人だけじゃなくて。

「樺ちゃんも亮ちゃんも、滝ちゃんも皆も、俺の大事な家族だよ」

照れたように言って笑うジローに、宍戸はただ言葉も無く見つめる他は無かった。
なんて、なんて子供が居たんだ、と。
どうしてあの2人が、こんな子供に育てる事ができたのか。
そして。

 

「どうして……どうしてこんな大事なコトを忘れちまってんだよ…!!」

 

哀という感情が無いので悲しいと思う事は無い。
ただ、無性に悔しいと感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

「…できました」
静かに樺地が作業の終了を告げると、ジローはパソコンにケーブルを取り付け
もう片方の先を宍戸に差し出した。
「これ、滝ちゃんの首に」
「オッケ」
短く応えると宍戸はそれを受け取り、滝の傍へと歩み寄る。
配線を繋げながら、ふと頭に過ぎった疑問を口にした。
「なぁ、滝に昔の情報を入れ直したら、どうなるんだ?」
「………わかんない」
「はァ!?」
「だって、やった事無いんだもん。
 滝ちゃんって旧型だからさ、どこまで対応してくれるかわかんないし」
「うっわお前、それってすっげぇバクチなんじゃねーの…?」
「うん、確率は5分5分ってトコかな」
チップをパソコンの中に取り込み、データを読み出す。
昔の記憶を送り込んで、滝の精神構造が耐えられるのかどうか。
今の記憶と混在してしまいやしないだろうか。
下手をすれば、以前のようにエラーを起こしてしまうだろう。
今と昔の記憶を両方共有してくれるのが、一番自分たちにとって有り難いのだけれど、
もしかしたら、セットアップし直した時から今までの記憶が今度は消えてしまうかも
しれない。
「……あ、ちょっと待てジロー」
「ん?どったの?」
「エラーはもしかしたら……回避できるかもしれねぇぞ?
 俺ちょっと閃いちまった!」
「ん??」
ポンと手を打ち合わせて言う宍戸に、ジローがきょとんとした視線を向けた。
「な、滝にデータ送る前に、内容弄ったりできんのか?」
「うーん…どうだろ、できると思うよ、そうやって目的変更とかもするんだし。
 どうすんの?」
言いたい事は何となく解るが、何をしたいのかがさっぱり解らずジローが
こくりと首を傾げる。
自信満々といった様子で、宍戸がニッと笑みを見せた。

 

「もう、製作者の名前を跡部にすんのやめちまえよ」

 

宍戸の言葉の意味を理解するのに少しの時間を要して、やや間を置いたジローの
声は間抜けと言うのに相応しい音だった。
「…………ぅえ?」
「だーから、製作者が跡部景吾だからややこしくなっちまうんだろ?
 だったらもう、それやめてやりゃイイんじゃねーの?」
「亮ちゃん、発想が突飛スギだC〜」
「…よく解んねぇから思い付きで言ったんだよ。
 いつまでもマザー社製なのもアレじゃねぇ?
 大体マザー社だってもう潰れちまったんだし、ここまで弄くったら
 もう氷帝製つってもいいじゃんよ、な?」
「うー……じゃあ、製作者は?」
「榊太郎にしとけば」
「プッ…あはははははは!!それ!!それサイコー!!
 亮ちゃん、俺乗った!!」
名前を書き換えれば、それだけで滝というアンドロイドは氷帝製で榊太郎という人物が
手がけたロボットに改変されてしまう。
事実がどうという事ではなく、滝の持つ情報の中がそうなってしまうのだ。
つまりそれが何を意味するかと言うと。
「そうすりゃ、滝は製作者を手にかけた事にならねーだろ?
 滝は『製作者から命令』されて、『生命の危うい一般人を救った』んだ。
 本当はどうあれ、アイツ自身の中でそう整理がつけば…きっと、大丈夫」
だろ?と言って笑う宍戸が、今だけは神様のように見える。
大袈裟かもしれないが、ジローの中ではそれだけの存在になった。
「亮ちゃん、俺ちょっと亮ちゃん見直しちゃった!」
「問題はできるかどうか、だけどな?」
「……やってみる」
こくりと頷いて、ジローは再びキーボードに向き合った。

 

 

暫くジローが作業するのを眺めていて、ぽつりと宍戸が言葉を漏らした。
「なんで、お前……そんなに滝に拘るんだ?」
「えー?なんでって?」
「お前が跡部や忍足に執着するのはわかるんだけどよ……」
「うーん…」
手を止めて、ジローがぽりぽりと頬を掻く。
「滝ちゃんには恩があるんだよ。
 けーちゃんを助けてもらったっていう、恩がね」
「それだけなのか?」
「………俺ね、」
うーんと大きく伸びをすれば、止血しただけの状態の脇腹に痛みが走って頬が引き攣る。
右手で軽くその箇所を擦ってから、へらりとジローは笑顔を浮かべた。
「けーちゃんの手術終わった後に出てきた滝ちゃん見た時にさ、
 なんていうか…格好良いなぁって、子供心に思っちゃったんだよね。
 カッコ良くて、凛々しくって……凄いなぁって。
 つまりアコガレちゃったワケなのですよ、宍戸くん」
「おかしな喋り方すんなよ誰が宍戸くんだよ気色悪ぃ」
「だってー!こんな話シラフでできるワケないC〜!!」
照れているのかジタバタと悶えるジローを胡散臭げに見遣ると、宍戸が小さく
吐息を零した。
憧れが恋心に変わってしまうのは案外容易い。
そんな事ぐらいは、さすがに自分も知っている。
だから、多分この子供は。
「…好きなのかよ?」
確認するかのように問えば、えへへと笑ってジローが大きく頷いた。
「うん、もう大好き!!」
にこにこと笑顔を見せるジローに、宍戸の口元にも緩く笑みが乗った。
彼がここまで頑張って来れたのは滝の存在があったからだという事を、
それこそ滝のためなら何だってするのだろうという事を、
その笑顔で見て取れた。

ならば、自分が…宍戸亮として、今してやれる事は何だろうか?

 

 

 

 

所属と製作者の名前を変えるだけと一口に言っても、それはそんな簡単に
できる事ではない。
そんなに簡単に変えられるようならば、色々な部分で沢山の不都合や問題が
起こっていた筈だ。
大体がそのデータの箇所には何重ものセキュリティが施されている。
例えばフェイクのデータで隠してしまうとか、パスワードをいくつも用意
しておく等、管理者で無ければ手がつけられないようになっているのだ。
滝もまた例外では無い。
恐らくはあの跡部の事だ、生半可なパスでは無いだろうし、もしかしたら
トラップだって仕掛けてあるかもしれない。
あの跡部景吾という男は極端なフシがあって、自分以外の者が触るぐらいなら
壊してしまえと思ってしまうところがある。
解除に失敗したら、滝のデータそのものが全ておじゃんになってしまうという
可能性も捨てきれないどころが、むしろ高いだろう。
「けーちゃん……捻くれてるからねぇ……」
「なんだよ、あの性格って素なのか?」
「素も素だよ。元からあんなだった。
 愛想は無いってわけじゃないけど使う相手を慎重に選んでさ、
 誰相手にも顔は笑ってるくせに中では何考えてるかわかんないタイプ」
「疲れねーのかな、そんなでよ」
「うん、大丈夫だったよ。ゆーちゃん居たし」
「……ノロケですか?ジローさん」
「ある意味ね。って俺がノロケても仕方ないじゃん」
「まーな。でもそれって今も大して変わってねーんじゃね?」
「……うん、変わってないからビックリした」
パソコンのディスプレイに出された文字の羅列を追いながら、ジローがこくりと
頷いて答える。
全てを無くしたというのに、あの2人の関係は変わらなかった。
少なくとも、変わらないように見えたのだ。
跡部の傍に忍足が居て、その逆もまた然りで。
「あの忍足が跡部をすんなり受け入れたんだったら驚きだぜ」
「そうなの?」
「俺が知ってた忍足は…もっとクールでよ、
 全て忘れてんだったら、それこそあんなタイプ嫌いなんじゃねーのって
 いうぐらいにはなー…アイツも、ちょっと難しいトコロあったしな」
「へぇ…全然知らないや」
「跡部んトコ行って、戻ってきた時にはすっかり角取れた豆腐みてーに
 ほやーんとしてやがったから、ちょっとどうしようかと思ったぜ」
「あはははは!!」
宍戸の例えにジローが笑う。
と、パソコンがデータ表示完了を告げる音を鳴らしたので、ジローがそちらに
目を向けた。
ここからが問題だ。
「さて、どんな仕組みになってんのかなー……あ、コレだ」
カタカタとキーボードを鳴らしながら次々と必要なデータを読み出していく。
その表情が一瞬怪訝そうに歪んだのが、宍戸にも捉えられた。
一体どうしたというのだろうか。
「…ジロー?」
「これ…でしょ、あとこれと………これ、と………あれ?」
「おい?」
「なんで……」
呆然としたままで画面を見つめるジローが、ぽつりと声に出した。
「ロックが………無いよ」
「は?」
「セキュリティが全部解除されてる。
 パスも無いし、トラップも無い。
 ………どうして………」
普通にアンドロイドを制作する事を考えると、それはまず有り得ない話だ。
何も施されていないロボットがどれだけ危険か、少し考えれば誰でも解るだろう。
つまりそれはデータを改ざんさせる事が簡単にできるという事なのだから。
ロボット工学に携わる人間からすれば、本当に有り得ない、あってはならない事なのだ。
「最初からってワケじゃねーだろうな。
 あの跡部のロボットだもんよ、お前の言う通り厳重に守られて然り、だぜ」
「じゃあ……誰が?」
「誰がって………解除できるヤツといえば?」
疑ってかかる事のない宍戸の出す答えは、直接的でかつ恐らく真実に一番近い。
どんな推測も推測でしかない。
誰かがロックを外したというのは考え難いだろう。
それがあの榊太郎だったとしても。
ならば…本人の仕業だと思うしか無い。
それなら一体いつからだった?
跡部がそうせざるを得ないと思わせるだけの事があったのだろう。
それは、いつの話だ?
「もしかして………けーちゃん、」
ぽろり、とジローの頬を大粒の涙が零れていった。
こんな解り難いところに、こんな解り難い方法で優しさが隠されていた。
「けーちゃんが……外しておいてくれたんだ……」
恐らく、跡部はこうなる事を予想していたのだろう。
そしていつか来るべき時を想定して、ロックを全て解除しておいた。
だがそれに気付く事無く滝を動かして……後は、知っての通りの展開がそこにある。
本当は、跡部がこうなってしまう前に内容も書き換えてしまうつもりだったのだろう。
だが、それは叶わなかった。
アンドロイドの暴走が始まり、跡部は倒れ、そして。

 

「ちゃんと……滝ちゃんの事も考えてくれてたんだ…?」

 

なのに、自分達はひとつも気付かないで10年も。
ぼろぼろと零れる涙は、嬉しさからなのか悲しさからなのか、もう解らない。
「………ごめんね、けーちゃん……ごめんねぇ」
「オラ、泣いてねーで早いこと済ませちまえよ」
「あ、う、うん」
「ったく……10年前の優しさが今頃伝わったのかよ……。
 まぁそれも跡部らしい気がするけどなー……それにしたって、激ダサだぜ」
滝の持っている初期情報の中から、所属と製作者の部分だけを探し出し
その情報を書き換える。
セキュリティも施してあげたいのだが、今はそこまでの時間が無いので
後回しだ。
全部済んだら、新たにロックをかけてやれば良い。
「これでよしっと。
 後は……滝ちゃんが無事に起動するのを祈るばかり、だね」
「おし、配線もバッチリだ。いつでもイイぜ」
宍戸の声が上がって、ジローはこくりと頷いてパソコンの画面へと視線を向けた。
エラーは回避できるかもしれないけれど、古い記憶と新しい記憶の混在は
もうどうしたって免れない。
上手くいくかどうかは、そういう意味ではやはり5分5分なのだ。
けれど、滝は5分5分だと言われていた跡部の手術をこなしてみせた。
だからきっと今度も上手くいく。いかせてみせる。
「大丈夫……大丈夫だよね。
 けーちゃんも無事だよ。昔となんにも変わんない。
 前から偉そうで無茶なトコあったでしょ、そういうトコも全く一緒。
 どんな姿になったって、けーちゃんはけーちゃんだった。
 だから滝ちゃん………大丈夫。俺達は、」

 

大丈夫だ。手遅れなんかじゃない。

「俺達は、間違ってなかったんだよ」

 

願いを込めて、ジローはエンターキーを押した。

 

 

 

 

ノートパソコンの限界だろうか、普段に比べてどうやらデータ転送は
少しばかり時間がかかるらしく、それを見届けた宍戸はゆっくりと立ち上がった。
テーブルの上を漁り、残っている車のキーを手に取る。
「何処行くの?亮ちゃん」
「ん?何処ってそりゃあ…」
こんなに頑張っている子供が居るのに、あのバカ共は自分の事しか考えていない。
この怒りを収めるには、実際にあの2人の首根っこを掴んで連れ戻さなければ
ならないだろう。

 

「子供不幸な両親を、お前の代わりに迎えに行ってきてやるぜ」

 

ニッと口元に笑みを乗せてそう言えば、へらっとジローの表情にも笑顔が宿った。

 

 

 

 

 

< END >

原題:手遅れだなんて言わせない

 

 

 

みんなで笑い合う未来は、みんなの手で作るんだ。