〜 Life 〜
【The worst erasure method. 】

 

 

 

 

響き渡ったのは一発の銃声。
そして、やや間があってドサリとその場に身を横たえたのは。

 

「向日……さん…?」

 

ただ声も無く、そこに居た者達は倒れた岳人と銃を構えている男を交互に見遣る。
動くなと言われた。
これから行うことに一言でも発すれば撃つとまで言われていた。
だが、まさかこんな事をするとは思わなかったのだ。
呆然と、掠れた声で岳人の名を呼んだのは日吉。
そして銃を向けたのは。
「どうして……どうしてこんなことを!!」
激昂し叫ぶ日吉に今度は狙いを定め、迷う事無く引き金を引いた。
響き渡る銃声に、そして左胸を貫かれたことに驚愕し、目を瞠った日吉は
その場に崩れ落ちた。
「言ったろ、俺は容赦しねぇ。
 ……本気だぜ?」
くるりとトリガーに指を引っ掛け銃身を回転させながらそう告げたのは、跡部。
その蒼い目に凶悪性は感じられず、ただ冷徹な色だけが宿っていた。
冷たい、研ぎ澄まされた氷の刃のような。
「止めて下さい!!どうして貴方が…ッ!!」
たまらず声を上げた鳳も、ちらりと視線を向けた跡部の眼光の鋭さに口を噤む。
だが、遅い。
「例外は無ぇ、長太郎」
ガァン!と銃声が響き、2人と同じように鳳までもが膝をついた。
「……ちょっと跡部!!一体何がしたいのさ!!」
普段は温厚な滝までもが、その所業に声を荒げる。
その額にごつりと銃口が当たった。
「……ッ、」
「危険因子を潰してぇ、それだけだ」
「跡部ッ!!」
撃鉄の音と重なるように上がったのは、ジローの叫び。
だがそれも聞き入れられる事無く無情にも引き金は引かれる。
そして。
「ジロー……解ってるな?」
「………!!」
近くで耳を突くような銃声が聞こえて、右の脇腹を焼けるような痛みと熱さが襲う。
声を上げる事もできず両手で流れる血を押さえるようにして倒れ込んだところで、
漸く周囲が静かになった。
残ったのは、宍戸、樺地、そして忍足。
口元に笑みを乗せると、跡部は手にしていた銃を懐に仕舞い込んだ。
「良かった、お前らは傷つけたくないと思ってたんだ。
 俺の指示に従ってくれて感謝するぜ。
 ………それじゃあな」
何も言わず、何も言う事ができず、ただ3人は跡部がその場を去るのを
見送る事しかできなかった。

 

どうして、こんなことに。

 

 

 

 

「お前は……ほんまに不器用な奴やなぁ」
車のエンジンをかけたところで、思いも寄らない相手が追いかけてきた。
跡部が口を開く前に、忍足は半ば強引に車へと乗り込んでくる。
「行くんやろ?……マザーに」
「あぁ」
「止めへんで。
 けど……俺も行くしな」
「どうしてお前が…」
「お前のやりたい事を、知っとるからや」
助手席に座ってシートに身体を預けると、忍足が先刻までの事はまるで
無かったかのようにそう言ってのけた。
皆を置いて、捨てて、倒してきたというのに。
「さっきの事…何も訊かねぇんだな」
「別に、訊いたところで何かが変わるわけやないし」
ぽつりと呟くように言えば、くすりと笑みを浮かべて忍足は肩を竦めた。
「結果的に…アイツには悪いことをしたとは……思ってるけどな、
 ……岳人が邪魔だったのは……本当だ」
「ん?」
「アイツだけはまっさらだ。
 何も入ってねぇ分……何かあった時、一番影響を受けやすい」
「ああ……そういう事なん」
けれど素直にそう言ったところで一人残ってくれる筈も無い。
そういうところだけ岳人は強情なのだから。
マザーの内部に潜り込んだ時、セキュリティが不十分な岳人は恐らく
真っ先に異常を来すだろう。
最悪、ウイルスの餌食になり兼ねない。
「オーナーが見たら怒るやろなぁ……仲間をあんな風にして」
「マザーを止めたら…どんな罰でも受けてやるよ」
「なぁ跡部、」
「あん?」
「なんでそないに、マザーに拘るん?」
何気なく問われた言葉に、跡部がふと眉を寄せた。
何故と言われても。
「そう……作られたから、か?」
「なんで疑問形やねんな」
「正直、よく解らねぇんだよ。
 けど…マザーが間近に迫って、血が騒ぐんだ」
「血?」
「疼くんだよ、胸の辺りが」
早く、一刻も早くマザーを破壊せよ、と。
そう思ってしまったら、いても立ってもいられなかった。
「悪いが忍足、てめぇまで庇ってる余裕はねぇぞ」
「解っとるっちゅうねん。
 なんで俺が戦闘用に改造したか考えてみろや」
「……上等だ」
忍足の言葉に口の端を持ち上げて、跡部は思い切りアクセルを吹かした。
マザーまで、もう目と鼻の先。

 

 

 

 

 

 

仲間を打ち倒すだけ倒して、颯爽と跡部は出て行ってしまった。
そしてそれを追いかけた忍足も。
もう、何が何だか解らない。
「っくそ……何がどうなってやがんだよ…!!」
強く拳を握り締めて、だがそれでは収まらなかった気を晴らす為に
殴りつけたのは傍にあった壁だった。
しんと静まり返った部屋で、立っているのは自分と樺地の2人だけだ。
他は全て、運動機能を破壊されてピクリとも動かない。
特に頭部を撃ち抜かれている岳人と滝は絶望的だ。
どうして、こんなことに。

 

「り……亮…ちゃん……、」

 

すぐ近くから弱々しい声が聞こえてきて、反射的に宍戸がその方へと
目を向ける。
既に樺地は動いていて、その手を借りて身体を起こしたのはジローだった。
「ジ、ジロー!!お前…」
撃たれた右脇腹は、自分と同じ構造をしているなら中枢となる一番重要な
配線がある部分だ。
起き上がって、ましてや口を開くだなんて、有り得ない。
「ありがとね……樺ちゃん」
「ウス。…止血……します」
「うん」
見れば弾は貫通しているようで、出血は酷いがそれを押さえればまだ暫くは
間が持つだろう。
手近にあった布きれで胴を巻き、傷口近くを強く縛る。
痛みに少し表情が歪んだが、それでもジローはすぐに次の行動をするべく
近くにあったノートパソコンを手繰り寄せた。
「おいジロー、お前一体…」
訝しげに表情を歪めた宍戸に、パソコンの電源を入れながらジローが苦笑を浮かべる。
「今ほど自分がロボットじゃ無かった事を喜んだコトはないよ。
 おかげでまだ、できる事があるんだから」
「……それってどういう……」
「樺ちゃん、亮ちゃんも、手伝って」
「ウス」
「俺にはもう何が何やらサッパリわかんねーよ」
「それは順を追って説明するから、とにかく今は、皆を助けるよ」

 

滝と約束したのだから。

皆が危なくなった時は、自分が助けてやるのだと。

 

「……わぁったよ。
 とにかく今はジローの言う通りに動いてやる。
 指示、頼むぜ」
「ウス」
渋々ながら頷く宍戸と、変わらず自分を助けてくれる樺地に表情を綻ばせて、
ジローは再びパソコンへと向き直った。

 

 

大丈夫。
まだ、何も失ってなんか無い。
もう二度と、跡部の手から、皆の手から、
大事なものを奪わせたりなんかしないから。

 

 

 

 

 

< END >

原題:最悪の消去法

 

 

 

最終決戦が、はじまる。