〜 Life 〜
【 The place which confined the forgot moment. 】

 

 

 

 

「う〜……寒いなぁ〜……」
「あ?何だよ侑士、お前寒さなんて感じるのか?」
「嫌やわぁ景吾、俺を何やと思うてんねん。
 アンドロイド界初の、心を持ったロボットやで?」
「ああ驚いた。お前から暑いだの寒いだの聞けるとは
 思わなかったからな」
「ちゅうても、体感温度を算出して13度を下回ったら寒いて
 思うだけなんやけどな?」

 

ネタをバラせば、情緒が無いと言って殴られたけれど。

 

 

 

 

 

 

「お前……捨てられたのか」
蒲公英色のふんわりとした髪が、風に揺れる。
少し肌寒いだろうその空気の冷たさも全く感じさせる風は無く、
ただその赤ん坊は表情に笑みだけ浮かべていて。
まさか、今日びこんな捨てられ方をする子が存在するとは思わなかった。
「………お前、俺と一緒に来るか?」
キャッキャと声を上げて笑む赤ん坊を抱き上げて、口元に乗ったのは
僅かな苦笑だった。
連れ帰ったら、彼に何と言われるか。
「だがまぁ……悪くねぇか」
もしかしたら、もっともっと彼の感情を引き出す鍵になるかもしれない。
それにこの小さな命を救う事だってできるのだ。
自分という人間が、一つの命を救えるのなら、これは凄い事だろう。
ここでこんな風に出会ったのが、ひとつの奇跡なのだから。

 

実際、連れ帰った時の彼は、怒りと呆れの混ざった何とも言えない表情だったけれど。

 

 

 

 

 

 

自分のような愛玩用アンドロイドは、主人に忠誠と服従を持って接するよう
最初にプログラムされている。
だから、絶対に彼を裏切る事はできなかったし、何を言われても何をされても
何と思う事は無かった。
だが、当の彼自身は、それでは納得できないらしくて。
だから愛玩用として手に入れたくせに、手を出す事は無かったのだと後になって知った。
「俺が欲しいのは、テメェでモノを考える事のできるロボットだ」
そう言われて初めて少し自分で考えた。
この主人に対する感情の全ては、プログラムされて得たものだ。
言わばその部分が彼にとってお気に召さない部分なのだろう。
そこまでは理解できたのだけれど、だからといってどうすれば良いものやら。
「そんなに悩む事はねぇ。
 この場所に居て、俺の傍に居て、俺を見ていれば良い。
 それで、お前自身が何をどう『感じた』のか、それを素直に受け入れれば良いんだ」
なんて、主人である彼はいとも簡単な事のように言ってくれた。

 

正直、そんな主人に『愛情』を持ってしまうなんて、想像もしなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

それは、初めて氷帝に視察に訪れた時だった。
新たにアンドロイド市場に入ってきたその『氷帝』という企業は目覚しい発展を見せ、
だからこそ興味があった。
オーナーである榊がかつての恩師であるという事もひとつの理由ではあったのだが。
そんな榊から一本の電話が入ったのが全ての発端だ。
「新しい試みを乗せたアンドロイドを新規に開発したので見に来ないか」と。
氷帝のロビーを歩きながら恩師から受けた説明を要約すると、今までロボットには
有り得なかった『感情』や『心』、そして『自主性』を求めたものであるらしい。
主人を立て付き従う事が大前提のアンドロイドに自主性とは、また突飛な考え方を
したものだと言えば、より人間に近いものを作り出すのが目標なのだと
歳に似合わず夢を持つ子供のように榊はそう語ってくれた。
そうして出会った一体が、全ての始まりだった。
少し長めの黒髪に、丸い眼鏡。
起動させていないので瞳は閉じられたままだったが、きっとその目も黒いのだろう。
自分とは違い、純粋に日本人を意識させられる顔だ。
これが、と眺めていると何時の間にやら榊が彼に繋がるパソコンを立ち上げていて、
起動させるべくキーボードを叩いていた。
「彼は試作品だ。まだ商品として登録しているわけではないが、相応の作りは
 させている」
「それで……俺に、コイツをどうしろと言うんですか?」
「別にどうにかしろと言っているわけではない…が、お前にこれを託して
 みたくなったのだよ」
「………はぁ…」
どうして俺にと問おうとしたが、それは結局言葉にはならなかった。
ただ微妙な相槌だけが口を突いて。
「跡部、これが何処まで育つか、お前の目で確かめてくれ」
「俺が…?」
訝しげに眉を顰めていると、起動の準備が整ったのかぴくりと彼の身体が
僅かに身動ぎをする。
両の瞼が開かれるのを、スローモーションのように見て。
「……忍足侑士といいます、マスター」
自分の姿を視界に捉えた新型が、その目を細めてにこりと笑んだ。
表情の変化は見事だが、どうも堅苦しい。
これが、一体どこまで変化するというのだろうか、見たところ他のロボットと
大差無いように見えるのに。
「よろしくお願いします」
言って礼をする忍足をただ物珍しげに見つめることしか、その時の自分には
できなかった。

 

それがまさか、あんな風に変化してしまうとは思いも寄らなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

ジローと名付けた子供を、2人は可愛がっていた。
誕生日もわからないその子の記念日は、拾って来た日にした。
「誕生日おめでとうな、ジロー」
「おれ、きょう、たんじょうび??」
まだ4つになったばかりの子供は、忍足の言葉にそう言って首を傾げる。
跡部に感化されたか、一人称が「おれ」である事に苦笑は隠せないが。
「せやで、今日がジローの誕生日や。
 ご馳走たっくさん作るしな」
「ホント!?やったぁ!!」
「帰ったぜ、2人とも」
「あ、景吾。おかえり」
「おかえりけーちゃん!!」
仕事から戻った跡部がひょこりと部屋に顔を覗かせると、手にしていた
大きな包みを子供に渡しながら、祝いの言葉を口にした。
「誕生日おめでとう、ジロー」
「??コレ…なぁに?」
「お前へのプレゼントだ。開けてみろよ」
「うん!」
にこにこと笑みを絶やさないまま、子供はがさがさと包みを開いていく。
中から現われたのは、巨大な羊の枕だった。
恐らく忍足や跡部で一抱えほどもあるだろうその枕は、子供にとっては
もう抱えることすらできないほどだ。
けれどそれを目にした子供は、笑顔を満面に浮かべていた。
「すっげ、すっげーー!!!
 おっきい!!すげー!!!」
もこもこの枕をパフパフ掌で叩きながら言う子供に、思わず2人からも
笑みが声で零れ出た。
「あははは!ジロー、枕に潰されへんようにな?」
「くく…ッ、予想外に似合ってるぜ、コレ」
「だいじにするー!!ありがとけーちゃん!!」
そうやって愛されて育った子供は、ニコニコと笑顔を見せるのだった。
今日から使うと言われ、その巨大枕は子供のベッドにどかりと腰を据えた。

 

実は、何度か下敷きになっていたのは子供の方だったけれど。

 

 

 

 

 

 

「景吾の言いたかった事、なんとなく解ったような気がする」
「アーン?」
ベッドに腰を下ろして、ある日突然忍足はそんな事を言い出した。
「何がだよ」
「せやし、お前が言った『自分でモノを考える』っていう事や」
「あぁ……あの事か」
「自分で何かを考えるって事が、意外と難しいコトなんやなって、
 そんな風に思うたわ」
「……で、お前が達した結論は?」
「あんな、」
一番難しいと思ったのは、その感情が自分のものなのか作られたものなのか
その判断ができなかった事だ。
この思いは最初からインプットされていたのかもしれないと思うと、
自分に自信が持てなかった。
けれど、跡部が子供を拾ってきて、ずっと一緒に育ててきて、ひとつ解った
事がある。
跡部に対する想いだけでは持てなかった自信だが、子供に対して得た想いは
全て自分の力で得たものだ。
だからきっと、この主人に対する忠誠と服従以外の感情だって、嘘じゃない。
作り物であるはずなんか、無い。
「俺な、景吾が好きや」
そう告げた時の彼の表情は、酷く驚いたものだった。
「………侑士、」
「景吾も、ジローも、俺にとって大事な大事な宝物やねん。
 これは絶対に、最初から植え付けられたモンと違う。
 俺は俺自身の意思で、お前らを大事にして守っていきたいんや」
「………。」
「そういう結論なんやけど、どうなん?」
こくりと首を傾げてそう問えば、自分の傍に歩み寄ってきた彼がふっと
微笑んで見せた。
今まで見た事のない、とても優しい表情で思わず見惚れていると、
そっと彼は自分に口づけてきた。
それも、初めてのこと。
「………遅ぇよ」
「それはすまんかった」
苦笑を見せれば、彼は自分に「お前自身の意思で求めてくれる事を待っていた」と
そう言ってくれた。

 

そこからが、本当の意味で主人と自分の関係の始まりだったのだろうと、そう思う。

 

 

 

 

 

 

思い出しても、言ってはいけない。
だって彼は何も覚えていないのだから。

 

思い出しても、触れてはいけない。
だって彼は全て消してしまったのだから。

 

だってもう、何もかもがあの頃と違ってしまっているのだから。

 

ただ唯一、自分達2人の想いの相互関係を証明してくれる存在がそこに
変わらず在り続けてくれている事だけを、心から嬉しく思う。

 

 

 

 

 

けれど、それすら口に出す事は叶わないのだ。

 

 

 

 

< END >

原題:忘れられた一瞬を閉じ込めた場所

 

 

 

すれ違ったままの心は、それでもまだ、互いを求めているのかもしれない。