〜 Life 〜
【 Only, he seems salty and closes eyes. 】

 

 

 

 

再会は、早かったような遅かったような、どうにも不思議な気分だ。
けれど……だからこそ、なのだろうか。
恐らくその事に気付いたのは、自分だけなのだろうと思った。

 

 

 

「う〜……眠いぃ〜〜〜」

新しく加わった2人の仲間の内、この『芥川慈郎』という男は
とにかくよく惰眠を貪っている。
どうも興味の無い事には本当に無頓着のようで、何も無い時には
まず間違いなく何処かで眠っていた。
それも場所すら何処だろうとお構いなしだ。
彼が目覚めるのは、何か楽しそうな事や興味の湧いた事があった時。
それと、仲間達と大騒ぎしている時。
その他に、もうひとつ。
「ほらぁ、ジロちゃんいつまで寝とるんや?
 次の作戦指示立てんとアカンやろ?」
「……んぁ?そうだっけぇ…」
「そうや、せやしとりあえず起き?」
「ん〜…………じゃ、起きる。
 ノーパソ持ってくるから待っててね!」
あれだけ散々ゴロゴロしていたのに、忍足にそう声をかけられると
それまでがまるで嘘のように、いつもの調子で立ち上がるのだ。
よく観察をしていてそれは、忍足か跡部もしくは滝の場合に限りだという事には
気付けたが、それがどうしてなのかはいくら考えても解らなかった。

 

 

 

 

「おい樺地」
「ウス」
跡部に呼び止められて、樺地が短く返事をする。
それに外に繋がるドアを顎で指して跡部が言った。
「またジローの奴が外で寝てやがる。
 今は敵陣の真っ只中だからな、危ねぇし連れて来ておけ」
「ウス」
跡部の言葉に素直に頷いて、樺地がドアへと向かって歩き出した。
3年前にとある指令で彼を救った事があり、そして再会した今、
何故かは解らないが樺地は跡部につき従うようになっていた。
恐らくはあの時の事でも恩に着ているのだろうとは思ったが、
跡部にしてみればその辺りの事はどうだって良かった。
ただ、便利だし都合が良いからそのままにしている。
樺地という男は、よく気がつく上に体格の割にはよく動くのだ。
そういう所が割と気に入ってもいた。
それと、もうひとつ。

 

「……ジローの世話には、本当に最適な奴だな…」

 

それが、本音だったりもする。

 

 

 

 

表に出ると、夕暮れ時の涼しげな風が通り過ぎていく。
ジローは何処にいったのだろうと首を巡らせて、おおよその見当を
つけると樺地は歩き出した。
こう何度もジローを捜しに出ると、いい加減に分かってくる。
ジローが好んで寝る場所は、静かで日もあまり当たらず、
涼しいところだ。
拠点にしている建物をぐるりと迂回するように裏手へ回ると、
案の定彼は壁に凭れるようにして相変わらずの惰眠を
貪っていた。
「ジローさん、起きて…下さい」
ダメだろうとは思っているが、一応とばかりに樺地はそう声をかけた。
それでもジローは一向に起きる素振りも見せず、鼾などかいてみたりしている。
これは本格的に寝ているようだ。
仕方無しに背負っていこうと樺地が屈みこんで、そのジローの顔を
まじまじと覗き込んだ。

もしかして。

 

「ジロー……さん?」

 

3年前、助けられた時に彼とはそれなりに話したので、再会した時も
彼のことはすぐに思い出せた。
だが、違和感はその時からずっとしていた。
ここへきてそれは確信へと変わる。
「まさか……、」
あの時のあどけない顔はまだ残っているが、明らかにその幼さは無くなっていた。
その事について考えられることはひとつしかない。
間違いない、彼は。

「………そんな、」

 

彼は、成長している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局起きてくれそうにも無かったので、ジローを背負って樺地は建物の中へと
戻って来た。
手近な場所へ連れていって、寝たままのジローを下ろす。
そしてもう一度、つい目がいってしまった。
あの時の少年は少しだけ背が伸び、顔つきもほんの少しだけ凛々しくなった
ような気がする。
だがそれは自分だから、3年前の彼らに出会っているから判った事であって、
恐らく他の仲間達は知らないだろう。
跡部は…どうだろうか。
ずっとジローと行動を共にしていたのなら、ひょっとしたらほんの少しずつの
変化には気付かないかもしれない。
「………どったの、樺ちゃん」
ふいに声がかかって、樺地は声もなく目を瞠る事で驚きを顕にする。
寝ているものとばかり思っていたジローが、目を開いて自分を見ているのだ。
少しばかり眺めすぎていたのかもしれない。
「いえ……何でも、」
「うっそだぁ」
「…ジロー、さん」
「だって樺ちゃん、何か言いたいって顔してるC〜」
「………。」
よいしょ、と声を出しながら身を起こし、ジローは後ろの壁に背を預けると、
足を投げ出したままで樺地に笑いかけた。
「気になるコトがあるなら言いなよ、ね」
「………ですが、」
この仮説は、もしそれが真実ならとんでもない事になりかねない。
アンドロイドは……ロボットは外見的な『成長』は有り得ないのだ。
それが可能なのは、生命を持つもの……つまり『人間』だけだ。
「ていうか、俺が気になるんだってばよ!
 だから言っちゃってよ〜!ね?」
「………良い、ですか?」
気になっているのだから、教えてもらえるのであれば訊ねてみたい。
少し逡巡する素振りを見せたが、樺地は意を決して口を開いた。

 

 

 

 

「つまり………ジローさんは、」
「えーと、ああ、うん、そだね、そういう事……に、なる、かな、あはは」

言えと言ったのはジローの方なのに、言えば逆に狼狽した風に
言葉を濁しつつ彼はただ口元から乾いた笑いだけを零した。
けれどもこれで信憑性は増したという事になる。
「ジローさん……」
「うん、樺ちゃんの言いたい事、なんとなく解ってるよ、でもさ、」
「危険なんです」
「それも、ちゃんと解ってる。
 解ってて、ワガママで俺は此処に来させてもらってるんだ」
「………。」
咎めるような、子供を叱る時のような視線を受けて、
ジローは居心地悪そうにそっぽを向いた。
邪魔しているのは解っている。
けれど、どうしたって譲れないものだってあるのだ。
「どうして……ですか?」
「知りたい?」
「ウス」
「……内緒にできる?」
「ウス」
「あーまぁ樺ちゃん無口だからね、それは信用できるか」
「ウス」
頷いて見せると、ジローがたははと苦笑を浮かべた。
そしてチラリと窺うように視線を向けて。
「ちょっと長くなるけど、イイ?」
「ウス」
理由が解れば、もっと協力できるかもしれない。
そう思って樺地はコクリと首を縦に振った。

 

確かに長い話だった。
そして、衝撃的でもあった。
それだけの内容だったと、そう思う。

 

「……だからね、俺は、此処に居るんだ」

自分は孤児で、まだ年端も行かない頃にある家へ引き取られたのだと言った。
幼い頃過ごした場所に、忍足が居たのだと言った。
という事は、忍足を『買った』人間がジローの保護者だという事になる。
そして、その人物が跡部景吾、なのだと。
「…ですが、跡部さんからは……ロボット反応が出て…います」
「あはは、そりゃそうだよ。
 跡部は正真正銘のアンドロイドだから、俺と違って成長もしないし」
「…?」
「俺からもロボット反応、出てるっしょ?」
「え……ああ、ハイ、そういえば……」
だから最初は気付かなかったのだ。
紛う事無きロボットであると、生体反応がそう示していたから。
「まぁ、俺のはちょっとしたトリックみたいなものなんだけど、
 跡部のは…本物だよ。本当に、ロボットになっちゃったんだ」
「………そんな、」
「死にかけてた跡部を、助けるためにはそうするしかなかったんだ」
「じゃあ……ジローさんの事も………忍足さん、も?」
「もう全く。なーんにも」
笑いながら肩を竦めるジローに、樺地が言葉も無くただ視線を向ける。
その感情の正体は解らない。
もしかしたら同情なのかもしれないが、それこそ何に対してなのかも
自分では解らなかった。
「滝ちゃんもリセットしちゃったし……会ってみれば侑ちゃんも
 何も覚えてないみたいだし……ま、返って好都合だったけど、さ」
忍び込むのは楽だったよ、と言って笑うジローを見て、漸くこの感情の正体に気がついた。
同情というよりは哀れみに近い。
辛い、と思う。
何もかもを捨ててしまった彼らが。
それでも前に進むしかない、彼らが。
「だから、ね。
 樺ちゃんも俺のこと、皆にナイショにしといてよ」
「………。」
「俺ね、皆と一緒に居たいんだ。
 跡部や侑ちゃんや滝ちゃんだけじゃなくって、
 亮ちゃんとかちょたとか、がっくんもヒヨも、……樺ちゃんも」
「………。」
「皆と一緒に居られるから辛くなんかないよ。
 だから皆でこの壊れちゃった世界を元に戻したいんだ」
「………。」
「だから樺ちゃんも、力を貸してよ」
「……ウス」
そこまで覚悟を決めて来たのなら、止める理由もない。
ただ自分が出来るのは、この口を噤んでいることと、
できるだけジローを守っていてあげる事だけだ。
真っ直ぐな思いを、大事にしてあげたいと思ったから。
そして、一緒に居たいと言ってくれた事が、嬉しかったから。
「じゃあ、俺ちょっと寝るよ〜。おやすみぃ」
「ウス」
ぽてん、と床に転がって途端に寝息を零すジローに頷くと、
樺地はゆっくりと立ち上がり、なるべく足音を立てないように
その場を後にした。
だから。

 

「………けど、あの頃も、幸せだったんだよ……」

 

そう小さく呟いたジローの閉ざされた瞼から零れたものには、
気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

< END >

原題:ただ彼は辛そうに目を閉じる

 

 

 

樺地がジローに従う理由。
それは共犯とか、共謀に近いものなのかもしれない。