〜 Life 〜
【 I swear that it is possible to render service. 】
彼が雇われていた企業が暴走したアンドロイド達の猛攻にあって、壊滅したのは昨日の事。
それでもまだ、体力に自身のあるものばかりが揃っていたからか、かなり粘って
いた方だとは思う。
ある建設会社。
そこに、『契約』として雇われていたロボットは彼を含め多数居たのだが、どうやら
被害に遭わなかったのは彼だけのようだった。
彼の名前は、樺地崇弘という。
一斉にウイルスが撒かれた瞬間、彼は事情によりスリープ状態にあった。
だから、なのだろうか。
彼が次に目を開いた時には、見慣れた職場は惨憺たる惨状で。
驚かなかったわけではない。だが、どうすれば良いかは自身で理解できた。
体力自慢の人間の仲間達は、揃って手に武器を持ち応戦をしていて、
樺地はその中に加わった。
今はただ、暴走してしまったロボット達を止めてやる他は無い。
社内での混乱は人間の側にも多少の犠牲はあったが、それなりの時間を経て
漸く落ち着きを取り戻した。
だが、その静寂も束の間、今度は『外』にいるアンドロイド達が攻めてくるという
状況が生まれたのだ。
この建屋内には人間が居る。人間は全て、排除の対象。
ならばまだ多数の人間が残っているこの場所は、真っ先に潰しておかなければ
ならない危険な場所だ。
そう判断を下したアンドロイド達は、徒党を組んでこの場所を狙い出した。
逞しく、そして頼もしい人間達だったと思う。
だがそんな実情で、崩れるのはもう時間の問題だった。
ザッ、と大地を踏みしめる足音は自分のものだ。
もうこの近辺には自分しかいない。
少なくとも、人間は皆いなくなってしまった。
表情に表すのは凄く苦手だけれど、それを寂しいと思っている自分が
居るのを感じている。
ああ、そうだ。自分は『人間』が大好きだった。
人間だけじゃない。
木々も、動物も、みんなみんな。
生命の宿るものはみんな好きだった。
自分は作られた存在だけれども、そんな風に在ることができればと思っていた。
なのに今、ここには何もない。
破壊され尽くして、荒野と化した道が延々と続いているだけだ。
周囲には瓦礫となった建物しか無く、時折風が吹く音が聞こえてくるのみだ。
なんて寂しい世界になってしまったのだろう。
守るものも、尽くすものも失ってしまった自分には、そう思うことしかできなかった。
甲高い悲鳴が2つ聞こえて、樺地は足を止めた。
幼い悲鳴、子供の声だ。
足早に声のした方へと駆けて行くと、足場が緩くなって崩れたのだろう、
建物だった筈の瓦礫の山の隙間からすすり泣く声が聞こえてきていた。
刺激しないように、怯えさせないように、ゆっくりと近付いて重いブロックの
塊を崩さないようにそっと除けた。
その奥を覗けば、庇いあうように抱き合って震えている子供の姿があった。
「もう……大丈夫…です」
手を差し伸べて促すと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪めて子供達が
飛びついてくる。
突然の落盤は相当怖かったのだろう。
それをあやすように撫でてやりながら、ふと己の周囲に現われた影に気付いて
樺地が顔を上げる。
恐らく子供の悲鳴で見つかってしまったのだろう、ウイルスに侵されたロボット達が
武器を携えて自分達を取り囲んでいた。
表情をきつくして樺地がロボット達を牽制する。
全部で6体、子供達を守りながら潰すのはかなり難しい状況だ。
しかも自分を狙っているのならともかく、彼らはこの子供達の方に狙いを
定めている。
ほんの少しでも自分が子供達から離れれば、そこを狙われるに違いない。
ガゥ……ン!!
脅しのつもりなのだろう、内の1体が発砲してきた。
自分はどうという事も無いのだが、子供達がそれにヒッと声を上げて
しがみついてくる。
一か八かの賭けで攻撃に出るのもひとつの手だろうが、きっとそれで
万が一にでも子供達の命が奪われるような事があれば、間違いなく自分は
後悔するだろう。
人間の命を最優先に、だとかそんな問題でなく、もっともっと道徳的な問題だ。
そんな事はしたくない。
それが自分の出した精一杯の選択だった。
ここを動かず子供達の壁になって、例え止まってしまっても破壊されてしまっても、
その時まではずっと子供達を守ろうと。
ガン、ガン!!
今度は本当に狙ってきた。
1発はこめかみを掠めただけで、もう1発は肩を貫通した。
痛いとは思わないが、やはり辛いとは思う。
今は膠着状態に近いが、自分が何もしてこないと理解してしまえば、
彼らは一気に勝負をつけてくるだろう。
切り抜ける術は、今のところ思いつかない。
自分一人では、攻か守かのどちらかにしか回れない。
せめてあと一人でも仲間が居れば、もっと話は違ってきていただろう。
『氷帝』へはもう、帰り着けないかもしれない。
半ば諦めに近い思いでそんな風に考えていた時。
声が、響き渡った。
凛とした、強い声。
「伏せろ!!」
響き渡った声に、反射的に樺地は子供達を抱え地に伏せる。
それと同時に聞こえたマシンガンの音。
ひとしきり響いた後に、静寂が訪れる。
恐る恐る顔を上げてみると、周りを囲んでいたロボット達は全て無残な
姿を晒していた。
誰が…と思うのは当然の事。
子供達に手を貸して立たせてやっていると、頭上から呑気な声がかけられた。
「ねーえ、大丈夫〜?」
それに視線を瓦礫の山の上へと向ける。
太陽の光に晒された、蒲公英色の頭が眩しいと感じた。
「いいかい?なるべく声を出さずに、真っ直ぐおうちに向かうんだよ?
できるね?」
蒲公英頭の優しい言葉に頷くと、子供達は一目散に駆け出した。
もう少し先に行った所で両親が身を顰めているらしい。
ただ変に冒険心を出してしまった子供達が、こんな所まで出てきたようだった。
走って行く小さな背中に手を振りながら、蒲公英頭がさっきまで自分達が
居た場所を仰いだ。
「ねぇ跡部、降りてきたら?」
「必要ねぇだろ」
蒲公英頭の言葉に素っ気無い返事が返ってくる。
だが先刻聞こえてきた伏せろという言葉は、声音からしてこの素っ気無い方の
ようだった。
恐らくではなく、間違いなく自分は助けられたのだろう。
「ありがとう…ございました……」
素直に礼を告げて頭を下げると、きょとんとした目が自分を捉える。
顔が、花が咲いたかのように綻んで。
「いいっていいって!!これが役目なんだしさ!
それよりキミ…『氷帝』のNo.48529、樺地だよね?」
「…ウス」
「じゃあ樺ちゃん、早いトコ『氷帝』に向かって!」
「ウス」
「みんな待ってるからさ」
自分の事を完璧に識別できる彼らもきっと『氷帝』製なのだろう。
だが、自分は彼らを知らない。
訊ねてみようか?
「あの……貴方達は……」
「へへへ、名乗るほどのモンじゃございません、ってね!!」
「でも、あっちの人の事、『跡部』さん……って」
「うあぁ!!しまったーー!!」
大仰に頭を抱えて叫ぶ蒲公英頭に、頭上から小さく舌打ちが零れたかと思うと
突然そこから人が降って来た。
蜂蜜色の髪に、意志の強そうな蒼い瞳。
右目の下についている泣きぼくろが印象的だ。
「……何を騒いでるんだ、ジロー」
「うわあゴメン跡部!!極秘任務なのに名前バラしちゃった!!」
「アーン?」
ていうか『跡部』さんもこの人の名前、さらっと言っちゃってるし。
そういうツッコミはしないであげた方が良いのだろうか?
わあわあと大騒ぎしているジローと呼ばれた方も、極秘任務という割には
あまり緊迫感は持っていないようだった。
任務を軽視しているというよりは、持たされた性格のためのようだが。
「これ、極秘任務だったのか?」
「あ…あーとーべー……、ちゃんと指令書読んでくれたのかなぁ?」
「フッ…この俺様がそんなもの読むわけねぇだろ?」
「読めよー!!」
「ジローが知ってれば問題ねぇじゃねーか」
「そういう問題じゃないC〜!!跡部のバカー!!」
「んだとジロー!!」
頼むから人の目の前で漫才を始めないで下さい。
珍しく困った表情がそのまま表れていたのだろう、それに目を留めた
ジローの方があ、と声を上げた。
「そうだったそうだった、じゃあ樺ちゃん、『氷帝』までもう少しだから、
気をつけて行ってね」
「……ウス。
跡部さん…ジローさん、ありがとうございます」
「近いからって油断すんじゃねぇぞ」
「ウス」
ぺこり、と頭を下げて、もしかしたらこの人達なら答えてくれるかも、と思って。
「あの……『氷帝』の方、なんですか…?」
それに、跡部は口元に薄く笑みを浮かべたままで。
ジローが口に人差し指を当てて、しーっと声を出した。
「まだ、みんなにはナイショ、だからね?」
「…ウス」
「その内にまた、会えるだろ」
「ウス」
跡部にも言われ、なんとなくだが事情は察知できた。
やはり彼らは新型で、きっと今はテスト段階なのだろう。
彼らの言う「その内」に再会できる事を祈る。
その時には、きっと自分は何を置いても彼らに尽くそう、と
静かに胸の内だけで誓った。
もう一度だけ頭を下げて、樺地は『氷帝』へ続く道を進み始めた。
もう少し頑張れば、今度は懐かしい顔ぶれがきっと待っている筈だから。
せめて彼らもウイルスに侵されることなく、無事でありますように、と。
やはり自分には、祈る以外に術は無いのだ。
< END >
原題:僕は尽くせる、誓うよ
樺地が跡部に従う理由。(笑)
ちなみにジローも慕ってますが、その理由は次回。