それは、ある一室で見つけた、完成間近のアンドロイド。
ふと通りがけに見かけたそれは、赤い髪がやたら眩しく感じられた。
〜 Life 〜
【 The end is an origin. 】
「……まだ、起動されてもいないアンドロイドがあったとはな…」
室内に踏み込んで、日吉は沢山の配線コードに繋がれたままのそれの
真正面に立った。
背は随分小さく作られているようで、自分の肩ぐらいまでしかない。
ただ眠るかのように目を閉じて、そのアンドロイドは起こされる時を待っていた。
戦力は少しでも多い方が良い。
まだマザーに登録されていない存在ならば、なおの事。
製作者は知らない名前だった。
知らないといっても面識が無いだけで、『氷帝』の者だという事は解る。
あの時氷帝の中に居た人間は殆ど殺されてしまっているから、
どのみち生きてはいないだろう。
既にこのアンドロイドには名前が付いているらしく、胸にはネームプレートが
つけられていた。
本当に、あとは起動させるだけだったようだ。
人間にとって、製作者にとって、自分が手がけたロボットは我が子に等しいと
今は亡き自分の製作者である人が言っていたのを思い出す。
自分の子にも等しい存在が動く瞬間を見ることの叶わなかったこの製作者は、
きっと無念であったに違い無い。
ネームプレートに記されていた名は、向日岳人。
「………この世界を知らないなんて、勿体無い」
今はマザーの暴走によって世界は混沌に陥っているが、だけどそれが
全てじゃないという事は知っている。
この世界は様々な色で彩られている。
その中には、辛いことや悲しいこと、痛いことや冷たいことだってあるだろう。
けれど、それと同じだけ嬉しいことも、温かいことも、楽しいことだってある。
何も知らないなんて、寂しいだろう?
数ある配線コードの中から、マザーコンピューターにデータを転送されるものだけを
選んで引き抜いていく。
その次に、岳人に繋がっているコンピューターの電源を入れた。
<製造番号68799。………認証。>
<『MOTHER』へのデータ転送開始。>
< ・ ・ ・ ・ >
<エラー発生、エラー番号4>
<『MOTHER』へのアクセスポイント NOT FOUND>
<マザーへのデータ転送に失敗しました。>
<転送を中止します。>
<起動を開始しますか?>
< YES NO >
自動的にデータ転送が始まり、だがそれは日吉がマザーへの配線コードを
抜いたために中止されてしまった。
未登録のままで起動させるかとの問いに、日吉は迷わずYESを選んだ。
やや暫くの間があって、パソコンの画面に膨大なデータの羅列が始まる。
そうすると終了するまでやる事もなくなるので、パソコンの前から離れた。
岳人の前に戻って、何をするでもなくただぼんやりと作りたてのロボットに
視線を向ける。
これはまるで、生まれたての赤子を戦場に放り込むようなものだ。
確かに戦力は欲しい。
だが、何もかも未経験の新規アンドロイドが、さほど大きな役目をこなせるとは
とてもではないが思えない。
恐らくこれは、己の自己満足でしかないのだろう。
「それでも、やっぱり、世界をその目で見て貰いてぇ…」
ごめん、と小さく謝罪を口に乗せて、日吉が赤い髪に指先を触れさせる。
視界の端で、パソコンの画面がデータ転送を終了した事を告げていた。
それと同時にピクリと目の前のアンドロイドに反応がある。
双眸がゆっくりと開かれ、前に立つ日吉に視線を合わせると、その目は
ほんの少し笑みを乗せて僅かに細められた。
「俺、向日岳人。ヨロシクなっ!」
「日吉若です。少し状況説明が必要な事態になってますんで、
仲間に紹介しがてら話しましょう」
「ん、」
コードを引き抜きながら日吉がそう淡々と告げて、手を差し出した。
その掌を、それよりは僅かに小さい岳人の手が掴む。
配線コードが散らばったその接続台から、足を引っ掛けないように
気をつけて岳人が飛び降りる。
動作環境に問題が無い事を確認すると、岳人がもう一度日吉に
目を向けて、ニコリと笑みを見せた。
「日吉かー…じゃ、ヒヨだな」
「何がですか」
「呼び名だよ。邪魔くせぇだろ?
それともワカの方が良いか?なぁ、なぁ?」
「……どっちでも良いです」
「じゃあヒヨだ」
あっはっは、と大きく笑い声を上げながら、先に立って岳人は
その部屋を飛び出して行く。
余りの元気の良さにやや面食らったような表情を見せながらも、
重苦しい吐息を零して日吉はその後を追った。
さぁ、一緒に世界を見よう。
< END >
原題:終わりが起源
日吉と岳人の出会いです。
この2人の関係もどうなるんだろうなぁ、なんて思いつつ。(笑)