〜 Life 〜
【 It wanted not to become anyhow at all and it struggled. 】
「………本気か?」
念の為に、そう問うた。
けれどその問いはあくまでも確認にしか過ぎず、少年の目には覚悟だけが
ありありと宿っていた。
「決めました、俺」
「そうか……」
ふと、榊の目に優しげな光が宿る。
以前聞いた通り、彼に素質は充分あった。
それはすなわち、ロボット工学者になるための素質…才能といっても良い。
自分の教える事は何でも吸収し、時にはそれを生かした応用すら示してみせる。
彼は良い弟子でもあった。
「そんなにあの2人が気に掛かるかね?」
「それもあるけど……それだけじゃなくて」
パソコンのキーボードと睨み合いながら、ああでもないこうでもないと
思考を巡らせつつ、それでも少年はちゃんと榊の言葉を聞いている。
「俺ね、滝ちゃんを起こしたいんだ」
「……滝?」
「うん。俺達のわがままのせいで、エラー起こしちゃったから。
ちゃんと、起動させてあげたいんだ」
その為にはやらなければならない事があった。
ひとつは、彼の製作者の脳を移植した機体の顔を、滝の知っている顔に修正すること。
そしてもうひとつは、彼の用途目的を変更すること。
「滝ちゃん、もう医療目的じゃなくたって良いでしょ?」
「そうだな……むしろ欲しいのは戦闘要員だろう。だが……」
「何か問題あった?」
「いや、目的変更するならば、滝の記憶は一度リセットされてしまう」
「…そうなの?」
「彼は旧型だからな。その辺りがまだ対応しきれてないのだよ」
「ていうことは、俺の事もきっと忘れちゃうね」
仕方ないかぁ、と陽気な笑いを上げながら、少年はキーボードを打つ手を止めた。
「とりあえず、けーちゃんの方の修正は完了。
プログラムも戦闘用を組み込みました!」
「ご苦労。だが彼にはまだ色々と仕込まねばならんだろう。
身体バランスも整えてやらねばならん」
「そうですね。じゃあ……先に滝ちゃんを起こして、あっちに送りましょう」
「ああ。始めてくれ」
違うパソコンの方に向かうと電源を入れ、手早くキーボードを叩く。
きっと目が覚めた時には、自分の事なんか少しも覚えていないのだろう。
けれど、それでも良いと思った。
また仲良くなれば良い事だから。
「滝ちゃん、ゆーちゃん達を助けてあげてね」
願いを込めて、少年はエンターキーを押した。
少年の決断は強く、だが過酷なものだった。
彼は、他のロボット達と混ざって共に戦いたいというのだ。
これにはさすがの榊も閉口した。
「……危険だ」
「解ってるよ。でも、行きたいんだ」
だが実際、ウイルスにやられたロボット達は人間を狙っている。
彼をその中に送り込むのは危険どころの話ではない。
「狙われるぞ?場合によっては足手まといになりかねない」
「うん、だからね、考えたんだよ。
俺もロボットって事にしちゃおうって」
言うなり彼は一枚のチップを取り出した。
ロボット達の核とも呼べる中枢部分に組み込んでいるものだ。
「これを俺の身体の中に埋めちゃうよ。
そしたら皆、俺をロボットだと思うでしょ?」
「………お前、そこまでして…」
「力に、なりたいんだ」
守られているのが当たり前だと思っている人間は、一体何様だろう。
常々少年はそう思っていた。
自分も戦いたいと、実際戦う力は無くても傍でサポートぐらいはしてあげたいと
そう思うのは至極自然の流れだった。
「オーナー、ダメかな?」
「…………駄目だと言っても、聞かないのだろう?」
重い吐息を漏らしながら、榊は部屋の隅に置いてあったものに被せてあった
布を剥ぎ取ってみせる。
その下から現れたのは、作りかけのアンドロイド。
「……それ、何?」
「本来ならば、跡部と共にあちらに送ろうと思っていたもの、だよ」
「跡部……新型と?」
「そうだ。お前はこれの代わりに行くと良い。
これに付けようと思っていた名前を、お前にやろう」
「本当!?何、何て名前ッ!?」
キラキラと表情を輝かせながら訊ねる少年に微笑んで、榊が答える。
「芥川慈郎だ」
ジロー、と呟いて、少年が少し俯いた。
「不服かね?」
「ううん、そうじゃ、なくて……何て、いうか……」
かつて自分もそう呼ばれていた。
あの2人がつけてくれた名前。
拾われてきて、名前を持たなかった自分に彼は、名付けてくれたのだ。
呼び名が無ぇと不便だろ?お前の名前、今日からジローだ。
そのジローってつけた根拠は何やねん。
昔飼ってた犬だ。
うわッ!!この子を犬扱いする気か!?鬼!悪魔!!
バーカ、誰もンな事言ってねぇだろ。
……念の為に訊いとくけど、もしかしてタローって犬も居った?
何で知ってんだよ侑士。
……お約束や。お約束のカタマリや、許せん…!!
アーン?何でテメェの許しがいるんだよ。
阿呆!!俺の中の芸人魂がそんなお約束は許せへんって叫んどるんや!!
捨てちまえ!ンなくだらねぇ魂なんざ!!
そういえば、その日は大喧嘩だったっけ。実にくだらない事で。
「どうした?気に入らんかね?」
「いえ……嬉しい、です」
俯いたままでそう答える。
瞬きをした時に、ポツリと一粒雫が零れ落ちた。
少年の場合、下準備に手間取った。
まず第一に周囲に自分が人間だという事を知られてはならない。
だから、身体の中に機械と認識させるためのチップを埋め込んだ。
そしてもうひとつは、知識を頭に詰め込むこと。
製造番号を記すことのできない自分に与えられた機械としての設定は、
開発チームに所属していたAI試験用のアンドロイド。
必要なのは、力より武力より頭脳だった。
けれどそれは自分にできる力を最大限に生かした上での結論だと思っている。
彼らのように立ち回れと言われても、きっとそれは無理だろう。
身体機能は著しく劣るが、それを補って余りある頭脳を持つ、
それが自分に与えられたロボットとしての環境であり、使命だった。
あらゆる知識を詰め込むために要した時間は、10年。
素質は充分だったと、榊は思っている。
自分が思う以上に、この少年はきっと彼らの力になり得るだろう、と。
「跡部!!あーとーべッ!!」
「……っせーな、何だよ」
「ほら、オーナーから。指令書だよ」
「チッ……邪魔くせぇな」
「うーわ、反抗的ィ〜」
「……別に、反抗するつもりはねぇよ。どれだ?」
「これだよ。ねぇ跡部、俺早く外に出たいよ。
早く行こう!行こうッ!」
「あーあー、わかったわかった」
新しく機械仕掛けの身体を与えられた少年の育ての親は、全てを捨て去り
自分の事を本当にロボットだと思い込んでいる。
唯一心を許した相手も、可愛がってくれていた筈の自分の事も、全て忘れて。
それが少し寂しいと感じはするが、幸いにも笑うことは得意だった。
笑えと、いつも笑っていろと、もう一人の育ての親が教えてくれたから。
「おいジロー、見ろよコレ」
「なに〜?」
「あのビル、ブッ潰せってさ」
「えー!!それじゃあ、あの門のセキュリティ全部おじゃんになるじゃんかー」
「何か不都合あんのか?」
「気に入ってたんだよね、アレ。勿体無いC〜」
「しょうがねぇだろ、指令なんだからよ」
「もー。今度会ったら太郎ちゃんに文句言ってやろー」
もうすぐ、会えるよ。
「ゆーちゃん…覚えてくれてるかなぁ…」
「アーン?何か言ったか、ジロー?」
装備を確認して、車のキーをポケットに突っ込んでいた跡部が、
よく聞き取れなかったと怪訝そうに眉を顰める。
「ううん、別に?何も言ってないよ?」
へらっと笑みを見せると、ジローはノートパソコンを抱えて跡部の後を追った。
< END >
原題:どうにもならないことをどうにかしたくて足掻いた
ジローが参戦。
ほんわりのんびりしてる子でいて、でもきっと
色んな感情を隠しているんじゃないかなぁって思います。